1-13【お受験戦争 4:~ブレイブ・ゴーレム~】

side マリオン



 何でこんなことになったのだろうか。


 急速に事態が進んでいく広場を望遠鏡で睨みながらそんなことを考えていた。


 この司令スペースから1kmほど離れた場所にある広場で、私の指揮する”部隊”によって”目標”が淡々と攻撃されている。


 その光景や自分の置かれている状況には未だに実感がわかない。

 本当に何でこんなことになってしまったのか。


 ・・・いや、それは問うまでもない。

 自分があまりにも不甲斐ないだけだ。







 私の名前は”黒舌のジーン”・・・・・いや、ジーンになりきれなかった、マリオン・デュポンという愚かで無力な女だ。


 私が生まれたデュポン家はエレシア公国の第二の都市オジェを統べる貴族だった。

 といっても、このヴェレスと殆ど変わらないか、この街の活気の分だけ小さいくらいの平凡な街だ。


 ただ、そんな街の貴族でもエレシアの様な小さな国では大きな力を持っている。

 そして当然、大きな責任も背負っていた。


 その子供は、生まれながらに大きな責任を背負うべきとされていたのだ。

 

 そんな家にある時”呪い”を持った子供が生まれた。


 きっと大国や南部諸国トルバのような進んだ国の貴族であれば、それは歓迎されたのだろう、だが私が生まれたエレシア公国には、当時はまだスキルに編成するなんて高等技術はなく。

 ただ、抑えるだけの旧態然とした抑制技術と、漠然とした”失敗作”という烙印があっただけだ。


 そんなわけで私はデュポン家の恥晒しとして生を受けた。

 両親の落胆は、それはもう凄まじい物だったであろう。


 とはいってもそこは国第二位の貴族の娘、商品価値・・・・・が無いだけで使用人の娘と同じくらいの扱いとして過ごすことは出来た。


 それでも自分の親を、”親”と認識したのはかなり大きくなってからだった。

 私は彼等をただ、毎夜暴力を振るって私にかかっている”金額”を怒鳴りながら教えてくれる”時計”だとしか思っていなかった。



 そしてそんな私を必死に庇ってくれたのが私の兄だ。


 彼は私のことを貴族の娘でも、失敗作の”呪い子”でもなく、ただ”家族”として扱ってくれた。

 だが、それにどれほど救われたかは当時は理解出来なかった。

 

 そんな私の人生が大きく変わったのは10歳の誕生日の数ヶ月前。


 ”呪い”のせいで発育が悪かったので、ちょうどあの広場で戦っている”目標”と同じくらいの大きさだった。


 当時、北の超大国であるこの”国”で王族が前代未聞の規模の”呪い”を発現し、大規模なスキル組成が行われた。

 それは必要な人材を世界中から手当たり次第に集めるほど、なりふり構わぬものだった。


 ひたすら多くの人材を集めたその一連の”事件”は、関わったすべての技術者に”スキル”とは何かというのを再認識させるに至った。


 そしてこのことは、当時まともにスキル組成を行えなかった小国にも、爆発的に”呪い”のスキル化が普及するきっかけとなり、それらの国で、国内に優良な”スキル”保有者が埋もれているのではないかという発想に至るまで時間はかからなかった。

 そして、手っ取り早く安定した”呪い子”である私にも、その白羽の矢が飛んできた。


 結果、私の”呪い”は正真正銘の”官位”スキルとして再組成されることになる。

 しかもその内容は組成した調律師や、”家族”も驚くほどのものだった。


 そこからは怒涛の日々だ。

 

 ”失敗作”が突然”優良物件”に化けたのだ。

 親からの扱いは急激に変わり、私のスキルをベースにしたデュポン家の”作戦”が進行していくことになる。




「《目標、想定より高速で移動! 騎士ナイトゴーレムでは対処が間に合いません!!》」


 指揮スペースの一角にゴーレム達の必死な声が木霊する。

 ゴーレム専用の魔力通信回線は混乱していた。


 どうやら”目標”はかなり強いらしい。

 ここから見る限りでも嵐の中の稲妻のように飛び回り騎士ナイトゴーレム達を翻弄する様子が見える。


 あの頃の私と変わらない体格でよく動くものだと感心するものだ。


「《フェイズ5の準備まで持ちこたえられるか?》」

 

