1-11【新しい朝 10:~ルシエラの個人授業~】
「まず何が出来て、何が出来ないのかの確認ね、とりあえず魔力を出してもらえる?」
ルシエラの指示に対し俺が少し気合を入れて挑戦する。
「よし、やってみるか・・・・・あれ?」
「どうしたの?」
いきなり躓いてしまったぞ。
もちろん魔力くらい簡単に出せる・・・・んだが、どう考えてもこれだとモニカに思念を送ろうとしてしまう。
自分一人で発動できるようになるにはこれでは駄目なはずだ。
「んん・・・」
「無理そう?」
「無理というか・・・・」
とりあえず、いつものように何気なく魔力を出してみる。
すると当たり前のように黒い魔力の塊が浮かび上がる。
「んん・・・違うな・・・」
どうしてもモニカに合図を送って出してもらってしまっている。
当のモニカは書くのに夢中で気付いていないが、間違いなくこれはモニカが行った行為だ。
「確かに、今のはモニカから出てたわね」
「わかるのか?」
「感覚的だけど、モニカが自分の意思で出したのは分かるわ」
「ってことは、俺が発動したとは認められないよな・・・」
ルシエラでもわかるんだから、試験の時にはバレバレだろう。
少なくとも俺の出した魔力とは認められそうもない。
「んー、どうだろうねー、やっぱり前例がないわけだし、無理な注文の可能性もあるから、それでも大丈夫な気もするんだけど」
「そうだよな・・・・いや、駄目だ、それじゃ俺が納得できない」
玉虫色の答えに対して、俺が活を入れるようにそれを否定する。
それにウルスラは出来るとされたんだから、俺だってできてもおかしくはない。
諦めるにはまだ早すぎた。
「ええっと・・・どうだ!」
反応なし。
「これでは駄目と・・・だったら、今度はこうだ!」
すると今度は、シュボッと小気味いい音を立てて魔法陣が展開された。
だが、
「あ、駄目だ、今のは完全にモニカだ」
どうやら想像以上に頑固な繋がりの様だった。
ほんの少し気を抜いただけで、すぐにモニカに発動を頼んでしまう。
なまじそれが恐ろしく高精度なだけに、すぐに流れてしまうのだ。
「意外と凝り性なのね」
「俺の課題はこれだけだからってのもあるな、モニカは正面から一人で立ち向かわなきゃならないのに、俺がこれを妥協してしまったら、モニカに対して顔向けできない」
「なるほど、主思いなスキルだこと」
「それに課題があるのは幸せなことだからな、あと個人的に覚えておきたいと前から思ってたし」
「あら、そうなの?」
そこで俺が感覚器をモニカの方に向ける。
それに釣られてルシエラもそちらへ顔を向ける。
その視線の先には小さな机の前に胡座をかいてかじりつき、必死に魔法陣文字を書き続けるモニカの姿があった。
モニカはただ単に書くだけではなく、その文字の意味や使い方を口に出しながら、少しずつ書いて覚えようとしていた。
この様子だと今日中には簡単で単純な魔法陣であれば読み解けるようになるかもしれない。
「今のままだと、モニカが起きている時にしか魔法は使えないし、スキルも魔法で補っていない単純なやつしか使えない、それは嫌なんだ」
これまで何度も寝てるときは不安だった。
モニカの睡眠中に可能な攻撃といえば、フロウを変形させて叩きつける程度。
せいぜいが切り裂くのが限界だった。
「私だって寝てる時は魔法は使えないわよ」
「そうなのか? いつもジャラジャラと魔法陣をまとわせてるじゃないか」
「あれだって予め用意してるだけで、寝ながら発動しているわけじゃないわ、それにアレの半分くらいは、意味のないこけおどしよ」
「本当に?」
「ええ」
そこで俺が慌ててルシエラが寝ているときの映像を引っ張り出す。
今は魔法陣の文字表を持っているのである程度内容が判別できるようになっていたが、確認してみるとたしかに半分くらいはほとんど無意味に近いものだった。
しかも驚いたことに他の魔法陣を、大きく見せたり輝かせたりといった、演出系の魔法陣もいくつかあるのだ。
「あれは見てくれだけだってのか!?」
「ロン君、見てくれを馬鹿にしちゃいけないよ」
ルシエラがしたり顔で人差し指を一本立ててそれを振る。
「だが、こんなもの魔法陣が読める相手には効かないだろ?」
俺はなんでそんな無意味なことをするのか気になった。
「この世の人間の9割は魔法陣の内容なんて読めないわ、そこからちょっかいをかけられないだけでも、安眠のためには大いに価値があるわ。
