1-11【新しい朝 4:~カシウスの置き土産~】




 首都ルブルムから西へ20kmほど進んだところに、エルムという小さな街があった。


 そこは一般的に首都の玄関口と言われるサリスよりも首都に近く、そのため首都機能の関連施設もいくつか置かれてはいるが、それ以外は地方都市にすら劣るほど活気がなかった。


 これは首都圏の発展が”ルブルム川”に沿って進んでいるためで。

 特に首都圏では本来の向きである東西から南北に流れを変えるために、川から遠いエルムは発展から取り残され、特に近年の”産業革命”とも呼べるほどの急速な発展の時代の中で、それは致命的なまでの遅れを産んだ。

 必然的に世間から取り残されたこの街は、同じように社会から弾かれたものたちが集う闇の街へと変貌を遂げていた。


 そして、そんな街の外れにある小さな酒場に、高い割に少しも美味くもない酒をどうやって処理しようかと、頭を悩ませている男の二人組がいた。

 片方は筋肉質の大きな体に使い込んだ革の鎧を纏い、背中には大小様々な剣や槍を幾つも背負っていた。

 対照的にもう一人はフード付きの魔法士服を着て、顔を覆うマスクをしているせいでその風貌ははっきりとは分からないが、体格から男性であることは分かる、それ以上は謎だった。


 その二人組は全く酒に手を付けていなかった。

 そもそもこの酒は、この酒場のお通しとして席に付けば自動的に出てくるもので注文したものではない。


 周りをよく見れば他にも、この酒をテーブルにおいて全く口をつけていない人間がかなりの割合でいた。


 そう、ここは店主にとっては不本意なことに酒を飲む場所・・・・・・・ではないのだ。

 この酒も注文もせずに居座るのを防ぐための店主の苦肉の策である。

 そんな場所の一角で、どう見ても堅気に見えない小汚い二人の男が、油断ならない視線を周囲に放ちながら誰かを待っていた。


「緊張しすぎだ、ばかもん」


 突如、その二人の後ろから女の声が掛けられる。

 二人が驚いて後を振り向くと、そこには目的の人物が立っていた。


あねさん、驚かさないでくださいよ・・・」

「抜けているお前らが悪い」


 二人組から姉さんと呼ばれたその人物は、顔の半分に謎の幾何学模様を彫り込んだ黒髪の女だった。

 一見すると場違いなほど華奢にも見える小柄な体躯であるが、その動きは隙きがなくこの酒場の異様な雰囲気の中にあっても少しも臆するところはなかった。


「・・・それで、今回の依頼は?」


 二人組の魔法士の方がそう質問する。


「”蛇”からの依頼だ、今から出発する」


 姉さんと呼ばれた女性がそれだけ言うと、酒場の出口の方へ歩いて行く。

 それを見た二人組は慌てて、テーブルの上に三人分・・・・の酒代を置くと走るようにその後を追った。


「・・・ど、どんな話で?」


 2人組の剣士の方が、額に冷や汗を浮かべながら姉貴分の女に質問する。

 ”蛇” という依頼人・・・


 これは誰か特定の人物を指すものではない。

 3人の中で取り決めた、”公的” な仕事を指す言葉だった。


 もちろん公的といっても、胸を張って言えるものではない。

 軍人も含めた公人の殆どが、魔力によって法律に縛り付けられているこの世界において、役所などから汚れ仕事を盗賊などが”下請け”することは往々にしてよく見られた。


 今回もその類だと思われるが、自分たちの”専門”からしてそれはかなり穏やかな話ではないことは間違いない。


「詳細は歩きながら話す、まずはこの街を出よう」


 姉貴分の女はそれだけを短く言うと、速足で狭い路地を街の外に向かって真っすぐ歩き進めていた。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※