 私が状況判断のために必要な質問を投げる。


「《ダメージは与えられないものの、現況で維持は可能との判断、”鮭”は依然として沈黙、フェイズ5まではなんとか保ちそうです》」

「《では、現フェイズでの”処理”はあきらめ、フェイズ5に注力する、支援部隊は現況維持に努めよ》」

「《了解!!》」


 私の指示に対してゴーレム達が瞬時に反応し、末端に向かって通信を行う。


 私のスキルは全く戦闘能力を持っていない。

 その代わりどんな言葉も理解して話せるというものだった。


 私自身がその言葉がどんな言葉であるとかは理解出来ないが、どんな相手でも、どんな”隠語”や”暗号”でもスキルが解読して適切に理解し、私の言葉をその言葉に変換して違和感なく相手に伝えられる。


 だから”オジェのマリオン”の前で隠れてやり取りすることは出来ない。

 むしろその言葉の”表向き”の意味がわからないくらいだ。


 私は多くの有益な裏情報を家にもたらし、オジェを大きく有利にした。

 さらにそれまでは考えられなかった、異国の有力貴族達との繋がりを持つことも可能になリ、デュポン家はその”特需”に大いに沸いた。


 いつの間にか私は家の跡取りとして見られるようになり、反対に兄に対する周囲の風当たりが強くなっていったらしい。

 だが当時の私は必要としてくれる事に舞い上がり、最愛の家族がだんだんと追い詰められていることに気づくことはできなかった。


 そして私の”スキル”はすぐに世間の目に止まり、大国の、それもデュポン家が真っ青になるほどの大物から欲しがられるようになり始める。

 賢明な貴族であれば、事態がもう制御不能に陥っていることに気がついただろうが、デュポン家は愚かにも・・・いや私は愚かにも、その”価値”に酔いしれ、どの貴族に嫁ぐべきかなんて本気で考えていたのだ。


 ただ兄だけが、またも私を守ろうとしてくれた。

 兄だけが私を狙う者達の目が、剣や弓を見る目で私を見ていることに気がついていたのだ。

 だがそんな兄のことを私は、愚かにも自分に嫉妬していると勘違いして疎ましく思っていた。


 その後のことは思い出したくもない。


 ただデュポン家は崩壊した。

 急速に勢力を伸ばしたことに目をつけられ、エレシア公家に罠に嵌められ消されたのだ。


 だが私はその直前に兄とその隠れた恋人であったメイドに助けられ、生きながらえることが出来た。

 彼等は家の崩壊を事前に察知して、独自に逃げ道を確保していたらしい。


 そしてそこから、己の過ぎた力に恐怖する日々が始まった。

 兄夫妻と一緒に農家として隠れて生活する中で、私は喋ること自体を恐れた。

 近所の人には、きっと気の触れた妹だと認識されていたことだろう。


 それでも兄の奥さんは、そんな私にも優しくしてくれた。

 聞けば兄が家の中で追いつめられていたとき陰ながら支えたのは彼女だという。


 最初は有力者である私達に取り入ろうとしているのかとも思ったが、3年もすれば彼女がただ純粋に愛する者との静かな生活を望んでいるだけだと理解できた。


 兄夫妻から受けた恩は、私のスキルでも言葉にできるものではなかった。

 そしてそんな兄夫妻の中で生きるにつれ、私は少しずつ喋ることに抵抗がなくなっていけたのだ。


 それでも兄夫妻に子供ができるにつれ、自分の居場所がなくなっていくことを薄っすらと察し始める。


 そしてある日、ついに耐えきれなくなった私は、居場所を求めて兄夫妻の家を飛び出して1人で生きていくことにしたのだ。



 スキルを頼りに好きに生きていく人生は意外にも性に合っていた。

 だが以前の経験から、このスキルについては大っぴらに話すことはしなかった。


 ただ、風のようにふらりと、流されるままに生き、いつの間にかこのスキルで闇を渡る人生へと落ち着き、その途中で行き倒れていた魔法士と剣士を拾って一緒に暗殺家業を始めるに至った。


 暗殺といっても狙う対象は、殺されるに値するだけの人物に限定した。

 その確認はこのスキルがあれば容易い。

 ”聞くべき人”に聞けばいくらでも答えが返ってくるからだ。

 

 さらに適切に情報を集められるので仕事は驚くほど簡単だった。


 それと子供は殺さない。 


 きっと義賊のつもりにでもなっていたのだろう。

 そんな自分に酔っていたのだ。


 いつの間にか”黒舌のジーン”はそれなりに目立っていた。

 私はまたも同じ轍を踏んだのだ。


 ”兄夫妻の家族の命は惜しいか?”


