1-11【新しい朝 9:~変質の対価~】

「さて、自分の魔力傾向が分かったところで、本題に移りましょうか」


 ルシエラが軽く手と叩いて話を切り替える。


「本題?」


 モニカが問う。


「魔力変質の説明」

「ああ、そういえばそんなのもあったな」


 確かにルシエラはこの天秤を出したときに魔力変質の説明に使えるというようなことを言っていた。


「そんなことって・・・・一応、魔力傾向測るのがおまけでこっちが本題だからね」

「じゃあ、魔力傾向の数字に意味はないのか?」


「ないわけじゃないけれど、学校でもっと正確に測りなおすから、今は参考くらいにしておいて、そんなことよりも・・・」


 そう言ってルシエラがモニカの目を見ながら指を一本だけ立てる。


「ロケットキャノン・・・だったっけ? あなた達の一番強い攻撃、あれなんで訓練された魔法士に効かないのかは知っているわよね?」

「変質・・させてないから・・でしょ?」


「そう、変質させていないから使える、だけどなんで変質させると使えなくなるのかって知ってる?」

「・・・・知らない」

「そういえば知らないな」


 今更といえば今更だが、たしかになんで変質させると使えなくなってしまうのは謎だった。


「それじゃ変質前と変質後で何が変わるか実際に見てみましょう」


 ルシエラがまるで教育ビデオみたいなセリフを言いながら、天秤の中央に手をかけて置いてあった皿を外す。


 すると天秤の中心部に奇妙な幾何学模様の入った棒のような部品が露わになる。


 それは一見するとゴーレム機械の制御部品のようにも見えるが少し趣が異なっていた。

 おそらくこれがこの天秤型魔道具の心臓部的部品なのだろう。


 そしてさらにルシエラはフィルターの吸魔石を黒のものに取り替えた。


「ロン、少しだけ魔力を出して、この中心にくっつけてみて」

「魔力?」

「魔力操作は得意でしょ? 気をつけてね、ほんの少しでいいから」

「ああ、ちょっと待ってな」


 俺がそう言ってモニカに思念を送り、少し魔力を捻出してもらう。

 そういえばこれも今までは意識していなかったからまるで俺が取り出しているような感覚でいたが、こうして意識してみると無意識にモニカに頼んでいるんだな・・・


 まあ、今はそれは置いておいて、俺はルシエラの指示通りわずかな量の魔力を空中に浮かべると、それをゆっくり動かして天秤の中央へ押し当てた。


 すると、モニカが手を当てたときと同様に天秤の片側が大きく下がる。


「はぇ・・・」

「予想通りといえば予想通りだな」


 当たり前のように俺達の魔力は黒の魔力で満ちていたのだ。


「それじゃ今度はその魔力を変質させてみて」


「俺達ができるのでもいいのか?」

「そうだね・・・さっき使った”魔力の灯”でもいいわよ」


「それでいいのか、それじゃモニカ」

「うん」


 俺がその注文と同時に魔力を動して適切な状態に持っていくとすかさずモニカが魔法陣を起動し、天秤にくっつけていた魔力を使って”魔力の灯”を灯す。

 今回は確認のために意識的にモニカに声をかけたが、いつもは無言でできてしまう。

 ただ、意識したことではっきりと俺ではなくモニカが発動させていたことに気が付いた。

 これを俺ができるようにするのは難儀だろうな・・・


 さて、魔力の灯の方だが、いつものように可愛らしい魔法陣が展開した後その中心から小さな炎が噴き出す。


 考えればこれもいつもと大きさが変わらない。

 前に魔力量の増減でコントロールできないか試したことがあったが、その時も大きくはならなかったのでそういうもんかと思っていたが、ルシエラが魔法陣に書き加えることで調整していたので魔法陣を弄れるようになれば調整できるのかな。

 