それに内容が分かる相手なら、いくつかある本命・・・に気がついて寄って来ない、そしてそれを苦にしない相手にも効果はあるわ」
「なんの?」
ルシエラの防御魔法陣を苦にしないほどの奴なら、それこそ本当に見せ掛けにもならないだろう。
「演出よ」
「演出?」
「それほどの魔法士なら、きっとこう考えるわ ”何でそんなことをするのか? 理解できない、これはきっと罠だ” ってね」
「そんなにうまくいくのか?」
「高位の魔法士であればあるほど、人知の及ばぬものを知っているわ、そしてそれに襲われることを何よりも恐れる」
ルシエラがそこで含みを持った表情でこちらを見た。
「訳のわからぬことが起こると人は無意味に警戒するものよ、たとえ相手が”エリート”とかでもね」
「そう・・・なのか?」
俺は心の中でランベルトとの戦いを思い出す。
印象として、あいつは遥かに高みの知識を持っていて、とてもブラフが通用するやつには思えなかった。
だが、次に語られたルシエラの話に俺は驚愕する事になる。
「ピスキアの警備隊長って覚えてる?」
「金髪のおっさんで、ルシエラと一緒に俺達と戦った?」
「そう、その人」
ルシエラが面白そうに頷いた。
そういえばあの隊長も”エリート”だったはずだ、それもランベルトよりも格上に感じる程の風格がある。
「あの人、嘘を見抜く魔法が使えるってのは覚えてる?」
「ああ、あの時ルシエラがとっさにそんな事を言った筈だ」
その時は、なんて恐ろしい魔法があるのかと思ったものだ。
「だが、あれはルシエラが破ったんだろう?」
「破ってなんかないわよ」
「・・・え?」
破ってない? どういうことだ?
「思念性の類ってくらいはわかるけど、あんな高位の魔法を破れるほど、私は強くないわ」
「だが、ちょっと待て、ルシエラはあの時はっきりと嘘を通したじゃないか」
それはその魔法を何らかの手段で回避したから可能になったことのはずだ。
「あの時のあの隊長との会話、覚えてる?」
「もちろん・・・」
詳細記録のログの該当部分を引っ張り出す。
「”その小娘が昨日の一件の元凶か?”、”いいえ違うわ”・・・」
俺がその台詞を読み上げると、ルシエラが今日一番悪そうな笑みを作った
「さて問題です、私は”昨日の一件”を別の出来事と思ったのでしょうか? それとも”元凶”がモニカでないと思ったのでしょうか?」
そこで俺がハッとする。
「まさか・・・」
「正解はどっちもです!」
そう言ったルシエラの表情は恐ろしく明るいものだった。
「そんなことで回避できてしまうのか!?」
そう思うとなんてちゃちな魔法だ。
だが一応実態はそこまで甘いものではなかった。
「もちろん、これはあの隊長の魔法が機械的に◯×を判定するタイプだと知っていたからできる事よ、もし仮に心理状態から推定するタイプだったら墓穴を掘ったかもしれないわ」
「なるほど、迂闊にやっていい対処ではないのか・・・」
「そう、それに同じ系統の相手だとハッキリしても、安易には使わないことね」
「攻略法をバンバン使えば、すぐに対処されて足元をすくわれるか」
「そう、だからタイミングと演出が大事なの」
あのときは効果的なタイミングだったからこそ、相手に最大級のプレッシャーを与えることができたのか。
あそこで得体の知れない存在という意識を与えたからこそ、その後のハッタリが生きたのだ。
俺はそのルシエラの演出に感心しつつも、同時に一つ気になったことが、
「ルシエラはあの一件の元凶は俺達じゃないと思ってるのか?」
ルシエラの言い分が正しければ、そこは正直だったことになる。
「そうよ」
だがルシエラはなんの含みもなくそう言い切った。
「なんでだ?」
「あなた達の話を聞いていたから、あれが単純に誰かの責任と言い切れるものではないと知っていたわ、強いて言えば非合法の奴隷取引が元凶だと考えているかしら」
「つまり俺達の話のおかげ?」
「ええ、あれであの隊長との”差”がついたわ、相手はあなた達が暴れたという結果しか知らない、だから安易にあんな聞き方をしてしまったのよ」
そしてその隙をルシエラは見逃さなかったわけか。
「だが、もし仮にああいう聞き方じゃなかったらどうしてたんだ?」
「その時はその時、別に都合が良かったから答えただけで、他にいくらでも逃れようはあったわ」
なんでもないようにそう言い切るルシエラに、俺は薄ら寒いものを感じた。
「ほら、もう演出にかかってる」