 今の”クライアント”が言った第一声はそれだった。


 相手は私がオジェのマリオンであることも、兄夫妻が未だに生きていることも調べ、既に後ろに手が回っていた。

 さらには伝説の英雄マルクスなどという途轍もない大物までが関わっていたのだ。


 世界はまたも私のスキルだけ・・・・・・を求めた。


 そして今度こそ事態は自分の制御の及ばないところまで進んでしまっていたのだ。


 あとはそれを受け入れるしか無い。


 今の自分に兄の家族の命と引き替えにできるものなど残ってはいなかった。


「《フェイズ5失敗!!》」


 指揮ゴーレムから驚きの声が飛ぶ。

 いつの間にか状況を見逃していたらしい。


 見れば巨大な真っ黒なドーム状の物体がゴーレム達が一斉に放った矢を防いでいた。


 あれが報告にあったフロウというやつか。

 ゴーレム達が実際に使用するところを見たわけではないが、クライアントからの情報で頭には入れていた。

 たしかにあれは厄介そうだな。


 だが驚いたのはその後だ。

 フロウに対しての対策は用意してあり、実際にそれが使用され無効化までは成功していた。

 だが第二射が放たれることはなかった。


「《射撃部隊沈黙!? 範囲氷結魔法の発動を検知!! 魔力傾向は青! ”鮭”の戦線復帰を確認!!》」


 どうやら無効化していたあちらの魔法士の少女が復活したようだ。

 射撃体勢に入っていたゴーレム達が残らず範囲魔法で建物ごと氷漬けにされてしまった。


 あのダメージからよく戻る。

 流石はアクリラの生徒ということか。


 ”目標”の女の子もそれに勇気づけられたのか、表情に明るさが戻っている。


 それを見ると私まで、”もしかすると彼女達は生き残ってくれるのではないか” という希望が湧いてくるようだった。


 だが、


「《問題ないわ、”彼”が到着した》」


 結局のところ、ここまでの全ての作戦はそれで決まらなくても問題ないように組まれていた。

 全てはこの部隊の真の支配者である”彼”がたどり着くまでの時間稼ぎでしかない。


 ”彼”の強さは異常だ。


 勇者ブレイブゴーレム。


 カシウス後期の作品で、またの名を”カシウスの最高傑作”


 ”彼”は数少ない対特級戦力専用兵器である。


 数で全てを補う騎士ナイトゴーレムの弱点であった決定力不足を補うために作られた一騎当千の存在。

 その”勇者”の名は伊達ではない。


 実際にアルバレスの勇者達の能力を解析して作られている。


 ”彼”にかかればもう、そう長くはないだろう。


 望遠鏡の向きを広場から少し動かして、現場へと走る監査官ボルドのもとへと視線を動かす。


 こんな事、本当はしたくはない。

 一応、回避のための手を打ってはみたものの、残念ながらこの様子だとその”保険”は間に合いそうになかった。


 こうなれば憐れなあの子には、”黒舌のジーン”の名と一緒に消えてもらう他無い。

 それを止める手立てなど、今の私には残されていないのだ。



side ロン



「ロン・・・あれが何かわかる?」

『いや、俺の持っている文献には該当がない、多分、”マルクスの冒険”の後に作られたやつだと思う』


「じゃあ、カシウスの”新作”ってことだよね」


 そう言ってモニカがニヤリと笑う。

 どうやらモニカはこんな時にも、”カシウスのファン”の一面が顔を見せるようだ。


「気をつけろ、あいつは普通じゃないぞ!」


 俺がルシエラへの警告も兼ねて、音に出してそう言った。

 

