1-11【新しい朝 17:~想定と対策~】


 辺りに人気のない山と湿地帯の間に、ユリウスの巨体が再び地面に降り立ったときには既に日は落ちていた。


「お疲れ様、しっかり休んで」 


 ルシエラがそう言ってユリウスの鼻面を軽く撫でると、全長70mに迫る巨竜は安堵の表情を浮かべながら青い光の中に消えた。


 だが以前にも見て慣れたせいもあるが、約半日全力で飛んだせいで明らかにユリウスは前回よりも迫力がなく疲れている印象を受けた。


 そしてルシエラの方もユリウスへの補助魔法をかなり強く使っていたせいか顔色が悪く余裕が無いようで、それを見たモニカが最後の確認とばかりに周囲を見渡す。


 幸い、追手はちゃんと振り切れていたようで、周囲には誰もいない湿地帯が広がるだけだ。


 上から確認したところ、この近くには山一つ越えたところに小さな集落がある程度で、その他には人気のようなものは無かったので、ここならば着地を見られた可能性は低い。


 ひとまずは安心していいだろう。


 だがここまで凄い緊張だったせいか、二人共今でも表情は硬かった。

 半日前は平和に魔道具づくりを学んでいたとはとても思えない。


「ふぅ・・・ここからしばらくユリウスは使えないわ」


 気持ちを沈めるために一息つきながら、ルシエラがおもむろにそう言った。


 更に1拍息をついてから、その理由を述べる。


「東のブルックナーの行政区が近いし、ルブルム川を渡るときには目立つから・・・はぁ・・・しばらくは歩いて行かないと・・・」


 そして、それだけ言うとその場にへたり込んでしまった。


「ルシエラ!? 大丈夫!?」


 慌ててモニカが駆け寄る。


「大丈夫・・・大丈夫、ちょっと魔力使いすぎただけだから・・・」


 そう言って、小さな収納用魔法陣を開けてそこからパンのようなものを取り出して一口齧った。


 見た感じ、まだ少しだけなら余裕は出てきたようだが顔色は良くない。


 しかし、ユリウスが使えないのは痛いな。

 あの巨竜に乗って移動できるのとできないのでは大違いだ。


 だがあの巨体はいかんせん目立つ。

 できるだけ穏便に済ませたい時にそれは致命的だった。


 それにアレス高地で見たあの謎の軍勢。


 そしてその中からまるで、飛び立った俺達を追いかけるかのように、高速で鳥の群れのようなものが迫ってきた。


 だが鳥といっても銀色の鷹のような見た目ではあったが、明らかにクチバシは飾りか空力的な理由でついていると思われ、少なくとも開いてついばんだりはできないと思われた。


 全体的にかなり滑らかなラインをしていたが、金属的な見た目から少なくとも機械であることは間違いようがない。


 さらに目が2つではなく左右に3つずつ、羽にも何らかの感覚器と思われる箇所が見られ、明らかに偵察行動に特化しているものと思われた。


 それに俺はその独特の高性能感・・・・に対して見覚えがあり、それを裏付けるように視覚ログを精査すれば地平線の端にそのもの・・・・まで写り込んでいて、もはやその正体について疑いようがなかった。