 おっと、いけない今はこの火を天秤の中心に当てるんだったか。


 俺が再びゆっくりと、今度は火に代わった魔力を天秤に押し当てる。

 予想通りならこれも俺達の魔力で出来ているはずなので天秤は大きく傾くはずだ。


 だが、


「あれ?」

「これ、壊れてないよな? ルシエラ」


 なんと天秤は微動だにしなかったのだ。

 こうなると考えられることは二つ。


 天秤が壊れたか、俺達の黒の魔力傾向が大きく変わったか。


「壊れてないわよ、これが変質された後の魔力の振る舞いなの」

「ってことは、魔力変質させると魔力傾向が変わるのか?」


「いいえ違うわ、魔力を変質させると魔力傾向は失われるの」

「失われる?」

「消費されるといってもいいわね」

「つまりその魔力が持っている魔力傾向を使って変質させているのか?」

「そう、だからその魔法がどの魔力傾向を使うかがとても大切なの」


 なるほど、おおよそ魔力傾向とやらが魔法に及ぼす影響とメカニズムがつかめてきたぞ。


「わ、わかる言葉で言って・・・」


 突如、モニカが頭に手を当てて助けを求めるような声で話を切った。


「ごめんごめん、えっと要は魔力傾向ってのは魔力変質をするときのチケットみたいなものなんだろう?」

「・・・チケット?」

「つまり、魔力変質させるにはそれに必要な傾向の魔力が必要になるんだ、違うかルシエラ?」


 するとルシエラが難しい顔を作って悩む。


「うん、まー・・・・大体はそんな感じが多いかな」

「多いかなってことは、違うこともあるのか?」


「あるけれどそこは試験範囲外だから、今は気にしなくてもいいかな、とにかく重要なのは変質された魔力は魔力傾向を失うの」


「ひょっとして何かの色を多く使う魔法はその色の魔力を多く必要とするのか?」

「そうね、例えば100の黒色の魔力が必要な場合は、モニカの魔力の場合80%くらい黒を持っているから全部で125くらいの魔力が必要になるわ、だけど苦手な色、例えば青100が必要な魔法だと・・・」


「0.3%しかないから、ざっと33,333は必要になるな」

「さんまん!?」


 モニカがその数字に大いに驚いた。

 

 なるほど、これが青の魔力は難しい理由か。

 使う魔力の傾向が違うだけで同じ必要魔力の魔法でも恐ろしいまでに求められる魔力に差があった。

 ルシエラなんかは青は100でいいが、他はそれこそ天文学的な値の魔力を投入しても使えない。

 

「もちろんこれは他の変換効率を無視した計算だから実際はもっと必要よ」

「なるほど、確かにこれは自分の傾向の色以外の魔力は使いたくはないな」


 俺がしみじみとそう答えた。

 するとルシエラが微妙な表情を作る。 


「一応、あなたたちの飛行魔法に比べたら、これでもかなり効率がいいと思うのだけど・・・」

「え?」

「ああ・・・あれはそうだろうな・・・」


 となると俺達ならば多少の不利な状況ならば魔力量のゴリ押しでどうにかなってしまうかもしれない。


「だけど、使わなかった魔力の処理の問題とかもあるだろうから、量があるからってそれだけでいいわけじゃないだろうな」

「もちろん余剰魔力が盛大に噴き出して大変だけど、中にはそれも気にしないで使う人もいるから無理ではないわ」


「気にしない人?」


 モニカが気になった箇所を指摘すると、ルシエラが盛大に嫌な顔をした。

 そして俺はそれだけでその”気にしない人”とやらを察してしまった。


「まあ、それはおいておいて、次に行きましょ」


 ルシエラがかなり強引に話を進めた。

 これは間違いなく噂の”俺達の同類さん”のことなんだろうな・・・・


「ところで、変質させた後の魔力を使えない理由は、傾向を持っていないからか?」


「そうなるわね、厳密には変質後はもう”魔力”ではなくなっているの」

「じゃあ、なんていうの?」


「例えば魔力の灯なら”火”だし、雷魔法なら”雷”、物質生成魔法ならば出来上がった物質、つまり変質後はもう”結果”になってしまうの」

「そりゃ、たしかに魔力を扱う感覚では扱えないな・・・・ってちょっと待て」

「ん? どうしたの?」


「魔力でより高度の魔力を生成する奴とかはどうなってるんだ?」

 

 例えば俺達の制御魔力炉や、ルシエラの複合魔法陣とかで使われている奴だ。

 これはどういった扱いになるのだろうか?

