1-13【お受験戦争 7:~情報戦~】

数十分前・・・・



 穀物を取り扱う商会の建物に逃げ込んだ俺達は、その場で途方にくれていた。


 何かできることはないかと廊下に出てはみたものの、既に下にゴーレム達が集まりだしており、降りればそいつらと鉢合わせしてしまう。


 かといって上に逃げても、逃げ場などはない。


 屋上に出れば即座に門番ゴーレムや鳥型ゴーレムなどの飛行型ゴーレムに発見されるだろう。


 くそっ、これは替えの利かない高性能な方のフロウだというのにあの鳥たちめ、好き勝手にボロボロにしてくれやがって・・・

 

 幸い短くなっても機能としては同じ性能のままだが、量が足りないので飛行はかなり厳しい、少なくとも機動性も速度も大幅減は間違いなしだ。


 この分だとロケットキャノンも命中性と威力を落とさざるをえないか・・・・


 あ、これひょっとして・・・


「・・・!? あぁ・・びっくりした・・・・・」

『あ、ごめん・・・ちょっと気になったもんで、まさか成功するとは・・・』


 何をしたかというと、半分以下になってしまった方のフロウを右手から左手に”転送”したのだ。

 どうやら短くなってしまった代わりに、”転送”のサイズ制限をクリアしたらしい。

 一応、以前だったら送れないはずのサイズだが、いつの間に制限が緩和されていたのか。

 

 こういうのも”怪我の功名”というのだろうか?

 残念ながら”まだ長い方”は送れなかったが、ポジティブに考えよう。


 短くなった代わりに屋内で取り回しやすくなった。

 あいつら怪物ゴーレム以外は基本的に2m超えの高身長に剣装備なので動きづらいだろうからこちらに分がある。


 

「・・・ロン!」


 モニカが声に出さずに俺に呼びかける。

 どうやら、第一陣が来たようだ。


 俺達のすぐ下の階から、数体の金属の体が動く独特の重々しい気配が飛んできた。


 そしてすぐにそいつらが下の階を確認し終えると、階段の方に向かって進む。

 この分だとすぐに上がってくるだろう。


「戦う?」

『まずは、どっかに隠れたほうがよくないか?』



 

 俺達のすぐ目の前を、フード付きのローブで全身を隠し、手に剣と盾を構えた騎士型のゴーレムと思われる一団が通過した。

 なるほど、若干中腰気味で、剣は前に真っすぐ伸ばして突きに特化することで室内での動きを確保しているのか。


 数は8体、特殊部隊みたいにお互いの死角をカバーしながら進んでいる。

 なかなかの連携だ。


 ちなみに俺達は6階の廊下に置いてあった大きな棚の上の僅かな隙間に身を隠していた。

 モニカは小柄で結構体が柔らかかったので、棚の上に置いてある様々な資料などの物品の間に膝を抱えた状態で折りたたまれるような体勢で紛れ込んでいる。


 こんなのでも、氷の大地仕込の待ち伏せ能力で微動だにしないので、案外わからないらしい。

 そこが一見すると人が入れそうにないような小さなスペースであることも大きいだろう。


 とにかく、8体の敵たちは俺達のすぐ目の前を素通りしてしまったのだ。


 その様子を、棚の四隅に配置した感覚器で確認する。

 モニカが直接見ると、どうしても顔が動くので察知される恐れがあったので仕方がない。


 だが、見えなくて気になるモニカから詳細を問う思念が流れてきた。


『動くなよ、まさに今、目の前だ・・・』


 モニカから緊張と戦意が流れてくる。


『まだ少し待て、素通りしてくれるかもしれない』


 そうなってくれれば万々歳だが、残念ながらそこまでうまくはいかないようで、4体のゴーレムたちは何度か目の前を確認するように行ったり来たりするのを繰り返した。

 どうやら、わずかばかりの痕跡から、この周辺にモニカが潜んでいることまでは察知しているようだ。


 だがモニカの隠れっぷりも凄まじいもので、僅かな気配も漏らしていないためゴーレムたちは途方に暮れていた。


 それでも周囲の物品を手に持っていた剣で突っつき出したので、そう長くは隠れてられない。

 と、なれば何処かの段階でここを脱出しなければならなかった。

 

