1-12【南へ! 2:~ルブルム川の渡し~】



 ・・・・・・・・ 


「・・・・・・・・」


 

 ルノーブルのメインストリートの真ん中で、俺達は2人揃って思考が真っ白になって立ち止まっていた。


「・・・・・すごい」


 そしてモニカが感想を呟いた。


 するとその様子を見た周囲の人が、まるで微笑ましいものを見たかのようにクスクスと軽く笑い、それに気づいたモニカが恥ずかしさで顔を赤らめる。

 だがそのおかげで冷静さが戻ってきたのか、周囲の様子を見る余裕ができた。


 そこで気付いたのだが俺達だけでなくここを通る通行人の何人かは同じように、視界に入ってきた”それ”を凝視して固まっていた。

 おそらく彼等も見るのは始めてなのだろう。


 ここは渡船の船着き場に向かうメインストリートの曲がり角で、初めて”川”本体が見える場所らしく、その雄姿に圧倒されて立ち止まる人も一種の名物と化していた。


「あれが・・・・ルブルム川」

『大河とは聞いていたが、実際に見るとすげーな』


 俺達の眼前には、川辺に向かって真っ直ぐに伸びる道と、その両サイドに様々な商店が立ち並び、多種多様な格好をした多くの人が活発に行き来している様子が広がっていた。

 だが、その光景はある一定より遠くではまるで虚空に街が消えたかのように途切れていた。


 そしてその虚空の先は見えない。


 まるで空間ごと切り取ったかのようなそれは、よく見れば地平線の彼方まで続く水面であることに気づく。


 これがこの大陸最大の大河・・・・”ルブルム川”だ。


 そしてその迫力は”川”という言葉から想像できるものを遥かに超えていた。

 

 まだこのあたりは川の流れの上流よりなのにもかかわらず、当たり前のように対岸は見えない。

 そして”ルブルム赤い”という名の通り、鉄分と赤の魔力をふんだんに含んだ水は赤茶色に濁っていた。


 ちなみにルシエラの受験勉強で学んだ”世界史”によれば、この川沿いに最初に出来た街がこの国の首都である”ルブルム”なのだそうだ。

 そしてついでに実は今のルブルムは、昔とは微妙に場所が違うというおまけ情報も入っている。


 だが俺達は一応国に追われる身なので、首都には近づけない。 

 そんな状態で首都にも繋がっている川に近づいて大丈夫かと心配する人もいるかもしれないが、そこは安心してほしい。


 この川、あまりにスケールが巨大なので、ここから首都まで行くにはまだ1000km近く川を下る必要があるのだ。

 俺の知識にある地球の、その中でもやたら密度が高めの日本で例えるならば、東京から鹿児島くらいあるので全然近くはない。


 そんなスケールの話がサラッと出てくるあたり、やはりこの”国”は巨大なのだろう。

 ちなみに面積では正確ではないが米国以上、カナダ以下といった感じだ。


 だが、この辺は平地なので街に入るまで川の姿も見えなかったし、ユリウスに乗ってかなりショートカットもしているうえ、それ以外はひたすら歩いてきただけなのでそういった、”超大国のスケール”的なものは意外と感じることはなかった。

 皆、日常的に筋力強化を使っているので歩く距離も多めというのも大きい。

 

 なのでこうしていざ、そのとんでもないスケールの一端を見せられると圧倒されてしまう。


お姉ちゃん・・・・・・は前にも見たんだよね?」


 モニカがルシエラにそう問いかける。

 お姉ちゃん呼びなのは一応街中で人目があるので姉妹モードが続行中だからだ。


「あら、だめよパロマモニカ、ちゃんとベルチャお姉ちゃんって呼ばないと答えないんだから」


 すると、ルシエラがそう言って面白そうに微笑んだ。

 

