1-11【新しい朝 2:~夜の逃走劇~】



「そうよ」


 緊張が渦巻く街の中に、透き通るような声が響く。


 ルシエラが下した回答は、まさかの肯定。


 本当に何気なくそう言い放ったルシエラに俺達が凍りつき、見れば予想外の回答を喰らったウバルト等、居並ぶ警備隊の兵士たちの面々も驚いた顔をしている。

 だが当のルシエラは涼しい表情のままだ。

 

「この子は私の連れよ、関わっていて当然じゃない、それにあれだけの一件、昨日中心街にいた皆が関わっているわ」


 そう言って、なんでもないかのように答えを返す。

 確かにこれは嘘はついていないが、こんな事で言い逃れできるわけ無いだろう。


「では質問を変えよう、その小娘が昨日の一件の元凶か?」


 やはり、予想通り直接的な質問が飛んできた、これはもう言い逃れはできない。


「いいえ、違うわ」


 だがルシエラは全く動じることなくその嘘を堂々と行ってのけた。

 その、あまりの堂々っぷりにこちらまでそう信じてしまいそうになる。


 そしてウバルト隊長の眉が僅かに顰められる。

 やはり嘘がバレたか。


 だが、ウバルトから発せられた言葉は予想外のものだった。


「・・・嘘ではないようだな」 


 え? 


 どういうことだ?


 嘘は見破られるんじゃないのか?


 だが、ウバルトは確かに嘘ではないと言った。


「・・・何をした?」

「何も」


 ルシエラの言動にウバルトの目が細められ、警戒を露わにする。


「なるほど、私の魔法は既に問題ではないという事か、噂は伊達ではないようだな」

「あなたがどういう風に考えたのかは知らないけれど、逆に聞くわ、この部隊は何?」


「すっとぼけるのもそこまでだ、事態の終結と同時に黒竜の本体であるスキル保有者が姿を消し、ほぼ同時にお前も連絡が取れなくなった、なぜアンジェロの通信に応じない? それにお前は何か知ってたみたいだしな、それだけでもしょっぴく理由には十分だ」


「アンジェロさんの通信に出なかったのは悪いと思うけれど、緊急時でもないのに一般の乙女に気安く思念を送らないでほしいわ、それに理由は本当にそれだけ?」


「それだけ力を持っているお前さんが、一般なわけなかろう、それにその後ろの小娘も尋常ではない魔力を持っているではないか、しかも昨日のあれと同じ黒の・・・、だとすればどれだけ準備しても足りるということはない」

 

 どうやらこれはルシエラが俺たちの関係者で、最悪ここで俺たちがまた昨夜みたいに暴れることまで想定しての戦力らしい。

 なれば納得の戦力だ。

 なんで俺たちの位置が分かったのかは聞くまでもない。


『この人、目立つんだよな・・・』


 モニカから同意の感情。

 ルシエラに自覚があるのかどうかはわからないが、ただでさえ薄っすらと青く光り輝く髪に、大小さまざまな大量の魔方陣を常時全身に展開しているので、むちゃくちゃ目立つ。

 おそらくこいつらは、噂で時々聞いていた街を取り囲んでいたという軍隊の一部で、ルシエラが中心部にいると聞いて慌ててやってきたのだろう。

 少し長居し過ぎたか。


 だが、ルシエラの方はこの戦力を前にしても尚、表情から一切余裕が目減りしていない。

 それだけ自分の力に自信があるのだろうか?