「そんなこと、見れば分かるわ」


 ルシエラがそう答えながらじっと”そいつ”を見つめる。

 その表情には余裕がない。


 すると、ルシエラの周りに魔力が渦巻き始め、小さな魔法陣がいくつも見え始める。 

 何か大きな攻撃を仕掛けるらしい。


 大規模な複合魔法陣が空中に現れた。


 だが、


「!? っち!!」


 ルシエラが大きく舌打ちして、即座にその魔法陣を霧散させる。

 次の瞬間、魔法陣のあったその場所に謎の”スパーク”のような光が混じる。


「何かしらの、ジャミング・・・・・がかかってるわ・・・、発動に時間がかかる魔法は使えない・・」


 ルシエラが悔しそうにそう吐き捨てる。


「って、ことは、ユリウスは期待できないってことか!?」

「そうなるわね、少なくともこの場は私達だけでなんとかしないと・・・」

「まずは、あいつを倒そう」


 モニカがフロウの棒をこちらに向かって悠然と歩いてくる”そいつ”に向ける。

 

 それにしても、とんでもない余裕だ。


 まるで絶対王者の如く一歩一歩踏みしめながら歩いている。


 しかも他のゴーレムたちも、一定距離からこちらに近づこうとはしていない。

 まるで逃さないように囲んでいるだけといった具合だ


 その様子は、あの一体だけで俺達に確実に勝てると言わんばかりだった。


 そしてまるでそれを証明するかのように、


「「!?」」


 突然、その新型ゴーレムが視界から消えた。


 同時に俺の緊急システムが限界まで警告を発し、自動的に思考加速とパッシブ防御システムが発動する。


 だが、全てが止まって見えるほどの超高速反応ですら、ギリギリ追うのが限界の速度で”そいつは”接近してきたのだ。


 当然俺達の速度では対処できない。


 あっという間に懐に潜り込まれると、手に持っていた細身の剣がさらに高速で俺達の首元めがけて突っ込んできた。

 

ガキョ!!!!!


 間一髪、ルシエラの防御魔法と、俺の防御スキルで飛び出したフロウがその切っ先を押しとどめる。


 だが、


 ゾクゾクゾクッ!!!!


 俺達の中を、全身の毛穴が、あまりの恐怖で総毛立つ感覚が駆け回る。

 

 さらに押しとどめているはずの剣が何事もなく進み、そのまま俺達の首を切り裂きながら進み、その刃の冷たい感覚が脳へと伝わったのだ。


 もちろん、それは”幻”だ。


 実際は、その小柄な新型ゴーレムの剣はガッチリと抑え込まれている。

 だが、俺達の本能が今の一瞬で”死”を確信した。

 それ程の一撃だったのだ。


 なんてやつだ、こんな怪物ゴーレム相手にどうやって戦えと・・・・


「うおあああああああ!!!!!!!」


 突然、モニカが大声で吠えながら、フロウで覆った手でその細い刀身を掴み、込めれるだけの魔力を腕に叩き込みながら力任せに捻る・・・


 それはモニカの中の”本能”とも呼ぶべき動作だった。

 

 小柄な怪物ゴーレムが、モニカの猛獣のような凄まじい力で空中に跳ね上げられる。

 だが、そいつは恐ろしい事に空中で軽く姿勢を整えると、凄まじい速度でモニカの顔面に蹴りを喰らわせてきた。


 幸い今回もパッシブ防御システムが間に合い顔面への直撃は免れるものの、魔獣の噛みつきにも余裕で耐えるはずのフロウの防御越しに全身を揺さぶるような衝撃が走り、その中心にあったモニカの鼻に激痛が走った。

 

 さらに視界に映る地面と空を何度も入れ替わる。


 よく見ればその一撃の勢いで、モニカの体がまるで水車のようにぐるぐると空中で回転していたのだ。

 

 俺が慌てて、フロウで地面を掴みその動きを止める。

 

