1-11【新しい朝 11:~蚊帳の外~】


side ???




 ふと、なんで自分はこんな所にいるんだろうか? と悩む瞬間がある。

 俺にとってはまさに今がそうだ。


 同じように居心地の悪そうな相方の逞しい筋肉を眺めながら、俺はこの得体の知れない空間の中でそんな事を考えていた。


 俺の名は”グレイ” もちろん偽名だ。

 本名はエゴール。


 東の小国、マルモのプロシナという街の出身のしがない魔法士だ。

 こんなのでも一応地元の魔法士学校を卒業していたりするのだが、魔法最先端国であるこの国では魔法士学校も行ってなかったり、才能が足りなくて中退したりした”名ばかり魔法士”と大きな違いはない。


 それでも俺は相方で筋肉剣士の”ウェイド”と一緒に姉貴分である”黒舌のジーン”の下で働いていた。

 もちろん2人とも偽名だ。

 この前うっかり本名を知る機会があったが、マナー違反なのでここには書かない。


 とにかくその黒舌の姉御の仲間というか、護衛というか、手伝いというか、まあ、そんな事をしているのだ。


 ちなみに黒舌とは読んで字のごとく、姉御の舌が黒いからそう名乗っている。


 本当だ。


 どうも姉御のスキルの関係で魔力傾向が舌に出ているらしい。

 姉御のスキルは”官位級”っていう規模らしく相当高い。


 そりゃ、この前会った伝説の”軍位”やら、この国の姫様の”王位”から見ればゴミみたいなもんだが、グレイの母国で普通に生きていれば、縁を持つこともあまりないレベルである。


 しかも姉御のスキルは一つしかない。

 世間ではこういうのを単系統とか単一スキルとか呼んだりするらしく、単純な代わりにものによっては、一つ上のクラスの威力があることもあるらしい。


 つまり姉御のスキルは力だけなら”将位”並ということだ。

 しかもその中でもかなり特殊で、攻撃能力はまったくない代わりに、様々な組織が喉から手が出るほど欲しがる便利さだった。


 姉御のスキルはどんな言葉も理解して話せるというもの。

 そこからも黒舌という二つ名に掛かっていたりする。

 