 むしろ、自分達への対処として差し向けられた戦力と知って、鼻で笑うような挑発的な笑みが混じったくらいだ。


 だが当然、俺達の方は今は暴走しているわけでも思考同調しているわけでもないので、普通に戦ってこの戦力に対処する方法はない。


 だからと言って指をくわえて状況が流れていくのを見ている訳にもいかないが。


 俺たちが今できること・・・


 実力と経験を考えるならば俺たちが下手に何かするのは、むしろルシエラの足手まといになりかねない。

 だがそれでもできることはある。


『モニカ、俺達の魔力をルシエラに渡して対処してもらおう』


 俺たちがこの場において圧倒的に優れていて、且つルシエラに唯一不安があるのは魔力の保有量だ。

 ならば、今はルシエラの魔力供給源になるのが最も効率的だろう。


「・・・ルシエラ・・・わたしの・・・」


 だが、ルシエラはその言葉を遮るように、後ろ手にモニカの口を人差し指でふさぐ。


 それと同時に、ルシエラの背中に特殊な形の魔方陣が出現する。

 だがその魔方陣は、何かの魔法を発動させるようなものではなく、ただ普通の文字が浮き上がっていて、そこには俺たちに対する”指示”が書かれていた。



「ウバルトさん、分かってるでしょ? そんなギャラリー・・・・何人連れてきてもあなた以外は相手にならないって」


 ルシエラは尚も挑発的な態度を崩さない。

 そして、それがハッタリでもなんでもなく”事実”なのであろうことを証明するように、周りの部隊の間に不安の感情が広がった。


「ギャラリーじゃないさ、こいつらは厳しい訓練を積んでいる、この人数で”戦略魔法”を発動させれば、お前の防御魔法だって突破できるさ」

「私がその発動を許すと?」


「その隙は私が稼ぐ・・・そのために私がいる」


 その瞬間、ウバルトの体から魔力が立ち上り、それを中心に巨大な魔方陣が展開される。

 その密度はこの前の調査官ランベルトと比較しても勝るほど強力なものだった。


 同じ”エリート”でもこの人の方が実力は上なのだろう。

 何をしてくるかはわからなかったが、今の俺達にそれを防げる自信はなかった。

 

 なので、大人しくルシエラの指示に従うことにする。


 幸いにもちょうど合図が来たところだ。



「・・・!?」


 ウバルトが突然、モニカが行った行動に一瞬虚を突かれる。


 モニカがやったのはルシエラの背中にジャンプして抱きつくだけ。

 ただそれだけだが、まさかこの場で俺たちがそんなことをするとは思わなかったのか、周囲の部隊の皆が一瞬固まってしまった。


 だがその一瞬で、状況は一気にこちらへ傾く。


 モニカがルシエラに抱きついた瞬間、俺たちを囲むように大量の魔方陣が展開され、モニカの体からルシエラを通してそれらの魔方陣に大量の魔力が流れ込んだ。

 そして、その魔力に反応した魔方陣がすさまじい光を放ち、その閃光に皆が目をしかめた次の瞬間、


 何か巨大な物体がその場に現出した。


 その光が収まるのと、その何かが大地を踏みしめた振動が地面を伝わるのを感じたのは同時だった。


 その何者かの姿に気が付いたウバルトが焦ったような声を出す。


「!? 魔法士は下がれ!! あれは魔法では抑えられん!! 巨大人形機械ジャイアント・ゴーレムを前に出せ!!!」


 光の中から現れたのは、視界を埋め尽くすほどの巨大で大量の青白い宝石たち。

 一つ一つが数十cmに達するかと思われるほど巨大なその宝石は、よく見ればそれが一枚一枚のうろこであることがわかる。

 

 だが全体像はあまりに大きすぎて一目で見ることができない。

 その正体が何者かを確認するために、モニカが顔を動かして周囲の様子を見る。


 すると、そこには全長70mに及ぶ、怪獣のような巨大な青い竜が、警備隊の軍勢から俺達を隠すように道の真ん中に君臨していた。

 それは、間違いなく昨夜暴走した俺達が作り出した黒い竜の首たちに挑んだ、あの青い竜だ。


 確か名前はユリウスだったか。 


 ルシエラからの話で聞いていたし、以前遠くにその姿を見ているので、すぐにその正体を認知することができたが、いざこうして目の前に現れたところを直に見ると、そのあまりの大きさに圧倒されてしまう。

 