「え?」
「”ルシエラには勝てない” とかって思ったでしょう?」
「そりゃ、全然レベルがちげえ、勝てるどころではないだろう」
それは嘘偽りない本心だった。
だがルシエラは再び指を一本立てるとそれを振る。
「駄目だよ、安易に力関係を確定させちゃ、もちろん何かの試験とか試合だったら私は負ける気しないけど、そうね・・・」
そこでルシエラが意味ありげに含みを持たせる。
「もし仮に殺し合いだったら、今のあなた達が相手でも私じゃ勝てないわ」
「そんな馬鹿な・・・」
俺にはどうやってもルシエラに勝てるビジョンが思い浮かばなかった。
何度脳内シミュレーションをしても、ユリウスを出されれば、ほぼ詰んでしまう。
奥の手の思考同調を使わない限り、勝負にすらならないのだ。
だがルシエラは違うようだ。
「昨日見せてくれたやつの組み合わせに勝ち筋が3つ程あって、私にはそれを回避するすべが無いわ」
「・・・本当に?」
そんな場面は想像もできなかった。
「もっとも、これは私の限界を知っているからできること、自分の負け筋を知っているから言えることよ」
敵を知り己を知れば何とかってやつか。
たしかに俺はルシエラの力を得体のしれないものとして、不必要に怖がっているかもしれない。
「だが、こういうのも魔法なのか?」
「魔法は完璧ではないわ、相手の魔法を知っていれば一方的に利用することだってできる、”魔”を知るというのはそういう意味でもあるの」
「・・・まあ、まだ良くわかってないとは思うが、何となく言わんとしていることは伝わった」
「それでいいわ、下手に理解したと言われる方が面倒な類の話だし、ただ私が言いたいのは単純に出来なかったとしても、それをちゃんと理解しているなら問題はないということよ」
「ただ試験ではそういう訳にはいかないだろう?」
「そうでもないわ、単純に点数だけで決まるわけでもないし」
「そうなのか?」
驚いた、てっきりかなりの高得点を求められるとばかり思っていたのだ。
「課題に対してどういう突破の仕方をするか、それがどの程度”魔の道”に繋がっているか、それが審査の対象よ」
それは字面だけ見るならば適当でもいいような気もするが、むしろ点数を取ればいい試験より遥かにタチが悪かった。
下手すればどう転んでも勝てないような相手と戦わされて、その立ち回りを見るとかもあり得る。
Sランク魔獣とか・・・
まあ、それは無いにしてもまずは情報を集めるというのも必要かもしれない。
「ところで、別々に受験させるってのは何かやり方があるのか?」
まず、それが気になった。
いくら別の意思だとはいえ、ここまで強固に連携しあっていればどうやったって影響は受けるし、それを検知することも難しいはずだ。
極端な話、別々にやる試験を二人でやったところで、本当にそれを把握できるのかわからないのだ。
「さあね、高純度の魔力触媒でも触らせながらやるんじゃないの?」
「あ、それがあったか・・・」
この前の調査官ランベルトも使っていた、通称”スキル殺しのネット”の材料だ。
あれならば確かに確実に俺のアシストを阻止できる。
スキルの発動だけを安全に妨害できるので、これ以上ないほど適切な手段で、少なくとも現実的な方法では回避できない。
この方法では俺の補助しか抑制できないが、きっと何らかの方法でモニカの意思を塞ぐ手段はあるだろう。
例えば眠らせるとか。
催眠魔法でもあるのかもしれないし、単純に夜中に行うという手もある。
そう考えれば俺達の分離は意外にも容易いものだった。
こういうのを知るというのも重要なのだろうか。
「仕方ない、もうしばらくは正面から足掻いてみるよ」
「まあ、私もできるだけの事はしてみるつもりだけど、どこまでできるか・・・」
「いや、少なくともルシエラは、もうすぐモニカについて忙しくなると思うぞ」
「なんで?」
「もう、あの文字はだいたい暗記したみたいだ」
「え!? もう!?」
ルシエラが驚いた表情でモニカの方を振り向く。
そこではもうルシエラから借りた魔法陣の読み解きの問題集の答えを、殆ど苦もなく読み上げるモニカの姿があった。
さっさと次の課題を寄越せと、雛鳥のようにルシエラをせっつくまでそれほど時間は残っていないだろう。
どうやら俺と違ってあちらは結構順調らしかった。
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