 俺はその時に備えてゴーレム達の動きをしっかり観察する。

 襲って倒したはいいものの、居場所を察知されて仲間に知らされては元も子もないからだ。


 これまでの感触からあいつらが他の仲間とやり取りをしているのはわかっている。


 問題はそれをどうやって行っているかだが・・・


 俺はその動きからなんとなく8体の内、一番後ろの一体がその役目ではないかと考えていた。

 理由は、まるで観察するかのように前の7体から少し後ろを付いていくこと。

 姿勢も戦闘態勢というよりかは観察態勢といった感じで、時折前の7体に向かって手振りで指示を出している。


 ということは長距離の通信はあいつしか出来ないのではないか? という疑念が湧いてきた。 


 そしてそれは見れば見るほど確信に近くなる。

 少なくともどれか選べと言われればあいつだ。


『モニカ、準備できるか?』


 肯定の感情。


『合図したら真っ先に目の前の一体を倒せ、そうすれば他の奴らの後ろに出る』


 モニカから肯定と自信の感情。

 ”まかせておけ” ということか。


『いくぞ、3・・2・・・1・・・今だ』


 その瞬間、、モニカが抱えていた膝に力を入れ一気に棚の上から飛び出す。

 できるだけ音を立てないように注意していたせいか、最初の一体には全く気づかれずに接近できた。

 そしてそのままモニカが頭に抱きつくように飛びかかり、フードの中に尖らせたフロウを突き刺して力任せにそのゴーレムの首を破壊した。


 金属を引き裂く独特の手応えと、一瞬回路が壊れるようなノイズみたいな音が鳴る。


 そしてその音で異変に気がついた前の7体の首がこちらを向けた。


 まずい、この距離だと接近する前に何かしらの行動をされる!


 そう考えた俺が、保険のためにモニカの背中に用意しておいた7つの砲身から、慌てて砲撃魔法を発射し、次の一瞬でその7体が廊下の壁を破壊しながら吹き飛ばされた。


 だが全身に装甲を纏っているゴーレムが相手では今の一撃では倒しきれない。

 瓦礫の向こうで金属の腕を振り回して藻掻くゴーレムの姿が見えた。


 それを見たモニカが即座に追撃のために前に向かって飛びかかった。





「はぁ・・・はぁ・・・・」


 内装が大きく破壊された部屋の中で、モニカが息を吐きながら額の汗を拭う。


『・・・なかなかに大捕り物になってしまったな』


 目の前に転がるゴーレムのバラバラの残骸を見下ろしながら、俺が苦々しげにそう言った。


 こいつら意外としぶとい。

 幸運にも最初の一体は一撃で仕留められたが、他の7体にはかなり手こずった。


 攻撃も当たるしダメージも与えられるが、いざ機能停止まで追い込むとなると凄まじく難しかったのだ。

 この分だと、おそらく広場で倒したと思った連中も完全に壊れたのは殆どいなかったのではないか?


 雑魚敵かと思ったらとんでもない。


 まあ、今はとにかくバラバラになって転がっているので一安心だ。


 その時、モニカが息を止めて周囲の様子を探る。

 どうやら今の戦闘で発生した音の影響を見ているのだろう。


 あらためて見れば、この階全体を戦場にしてしまったせいか、俺達が入ってきたときよりもさらにそこら中が破壊されている。

 当たり前のように壁が崩れ、土煙で見通しが悪い。


 隠れるところは増えたと考えるべきか。


 それにしても・・・


『建物の中には入ってきていないな・・・』

「やっぱり、この辺には少なかったのかな?」

『近くに居たのは、あの時下にいた連中で全てっぽいな・・・・』


 もう少し居たような気もするが、反応がないことから他の連中を待っているのかもしれない。


「・・・・あ、外にいるね」

『分かるのか?』

「なんか、正面と裏側にいるっぽい、数はわかんないけど・・・」


 モニカがそう言いながら足元のゴーレム達の残骸を見つめる。


 先程は無我夢中で何も感じていなかったが、その中からゴーレム達の”頭”のパーツを見つけるとモニカの心に強い衝撃と、悲しみと混乱が渦巻くのを感じた。

 