「用意は?」

「全て、手はず通りで・・・」


 森の端にある茂みの中で発せられた女の問に、緊張した面持ちの魔法士の弟分が答える。

 辺りはすっかり日が落ちて真っ暗なために隠れるのに苦労はしないが、そのせいで逆に”目標”の明かりが際立ってしまい、その迫力に圧倒されてしまいそうになる。


「・・・本当にやるんですか?」


 一方の剣士の方も頼りなさそうな声で目の前の目標・・・を睨んでいる。


 そこには要塞のような巨大な施設が広がっており、当然のごとく周囲を覆う壁には重武装した魔法士や剣士達が隙きなく周囲に目を光らせていた。

 それはどこからどう見ても軍の施設だった。


 そしてこれから自分たちはここを襲うのだ。


 だが地方ならいざ知らず、首都圏のこのクラスの施設ともなればその内部には”エリート”や”将位スキル”といった強力な戦力が何人居るかわかったものではない。

 もちろん一人でも遭遇すれば自分たちなど一瞬で潰されてしまうだろう。


 普通に考えれば正気の沙汰ではなかった。


「手はずを守らないようなら逃げるまでさ、始めろ」


 女が短く指示を出すと、魔法士の方が何かの魔法を起動した。

 こんな近くで魔法の発動を許しているという時点で、向こうも手はずは守るつもりなのだろう。



「誰だ!!!」


 塀の上から大きな声が上がる。

 だが慌てない、これも手はずの内だ。


 すると自分たちの後方にそびえる山に幾つもの明かりが灯る。

 これは先程、自分たちの魔法士が準備していたちょっとした仕掛けだ。


 そしてその明かりを見た兵士がわざとらしく驚いた後、大きな声を発した。


「敵襲!! 大量の光が見える!!!」

「何の光か!!!?」


 すると施設の内側から内容の詳細を問う別の声がかかる。

 だがその問いに答えたのは塀の上の見張りではなかった。


「雷の光だ!!!」


 答えたのは、なんと要塞の前で茂みの中に隠れていたはずの女。

 しかも隠れていたはずの茂みから堂々と歩き出し、その身を晒したのだ。


 取り決めでその内容を知っていたとはいえ、その姉貴分の行動に剣士と魔法士の二人組は恐怖で固まってしまう。


 すると、その姿を確認した塀の上の兵士が塀の内側に向かって何かの合図を送る。

 と同時に、闇夜を切り裂くような音量で何かの警報音のような音が鳴り始めた。

 

 それは角笛のようにも聞こえるが、明らかに魔力を用いた装置の発した音だった。

 そしてひとしきり警報音を周囲にまき散らすと、今度は同じ音量で誰かの声がかかった。


『指令室より基地内の全員へ!!! 直ちに避難せよ!!! 繰り返す!! 直ちに避難せよ!!!』


 次の瞬間、基地の内部で多くの人員が慌ただしく動く気配がこちらまで漂ってきた。


『敵は膨大である!! 第7警備班を残して全員、南門を通って基地から退避せよ!!!』


 続いてより詳細な撤退の指示。

 示し合わせによると第7警備班というのは架空の存在で、本当は基地からは全員いなくなる。

 さらにこちらと接触することがないように反対側の出入り口から撤退する念の入れようだった。


 見ればいつの間にか塀の上にあれほどいた兵士たちの姿もどこにもない。

 

 それは突然の襲来への対応としてはあまりにも迅速な行動だった。

 魔法陣が10分の1回転するよりも早く、基地の中から人の気配が消えてなくなる。


 そういう手はずであることは知っていたとしても、まさか本当にこれほどの基地がもぬけの空になってしまうとは・・・


「・・・行くよ」


 基地の中に誰もいないことを確認した姉貴分が、後ろの弟分二人に短く指示を出して基地に向かって歩き始める。

 気のせいかその後ろ姿から緊張が感じられた。


「ま、待ってくれ、姉御!!」


 剣士と魔法士のコンビが置いて行かれないように慌てて茂みから飛び出した。





「本当に誰もいねえ・・・」


 異様なまで静かな基地の内部を歩きながら剣士の方が素直な感想を述べた。

 事前に示し合わせがあったとはいえ、いざこうして軍の施設が空になるとその奇妙な非現実感に頭がくらくらする。


 しかも部屋はまだ暖かく、食堂に置かれたスープからは湯気がただよい、様々な魔道具がまだ光を放っていた。

 本当に少し前まではここに人間がいたのだ。


「ところで、なんで俺達はこんなところに?」

「先方曰く、仕事・・・に使う武器を渡すためだそうだ、ただそれはちょっと特殊で、奪われたという扱いにしたいらしい」

「なんでそんな面倒臭えことを・・・」


「バレたときの保険だそうだ、自分たちは無関係でいたいんだとよ」

「・・・・誰にバレるんですか?」


 姉御と呼ばれた女はその問いには答えを返さなかった。


「見えてきたぞ、第三格納庫・・・あれがそうだ」


 それは、思っていたよりもはるかに巨大で頑丈な格納庫だった。 

 石とレンガを組み合わせた古典的な物ではあるが、多少の魔法攻撃にも耐えられそうなくらいしっかりとしている。

 扉もよくある木製ではなく、すべてが金属で作られた重厚な物。


 こんなものがエルムの近くにあったなんて。

 首都圏の中の田舎と思っていたが、案外そうではなかったかもしれない。


 弟分二人が格納庫の扉に手をかけ開けようと試みると、手筈通り重厚な扉はすぐに動き始めた。

 鍵は掛かっていない。


 それは普通ならば考えられないことだった。


 

