1-12【南へ! 1:~クリステラの姉妹~】



「はい、次の人」


 ルブルム川のほとりの街、北ルノーブルの東の門検問所にハンコで押したような事務的な台詞がまた響いた。


 だが、検問所といっても今は平時で特に警戒命令も出ておらず、人の往来も激しい街であるため、身分証の確認を行う程度でほとんど何の検査も行なわず通行証を発行すると事務的にそれを渡す。

 

「はい、次の人」


 最後に前の行商の荷馬車を軽く覗いたあと、検査官は列の最前列に向かってまたそう言った。


「ハヤー、ようやく順番きたねー」

「ンダー、ベルチャお姉ちゃん、コンシャラ疲れたー」


 すると見慣れないクリステラ訛のピンク色の髪の姉妹がやって来た。


 姉の方は背が高くスタイルの良い美人といった印象で、歳が離れているのか妹の方は背はまだ小さく、後ろに背負った沢山の荷物に埋もれてしまっている。

 だが姉妹なのだろう、今後美しさへ変化していくであろう可愛らしさがそこにあった。


 どちらも同じ髪の色だが目の色が姉のほうが薄い青、妹のほうが薄い黒。

 そしてあつらえたみたいにおそろいのソバカスが、なかなか良い感じに二人の良さを引き出していた。


「ルノーブルは初めてかい? 目的は渡船かな?」


 検査官の男は慣れたように姉の方にそう問いかけた。

 ここは多くの国や種族が通るので外国人であっても珍しいものではない。


 強いて言うならクリステラからは遠いので滅多に見かけないくらいか。


ンダーそうです、ルブルム川さ、渡って向こう側に行きたいんヤー」

「ンダー」


 姉妹が揃ってそう答え、その光景に検査官の目が緩む。


「川渡りは初めてかい?」

メラーいや、わたすは学校さ行く時に何度か渡っとるけー、ハンメだけどマナチャいもうとは学校さ行くのも初めてなんで、ルブルム川は初めてダー」

「ンダー、パロマ、川渡り初めて、ダヴィスンたのしみ!」


「学校?」


 そこで検査官の表情が少し真面目なものになる。


「魔法士学校ださ、マナチャいもうとも同じところにかよってるのさー」

「ンダー」


 その答えに検査官の顔が感心した物になった。

 このマグヌスは魔法先進国なので、魔法士を育成する機関も多く、それを利用する外国の留学生もそれなりにいる。

 当然かなり優秀な者しか基本的に留学出来ないので、姉妹揃ってそれに通っているというのは、かなり凄いことだった。


「留学証明書は持ってるかい?」


 検査官が魔法士学校の留学生の身分証として使われている書類の提示を求める。

 だがその瞬間、姉妹の様子が少し緊張に包まれた。


「・・・アー・・・検査官さん、わたすの証明書は・・・はい、これ・・・なんですけんど、マナチャの証明書を・・・失くしちゃって・・・」

「・・・ンダー・・・」


 申し訳なさそうに、姉のほうが自分の証明書を差し出して、それを見た妹のほうが露骨に緊張した顔になった。


「ありゃぁ・・・それは、ちょっとまずいね・・・」


 検査官が困ったような表情で、頭を掻きながらそう言った。 


「だめですかー? わたすの証明書で一緒に通れないでしょうか・・・?」

「・・・おねがい・・・」


「そうは言ってもね・・・外国人だと、必ず証明書持ってないと・・・」


 検査官が姉妹を交互に見比べるように視線を動かす。

 するとその緊張に耐えられなくなった妹のほうが、突然泣き出した。


「・・・ぐすっ・・・うわああああ・・・シエトーごめんさい・・・シエトーごめんさい


「あ!? バスこら! パロマ! ネチロセントこんなところで レローラン泣いても ラガシーラしょうがないでしょ!」


 取り乱したように謝りながら泣く妹と、それを必死になだめようとする姉。

 どうやら妹が何かのミスをして証明書を失くしてしまったらしい。


 子供なのでつい気を抜いてしまい何処かで落としたのだろう。


 それまで平穏だった検問所でちょっとした騒ぎになった。

 すると、後ろで並んでいた列の方から非難の目が検査官の方に飛んでくる。


 内訳はなにか検査官が泣かせるようなことをしたのではないかという非難と、単純に検査が上手くいっていないことに対する非難が半々だった。


「ああああ・・・シエトーごめんなさいパロマわたしが パルケスタンバおっちょこちょい バステンテレノだったから ・・・・ああああ・・・・シエトーごめんなさい・・・・」