 無理もない。


 足元に転がっていたのは騎士型のゴーレムの頭。

 それはモニカの大切な家族クーディとほとんど同じものだったのだ。


 なんて声をかけていいのか分からなかった俺は少しの間、モニカが複雑な感情でその頭を眺めるのを無言で見守ることになった。


 だが、それによって訪れた静寂のおかげで俺はあることに気づく。

 

『モニカ!』


 驚いた俺が空気も読まずに叫ぶ。


「・・・? どうしたの?」

『何か聞こえないか?』


 その言葉でモニカが視線を周囲に振る。

 するとごく僅かだが、人の声のような音が聞こえてきたのだ。


 モニカが両手にフロウを構えながらゆっくりと音のする方向に向かって歩く。


『次の一団はまだ来てないよな・・・』


 モニカから肯定の感情。


 今一番近いゴーレム達の居場所は、1階の玄関のすぐ外だ。

 その気配は俺でもわかる。


 では、この音の主は一体何だ?


 聞こえてくる方へと近寄っていくと、俺達が飛び込んだ会議室へと行き着いた。

 この部屋は一通り見たはずだが音のするような物は無かったはずだ。


 何か見落としたか、それとも誰かが侵入してきたか。


 モニカが部屋の中央に置かれた大きな机を回り込むようにして、音のする側へと移動する。


 そこには誰もいなかった。


 だが音はまだ聞こえている。

 そしてその音は床の上から聞こえてきていた。

 正確には床の上に散らばった鳥型のゴーレムの残骸からだ。


「入ってきた時に倒したやつだよね」

『ああ、だが・・・これは・・・』


 俺達の攻撃によって無残に破壊された鳥型のゴーレムの内の一体が奇跡的にも、機能を一部残した状態で壊れていた。


 頭部が破壊され、そこから外れた小さな部品から音が漏れていたのだ。

 しかもその内容は言葉だった。


 モニカが怪訝な表情になる。


 無理もない、こんな小さな機械が音を発するというのも珍しいし、さらに無線機から聞こえてきたのは聞いたこともない言葉だったのだ。

 

 だが、


《合図を頼む》

《突入はチームデジルと合わせる、3、21・・・0》

《突入!!》


 次の瞬間、下から何かが扉を突き破る大きな音が鳴り、ゴーレム達が正面と裏口から入ってくる気配が伝わってきた。


「・・・入ってきた!?」


 モニカの焦る声が聞こえるが、俺はそれどころではない。

 

 まちがいなく今この機械の声と同時に突入したよな?  

 ということはこの機械はゴーレム達の無線みたいなものなのか?


 ・・・あ、いや違う、そこじゃない・・・


 俺が”その事実”に混乱している間にも状況は進んでいく。

 そして”無線機”からは尚もその状況が流れてきていた。


《C56、現在一階の廊下を進んでいる、受付で見取り図を確認した、どうやら階段は一箇所だけ、エレベータは起動していないようだ》

《ということは、その階段を抑えれば逃げ道は塞げるな》


「〈誰か聞いてるか?〉」


 気がついた時、俺は衝動的にその機械に向かって”喋っていた”


《・・ガ・・ガ・・おい! これは専用回線だぞ!!・・・・・》

 