 その反動で再び全身に衝撃が走り、今の一撃で傷ついていた鼻から真っ赤な鼻血が流れ出しその熱が顔面に広がった。

 今の一撃、まともに喰らえばモニカの頭は間違いなく粉々に破裂していただろう。


 だがその痛みに呻きながら再び前を向いたときには、次の一撃が眼前に迫ってくるところだった。


 猛スピードで突っ込んでくる細剣の刃先。


 今度は完全に間に合わない。


 諦めかけたその刹那、


 目の前に凄まじい青の光が発生し、その魔法陣が轟音を上げて光を放ちながら、凄まじい衝撃波が怪物ゴーレムに叩きつけられた。

 どうやらルシエラの攻撃が間に合ったらしい。


 だが、その攻撃で怪物ゴーレムの剣は止まったものの、そのまま吹き飛ばすまでには至らない。

 恐るべき膂力でその場に踏みとどまると、細剣を巧みに操って爆発的な衝撃波を往なしてしまったのだ。 


 それでも、それで止まるルシエラではない。


 瞬間的に怪物ゴーレムの周囲に幾つもの魔法陣を展開すると、そこから青い光の鞭のようなものが飛び出し一瞬にして鎖のように怪物ゴーレムを縛り上げてしまう。

 こうなればこちらのものだ。


 まるで追い打ちをかけるように、新たな魔法陣が現れそこに魔力が集中していく。

 時間の掛かる大出力魔法はジャミングの心配があるが、これはギリギリ間に合いそうだ。


 だが次の瞬間、怪物ゴーレムの右腕が怪しく光ったかと思うと、一瞬にしてその腕を抑えていた鎖が捩じ切れた・・・・・


「な!?」


 流石のルシエラもこの鎖がこんなにあっさりと切られることは想定外だったようで、表情が驚愕に染まる。 

 そしてその怪物ゴーレムが、そのままの勢いで右腕をグルリと回すとまるで細い糸で出来ているかのような手軽さで、プツン、プツンと次々に太い魔力の鎖を切っていく。


 これでは明らかにルシエラの攻撃は間に合いそうもない。


 だが、それを見たモニカが咄嗟に防御に回っていたフロウを一部だけ掴むように握りしめ、そこにありったけの魔力を流し込んだ。


 あまりに咄嗟の出来事だったので、俺が出来たのは最低限の砲身を作ってそこに流すことだけ。


 だがそれでも怪物ゴーレムの戒めが全て破壊される瞬間には間に合った。


 ほとんどゼロ距離で発射された俺達の最大出力の砲撃魔法の砲弾が、怪物ゴーレムの胸部に直撃しそのエネルギーを炸裂させる。

 これには流石の怪物ゴーレムも踏ん張りきれずに、後ろ向きに吹き飛ばされた。


 と、同時に俺達もあまりにもの反動にフロウによる簡易的な支えではこらえ切れずに、後ろ向きに吹き飛びかけ、慌てて伸ばされたルシエラの腕に襟を掴まれることでなんとかその危機を耐えきる。


 そしてさらに追撃として、魔法が完成したルシエラの”攻撃魔法”の猛烈な光が、周囲の騎士型ゴーレム達を粉々に吹き飛ばしながら怪物ゴーレムへ向かって殺到した。


 だが、その光は本来なら発生させるはずの巨大な爆発を起こすこと無く消滅してしまう。


 今度もいったい何が起こったというのか?


 見れば消える光の向こうに、わずかに右腕を光らせる化物ゴーレムの姿があった。

 またあの右腕か、いったいどんなカラクリが仕込まれているんだ? 

 しかも、恐ろしいことに全くダメージを負った様子がない。


 それに全力の砲撃が直撃したはずの胸部装甲にもへこみ一つ無いというのは、こちらの精神的ダメージが大きかった。

 

 だが、それを見て気落ちしたのは俺だけのようで、既に”戦闘モード”に入っている2人の少女は即座に次の一手を打つ。


 全力の砲撃が効かなかった事を確認したモニカはさらなる威力の砲撃手段へ打って出る。


 すなわち俺達が持つ最大の火力攻撃”ロケット・キャノン”、しかもここまでの勉強で得た知識を総動員して、俺が改良を加えた”最新型”だ。


 いつものように全身をフロウで地面にガッチリと固定するのは一緒。

 変わったのはその次からだ。

 