 

 さらに追い打ちをかけるように、パロマと名乗る妹の泣き声が大きくなり、検査官の額に僅かな冷や汗が滲んだ。

 そして、それを一瞬確認した姉がすかさず検査官に逃げ道を伝える。


「あんの・・・・ここまでの関所は、わたすと一緒ってことで、通してもらってたんですがー・・・」

「ああ、そうなの? どうしようか・・・」


 すると検査官が言い淀み、姉がさらに続ける。


「向こうさ着いたら、マナチャに、すぐに証明書さ発行させますんで、どうか・・・、も、もちろん、必要だったらあとでこちらの関所さに、書面さ送るんで、おんねがいしますー」

「うっぐ・・・ぐすっ・・・ン゛ダー・・・カルアシスお願いします・・・」


 そう言って妹が必死に頭を下げる。

 そしてその勢いに遂に検査官が根負けした。


「ああ、しかたないな、今回だけだよ!」


 そしてその瞬間、それまで泣き叫んでいた妹が、一瞬で泣き止んですごい笑顔で検査官の方を見た。


テア本当!? いいの!?」

「ずっとお姉ちゃんと一緒に行動してね、本当は駄目なんだから・・・・」


「アペレシオ、ありがとうございます!!」

「ンダー、アペレシオありがとうございます


 そう言って姉妹それぞれ満面の笑顔で感謝の言葉を述べた。

 流石の検査官も美少女姉妹にそんな顔をされれば、悪い気はしない。


 少々規則違反ではあるが、問題のない範囲なのでそのまま処理をすることにした。


「それじゃ、お姉ちゃんの証明証貸して・・・あと知ってると思うけど本人確認するから」


 検査官が少し前から差し出されていた姉の証明書を受け取って、手持ちの機械にかざす。

 するとその機械が反応して、機械の上に魔法陣が出現した。


「はい、ここに・・・・」

「手を、かざすんですよね? 知ってます」


 姉がそう言って慣れたようにその魔法陣に触れると、魔法陣が反応して形が変わった。


「うん、本人のもので間違いないね、はい返すよ、それとこっちが二人の通行証、ルノーブルの門と渡船にはそれでいけるから」


 検査官が姉の証明書と一緒に2枚のカード状の通行証を姉妹に手渡した。

 二人はそれを”感謝”を顔面に貼り付けたかのような笑顔で受け取る。


アペレシオありがとうございます、これからは気をつけます。」

「ンダー! アペレシオ!」


「ははは・・・、それじゃ入っていいよ」


 検査官がにこやかにそう言って門の街側を手で指して通るように促した。


ハヤーはい! 行こう、パロマ!」

「ンダー! ベルチャお姉ちゃん


 そして姉妹は、まるで何事もなかったかのような明るい顔で、門へ向かって歩き始めた。

 

「二人とも、いい川渡りを! 今度は証明書なくすんじゃないぞ」


 それに対して検査官の男も笑顔で手を降って見送った。

 すると、姉妹が門を越える所で立ち止まり、検査官の方を振り向いて今日一番可愛らしい笑顔を見せた。


「ンダー! おじちゃん ありがとう!」


 それだけ言うと、再び向こうを向いて小走りで少し先にいた姉に追いついて、そのまま街の中へと消えていった。

 検査官はそれを最後まで見送ると満足げに目を閉じる。

 

 ・・・あんな美しい姉と可愛い妹の姉妹に出会ったのだ、今日は良い日に違いない・・・

 

 そんなことを考えながら。


「おい! 検査官さん、次まだかい!?」


 そして、順番待ちの列の方からかかったその指摘で我に返る。


「あ!? すいません! 次の人! どうぞ!!」


 そして再び、検問の作業に戻っていった。




※※※※※※



「・・・ふう・・・」


 ルノーブルの街の市域の端に作られた壁の前で、ピンク色の髪の姉妹の妹の方が緊張で溜めていた息を吐き出した。


『おつかれさん、パロマ・・・


 そこで俺が、モニカ・・・に対して労うように声を掛けた。

 一応、街の中なので怪しまれないように”外”には声を出さない。


「フフフ・・・緊張した?」

「うん・・・でも、本当に通れるなんてビックリした」


 モニカが少し恐いものを思い出すように頭を回す。


『ルシエラから聞いてはいたがまさか本当に、あそこまで適当な確認だとはな・・・』


 俺達は追手から隠れるために、できるだけ目立たないように気をつけてアクリラを目指していた。

 だが、その途中の旅程の関係で、どうしても身分証が必要になることがある。


 もちろん俺たちを追うことは極秘であるため、本物のモニカの身分証を出した所でそこでは問題にはならない。


 冒険者協会は、教会と同じ”国”の力から外れた存在なので、ある意味で最も情報が流れない組織といえるし、まだまだ末端の検査官まで情報をバラまくには時期が早いと思われた。