 すると驚いたことに”相手”から怒鳴るような返事があったのだ。

 先程の会話の内容からしてKN341005と呼ばれていたやつか。


「〈す、すまない、”装置”の故障で調整が効かないんだ・・・〉」


 そしてその語気の強さに押された俺が条件反射的に答えてしまう。

 まずいことしてしまったか・・・


 モニカがものすごい形相で”無線機”を睨みながら困惑している。

 無理もない、俺が突然その謎の機械とモニカの知らない言葉で・・・・・・・喋り始めたのだから。


《こちらC56、無線のリセットは試したか?》


 C56っていうと、たしか”司令っぽい奴”だったはずだ。

 そいつが親切にも”対策”を教えてくれた。 

 あれ、突然割り込んだ俺に対して疑いを持っていない? 

 

「〈リセット?〉」

《マニュアルで回線が変更できない場合はリセット信号を中央に送信して、向こうから自動的に回線を割り当ててもらえるだろ?》

「〈・・・ああ・・すまない、リセットのやり方がわからない〉」

《無線UIのコマンドに”リセット”と打ち込むだけだろ!! それが出来ないなら発信機の横の黒いボタンを押せ!!》


 KN341005が怒鳴るようにではあるが、親切にもさらなる対策を教えてくれ、俺が機械の横を見ると確かに黒いスイッチのようなものが見つかった。


「〈ああ・・・これか、これを押せばいいんだな?〉」

《そうだ! それでC1に連絡が行って、お前の回線が自動的に振られる》

「〈おお、ありがとな”兄弟”!〉」


 ところでこれ、鳥型のこのゴーレムはどうやって押すんだ?

 何か仕掛けでもあるのか?


《貴機は速やかにどこかの修理ポイントで診てもらうべきだ、記憶領域、もしくは思考領域にエラーの兆候が見られる》

「〈了解した兄弟、これから・・・・・・〉」


 そこから先は答えずに音が入らないように機械全体をフロウで包み込んだ。

 これ以上答えると変なボロが出そうだったのでこれでちょうどいい。


 もちろんリセットなんかしていない。

 碌な事にならなさそうだし、せっかくの情報源を逃してたまるか。


 それに聞こえてくる内容から、どうやら相手はこちらが”リセット”を掛けたものと思ってくれたらしい。

 

 さてこれからどうしてやろうか?

 相手の情報が筒抜けになったので、かなり動きやすくなった。


「・・・・ねえ、しゃべって大丈夫?」


 モニカがしびれを切らしたように俺に聞いてきた。


『ん? ああ・・・ごめんな突然で・・・もう喋って大丈夫だぞ、機械は塞いだから』


 するとモニカがまるでずっと溜めていたかのように大きく息を吐いた。


「はあぁ・・・びっくりした・・・ゴーレムから知らない言葉が流れてきたと思ったら、突然ロンが会話し始めちゃったんだから・・・」

『ごめんな・・・・俺もまさかこんな所で”この言葉”を使うことになるとは思っても見なかったんだ・・・』


 本当に・・・・何でこんな所で・・・・・

  

「知ってる・・・言葉なの?」


『ああ・・・・知っているというか・・・俺の元々・・・の言葉だ』

「・・・?」


 まさかこんな所で出会うとは思ってもみなかった。






 ”日本語” に・・・・・






 俺の中に、日本語が使えたことに対する歓喜と、日本語が使えたことについての混乱が嵐のように吹き荒れていた。


 いったいなんで・・・



 どうしてこんな所で・・・



 そしてなぜあいつらが?