 扉が開かれると、格納庫の中は驚くほど真っ暗だった。

 今は夜ということもあるが、ほとんど明かりもない。

 ただ一つ格納庫の最奥に置かれた小さな蝋燭の炎だけが、この格納庫の中で目に付く唯一の明かりだった。 


 3人にはその光がまるで罠に誘い込むための疑似餌に見えて不気味だった。


 しかもその蝋燭の前には一人の男が座っている。

 あれが”受け渡し人”だろうか?

 見ればそれは初老を過ぎたくらいの非常にがっしりとした体形の男だった。


 3人は緊張の度合いを強めて、格納庫の内部へと足を踏み入れる。


 そこは奇妙な場所だった。

 空気の流れから恐ろしく広い空間であることは分かるが、同時に何とも言えない圧迫感が充満していた。

 まるでこの闇の向こうから大量の部隊に睨まれているような落ち着かない感覚。

 

 その闇の中を蝋燭の明かりに向かって歩いていく。


 すると、格納庫の奥に座っていた人物の顔がこちらを向いた。

 その瞬間3人とも緊張で体が固まる。

 

「ようこそ! よく来てくれた、待っていたぞ!」


 その声は穏やかでどこか親しみがこもっているようであったが、その身に纏う覇気を直視した瞬間のあまりの恐怖に、弟分二人はその場に崩れ落ちた。

 それでも姉貴分の女はその覇気を前にしてもその場に踏みとどまり、気丈な表情を崩さない。

 彼女の中ではこうなることも想定済みだったのだ。


「まさか、クライアント本人が直々にお出ましとは、元帥閣下っていうのは随分と暇なんだな」

「・・・・いや、これでも忙しくてね、さっさと君たちに渡して帰らないといろいろと大変なんだ」


 その男はそう言って軽く肩をすくめる。

 

 元帥閣下・・・女はそう言った。


 この国でそう呼ばれる人物は一人しかいない。

 その事実に気付いた剣士は反射的に腰の剣に手を伸ばす。

 

 だが次の瞬間、背負っていたはずの数々の剣や槍が突然一斉に地面に落下した。

 格納庫の中に金属が地面に当たる甲高い音が木霊する。


 だが驚いたことに、それらは全く跳ねなかった・・・・・・


「え!?」


 剣士が驚いたような声をあげて落ちた剣に手を伸ばして拾おうと掴むが、まるで地面に張り付いてしまったかのように微動だにしない。


 その様子に剣士も、隣にいた魔法士も、そして姉貴分の女も固まってしまう。


「申し訳ないが、武器の類はしばらくそこに置いておいてくれないか」


 元帥と呼ばれた男、マルクス・アオハはなんでもない注意事項を伝えるかのごとくそう言った。


「どうやら、本物みたいね・・・」


 女はそれが伝説に聞くマルクスの”軍位スキル”の力の一端であることに気が付く。


 だとするならばこれが単独効果スキルとしては最強と呼ばれる”アレ”と考えて間違いない。


 もちろん、マルクスのスキルも他の同格のそれと同じ複数のスキルをまとめた複合スキルではあるが、その中で最大の威力を持つとされる”これ”は、強力なスキルを大量に保有するガブリエラ様の”ウルスラ”ですら、単独の威力としては一歩譲るといわれる程の代物だ。