「あ、ごめん・・・ベルチャお姉ちゃん

「うん、よろしい」


 モニカが正しい・・・・呼び方をしたのを確認したルシエラが、満足げにモニカの頭を撫でる。


 別にどっちでもいいだろうと俺は思うのだが、ルシエラは自分の母国語で”お姉ちゃん”と呼ばれる事にそれなりにこだわっていた。

 演技に実感を持たせるためだとルシエラは言うが、俺はどうもただ母国語で呼ばれるのが嬉しいだけに思えてならない。


 それともしかすると、偽装ではあるがモニカのような可愛い妹ができて嬉しいのかもあるのかもしれない。

 その証拠に、モニカの頭を撫でる回数が増えた気がする。


「えっと、もちろん私は何度も見てるわよ、この街ルノーブルは初めてだけど、北国のクリステラからアクリラに行くにはどうしても越えなきゃいけないしね」


 そしてルシエラはそう答えた。

 だがそれだけではないようで、そのままズイッとモニカの耳元に顔を寄せて囁くように続きを言った。


「・・・でも、実はユリウスで飛んで通り過ぎちゃうことが多かったから、渡船に乗るのは久しぶりなの」


 なるほど、たしかにいつもの彼女ならそうしただろう。

 今は隠れるために地上を行っているが、空を飛べればどれだけ楽か。


「・・・今ユリウスに乗って飛んだらどうなるの?」

「さあ・・・でも、万が一でも国の飛竜隊に追いかけられたくはないわね」


 飛竜隊・・・読んで字のごとくなら、空飛ぶ竜の部隊ってことになるが。


「ユリウスみたいに飛んでるの?」

「うーん、ユリウスも飛ぶから飛竜だけど、純血の竜だから力は強いかわりに飛ぶ力は普通の飛竜の方が上ね、連携して襲ってこられたらかなり厳しいわ」


 ユリウスが空中戦で不利とか、なにそれコエー。

 雲より上は飛竜の領域というのは伊達ではないということか。


「あ! ほら、噂をすれば、あそこ!」


 そしてルシエラが、苦々しげな表情で空の一角を指差した。

 モニカがそちらに視線を向けると、そこには大空の中を悠然と飛ぶ黒い影が、小さな点のように見えた。


『あれが飛竜か』

「あれが飛竜?」


「そう、トカゲみたいでしょう?」


 モニカがその姿を確認しようと目を凝らす。


 飛竜の姿はユリウスを細くしたようなシルエットで、ゴツゴツとした宝石のような鱗のユリウスと違い、まるで地肌のように細かくぴっちりとした鱗に覆われていた。

 ユリウスを”ドラゴン”と称するなら確かにこちらはトカゲっぽいともいえる。


『だがそれでも全長20mくらいはあるぞ』

「おっきいサイクくらい?」

『まあ、体格は魔獣化したサイカリウスの方が上だから殴り合えば負けるだろうが、こいつは飛ぶのが本分だからな』


 普通に考えて魔獣であろうともあれに勝つのは厳しいだろう。

 

「でもユリウスの敵じゃないよね?」


 モニカがそんな疑問をぶつける。


「一匹ならね、ところが向こうの方が速いから、ちょこまか逃げられている間にワラワラと湧いてくるわ」


 そう言ったルシエラの表情は、かなり苦いものだった。

 以前あれと戦った経験でもあるのだろうか?