 それは俺達だけではなかったようで、警備隊の面々も、隊列の前面に巨大ゴーレムを押し出す形で兵士が後ろに下がったが、その顔には隠せぬ恐怖の色が濃かった。


 何せ70mの竜の前に立つのは、たかが10mほどの小さな・・・人形だ。

 その頼りなさったらないだろう。


 そして町の中心街に突如君臨したユリウスは、まるで己がこの場の王者であるかのごとく遥か高みから周囲を見下ろす。

 広いはずの道の中で、建物に挟まれて窮屈そうにしているその絵柄は、これが怪獣映画の一シーンであるといっても納得してしまいそうなものだった。


 ルシエラがわざわざウバルトとの問答に付き合ったのは、この竜を召喚するための準備をこっそりと行うためだった。

 この人は俺達を含めた周囲の全員が緊張して見つめる中で、堂々と誰にも気づかれることなく逃げの仕度をしてのけたのである。


 そしてユリウスが、その巨大な翼を大きく広げる。 

 建物にあたらないように道に沿って広げているが、それがまた彼の巨大さを演出していた。


 翼の端の方はあまりに大きいせいで、ゴーレムたちの頭上を越え兵士たちの上にまでかかっている。


「まずい!! 逃げるぞ!!」


 その光景に多くのものが見入っている中で、兵士の中から焦ったような指摘が飛んだ。


 よく見れば、いつの間にか青い竜の手には背中に荷物を満載したロメオがまるで小さなヌイグルミのようにヒョイと握られ、さらにユリウスの背中に付けられた小さな・・・鞍に向かって、俺達を背中に抱えたルシエラが飛ぶように駆け上がっていた。


「それじゃ、私たちは急いでるので!!」


 ルシエラが鞍から身を乗り出すようにして、下に向かって大声で叫ぶ。


  

 もちろん俺達を逃がすまいと、下から様々な攻撃が飛んでくるが、この巨体相手では豆鉄砲にすらならないようで、すべて分厚くて固い青い鱗に阻まれていた。

 こうなっては本当に彼らは”ギャラリー”に成り下がってしまうしかない。


 だがその中にあって、唯一、ルシエラの脅威になりうる人物であるウバルトも、俺達を見逃すつもりはないようだ。

 即座に高密度の魔力が集中し、太い雷のような黄色い光が上へ向かって放たれた。


 だがどこを狙ってるのか、その光は俺達ではなく、巨大なユリウスの体からもかなり離れた所を飛んでいく。

 あのクラスの魔法士でも魔法を外すことがあるのか・・・・って!?


 大きく外れていたはずの光が空中で一気に曲がり、ユリウスの体を迂回して後ろに回り込んでそのまま直線的に俺達を狙って飛んできた。


『危ない!!?』


 俺が慌てて、手持ちのフロウを防御のために動かすが、光の接近する速度が速すぎて間に合いそうにない。

 そしてその光は俺達の目の前でまるで手のようにいくつも枝分かれして、周囲に大きく広げられる。


 完全に俺達狙いだ。

 恐らくルシエラの確保は既に諦めて、まだ御しやすいモニカを狙ったのだろう。


 とりあえずその光の手に掴まれてなるものかと、簡易的に作った砲身から砲撃魔法を発射する・・・も、なんとそのまま魔力砲弾が光をすり抜けてしまった。

 あれに物理的な実体はないのか!?