 制御魔力炉はスキルだが、ルシエラのは魔法陣なので変質させているはずだが・・・


 すると、ルシエラが盛大に大きなため息をついた。


「はあぁぁ・・・、確かにそういうやつもあるし、あなたたちは将来それをバンバン使うことになるでしょうけれど・・・・」


 そして少し不満げな顔でこちらを見る。


「基本を簡単に説明してる最中だから、そういう”特殊”な事例は、少し忘れてもらえる?」

「ご、ごめん・・・」


 その謎の迫力に俺が押されてしまう。


「ただ、さっきから”例外”が多い気がして・・・・」

「まあ、あなた達が”例外”の塊みたいなもんだからね・・・・」

「れ、例外の塊・・・・」


 3者がそれぞれ己の感想を述べる。

 はっきりしたのは俺達の力は、とても基本だけで語れるものではないということか。





 天秤の魔道具を使った簡単な魔力変質の説明の後、いよいよ本格的な”勉強”が始まった。

 といっても先ずは地球の小学生と同じカリキュラムをこなす必要がある。


 要は文字と文章の正確な理解と、計算をいくつか、それと簡単な理科と社会に相当する知識だ。

 ルシエラのチェックによると、モニカはほぼ現時点で必要なレベルには達してはいるらしい。

 あの氷の世界では本が主な娯楽だったことが幸いしたようだ。


 多少補完する必要はあるが、今はモニカはそれとは別の座学を行っている。

 すなわち魔法陣の読み解きだ。


 これは全くやったことがないので一から始めるしかない。

 まずは基本的な文字およそ200種を覚えて理解できるようにならなくてはならない。


 ただ、人間が普通に使う文字とかと違って自然にできた記号なので形に意味があったりはしないので、こればっかりは無理をしてでも頭に叩き込まなくてはいけないのだ。


 というわけで現在モニカはルシエラに渡された紙と魔力ペンを利用して、ひたすら本に書いてある文字を書いていた。

 非常に地味な作業ながら、モニカは文句も言わず凄い集中力で文字を書き込んでいる。

 狩猟で鍛えられているおかげか、この手の物に対する彼女の集中力は尋常ではない。


 ちなみにこのペンは1分で書いた文字が跡形もなく消え去るという特別仕様で、紙の端から端まで書き終わるころには半分は消えていた。



 さて、そんなモニカにわざわざフロウで耳栓をして、限界まで離れた場所までフロウを伸ばして、そこに小さな俺の感覚器を用意して俺用の”特別講習”が行われていた。


 ここまでしてまでモニカから離れたのは、俺の”苦手項目”を克服するためだ。


「と、いっても私もスキルに魔法の使い方を教えるなんて聞いたこともないから、あまり期待しないでね」


 ルシエラが少し困ったような表情で俺の目を見ながら・・・・・・・・そう言った。


「いや、それでもルシエラほどの奴なら何かの手助けにはなるだろう、ちょっとしたコツさえ覚えてしまえば俺は何とかなると思う」


 その辺は管理スキルというのはかなり都合のいい構造をしていた。


「ただ、そのコツをどうやって覚えてもらえるか・・・」

「まあ、その辺はやって覚えるしかないだろう、始めてくれ」


 その声で、俺の特訓が始まった。


 目的はモニカの意思を全く使わず、俺の意思だけで魔法を発動させられるようになることだ。


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