 様々な可能性や疑問が浮かんでは、次々に押し流されていく。



「・・・それで?」

  

 モニカが床を、正確にはその向こうのゴーレム達を睨みつけながら言った。

 

『それで?』

「それ、使える?」


 そうだった・・・


 俺は心の中で己の迂闊さを叱咤する。

 今は悩むときではない。


 今この場で重要なのは、日本語が使えたことではなく、



 使える・・・・ことなのだ。





※※※※※※※※※※※※※※※※




 そこから俺達はこの僅かな”勝機”を活かすために、無線に耳を傾けながら建物を渡り歩いたりして大忙しだった。

 

 無線で相手の行動がわかるといっても、この建物の唯一の縦の動線である階段ホールを抑えられてはできる行動は少ない。


 と、なれば迎撃するか、上の階に逃げるかだが、モニカが興味深いものを見つけてくれた。


 東側の壁に取り付けられた小さな窓が、向かいの建物の窓と同じ高さにあったのだ。


 間は1mもない、モニカの身体能力なら問題なく渡れた。


 ここでそのまま東側の建物に移るのも悪くないかもしれないが、無線によって相手の動きが読め、6階の突入までまだ少し時間があることが分かっていたので、少々”工作”を仕掛けてみることにした。


 できれば俺達が”東側”の建物に移動したことは知られたくはない。

 具体的には俺達が移動することになる東側の窓の発見をできるだけ遅らせたいのだ。


 そこで、窓の前にある廊下が、フロアを突っ切る形で反対側の壁まで一直線であることを利用して、そこにわざとらしく大穴を空けることにした。


 どうやって空けるかは簡単だ。

 この建物は柱こそかなり頑丈な金属でできているものの、壁はなんと煉瓦製だったのだ。


 一応焼き固めてはいるが中身は土なので、もしかしてと思って試してみると問題なく【槍作成】が反応した。

 このスキル、出来上がる槍が高性能なために槍作成という名前で堂々と通っているが、その中身は土を槍の形に固めて抜き出すスキルだ。


 つまり今回であれば土の壁から棒状の部分を切り出すことができる。

 それを俺が壁全体にかけてやれば構造的な繋がりを失って、モニカが蹴りを入れるだけで簡単に崩れ去ってくれた。


 その時の音はどうしたかって?


 そんなもの、広場でルシエラと怪物ゴーレムが戦いながら出す爆発音のような音が、こんなところまで結構頻繁に届くので全く気にならないレベルだ。

 すごいベルチャ姉貴分だと感謝するしかない。

 

 そして西側の建物の壁にも同じように穴を開け、そこまでの廊下にモニカがゴーレム達の破片を細かく千切ってバラ撒く。 

 あとは東側の窓から逃げれば逃走は完了だが、俺はここであえて西側の建物にさらに”仕掛け”を行うことをモニカに提案した。


 実はその作業をしている間、俺は俺でこのゴーレムの無線機について”探り”を入れていた。


 といってもルシエラに教わった魔道具作りで知った、魔力のフィールドを作って回路の状態を確認する方法を使ってのものに限定してだが、それでも結構なことがわかった。


 まず、使っている回路が恐ろしく高度であること。


 正直、まだカシウスのゴーレムを舐めていたと反省するレベルで、いったいどこの集積回路だ? と突っ込みたくなるような意味不明の複雑さだったのだ。


 そして、それ以外は結構簡単な作りであるということ。


 頭が痛くなるような複雑な配線も、理解不能なレベルの高度な回路も、結局は魔力を電波のように放出しそれを受け取るという、”無線機”の構造と何も変わらない機能を動かすためだけのものだったのだ。


 そこまでわかれば、飛んでいる”魔力波”を拾うのにわざわざ高度な魔力回路など必要ない。

 

 すぐに手持ちの中で一番小さなフロウをアンテナに見立てて、空中の魔力波を掴むことに成功し、同時に様々な周波数で大量の”意図的”な魔力の動きを観測できた。


 ”鳥”から得た無線機のおかげで、その”読み方”はリアルタイムで学習できる。

 といっても機械的に音に変換するだけなので学習もなにもないし、言葉は分かっているのであらためて用意するものは何もない。

 

 あっという間に俺の中に”受信機”が完成し、仮ではあるが”発信機”と、その構造を逆手に取った”妨害機”の作成も終わっている。


 ならば”情報戦”を挑むべきではないか? と俺の中の戦闘本能が主張していたのだ。

 そしてそれにモニカも頷いてくれた。 

 