 何事もなく迫ってくる黄色い光の腕の恐怖に、モニカの身がすくむ。


 そしてその手が俺たちに触れる刹那・・・


 突如、視界全部を覆い尽くすような巨大な青い魔法陣が目の前に展開され、そこから放たれた凄まじい光があっという間に黄色い光の手を飲み込んで破壊してしまった。


「え!?」


 その壮絶な光景にあっけにとられたような声をモニカが出す。


「・・・さすが王位スキル保有者、抱きついてるだけで魔力が使い放題だよ!」


 凄まじいドヤ顔でルシエラがそう宣言すると、まるで風が吹くように俺達の体の周りを漂う余剰魔力を吸い上げる感覚が広がる。

 そしてそのまま、その魔力を使って幾つもの魔法陣を展開してそこに流し、先ほどと同じ強力な光を幾つも放って下から飛んでくる攻撃を全て消し飛ばしてしまった。


 ちょっと前に、この人は魔力さえあればなんでもできるのではないかと考えたが、あれは少し訂正だ。


 この人は間違いなく、魔力さえあればなんでもできる。


「行くよ! ユリウス!!」

「グギャアアアオオオオオ!!!!!!!!!」


 ルシエラの指示にユリウスが反応し、広げていた翼を一気に下に振り下ろす。

 ルシエラが下からの攻撃を全て制圧しているので、それを邪魔するものは何もない。


 羽ばたきによって発生した凄まじい暴風が街の路地を吹き抜け、兵士たちを含めて様々な物品がその風に巻き込まれて吹き飛ばされた。


 だがそれでもとばかりに、軍用巨大ゴーレムがその小さな体を必死に動かしてユリウスの足にしがみついてくる。


 だが、あまりの体格差の前に無情にもそのまま引きずられるようにして、ゴーレムごとユリウスの体が浮き上がってしまった。

 本当にこの巨体が羽だけで浮いてるのか!?


 ゆっくりと下がっていく周囲の景色をモニカが驚いた表情で見つめる。

 

 ユリウスは脚に4体もの巨大ゴーレムをぶら下げているにも拘らず、羽を一振りする度に確実に速度を高めて上空へ上っていく。

 そして少し上昇した所で、煩わしげに足を軽く振ってしがみついていたゴーレム達を振り落としてしまった。


 まだそれほど高い高度ではなかったが、それでも巨大なゴーレム達が高い所から落ちた衝撃で発生した轟音が街の中に響き渡り、転がってくるその巨体を避けようと、多くの兵士たちがあたりを右往左往していた。