 そして、それから推定される戦力を考えるならばひたすら逃げに徹して正解だったと思う。


 幸い撤退の判断が早かった事で今回は事なきを得たが、もし追いつかれていたらと考えるとぞっとする。


 それはルシエラですら酷く緊張していたことからも容易に窺えた。

 口には出さないが、おそらく彼女でもマトモに戦えば只では済まない戦力なのだろう。


「それで・・・捲けたと思うか?」


 俺が確認の意味も込めてルシエラに問う。

 補助魔法も限界まで使って全速力でユリウスを飛ばしたので、逃げ切れたとは思うが、


「取りあえずは捲けたはず・・・だけどあの鳥みたいなのに結構近づかれたから、私達のことを”認識”はされたと思うわ」

「それはどこまで?」


「さあ、でもピスキアで逃げた時に私達の名前なんかは知られてるから、それがどこまで伝わってるか・・・」


「ルシエラはあれが”国”の追っ手だと思うか?」

「単純に考えれば、あそこにあれだけの部隊を送れる存在はそれしかないわね」


 やはりか・・・これは思ったより猶予はないかもしれない。


 そしてその事を薄っすらと理解したのか、モニカもより一層体を緊張させて、無意識に両手を強く握りしめていた。


「”あいつら”・・・私を食べる気だった」


 モニカがポツリと呟いた。


「食べる気?」


 ルシエラが不思議そうに問いただす。

 その声の感触から、ルシエラも”あいつら”について気付いているようだった。


「もちろん、本当には食べないと思うけど・・・そうとしか言えないような・・・」


 ・・・殺気が。


 その言葉がもう少しで飛び出すところだったが、すんでのところで思いとどまる。


 だが、その感覚は”あいつら”が放つ殺気で間違いないだろう。


 モニカはこれまで獣相手に何度も食うか食われるかの戦いをしてきたので、そういう風・・・・・に殺気を理解しているだけだ。


 ただ、あれ程の量の存在に一斉にそれを向けられるというのは経験したことがないせいで、モニカの体が僅かに震えていた。 


 それに殺気を向けられたというのは大きな情報だ。


 以前戦った調査官のランベルトとは違い、今回は明らかに俺達の”排除”を前提としたものだった。

 しかも偶然出会った前回とは異なり、狙ったように真っ直ぐこちらに向かってきていたのだ。


 それには、少なくともある程度の認知が必要となる。


 おそらく何らかの形でランベルトの失敗が露呈し、”国”の警戒レベルが一気に上昇したのだろう。


 あれ程の大部隊、”国”による俺たちへの対策が違う段階に移行したと思って間違いない。

 ルシエラが言うようにピスキアの一件との繋がりを念頭に動いているとも考えられ、俺達もより一層注意しばければならない。


「まあ、少なくとも目立つ行動は避けた方が良さそうだ」


 俺がとりあえずの結論を述べる。

 するとそれを補足するようにルシエラが続いた。


「それと一箇所に留まらないことね、私達がアレス高地に居ることは誰も知らないはずなのに、それでもやって来たということは、少なくともモニカについて何らかの手がかりがあるんだと思う」


「手がかり?」


「多分モニカのスキルだと思うわ・・・ガブリエラがウルスラを使うと、かなり広範囲に使ったことを観測されていたから、その類だと思う」

「・・・そういえば、そんなものがあったな・・・」


 俺は苦々しげな感情でその存在を思い出した。

 それに対して初耳のモニカが大きく驚く。


「そうなの!?」

「”カミルの伝言”に書いてあった・・・だがあれは、居場所を特定できるような代物じゃないはずだろ?」


 なんでも、王位スキルはその出力のせいで発動した場所から遠く離れた場所であってもその痕跡を見つけることが出来るというのだ。


 だが、その痕跡というのは非常に低レベルのものでしかなく、しかも発動した箇所の周囲を離れるとほとんど差を観測できないほど薄く殆ど均一に広がっているので場所の特定は困難だ。