 だが、だからといって足跡を残していくのは、そこから推定されるおそれがあるためできるだけ避けたい。


 そこでルシエラが提案したのがこの方法だ。


 俺達は現在、ルシエラお手製の隠蔽魔法でその外見を偽っている。

 といっても髪を違う色に染めて、目の色を薄くした程度だが、これでも目の色よりも髪の色が勝るので人からの印象としては、”赤”か”白”の魔力傾向を持っていると誤認させることができるのだ。


 この世界、魔法士を見る時の目は魔力傾向に左右されやすい。

 おそらくあの検査官の印象にも、赤か白の魔力傾向の姉妹という以上は残っていないだろう。

 強いて追加するなら美人のお姉さんくらいか?


 ひょっとすると、可愛い妹が証明書を失くしてしまったらしい も追加されるかもしれない。


 とにかく、これだけでも見た目は結構ごまかせるのだ。


 もちろんプロの目を誤魔化すためにはそれなりに高度な魔法が必要で、ルシエラの超低燃費魔法陣でも維持するのに定期的に魔力を渡さないといけない。

 まあ、だからこそ誰も疑ったりはしないのだが。


 そしてもう一つ、それはルシエラの持つ”留学ビザ”の特殊性による。


 この世界には通称”アクリラ条約”と呼ばれる、高度教育のための国同士の決め事があった。

 アクリラで行われた会議で決まった条約なのでそう呼ばれているが、これは加盟国の人材をより高度な別の国の教育機関で学ばせたり、研究させようという趣旨の物だ。


 加盟国は一定の枠の中であれば、他の国の教育研究機関に人を送ることが可能になり、そこで得た知識を母国に持ち帰って役立てることができる。

 その代わり自国も他の加盟国の人材を受け入れなければならない。


 これは、後にその国の重要ポストに就く人材をより良い環境で鍛えられるだけでなく、彼らに対して国を超えた人脈という強力な武器も同時に与えた。

 これが現在の国家間のパワーバランスに与えた影響は計り知れない。


 だが俺達にとって重要なのは、そのおかげで、その国が認めた留学生であればかなり自由に行き来ができるようになっていることなのだ。

 そして、ここまでの街で見た感じでは、その検査はかなり適当だった。


 これにはこの証明書のとんでもなく強力な”証明力”が関わっている。


 この証明書はアクリラの専門機関が、かなり気合を入れて制作しており、一般人が持てる身分証の中では最も信頼できる物であった。

 偽造は不可能に近く、仮に同じ見た目でもその効力は真似出来ない。

 そして重要なのは決して他人の物を使うことも出来ないことだ。


 なぜなら、この証明書の魔力回路は発行対象の魔力を受けたときのみ正しい反応を返すので、発行された本人でしか扱うことが出来ない。

 検問の時にルシエラが触れた検査官の持っていた機械はそれをチェックするためのものなのだ。


 このおかげで、少なくとも証明書を使えるのは”国”が留学を認めた本人であることに疑いの余地は無い。

 そしてそんな証明書だからこそ、本人確認さえ出来てしまえば検査官の興味はそこで尽きてしまう。


 それこそ名前やその他の個人情報の確認など全く行わないほどに。


 それにいざという時、魔獣などの脅威から街を守るために強力な戦力をできるだけ街の中に入れておきたいという検査官側の心理も強く働くおかげで、”アクリラ条約”の留学生はほぼ証明書をかざすだけでどこでも歓迎されるのだそうだ。