 彼女も、彼女なりにここまでしてやられたことに対して、一泡吹かせてやりたいという思いがあったのだろう。

 

 だから俺達は”あえて”逃げずに、西側の建物に陣取ったのだ。


 そして他の階と同様にゴーレム達が二手に分かれて行動を始めた時、俺達は心の中で気合を入れながら喜んだ。

 

 作戦はシンプル、最初の連中が”餌”で、次の連中は”もっと大きな餌”だ。


 まず、俺が予め用意しておいた”妨害機”の出力を全開にする。

 これは飛んでいる魔力波にそれを打ち消す別の波長をぶつけてやるというシンプルなもの。


 だがその分威力は絶大で、割りと拍子抜けするくらいあっさりとこの周辺の無線を抑えることが出来た。

 そしてその上から俺達に”都合のいい情報”を相手に流す。


 先にゴーレム達の会話から、この無線に”ゴーレム以外は紛れ込まない”という情報を得ていたために、思い切って行動することが出来た。

 あれがなければおそらく俺達はさっさと東側の建物に逃げていただろう。


 そして最初の”餌”達は、廊下に散乱した仲間の破片を伝ってノコノコと西側の建物にまでやってきてくれた。

 それに対してモニカができるだけ”手早く”処理を行う。

 といってもフロウで作った剣で正面から斬り合うだけだが。


 本来ならこれは自殺行為だ。

 あっという間に”無線”で仲間に連絡され、最短距離でワラワラと集まってきて処理能力不足に陥るだろう。


 実際俺達の姿を見た途端、連絡役が俺達の発見の報告を行った、

 だが俺の妨害下ではそれが届くことはない。


 通らない報告に気を取られて隙きを見せたゴーレムから、モニカに叩き潰されていった。


 そしてその間も俺が”もう一隊”と、こちらの分も含めて”指揮官”2体に対して都合のいい嘘カバーストーリーをタイミングを見ながら流していく。

 ”作業中”にもう一隊もっと大きな餌に入ってこられれば水の泡だ。


 なので適当な嘘で今処理したこいつらが正常に行動していると誤認させる必要があったのだ。


 途中何度か反応が追いつかずに返事に遅れることがあったが、幸いバレてはいないようだ。


 そしてこの部隊の破片を建物の西の端にある”都合の良い部屋”までバラ撒いて、全ての準備が整い大穴を戻って東側の建物へと避難すると、そこで俺がゴーサイン罠への誘導出す。

 後は全て俺の口八丁にかかっている。


 だが、仕込みがちゃんと出来ていたおかげで、僅かな誘導だけですんなりと”目的の場所”へと誘導されてしまった。

 

 後はそこに仕掛けた”仕掛け”を起動してやればいい。



『はい、ドカーン(ガッ!!!!!!



ドゴゥオオオオオオオオオオオンンンンンン!!!!!!!!



「ひっ!?」


 突如発生した予想外の音量に、モニカが軽く悲鳴を上げる。


 一方の俺もまさか大きな建物2つ離れたこんなところまで、こんな音量で聞こえてくるとは予想外だったために、少しの間軽い放心状態に陥った。


《!!? 何事だ!!? 隣の建物が爆発したぞ!!?》

《突入部隊はどうなってる!!!?》

《一斉に話すな!!回線が混乱する!!》

《現在司令部で、状況の確認中!!》

 

 一斉に今の爆発についての混乱した無線が飛び交い、それを聞いた俺達がようやく満足げに笑みを作った。


 この無線は妨害しない。


 むしろ”ブースト”を掛けてできるだけ遠くまで混乱をバラ撒いたくらいだ。


 そしてここからが本番。


 俺が全ての”チャンネル”に向かって大声で叫ぶ。


「〈最新情報!! ”目標”は突入した建物の”西側”の建物へと移動した模様!! 突入部隊が交戦、破壊された!! 付近のゴーレムは”全て”そちらへ向かえ!! 繰り返す”目標”は”西側”の建物だ!! 先程の爆発した部屋に”直ち”に向かえ!!〉」