 さらに観測設備も巨大で地下などに設置しないといけないため持ち運んで辿るというのは現実的ではないとのことだった。


 つまり、それだけの情報で数日で居場所を突き止めるのはかなり厳しいのだ。


 だが、ルシエラの意見は少し違った。


「そうでもないわ、困難というものは何かしらの”偉業”の前では無力よ、それにあれはそういう類のものだと思う」


「”偉業”?」

「わかってるでしょ、あれの正体」


 ルシエラはそう言ってモニカの目ごと俺を見つめた。

 それだけで、俺はその意図に気づく。


「だが、あいつは・・・そもそも、何で残ってる?」

「”あれ”は、いってしまえばただの”兵器”よ、それを作った人間に属するものではないわ」


 ちくしょう・・・そういや確かに、コルディアーノもクーディも作った奴が死んだあとも好き勝手に動いていた。

 そういったものが軍に残っていてもおかしくはない。


「だが・・・”あれ”は・・・結構古いだろ?」


 少なくともモニカよりは古い時代の産物のはずだ。


「古くても、”あれ”は”あれ”よ、とんでもない方法で困難を解決していても不思議じゃないわ、それに誰かが改良している可能性もあるわ」


「ねえ! ちょっと! さっきから”あれ”ばっかり言って ”あれ”って何!?」


 自分の頭を通り越して何かを通じ合う俺とルシエラにモニカが不満をぶちまける。


 だが、これはモニカには伝えたくない。


 自分にとっての”ヒーローの仲間”に殺意を向けられたなんて知ったら、これからの成長にかなり悪影響を与えかねない。


「一応聞いておくが、ルシエラだったら、あの戦力を使えるなら、俺達をどうやって探す?」


 とりあえず、なんでもいいんで可能性を探る。

 気休めでも対策が取れるならそれを探りたい。


「うーん・・・たとえば、あの鳥に小さくした観測機をつけて沢山飛ばすとか・・・」

「それで分かるのか?」


「いや・・・なんとなく言ってみただけ」

「ルシエラでも分からないの?」


 ルシエラの言葉にモニカは少し驚いた様子だった。


「ええ、ただ、手っ取り早く広範囲のデータが分かればなんとかなるかな、と思ったのだけど」


 そう言って軽く苦笑いを作る。


 だがルシエラは自信なさげだが俺はその可能性は結構高い気がした。

 あくまでも直感の域を出ないが。


「いや・・・案外その線かもしれない、とりあえずはそれで対策を考えよう」

「といっても数で押さされたら、どうしようもないよね・・・」


 俺の提案にモニカが即座に指摘を入れる。

 確かにルシエラの言った方法は、単純にデータ量を増やすというものなので、もしそれをされていた場合対策がしづらい。


 こういった方法の弱点はデータの管理の難しさだが、人ではないあいつらにとっては関係ない。


 あれ程の巨大な集団があの密度で一斉に移動できるのだから、何らかの高度な連携手段を持っていた筈だ。


 それに俺の知る”あれ”は下手な人間よりよっぽど頭が回る。

 情報の解析などお手の物だろう。


「はぁ・・・一番簡単なのはスキルを使わないことなんだけどね・・・」


 ルシエラが軽く溜息をつきながらそう言った。


 なるほど、たしかにそれならスキルが発する魔力波自体が発生しなくなるのでその心配はいらなくなる。

 だとすれば少なくともこの懸念に関しては解決できる。


 もちろん出来ればの話だが。


「でも、ロンは止められないよ?」


 モニカが少し心配そうに指摘した通り、俺を止めることはできない。

 

「やっぱり無理?」

「うん」


「二重の意味で無理だ、止め方も分からないし、ずっと止めたらモニカが数日で死ぬ」


 ちなみに魔水晶を外しても、緊急用のシステムが発動するので止めたことにはならない。

 これはピスキアの一件ではっきりしている。


「まあ・・・これは無理なのは分かっていたけど、そうなると、やっぱり気休めレベルになってしまうわね」


「気休めでもいいよ、教えてくれ」


「そうね・・・例えばデータにノイズを混ぜてやるとか」

「ノイズ?」


「例えば街みたいな人の多い所に行けば、大量の人間が発する魔力波が干渉して、あいつらもデータが見辛くなると思うわ、もちろん長距離の影響は消せないし、上手く処理されればいずれバレるから、気休めの域を超えないけれど」


 たしかに街の中ならスキル保有者の数も必然的に多くなり、単純なスキル反応だけでの捜索は難しい。

 木を隠すなら森の中というやつだ。


「だが、街に入って大丈夫なのか?」


「フランチェスカ計画の極秘度から考えて、末端の行政組織には連絡は行っていないはずよ」

「だがそれでも軍の近くは避けた方がいいだろう、その意味じゃ街は危なくないか?」


「もちろん国軍のいる場所は避けるわ、でも首都の近くでも、国境の近くでもないような中途半端な街なんかは現地の警備隊しかいなかったりするの。

 その手の街は自治意識も強いから極秘情報も流しにくいしね。

 そういった警備の緩い街を選んで行けば、すぐに通り過ぎる分には大丈夫だと思う、もちろん偽装もするし」

「偽装?」

「変装でもするの?」


「そう、簡単なものだけどね、それと、これからは直接アクリラを目指すから」


「いいのか? 期日までまだ一週間あるし、それに合格基準も余裕はないだろ?」


 あの校長からも職員会議を通すために”最低2週間はかけるように”と念を押されているので、早く着きすぎても問題がありそうだった。

 だがルシエラはそれに対して軽く首を振った。


「どうせここから歩いて行けば、それくらいはかかるわ、勉強もその途中でもそれなりに教えられるし、今は少しでも早く安全地帯アクリラに入った方がいいわ」


 どうやら今後は安全を取る方針に切り替えるらしい。


「分かった、モニカ、それでいいか?」

「うん、でも”偽装”って何するの?」


「まずは・・・そうね・・・」


 ルシエラは上を向いて少し考えてから改めてこちらに向き直り、いつものイタズラっぽい笑みを浮かべた。


「モニカ、あなた、しばらく私の妹になりなさい」


 ルシエラのその言葉に俺たちが一瞬固まる。


「「・・・へ?」」


 ようやく絞り出したそれは、今日一番すっとんきょうな声だった。


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