 だがそれだけ聞くと外国旅行が簡単になる程度にしか感じないだろうが、そんな生易しいものではない。

 文字通り言葉ならなんでも理解して話せるのだ。


 それは仲間内のサインだったり、動物の鳴き声でのやり取りであろうが関係ない。

 意味が乗っている限り暗号ですら理解できない言葉はないのだ。

 俺のような出来損ないの魔法士にはどんな仕組みかは想像もできないが、姉御はそれらを駆使して闇の世界を我が物顔で歩いてきたのだ。


 ただ闇の世界といっても3分の1は国などの公的機関の仕事だ。

 だが公的と言っても堂々と言えるものではないし、合法というわけでもない。


 むしろドス黒さという点では一般的な暗殺依頼に勝る。


 あ、言い忘れたかもしれないんで、一応書いておくが俺達は殺し屋だ。

 そして今回の依頼も殺しの依頼になる。


 ・・・のだが、そのへんがイマイチはっきりとしない。


 まず、誰を殺すのかハッキリしない。

 殺す相手が居るかどうか、それを探すのも仕事のうちに入るらしい。


 さらにその仕事ですら俺達が直接やるわけではない。

 クライアントがほしいのは姉御のスキルの力だけで、俺達の経験や能力ではない。

 そういった直接的な事は全て”武器”がやってくれるのだ。


 なので指示を出す姉御と違って俺もウェイドもお荷物のように姉御の近くで突っ立っているしかない。


 強いて言うなら姉御の護衛か。

 まあこの戦力相手に守れるものなんて無いが。


 仕事のために与えられた”武器”の性能は凄まじい。

 それこそ、これの運用を見るのが本当の目的だとはっきり分かるくらい高性能だった。


 その他には監視役の役人が2人、姉御が戦力を持ち逃げしないか監視している。

 年配の女と若い男の組み合わせだ。

 どちらも体格からしてよく鍛えられていて、地味な魔法士服に妙な質感の革の鎧をつけている。

 素性は教えてくれないのではっきりとしないが、多分俺達じゃ相手にならないくらい強い。


 それこそエリートとか将位スキル持ちとかそういう次元だろう。

 今も一つ後ろの”車両”からこちらの様子を見ている。

 相席にならなかったのが救いか。


 その時、俺の目の前に上品なカップに入った淹れたての紅茶が差し出された。


 見ればこの”車両”に同乗していた人型の機械がその紅茶を差し出しているようだ。


「ああ、わるいな」


 別に言葉が通じるわけでもないが、思わずそんなことを口走ってしまう。

 だがそれでも相手には意思は伝わったようで、車両の後方に設けられた給仕スペースに戻るその後ろ姿はわずかに満足げだった。

 そして俺はその光景に何とも言えない不気味さを感じた。


 それは巷で見かける、ありとあらゆる”ゴーレム”と比較しても遥かに知能的だったのだ。

 そしてそれはこいつに限った話ではない。


 今周囲に展開している、万を超える大部隊の全てにそれが当てはまっていた。

 どいつもこいつも嫌に組織立った動きを見せ、お互いに謎の言葉で緊密に連絡を取り合っている。

 姉御が大枠で指示を出している形にはなっているが、どちらかといえば一緒に来た役人2人との通訳に近い形だった。


 これが伝説に聞く”カシウスのゴーレム”達だ。


 小さい時に聞いたときはかなり誇張が入っていると思ったものだが、実際に目にしてみれば絵本の描写ですら足りないと感じるものだった。

 ちなみに俺達が今乗っているこの車両もゴーレムだ。


 というか、カシウスのゴーレムの半分近くは人型ではなく。

 直接的な戦闘能力を持つのは5分の2くらいだ。

 それよりも様々な能力を持った支援タイプが多い、俺に紅茶を入れてくれた奴もそうだ。

 修理可能な技術者タイプや、空を飛んで偵察を行う鳥型のタイプ、全体に適切に指示を出していく指揮官タイプまでいやがる。


 あとはそれらの部隊を運ぶための車両型のゴーレムが目立つか。

 街の間などを走る大きめの駅馬車から、馬や牛を除いたような大きさと形をしているが、遥かに高度で洗練された見てくれだ。

 それに恐ろしいほど太くて頑丈な車輪を使っている。


 そしてその外見に負けず劣らず恐ろしいまでに高性能で、人の通らない、道から外れた急な斜面や泥などを中心に移動しているのにもかかわらず、いろいろな意味でスムーズに移動できていた。


 戦闘タイプを含めると、そのバラエティーの豊かさは凄まじいものがある。

 そして形もそうだが大きさも統一感がない。


 一番小さいのは偵察用の鳥型、大きさもカラス程度だ。

 逆に一番大きいのは身の丈15ブルを超える重作業用の巨人人形機械ジャイアント・ゴーレム・・・を、運ぶための大型輸送車両型ゴーレムだ。


 そしてそんなのが所狭しとそこらじゅうにいる。


 さらに驚いたことに、これ程までに巨大な軍勢でありながら、ここまで俺達の移動を誰かに見られるようなことはなかった。


 あらかじめ人が立ち入らないようなコースを選定していたし、どうしても街道を横切らなければならないときは、できるだけ地味な場所を飛行可能な索敵ゴーレムで旅人などが遠くにいるのを把握してから横断するという念の入れようだ。


 そして俺と相方のウェイドはどこに向かっているかは知らない。


 別に隠されているわけではないが、姉御は忙しすぎて聞けるような状況ではないし、ゴーレムたちとはそんな細かいやり取りはできないし、仮に答えられても理解できない。

 それにどこに向かうかはハッキリとしていないようだった。


 何かに釣られるように東に行ったり西に行ったりと、はっきりと定まっているような印象ではなかった。

 おそらくその”目的”の正確な位置を掴めていないのだろう。

 ただ、ずっと北には向かい続けているので、何らかの手掛かり自体は得ていると思われる。 


 詳しいことは分からないが姉御から聞いた話によると、相当微弱な反応が広範囲で検知されているだけで、それは持ち運んで使えるような機器では検知できないらしい。

 それでもこのゴーレムたちはかなり優秀なので、近くに寄れば何とか分かるそうだ。


 全くどういう仕組みが動いているんだか、蚊帳の外の俺達にはサッパリだった。


 ちなみにその姉御は俺達とは別の車両に乗っている。


 この車両には俺とウェイド、そして4体の重武装型騎士人形機械ナイトゴーレムと支援型のゴーレムが3体、それといくつかの謎の物資が乗り合わせているだけだ。


 ふと姉御が気になって、車両についているやたらと均一で透明な窓から、姉御の乗っている車両を探す。

 するとちょうど姉御の乗った車両が、俺達の車両の目の前を走っている姿が見えた。


 姉御の乗っている車両は、他のゴーレム車両と比べても輪をかけて異質だった。

 ゴーレム同士とやり取りを行うための装置がいくつも積まれて歪な姿をしている。

 そして乗っているのは指揮に特化した指揮官タイプのゴーレム達だ。


 指揮官タイプは貧弱な人形の体に巨大な頭を載せた姿をしており、その見た目通りここのゴーレムの中でも図抜けて頭が回る。

 何をやっているのかはわからないが、それが恐ろしいほど高度であることは俺でも分かった。

 何を隠そう、この行軍の細かな調整などを行っているのはあの指揮官ゴーレム達だ。


 そして姉御はそいつらとほぼ付きっ切りで何かの打ち合わせをしている。


 別に細かく指示を出しているわけではないが、この規模の軍隊を動かすために必要なやり取りの量は必然的に凄まじいものになる。

 時折ちらりと見える姉御の横顔には隠せぬ疲労の色が見えた。

 

 それは俺たちが知らない姉御の姿だった。

 いつもひょうひょうと世間の波を縫うように歩いていた、黒舌の姉御の姿はそこにはない。


 自由だった彼女はいつの間にか、この得体のしれない巨大な歯車たちの一員として納まっていて、それが何かとんでもないものに飲み込まれているようで、俺はそれが無性に怖かった。