 そしてその最前線で、ウバルト隊長が苦々しげにこちらを睨んでいる。


 その表情からして、どうやらもう捕まえられないと諦めてくれたようだ。





 闇夜の冷たい空気の中を切り裂くようにして、青い竜がどんどん高度を上げていく。

 眼下には街の明かりが一面に広がり、それがピスキアの街の巨大さを如実に表していたが、それも高度が上がるに連れてどんどん小さくなっていった。


 思えばこの街では色々あったな。

 中には辛い記憶もあるが、それでもこうして去っていく実感が湧くと、どこか寂しく感じるから不思議である。


『モニカはまた来たいと思うか?』

「え? なんで?」


『いや、なんとなく聞いてみただけだ』

「そうだね・・・」


 モニカが何かを悩むように頭の中を動かす。


「カミルさんのところに行く時に、また寄るかもしれないね」


 どうやらモニカの中でのピスキアはその程度のようだ。

 まあ、トラウマにはなってないようなので一安心といった所か。


 バタバタとした旅立ちだっただけに、この静かな夜の空が奇妙に感じられた。

 ただよく考えれば、既にかなりの高度になっているのに風も殆ど吹き付けず、寒くも息が苦しくなったりもしていない。


「ルシエラ、なにか周りと遮断する魔法でも使っているのか?」


 疑問に思った俺がルシエラに直接質問をぶつけてみる。

 だが、その質問に振り返ってこっちを見たルシエラの顔に浮かんでいたのは、意外にも焦り・・・だった。


「ごめん! 今、ちょーっと、手が離せない」

「どうしたのルシエラ!?」


 その様子に驚いたモニカが、声を上げる。

 ルシエラはここまでずっと、俺達に余裕しか見せてこなかっただけに、この表情は不吉だ。


こいつら・・・・のこと、完全に忘れてた・・・」


 そう言って苦々しげに両側の景色を交互に睨む。

 そしてそれに釣られてモニカもその方向を見るも、真っ暗な闇しか見えない。


 だが、その闇の中に俺は確かに何かが動く気配のようなものを感知した。

 よく目を凝らすと、それは巨大な丸い円盤状の・・・・


 次の瞬間、その上部が一瞬光り、その全体像が露わになる。


 それは俺達が見てきた中で、最も大きな飛行物体だった。

 そして、その大きさはこのユリウスすら凌ぐ。



「「こちらは、ピスキア行政区、行政区域監督署です!」」


 その物体から以前と同じように、大音量で声が飛んできた。

 しかも両サイドから。


「門番ゴーレム!?」

「こいつら、うっとおしいんだよね!!」


 モニカがその正体を叫び、続いてルシエラがそれについて感想を叫ぶ。


 通称”門番ゴーレム”、数百mに及ぶ巨大な直径を持つ円盤状の空飛ぶゴーレム機械。

 俺達がピスキア行政区に入った時に入区審査をしてきた巨大飛行物体だが、まさかそれが二体もいたとは。


「「あなた方には、警備隊への出頭命令が出されており、この命令には北部連合代表、ピスキア行政区長、ピスキアし・・・」」

「うるさい!!!!」


 モニカが両手で耳を抑えて、その轟音を打ち消すように叫び声を上げる。


 ここまで音量が大きいと、それだけで攻撃のように感じるから恐ろしい。

 耳が痛くてかなわない。

 こんなものを両耳から聞き続ければ、いつ鼓膜が破れてもおかしくはなかった。


「まずいわ、あっちのほうが上昇速度が速い!!」


 ルシエラが憎々しげにそう叫ぶ、そしてそれを示すように門番ゴーレムの位置が、俺達のすぐ横から段々と上の方へ変化を始める。


 その巨体で上からかぶせるように進路を塞ぐつもりか。


 だが間違いなく速度は向こうのほうが上だ、さらに先程の地上にいたのと違い、今度はゴーレムたちの方が遥かに巨大。

 そして気のせいかもしれないが、その内に渦巻くエネルギーも比較にならないほど強力だった。


 これは一筋縄ではいかないだろう。


「逃げ足は最強じゃなかったのか!?」


 俺が皮肉交じりにルシエラに毒つく。


「ええい! こうなったら壊すしか・・・でも壊したくないな・・・弁償請求がぁ・・・」


 どうやらルシエラですら、もう只で逃げられる状況ではないようだ。

 

 だが次の瞬間、モニカから大量の思念による魔力制御の注文が飛んできた。


「ロン!! 【魔力ロケット】!!!」


 その最後にモニカが叫ぶように俺に指示を出す。

 それに対し、俺が即座に制御を始めた。

 

 返事するまでもない、こういう時は”野生の勘”が最強なのだ。


 俺が即座にモニカの注文通り魔力を動かしていくと、その意図がすぐに理解できた。


「ルシエラ! ユリウスに注意するように言って!! 凄く熱くてうるさいけど、一気に加速するからって!!」

「え!? なにするの!?」


 モニカのその警告にルシエラが虚を疲れたような声を出すが、それもお構いなしに俺達は準備をすすめる。


 まず、ロメオの背中に積んであった大量のフロウを一気に手元に”転送”する。

 これは予め俺達の現状の”転送スキル”で送れるギリギリのサイズに四角く小分けにしていた。

 

 棒状のやつに比べて性能は劣るが、俺達はついに ”何時でもフロウお取り寄せ” 体制を確立していたのだ。


 そしてその大量のフロウを繋いで、大きく展開する。

 一部はモニカとルシエラの体をガッチリとユリウスに固定するように、また別の一部は2つの棒状のフロウをその先に掴んだまま、ユリウスの腹から横に伸びていく。

 

 あっという間に元々持っていたものとは別の一対の翼が青い竜から生える。


 そして大量のフロウが所定の形に変形し終わり、全てがガッチリと固定されると、その先端に取り付けられていた棒状のフロウが変形を始め、その形が”魔力ロケット”のエンジンの形に変形した。


 今回支柱・・・に使った新しいフロウは性能が悪いのでエンジンのような複雑な機構には使えないが、それでも俺達にはこの2つの頼もしい高性能のフロウがある。

 今まで何度もこの2つに救われてきたし、今回もきっとそうなるはずだ。

 