 この男はこのスキルで、この国の武力の頂点になったのだ。


「もちろん本物だ、私でなければ渡せない代物だからね」

「それじゃ、早くその”武器”とやらを渡してくれないか? 持ってきているのだろう?」


 3人は実はその武器の正体については聞かされていなかった。

 ただ、ここに来れば分かるとだけ伝えられていた。


「持ってきてるも何も、さっきから周りに置いてあるではないか」


 マルクスのその言葉と同時に、格納庫の中に一斉に魔力が流れて魔力灯の明かりが灯された。


「うっ・・・」


 その眩しさに3人の目が一瞬、眩んだ。

 だがそれ程明るくはないので、すぐに目が慣れてきて周囲の異様な様子が見え始める。


「・・・なんだ、こりゃ・・・」


 剣士がその光景に素直な疑問をぶつけた。


「おい、元帥さんよ、これはどういうことだ!?」


 女が慌てたような声を出してマルクスに詰め寄る。


「どうもこうも、見たままの物だ」

「これは”武器”なんかじゃねえ!! ”軍事力”っていうんだよ!!」


 そう、周囲に並んだその物体達は広義の意味では”武器”に含まれるが、あまりにも”軍事”的だった。


「姉さん・・・これ、騎士機械人形ナイト・ゴーレムっすよね・・・・」


 魔法士が恐ろしいものを見るような声でその正体を口にする。

 

 それは2mほどの大きさの騎士たちを模した姿の、銀色に輝く金属製の人形達だった。

 そしてそれらがこの格納庫の両サイドに何列にも渡って整列した状態で置かれていた。


 ほぼ全てが、同じように銀色に輝く剣と大きな盾を装備した状態で立っている。

 それ以外も大きな槍や、弓といった違いはあれど、全ての個体が武装していた。


 さらによく見るとその奥には13mに迫ろうかという巨大なゴーレム達の姿も見える。

 だが、それらは巷で使われる軍事用のゴーレムとは一線を画した姿をしていた。


 何よりもまず圧倒的に高度だ。

 なめらかな曲線で構成されたその装甲は、工場で生産された他のゴーレムたちに見られるような出来合いの物ではなく、まるで芸術品であるかのように複雑で滑らかな形状をしていた。

 さらに、その表面では幾何学的な模様がわずかに魔力を帯びて浮き上がっている。


 明らかに通常ではない超高度なゴーレムたちがその光のない目をこちらに向けていたのだ。 


「ただのゴーレムではないぞ、正真正銘、カシウスの人形ゴーレム達だ」


 マルクスがそう言って自慢げに腕を広げる。

 その楽し気な様子は、パーティのゲストにサプライズを敢行したパーティ主催者のようでもあった。


「伝説の男に、伝説の兵器たち・・・・まるで御伽話おとぎばなしのようね」


 女が半ばあきれたような声で感想を漏らす。

 だがすぐにその眼が鋭くなった。


「だからこそ聞くけれど、なんで私たちなの?」


 普通に考えれば、こんなどこの馬の骨とも知れない3人組に渡す戦力でもないし、そう言われて信じる奴なんていない。

 だが当のマルクスは、そこで今夜一番大きな笑みを作る。


「このゴーレムたちだが・・・一体一体が個別の戦力として見られる上、元々既に我が国の戦力として世界に認められているものなので、特級戦力に匹敵する存在ながら保持に問題はない。

 ただの兵器なので扱いも緩いので、是非とも戦線に復帰させたいという考えもある。

 だが大きな問題があるのだ・・・そして長きにわたる調査の末その原因は分かった、その解決手段も・・・・だが当の解決手段が我々にはない」


 そこで今度は疲れたような表情を作る。 

 それを見て、噂などから想像していたのと違ってかなり表情豊かな男だなと、女は思った。


「もちろん、我々の方でも解決策自体は用意したさ、ただどうしても効率が悪くてね、その問題の特性上、このゴーレム達を効率よく動かすには足りないことは分かっていた、そんな時に君の情報を知ってね」


 そこで片目を開けてマルクスが女を睨む。


「君の”スキル”ならば、この問題をすべて解決できることに気が付いた」


 そこで女の表情が明らかに険しいものに代わる。


「・・・・私の何を知っているっていうんだい?」


 だがその女の問いに対して、マルクス元帥は予想以上に素早くその答えを放った。


「君の名前はオジェのマリオン、エレシア公国の生まれで我が国の基準で”官位”に相当するスキルを持っている。

 後ろの剣士の方がルナ村のヘロニモ、魔法士の方がプロシナのエゴール。

 政府からの依頼もこなすことがあるそれなりに信用のある”殺し屋”、そして3人とも密入国者だ」


 それは3人の素性であり、本名など中には他の2人にすら話していない情報も含まれていた。

 マリオンと呼ばれた女はそのことに気が付いて、全身に薄っすらと冷や汗をかいた。

 どう見ても逃げ場はなかった。


「・・・失礼だけど、本名は仲間にも隠しているものなの、できれば仕事の名前で呼んでくれないかしら」


「おっと、それは大変失礼した、”黒舌のジーン”さん」


 マルクスはわざとらしくそう言って謝る。

 