 だが仮に今、姉御がここから逃げたくなっても、俺達の力ではどうしようもない。

 指揮官タイプのゴーレム達と忙しそうに何かを話し合っている姉御の姿を見ながら、俺はこんなことで姉御を守り切れるのかと不安になった。


 

 

※※※※※※※



side ロン



 アレス高地での俺達の受験勉強が始まってから数日が経過していた。

 

 進捗状況はモニカは順調、一方の俺は特に変化なしという状況だった。

 相変わらず自力での魔法の発動はできない状態だ。

 元々苦手項目だったし、たった数日で何かできるとは思ってはいなかったがこの進捗の差はちょっと堪えるな。


 まあ、モニカの方はルシエラも驚くほど順調なので、それでトントンということだろうか。


 ちなみに今は、勉強と気分転換を兼ねたちょっとしたゲームを行っている最中だ。


 草地の端っこの方で俺が”一人”で魔法の発動が出来ないものかとあれこれやっているのを尻目に、2人の少女が10mほどの距離を開けて草原に向かい合って立っていた。


 一応、やるのはちょっとしたゲームなのだが、2人とも妙に気合が入っているせいで、まるで決闘でも始まるのかというピリピリとした空気が漂っていた。


 俺は関係ないけれど。


「それじゃ、いくよー」


 そう言ってルシエラがゲーム開始の合図を行い、頭の上に魔法陣を展開する。

 するとそれを見たモニカが眉間にしわを寄せて魔法陣を睨む。 


「大きさ・・・21ビブス・・・右・・・5・・・カスターを・・・・」


 モニカが魔法陣の内容を読み上げる。

 ここ数日の勉強の成果もあって、分からない文字は特にない。

 だが、今回は少し時間がかかり過ぎた。


「はい、時間切れ!」

「ああああ!!」


 ルシエラが無情にも時間切れの宣言をして、それに対してモニカが頭を抱えて叫ぶ。

 そしてそのまま1歩だけ後ろに下がる。


 このゲームは出題者と回答者に分かれて行い、出題者が出す魔法陣の内容を、持ち時間の中で読み解くと一歩出題者に近づき、間違ったり時間切れになったりすると一歩遠退くというルールだ。


 そして20回以内に出題者にタッチできれば回答者の勝ち、できなければ出題者の勝ちである。

 魔法陣の難易度と持ち時間の調整で柔軟に対応できるため、魔法士を目指す子供の間でよく行われるらしい。

 それに出題者側も正確な魔法陣の操作が求められるので、結構年長になってもやったりするそうだ。


 それと楽しそうな二人の様子を眺めていると、単純に魔法陣の知識だけでなく、魔法士として成長するためには不可欠とされる、”教える者”と”教えられる者”の関係を円滑にするノウハウを覚えるためにも一役買っていると思われた。


 俺は関係ないけれど。


 ちなみに今のルールだと持ち時間は15秒だ。

 この魔法陣の難易度だと10秒が試験で求められるレベルなのでまだ今一歩足りない。


 それでも、最初は持ち時間1分でも勝てなかったことから考えれば大きな進歩だ。

 目標の持ち時間10秒での勝利も近いだろう。


 俺は関係ないけれど。


「はい、次!」

「大きさ、32ビブス、右、3、コルネを3回・・・カスターをマイナスに・・・22ドムス!」

「正解!」


「や・・・ったあああああ!!!!」


 どうやら今回は正解したようで、軽く喜びを爆発させたモニカが飛び跳ねた勢いのまま一歩だけ前に進む。


 

 楽しそうだなぁ・・・・・・・・・・・・・・・


 ・・・・・なんて思ってないよ?


 俺には関係ないし。


 それに完全記憶のある俺がやったって一方的になるだけだし、つまらないのだ。

 

 実は数日前に俺もやってルシエラに圧勝している。

 それもルシエラが認識できるギリギリの持ち時間2秒でだ。

 数回やっているうちに、あっという間に変換表と自動変換システムがFMISの中に作られて、普通に文字を読むように理解できるようになったのだ。


 そしてそれ以降、俺にお呼びは掛かっていない。


 別に拗ねてなんかない。

 俺がやってもつまんないだけだ。


 だから関係ない。


「まけたああああああ!!!!」

「ふふふ、まだまだね、モニカ!!」


 どうやら今回の勝負は出題者側が勝ったようだ。

 後3歩というところで回数が尽きたらしい。


 まだこのレベルでは研鑽が足らないということか。


 勝負に負けたモニカはしばし頭を抱えて座り込んだ後、また表情を引き締めてスタート地点へ戻る。

 どうやらまだ挑むようだ。


 そうやって俺は、俺と関係ないところで行われる先輩後輩の健全な触れ合いを眺めながら、ままならない自分の魔法に思いを馳せていた。


 感覚としてはあと少しなのだが、その少しがなかなか掴めないでいた。


 どうにかならない物か。

 

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