『ロメオ! 一気に加速するぞ! 舌を噛むなよ!』


 最後に俺がユリウスの手に握られた状態のロメオに向かって警告を発する。

 ここでは反応は分からないが、あいつは俺の声が聞えるのでこれで十分だろう。

 一応念のために固定しておくか。


 俺は余ったフロウをユリウスの腕にそって動かし、その手の中のロメオをユリウスの手ごと固定した。


 その時わかったのだが、どうやらロメオは暴れているらしい。

 そりゃこんな上空に持ち上げられたら恐いか。


 ゴメンな・・・・これからもっと恐くなる・・・



「カウントするぞ!! 3・2・・」

「え!? ちょっとなに!?」

「喋ると舌噛むよ、ルシエラ」

「1・・ブースト開始!!!」


 その瞬間、凄まじい衝撃がユリウスの巨大な体ごと俺達を駆け抜け、その加速度にモニカとルシエラの体がフロウの固定具に全力で押し付けられる。


 今回は羽も固定具も棒状のフロウから捻出しなくていいので全てロケットのエンジンに回せ、おかげでかつてないほど超高出力のロケットが出来上がっていた。


 両サイドに展開されたロケットの加速によってユリウスは周囲の門番ゴーレムたちを一気に引き離し、そのまま上空へと逃げおおせることに成功する。



 天を裂くような轟音と、真昼のような炎の明かりを撒き散らし、凄まじい勢いで雲の上に消えていく青い竜を眺めながら、門番ゴーレム達が精一杯の音量で”警告”を発しているが、その声は魔力ロケットの凄まじい轟音に掻き消されて青い竜に届くことはなかった。




 

 ピスキアの夜の街が、突如発生した天を引き裂くような大轟音と凄まじい光にざわめき立ち、ほぼ全ての街の人間が空を仰いでいた。

 間の悪い事に、あの”一件”から昨日の今日であったため、街の住民は一斉にパニックを起こして、街中が蜂の巣をつついたような騒ぎになる。


 当然、それを治めるために警備隊の全軍が駆り出され、上空に逃げた二人の少女の後を追うなどという状況ではとてもなかった。



「すごい騒ぎですね」


 街外れの教会の窓から外を見ていたローマンが率直な感想を述べた。


「この騒ぎは、しばらくは放置しておくのだろう?」

「ええ、その方が彼女も逃げやすいでしょう」


 同じ部屋にいたこの教会の司祭であるパトリシオが疲れたようにそう言い、ローマンがそれを肯定する。

 パトリシオは今日一日中街の中を動き回っていたせいで、柄にもなく疲れた様子だった。


「お前は追いかけないのか?」


 不意に投げかけられたパトリシオのその問いに、ローマンが顎に手を当てて何かを思案するポーズを取る。


「ここにいても出来ることはあります、それに今わたしが彼女に付いていっても、彼女の成長に良くないでしょう」


「・・・はぁ・・・それもあの子のためということか・・・」


 そう言ったパトリシオの声は色々な感情が入り交じった複雑な物だった。


「いずれ我ら・・・アルファとなるその日まで、彼女には健やかに成長してほしいのですよ」


 そう言って、窓の外を眺めながらローマンがにこりと笑う。

 窓の外ではちょうど、先程発生した光が地平線の向こうに消えて行くところだった。


「・・・いってらっしゃい・・・今はただ、何も考えずに己を磨くといい・・・」


 最後にそう呟くと、ローマンは煩わしい外の喧騒を持ち込まないように窓に付けられたカーテンを閉めた。 






「もういないよね」


 視界全てが闇夜に染まり、見えるのは薄っすらと光るルシエラの髪と俺達の周りを漂う幾つもの魔法陣の青い光、そして上空の満天の星空だけという雲の上で、確認するようにモニカが声を発した。


「・・・・いないね、どうやら撒いたみたい」


 ルシエラのその言葉を聞いた瞬間、モニカの体から一気に力が抜ける。

 どうやらかなり緊張していたみたいだ。


「ふう・・・・それにしても・・・」


 そう言ってルシエラが後ろを振り返り、こちらを見る。


「・・・全く・・・この子は、なんて出鱈目な・・」


 一息ついたルシエラが、心の底から捻り出したかのような声でそう言った。


 だがその言葉を聞いた瞬間、俺とモニカの心が一つになる。


「「ルシエラには言われたくない」」


 俺達二人からのツッコミに対し、ルシエラが気圧されたかのように前に軽くつんのめる。


 だがそう言ったモニカも、そして俺も心の中では、これ以上ないくらい満足げなドヤ顔を作っていた。




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