 そして、そんな強力な戦力を配置するということからもこの川の重要性が窺えた。

 魔獣一匹におびえながら生きていたシリバ村とは大違いだ。





 予想通りというか、当たり前というか、渡船の船着き場はかなりの数の人間でごった返していた。

 そもそもルノーブルの街はこの渡船でもって成り立っているので、必然的にその密度も推して知るべしである。


 渡船のシステムはまず船着き場手前のズラッと並んだ窓口でチケットを購入し、そのチケットを持って任意の船の所に行って通行証と一緒に見せることで船に乗れるというもの。


 行政の決まりで料金は同じ目的地であれば全て一律だそうだ。


「ハヤー、おじさん、南までのチケット2人分と、牛1頭分さちょうだいやー」


 ルシエラが窓口の男性に俺達のチケットを注文する。


「牛ってのは後ろの嬢ちゃんが連れてるパンテシアか?」

「ンダー、そうさー」


「その大きさなら10セリスだな、2人分と合わせて20ね」

「ハヤー、これでいいですかー?」


 ルシエラが妙に田舎臭い巾着袋の中から10セリス硬貨を2枚取り出して渡した。

 ルシエラいわくこれも”演出”らしい。


 田舎者と舐められる方が印象が薄いんだと。


 ちなみに路銀は妹であるモニカが別に出すと不自然なので前もっていくらか渡している。

 別にそんなものはいらないとルシエラは言ったが、そういうわけにもいかないと無理やり500セリスを巾着袋の中に押し込んでいた。


「ほい、二人分と牛一頭のチケット、なくすなよ」


 そう言って渡されたのは意外なことに一枚だけ。

 だがよく見れば、2と1という数字がそれぞれ色と形の判子で押してあった。


 周りを見れば、何人いようが皆一枚だけ貰っている。

 どうやらこれはこういうものらしい。


アペレシオありがとう!」


 チケットの内容を確認したルシエラが窓口に向かってそう言うと、俺達と一緒にチケットの列から脱出する。

 その先では他にも同じ様に渡船へと向かう人の列がまるで波のように複雑に動いていた。


「次は・・・・どうするの?」

「乗る船を・・・探すわ」


 この中では隣りにいる同行者と話すのも一苦労だ。

 そしてそれは道が最も狭くなる船着き場の門ではもはや圧縮機のようですらあった。

 これでも俺たちはロメオの巨体が人波をかき分けてくれるのでまだマシだが、すでにグッタリしている人もちらほら見かける。


 だがそれも船着き場のスペースに入るまでだった。


 渡船の乗り場は非常に広く、結構沖合まで長い桟橋が続いているので、人の密度は一気に薄まった。


 船着き場には大小様々な船が停泊していて、桟橋にその船が向かう行き先の看板が掲げられている。

 見れば一番多いのはやはり対岸の南ルノーブル行きだが、ルブルム川沿いの他の街に向かう船も結構な数が停まっていた。


 船の形は独特だ。


 一般的に想像するガレオン船みたいな舟形ではなく基本的にどれも箱型。

 それも渡船に関しては人を多く載せるためにどれも平べったい構造をしていて、仕切りなどもなく基本的に泊まれるような船室はない。


 逆に長期間乗ることになる他の街へ向かう船は多少立体的で、人の数よりも船室の数が目立つ。


 そして申し訳程度にマストに帆を張っているが、どれも外側に大きな水車のような外輪を備えていて自発的に動けることが窺えた。


「こっちよ」


 ルシエラがそう言って俺たちを引っ張って人の流れの横に出た。


「あれ? 南ルノーブル行きじゃないの?」


 モニカが不思議そうに人の流れの先にある桟橋に掲げられた看板を見る。

 そこには確かに俺達の目的地である”南ルノーブル”と書かれていた。


「聞いたでしょ? 同じ目的地ならどれ乗ってもいいって、あそこは門から近いから船も大きいけれど、それよりも人の数がすごいわ、あんなのに乗ったら向こうに着いた時はヘトヘトよ」


 見れば確かに桟橋の先に止まっている船は大型だがそれ以上に人の溢れっぷりがすごかった。

 だがそこから一個隣りの桟橋になるともう人の数はかなり減ってしまう。


「門の前の桟橋はほっといても客が来るから大手が持っていって質より量、少し離れたところの船は生き残るために量よりサービスを売りにしているところが多いってのは渡船の常識なの」