 だがその様子を見た周囲の騎士型ゴーレム達が一斉に飛びかかってきた。

 どうやら、主力の化物ゴーレムが吹き飛ばされて距離が離れたので、俺達の追撃を止めるために攻撃に切り替えるらしい。


 ただし騎士型ゴーレム達が次の一歩を踏み出すことはできなかった。


 俺達をグルリと取り囲むように青い魔法陣がいくつも出現し、そこから槍のような氷が現出して最前列の騎士ゴーレム達を串刺しにして即席の壁を築いてしまった。


「私を無視しないでほしいわ!」


 その攻撃を行ったルシエラが周囲に向かって叫んだ。


 そして、それによって生まれた間隙で俺達のロケットキャノンの発射体制が全て整う。


『全チェックリスト完遂! 撃て!!』


 俺のその合図と同時にモニカが大量の魔力を砲身に叩き込み、新型ロケットキャノンの砲火が放たれた。


 今回はいつもと違い、発射機構に単純な魔力の爆発だけでなく、運動系及び反応系の魔法陣を利用したブースト機構を組み込んである。

 まだ使える魔力回路に限度があるので、それほど大きな出力上昇はないし、耐えられる砲身が用意できないのでこれにはあまり期待していない。


 だがそれでも放たれた炎は今までのような巨大な爆炎ではなく、プラズマ化した光が一直線に目標に向かってレーザーのように飛び出した。


 そして次の瞬間、発生した爆発的な衝撃波に俺達の周囲にいた全員がその場に膝をつく。

 さらに、放たれた砲弾は通った場所の周囲のゴーレム達を吹き飛ばしながら猛スピードで化物ゴーレムの正面に向かって飛んでいった。


 そして今回の最大の改良点はここからだ。


 今までは着弾による衝撃で魔力砲弾の爆発を引き起こしていたが、高度な魔法士であれば受け止められて逆利用される弱点があった。


 だから今回の砲弾は着弾に頼らない”時限式”での爆破機構を搭載している。


 と、いっても魔法陣用の基礎的なクロック回路を砲身の中を進む過程でゼンマイのように巻いて、飛翔後にその戻り具合と目標までの推定距離の比で着弾時間を割り出すという簡易的な物だ。

 だが、これで確実に魔力砲弾を破裂させる事が可能になり、逆利用される心配もなくなった。


 今回は魔法士相手ではないが、謎の魔法無力化攻撃を使える相手だけに、念のために使用したのだ。

 そしてその仕掛けどおり、魔力の砲弾は着弾する1m手前で、内包していた膨大なエネルギーを開放した。


 化物ゴーレムの体が爆発の光に包まれる。


 さあ、この攻撃からどうやって逃れる?


 もちろんこの攻撃で沈んでくれることを切に願ってはいたが、俺はなんとなくこれでもあいつは無傷のままなのではないかという”嫌な予感”をヒシヒシと感じていた。


 そしてそういった”嫌な予感”というのは、往々にして外れることがない。


 だがその”当たり方”が予想の遥か上を行っていたのだ。


 

 化物ゴーレムの直前で発生した爆炎が、一瞬だけその威力を感じさせる勢いで広がったものの、まるで何かに吸い込まれるようにその炎が一瞬でしぼんでしまう。


「・・・な!?」


 眼前のあまりの理不尽に、モニカがかつて無いほどの驚きの感情を放つ。

 反対に俺は驚いてはいたものの、うっすらとした納得と、それを想定していなかった自分に対する憤りを感じていた。


 そうだよな・・・あいつの同類ってことだもんな・・・・



 化物ゴーレムは悠然と立ち上がり、空中にまだ残っていた最期の魔力の炎の欠片を、開いた右手で・・・・・・飲み込んでしまった。

 そして全ての魔力がなくなったことを確認すると、開いて巨大化していた右手が、ガシャガシャと機械的な動きで元の形に戻る。


 俺達はその”魔力を吸い取る右手”に覚えがあった。


「・・・あれって、クーディーの・・・」

「・・・まさかこれほど高性能だったとは・・・」


 それは俺が初めて魔力調整を行い、危うく魔力暴走事故を止めるためにクーディが魔力を吸い取ったのと同じ物だったのだ。


 あのときはあの”手”に救われたが、今回は俺達を苦しめる側に回るとは、なんという皮肉な因果だろうか。


 そして、ユリウスですら傷を負うという俺達の持つ最大の攻撃を受けても、かすり傷一つ負わなかった”そいつ”が、再び細剣をこちらに向けて構えた。


 その構えに俺は先程までは感じていなかった”恐怖”を感じていることに気がつく。

 いや、これは俺だけではなくモニカの感情も含まれていた。


 こんな相手にどうすれば良いのか想像もつかない。


 俺達の目には、他の騎士型ゴーレムより一回り小さなその体躯が、まるで数百mの巨大な魔獣のような圧迫感を放っているかのように見えていた。


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