「・・・姉さん・・・」


 エゴールと呼ばれた魔法士がおそるおそるジーンに声をかける。

 おそらく断れば今、この場で消されるだろう。

 マルクス本人が来たのはそこまで考えてのものだ。


「どうするかね?」

「受けるわ、早く使い方を教えて」


 ジーンの目には悲壮に満ちた覚悟があった。

 もとより最初の依頼の時点で断れないだけのものを突きつけられている。

 選択肢など無かった。


「よろしい!  §※$■∴!」


 マルクスが謎の言葉を発した瞬間、ゴーレムたちが一斉に片膝をついてこちらに首を垂れた。

 ジーンにはその瞬間、なぜ自分がこの仕事に選ばれたのかを理解する。


 確かにこれは自分が適任だと感じた。

 そして自分のスキルを使用しながらその口を開ける。


「〓∴♯■%!! ≠★§∇∵$!!!」


 するとジーンがまるで指揮者であるかのように、ゴーレムたちが一斉に剣を抜いて上に向かって掲げた。

 そしてその様子を見ていたマルクスは満足げに手を叩きながら、喜びの声を上げる。


「素晴らしい、やはり見込み通りだったようだ! 今日から彼らは君の忠実な部下だ、もちろん任務・・・終了後は軍にそれなりのポストを用意しよう、誰も文句は言わないよ、何せ君以上にこのゴーレムたちを操れる人間は存在しないのだから」


 マルクスはまるでそれが報酬の一部であるかのように言ったが。

 どう聞いても、ジーンのスキルを確保するための方便でしかない。


 だがそれを断ることはできないことは、この場で一番彼女が理解していた。


 突然自分の指揮下に入った巨大戦力が自分の駒などではなく、自分がその駒の一部であることも。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 緑。


 すんごい緑。


 朝日に照らされた草原の草が、凄まじいまでに緑色に輝いていた。


 俺達の下に、文字通り地平線の彼方までひたすら緑色の平原が続いている。

 この高さから見ても、見える範囲には大きな山も谷もない、木すら生えていないただの草地が広がっていた。


 モニカも初めて見るその圧倒的な景色に言葉も出ないでいる。


 無理もない、今まで見てきた景色にはどこかしら雪の白さが混じっていたのだ。

 だがここにはそれがない。

 住んでいたところにあった氷の白さに匹敵するくらいの割合で、視界全てが緑色になっていたのだ。


「あそこに降りるわよ!」


 ユリウスの背中で、ルシエラが平原の一角を指さす。

 その言葉に従うようにユリウスが徐々に高度を落としていく。


「そう言われても、あそこに何かあるのか?」


 圧倒されて何もしゃべれないモニカに代わって、俺がルシエラにそう聞く。


「ここなら誰も来ないでしょ?」

「そりゃな・・・」


 少なくとも50km四方に人のようなものは見えない。

 

「街の中だと、大きな魔法の練習はできないからね、目立つし」

「確かにここなら、大魔法でも使い放題だな・・・」


 仮に全力で【ロケットキャノン】をぶっ放しても人家に届くことは・・・・・たぶんないだろう。


「ビシバシ行くわよ! 覚悟しててね!」


 ルシエラがにやりと笑う。

 そこにはどこか悪魔的な笑みが混じっていた。


「だ、大丈夫ですよね? ルシエラさん・・・」


 その表情にちょっと気圧された俺が心配そうにそう聞く。


「分かった! いっぱい教えて!」


 だが一方のモニカはそんな俺の心配などお構いなしに目を輝かせてルシエラを見ている。

 彼女にとっては新たな魔法知識を得られる好奇心の方が勝るようだ。


 

 着陸寸前にユリウスが大きく羽をはばたかせると、その風に巻き上げられた草に交じって様々な匂いが鼻に入ってくる。


「おぉ・・・」


 その初めて嗅ぐ生命力に満ちた土の香りにモニカが感嘆の声を漏らす。

 それからすぐ後に俺達を乗せたユリウスの脚が、新たな世界の地面を踏みしめる感覚が伝わってきた。



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