 

 次の瞬間、大量の”了解!”の声が俺の頭の中で木霊し、軽く目が回りそうになった。

 だがそのおかげで、俺達の用意した”陽動”が成功したことがわかる。

 これで少しの間、ゴーレム達はこのブロックの西側2つの建物に殺到するだろう。


 後は俺達が無線の内容に気をつけながら、バレないように出来るだけ急いでここを離れるだけだ。


 俺達が最後の仕上げとばかりに”仕掛け”の回収を始める。


 といっても仕掛けの起動に使った配線用の長い方のフロウを手元に手繰り寄せて、部屋の爆破に使った短い方のフロウを”転送”で手元に戻すだけだが。


 今は手持ちのフロウが少ないので、僅かな信号を送れるだけの糸の様に細長い配線材としての使い道しかできなかった。

 まあ、もともとフロウってゴーレムの配線材として使うのが一般的なので、これがむしろ正しい使い方なのだが・・・


 なので今回の爆破はそれとは別に僅かだが持ち合わせがあった、ピスキアの一件で仕入れた方のフロウで作った。

 思えばあれだけあったのに、広場にロメオと一緒に置いてきたので手持ちは全てこれで使い切ってしまったことになる。

 

 本来ならば砲撃のような繊細で高度な操作が必要な用途には使えないのだが、今回はただ部屋の中で爆破させるだけだ。

 込めれるだけ魔力を込めて小さな信号で起爆できるようにし、砲弾の代わりに壁崩しで大量に発生した”槍”の穂先を詰めておいたのだ。


 後はタイミングよく起爆するだけ。

 結果は大成功で俺達は意気揚々と高性能の方のフロウを回収する。


 ただ、どっちも限界まで細く伸ばしたので長い方で短い方を回収するだけの余力がないので、短い方は”転送”しなければならない。


 幸いギリギリ可能範囲だったようで、次の瞬間、モニカの右手の中に長さ1m弱の”短い方”のフロウが パッ! と現れた。

 それをモニカが当たり前のように掴む。


 その瞬間、掌に強烈な痛みが走った。


「!? あっつ・・・!!?」


 モニカが慌てて地面に短い方のフロウを落とし、その間に戻ってきていた長い方でつつっく。


『どうやら、かなりの温度になってたらしいな』


 こっちは”爆破”した部屋の配線に使っていたので、その熱で熱くなっていたようだ。

 まあ、普段ならコントロール出来ないくらいの量の魔力を込めたからな・・・ 


「ふー・・・ふー・・・」


 モニカが気休めに右の手のひらに息を吹き付けるも、あんまり効果はない。


 俺が長い方のフロウを変形させて、短い方のフロウを拾い上げる。


 どうやら爆発の威力を少し過剰にしすぎたようだ。

 さっきの音量はそういうことか・・・


 まあ、そのおかげで大きく目立ったし結果オーライということにしておこう。


 だが少し時間をかけすぎたようだ。


『モニカ、少し急げよ・・・』

「どうしたの?」


『”音”が止んでいる』

「!?」


 モニカが頭を北東に向ける。

 逃げてきた広場のある方向だ。


 つい先程まで、そこから怪物ゴーレムとルシエラの戦う音がひっきりなしに聞こえていたのだ。

 

 それが聞こえないということは・・・・

 

 そしてそれと呼応するかのように、””鮭”が捕らえられた” というワードがゴーレム無線に頻出するようになる。

 モニカはその言葉はわからないものの、その語気から薄っすらと内容を察したようで、心配そうに広場の方を見つめる。


『・・・変な気は起こすなよ?』


 俺があえて釘を刺す。


「わかってる・・・」


 モニカが短くそう言うと、この建物の階段の方に向かって立ち上がった。


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