 そんな情報を教えてくれたルシエラの表情は得意げだった。


「どのあたりまで行けばいいの?」

「そうね・・・この街は私も初めてだけど、門からそれなりに離れてそれでも大きな船を使っているところなんかが狙い目じゃないかしら」


『となると、4つ先の桟橋の2番めとか良さそうだな』

「あれとか、どう?」


 モニカが俺の示した船をルシエラに伝える。


 それは門の前のに比べれば小さいが、それなりに大きくて、そこそこ人気があるようだった。


「うん、それじゃあれにしようか」





 俺達が選んだ船は、近くで見ると存外に大きく感じた。

 長さは大体ユリウスと同じ70mくらいか。


 門番ゴーレムや向こうに見える門に近いところに停まっている規格外に大きなものに比べればまだ小さいが、川を渡るためのものと考えればこれでもまだまだ巨大である。


 そして、その船へと直接繋がる小さな桟橋の前では、船員と思われる人物がチケットの確認を行っていた。


「ようこそ”ガントリー・ルノー・商会”の渡船へ! この船は南ルノーブル行きですが、お間違えないですかな? お嬢さんがた」


 その船員は俺達が近づくと元気よく声をかけてきた。

 なるほどサービスで勝負しなければいけないというのは本当のようだ。


 この船員も決して良い身なりとはいえないが、服の組み合わせと清潔感で好印象を与えていた。


「ンダー、そうですよー、共通チケットで乗れますよね?」

「もちろん、それがここの決まりだからね、ただしうちは別でも儲けているのさ」

「別?」


 なんだろうか?

 自慢げに言うからには別に阿漕な商売ではないのだろうが。


「この船は船上レストランも兼ねているのさ、どうだいお嬢さん方、旅の思い出に今日取れたばかりのルノーブル産の魚と野菜の料理は? 一番安いコース、今なら2人で50でいいよ」


 うわ、結構するな。

 一人、7千円くらいか、まあ場所を考えれば妥当なのかもしれないけれど。

 どうやら船上レストランも兼ねて運用することで他と差別化を図って生き残っているようだった。


 それにしてもどうしようか?

 別に食事は強制ではないし、見た感じ他の渡船と同じ様に乗るだけの客も多いようだし、そちらの方も十分に居心地が良さそうだった。


 だが、そんなことを考えているとルシエラが予想外の行動に出る。


「50セリスなんてみみっちいこと言わないで、一番いいメニュー持ってきてよ」


 そう言って何か金色のものを指で弾いて船員の方へと飛ばした。


「おっと!?」


 それを船員が慌ててキャッチする。

 そして、それの正体を見て少し目を丸くした。


 船員の手の中で金色に輝いていたのは、なんと1000セリス金貨だったのだ。


「ええっと・・・」


 突然の事に驚いたように固まる船員。


「・・・足りない?」


 それを見てさらにルシエラが畳み掛けるように続けた。

 





 俺達の乗った渡船が大きく揺れ、桟橋からゆっくりと離れていく。

 それは明らかに”動力”を持った物の動きだった。

 これもゴーレム機械だろうか?


 だがまだ外輪はほとんど回っていないので他の動力があると思うが。


 そして混雑する港を縫うように低速で船は進んでいく。

 その動きは慣れたもので、他の渡船共々いつも通っていることが容易に伝わってきた。


 今も、すぐ横を大きな貨物船が入港しているすぐ横を結構な勢いで通り抜けている。

 一応この船も貨物スペースがあり、ロメオはそこに繋がれているが、あくまで個人向けの利用を想定している感じだった。


 だがそれとは別に商会などの大口用の貨物専用船もかなりの頻度で運行されているらしい。

  