 それと元々、今は平時で前回のピスキアのように警戒事項なども無いため検査は緩い。

 発行される通行証もほぼ空欄だった。


 法律ですら魔力で機能するこの世界。

 証明書類に求められるのは内容ではなく魔力的整合性なのである。


 俺達はその”隙”を悪用したのだ。


 具体的にはモニカをルシエラの妹と偽ることで突破した。

 スタイルが全然違うが、そこは実際より歳の離れた姉妹ということで、強引に髪の色とおそろいのソバカスを付けることで誤魔化すことに成功していた。


 あとは実際に検問を突破するだけだが、考えてもみてくれ。

 証明書を失くしたとはいえ、姉は最強の身分証を持ち、ついでに話が本当なら姉妹揃って街としても居てほしい実力者、しかも検査待ちの行列はどんどん伸びていく、そこに美少女姉妹からの”お願い”とくれば、通してしまうというもの。


 このためにルシエラはわざわざ男の検査官の門を選んだくらいなのだ。


 ちなみにこの隠蔽が唯一通用しない”門番ゴーレム”は、ルシエラの索敵魔法とモニカの野生の勘を全開にして全力でスルーした。


 幸いあいつらは基本的に管轄区域の中を自由に飛び回って適当に検問を行うだけなので、通らなければならないものでは無いし、通ってなくても不思議ではない。



「ところで私の発音、どうだった?」


 モニカが確認するようにルシエラに聞いた。

 どうやら先程の検問での、モニカの”クリステラ語”の出来を聞いているようだ。


「うーんと、ちゃんと知っている人が聞けばバレるけど、イントネーションは結構よく出来ていたからこの辺じゃバレないと思うわよ」

「よかった」


 モニカが安心した用に微笑んだ。

 ちなみにあれは、ルシエラが即席で行った”クリステラ語講座”を収録した俺が作った台本をモニカに演じてもらっていたものだ。


 あとはこの辺の人間が思っている”ステレオタイプなクリステラ人”をできるだけ演じることで取り繕った。

 姉妹おそろいのソバカスもその一環で、クリステラはどうもソバカスのある女の子のイメージが強いらしい。


「あと、それとアドリブで泣いたやつ、タイミングもバッチリでだいぶ楽になったわ」


「本当?」

「ほんと、ほんと、なかなかの名演だったよ」


「ロンはどう思う?」

『ああ、検査官が騙されるくらいなんだから、かなりすごいと思うぞ』


 それにあそこで泣きの演技を入れる度胸も含めて、将来は女優の道もあるかもしれないと俺は感じた。


「そう・・・へへっ」


 そういって自慢げにモニカが表情を緩める。

 その顔は先程の検問所で最後に見せた笑顔にも匹敵する明るいものだった。



『それよりも、さっさと引き上げてやろうぜ』

「・・・・この向こうでいいの? お姉ちゃん・・・・・・大丈夫?」


 モニカが俺とルシエラに確認を取る。

 すると、ルシエラが周囲を軽く見回したあと、表情を真剣なものにして目の周りに小さな魔法陣を発動した。


「大丈夫、誰も見てないわ」


「よっしゃ、じゃあ始めるぞ」

「うん」


 そう言って俺は、モニカの服の下に仕込んでいたフロウを伸ばし、同時に【転送】で取り寄せてどんどん上に繋げていった。


 先に小さな感覚器をつけたフロウの腕はどんどん上に伸びていき、遂には壁を超えその向こうに降りていく。


 そしてしばらくすると、今度はその腕にノホホンとした表情のパンテシアを抱えて戻ってきた。


「きゅるる?」


 既に何度か他の街でこういう風に壁の内側へ入った経験があるせいか、ロメオの反応は穏やかだった。

 つくづく適応力の高い牛だこと。


 何故こんなことをしているのかというと、追っ手の情報に”パンテシアを連れた少女”というものがある可能性を考慮しての物だった。


 なので検問は2人だけで通り、ロメオは壁の上を越えることでその印象を拭おうとしているのだ。

 だったらモニカも壁の上を越えればいいではないか? と思うかもしれないが、実際他の街ではそうやって出入りしていた。


 だがこの街ではどうしても検問を通る必要があるのだ。

 でなければ通行証がもらえない。

 

 そしてこの通行証がなければ川を渡るための渡船に乗れないのだ。

 だから一種の賭けとしてあの三文芝居を敢行したのだが、無事に良い結果に終わって俺は心の底から安堵してた。


「それじゃ、見に行きましょうか」


 ロメオが街側の地面に下ろされ、モニカが問題のないことを確認すると、ルシエラがそう言った。


「そうだな、早く渡っておきたいし」

「もうすぐ見えるの?」


「すぐに見えると思うわ、なにせ大きい川だし」


 そして、俺達はこの街に来た最大の目的である”ルブルム川の渡し”の船が出る街の南側に向かって歩き始めた。


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