 見れば俺達が出港したすぐ横には貨物船の船着き場や、地元の漁師たちのスペースが見えていた。


 そして北ルノーブルの港からじゅうぶん離れ船同士の間隔が開けてくると、渡船の魔力回路が唸りをあげて本格的に外輪が回りだし、川の対岸へ向かって進みだす。

 正面にはまるで車列のように、船が何隻も連なって対岸に向かって伸びていた。


 これでこの船は間違いなく対岸まで俺達を運んでくれるだろう。

 それを確認すると俺たちの中にあった僅かな緊張が解けていくのを感じた。


「ふぅ・・・」


 渡船のレストランの豪華な席の上でモニカが溜まってた息を吐いた。


「はあぁ・・なんとかここまでこれたわね」


 そして反対側に座っていたルシエラも同じ様に息を吐いた。


『これで、とりあえず少し安心だな』

「うん」


 モニカが小さく頷く。


 この川渡りには大きな意味がある。


 ルブルム川は非常に開けており、更に船の往来もそれなりに激しい。

 そんなところを見慣れぬ大軍が渡ろうとすればかなり目立つ。


 ここまで寄った街の中での話題から、大きな部隊が移動したという情報は奇妙なくらい聞かれなかった。

 そこから俺達はまだ”国”は情報の隠蔽の方に主眼を置いているのではないかと推察した。

 つまり、俺達のことは消してしまいたいが、その過程で大きく動くような真似は避けたいということだ。


 だがこの前見かけた追っ手はかなりの大部隊なので、どれだけ隠密に動こうが人目に付けば目立つ。

 広大な大陸の中では隠れる場所に困らなくとも、ルブルム川を人目を忍んで通過するのは不可能だ。


 少なくとも国の俺たちに対する方針が大きく変わらなければいけない。


 だからこの川は、治外法権であるアクリラ行政区の境界に次ぐ、俺達の安全度が大きく変わる一つの境界線と言えた。

 なのでそこを越えられた俺達の安心感はひとしおなのだ。


 今は力強く揺れる船の振動が心地よい。


「それじゃ、いただきましょうか」


 少し神妙な空気になりかけていたところをそう言ってルシエラが断ち切った。

 そしてその言葉でモニカが目の前のテーブルに向き直る。


 そこには多種多様な豪勢な料理の数々が並んでいた。

 

 主には魚料理がメインだが、ルノーブルの近郊で採れた新鮮な肉や野菜。

 それに川沿いということで他の街から交易で得られた香辛料などもふんだんに使われて、彩りが豊かだった。


 それになんというか・・・・


「高そう・・・・」

「実際高いからね、”妹”の初めての川渡りの記念ということで、ちょっと奮発してみました」


 モニカのその感想にルシエラが楽しそうに答える。


「ねえ、ロン、今まで食べた中で一番高いのと比べてどれくらい高い?」

『約8.9倍だ』


「・・・それって、”あれ”が8回食べられるってこと?」

『そうなるな』


 ちなみに”あれ”とは、ピスキアについた日に記念で食べた、内臓料理盛り合わせのことだ。

 そう言うと価値がわかりにくいが、とりあえずかなり高いと見ていい。


「なに? そんなケチくさい事考えてると、せっかくの料理が台無しになるわよ」

「あ・・・うん」


 モニカが少し申し訳なさそうに、高そうなフォーク使ってなれない動きでとりあえず目の前にあったサラダを食べてみる。

 するといきなり飛び込んできたのは、野菜の風味ではなくスッキリとした酸味だった。


 モニカがその味に目を丸くする。


 野菜をきれいに盛り付けて、オリジナルのドレッシングをかけたもの。


 要約すればその程度なのだが、そこはさすが高級品。

 こんなものでもなんというか、お上品というか、高品質というか、そんな感じだった。


 それにしてもこの船、レストランで稼いでいるというだけあってかなり気合が入っている。


 スペースも広く、他の席にもそれなりに人が埋まっていて繁盛しているのが伝わってきた。


 なんでも、片道2~3時間ほどの渡船の時間は食事時間にはちょうど良さそうということで始めたんだそうだ。

 そしてメニューも市場が近く、すぐに港に着いて補給できるので結構柔軟に注文に対応することが可能なのだとか。


 だが流石に、2人で1000セリス分ではないと思うのだが・・・・


「あ! もしかして、お金の事気にしてる? だったら心配いらないわ、これは全部私のおごりよ」

「ええっと・・・、本当にいいの?」


 モニカが恐る恐る聞き返す。

 まだまだ未熟な彼女の価値観の中でも金貨というのはそれなりに覚悟がなければ使えないという基準くらいはあった。


「気にしないで、校長に北の調査を任されて、色々巡っている間に、それなりに魔獣とか軽くあしらってたから、今はお金には余裕があるのよ」


 なるほど、魔獣とかを何匹か狩っていれば確かにこの程度、なんでもないのかもしれない。

 実際グルド級を狩ればそれだけで7000セリスだ。

 ルシエラにしてみればそんなことは造作も無いだろうし、なくなればすぐに補充できる金額だといえた。


 そう考えると案外、彼女にとっては”大奮発”ではないのかもしれない。

 そしてそれを裏付けるかのような情報が続いてもたらされる。


「それとね、私とパロマモニカ両方の通行書に”特別留学生”って書いてあるでしょ?」

「うん」


 モニカが懐から通行書を取りだしてそこに書いてある内容を眺める。

 魔力傾向や見た目と言った項目は空欄だったが、備考欄にはハッキリと”特別留学生”と記載されていた。

 どうやらあれで、俺達も留学生であると思ってくれたらしい。


「”特別留学生”・・・つまり魔法士学校の生徒が二人して渡船に乗っていたら、それは普通は”討伐旅行”の帰りだと思うわ」


「討伐旅行?」

『そういえば、そんな単語何回か聞いたな』


 たしか魔法士学校の生徒なんかが何人かで一緒になって魔獣を討伐して回って懸賞金を稼ぐというやつだったはずだ。

 そしてルシエラ曰く、”特別留学生”が2人並んで旅をしていれば、そういう風に見えてもおかしくないらしい。


 でも、討伐旅行中の生徒に見られたら何だというのだ?


 俺のそんな疑問をモニカを通してルシエラに伝えると、意外な答えが返ってきた。


「大体の生徒は討伐旅行でかなり懐が潤うから、結構豪勢に飲み食いするのよ、特に帰りなんかは。

 だから魔法士学校の生徒なのにケチ臭いと、逆に変な印象に残るおそれがあるわ。

 もちろんいつもならそれでもいいんだけれど、渡船の船員には必ず留学生であることが伝わるから、できるだけステレオタイプに行動したまでよ」


 なるほど、これが魔法士学校の生徒のステレオタイプな注文なのか・・・・

 そうなるとアクリラ条約の”特別留学生”というのも意外と大変かもしれない。

 

 だが、理由はそれだけではないようで、美味しそうに魚のソテーを頬張るルシエラの口から意外な本音がこぼれ出た。


「・・・・まあそれは建前みたいなもので、たまには可愛い妹分の前で見栄を張りたくなるのも、魔法士の本能みたいなもんなのよ」

「・・・そういうものなの?」


 モニカが少し不思議そうに聞き返すと、ルシエラが無言で頷いてから言葉を続けた。


「もし、あなたがこれを”借り”だと感じたのならば、それは私じゃなくて、これからできるあなたの可愛い妹分に返してあげて、それが魔の道を歩む上での掟みたいなものなの」


 そしてルシエラが意味深に微笑む。


 この時はまだ、俺達はその言葉の持っている”意味”を理解することはできなかった。

 だが、その言葉を言ったルシエラの様子はとんでもなく満足げなものだったのだ。


「・・・そういうものなのかな」

『そういうもんなんだろう』


 きっと、そういうものなんだろう。


「わたしにも、”妹”みたいな存在ってできるのかな?」

「それはあなた次第だけれど、きっとできるはずよ、私にもできたんだから・・・」


「・・・うん」


 何かを噛みしめるように、しみじみとそう言うルシエラ。

 今度も俺はその意味をハッキリと理解することはできなかったが、モニカは何かを感じ取ったようでそう頷いた。

 

 そして何かを吹っ切ったように、勢い良く目の前の皿に乗っている魚のソテーに齧り付く。

 すると口の中いっぱいにバターと香辛料の絶妙な風味と、新鮮な魚のしっかりとした食感が頭の中に入ってきて、”今はこれでいいか”という感情を俺は持った。



 

 その後、俺達を乗せた渡船は数時間かけて予定通り南ルノーブルの港へと辿り着き、その何事もない船旅に胸をなでおろすと同時に、僅かな不安を伴う違和感を覚えた。

 

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