1-11【新しい朝 1:~出発準備~】



『モニカ・・そろそろ時間だ』

「・・・ん・・んん? 」


 俺のその言葉で、モニカがノソリとその身を起こした。


「・・・・・・?」


 まだ寝ぼけているモニカが何事かと周囲を見渡すと、そこには寝る前と何も変わらない洞窟の壁が広がっていた。

 だが、入り口から入り込む光の加減が大きく変化していて、結構印象が異なる。


 ”あの一件” から、モニカは少しでも回復するために、この洞窟の中でひたすら眠っていた。

 もちろんその間の防御対策として、俺がフロウを使って防御態勢を取っている中だが。


 この一件のおかげで俺はモニカの目に頼らない視覚情報を得られるようになり、今はそれを複数作って洞窟の内部にいくつも置いてある。

 映像は白黒で解像度も悪く見にくいが、モニカが寝ている間でも俺は周囲の状況を視覚として確認することが出来るようになっていた。


 ただ、今回新しく得たフロウは、今まで持っていたものに比べると性能はかなり劣り、飛行などの高度で高い応答性が求められる用途には使えない簡易版だ。

 だがそのかわり好きな形で置いておけて量も豊富という利点もある。


 なので保温と防御と隠蔽のためにモニカを覆っても、更にいくつも感覚器を作るだけの余裕があり、細く伸ばしたフロウの先に小型の感覚器官を作ることで、離れた場所も見ることが出来るようになった。

 

「・・・・ルシエラは?」


 周囲を見渡して、例の青い少女がいないことに気がついたモニカが、その居場所を俺に聞いてきた。


『街中の様子を確認しに行くってさ、時間的にはもうすぐ帰ってくるはずだ』

「・・・・大丈夫だよね?」


 モニカが少し心配そうに聞いてきた。

 どうやら、警備隊等に俺達の情報を売ったのではないかと心配になったらしい。

 前は、人を疑うなんてこと殆どなかったのに・・・

 

 やはりまだショックは大きいか。


『大丈夫だろ、そんな回りくどいことするくらいなら抱えて突き出してるよ、彼女ならそれくらい余裕だろう』

「・・・そうだよね」


 もちろんモニカも頭ではそう理解しているだろう、だが心配げに入り口を見つめる視線に含まれる不安は隠しきれない。


 その時、洞窟の外に置いていた感覚器に特徴的な青い髪が写り込んだ。


『帰ってきたぞ』

「一人?」

『ああ、一人だ、だが何か抱えてるな』





「西地区には入れなかったけど、中心部は問題なく入れるわ、少し慌ただしいけどね、それとこれ」


 そう言ってルシエラがこちらに何かが入った袋を差し出してきた。


「これ何?」

「服よ、私が良さそうなの選んできたわ」


 ルシエラが渡してきた袋を開けると、そこには子供向けの服が一着分、下着も含めて入れられていた。


「出門記録が無いのは壁を越えればいいから問題ないけど、流石に裸じゃ街中にはいけないし、そのフロウだと形は良くても質感がね・・・」

「元々、瓦礫だからな」


 ルシエラがそう言うように、フロウで作った服代わりの覆いは布や革製の衣服に比べると光の反射などが独特でものすごく目立つのだ。


「・・・・っむ・・・」


 袋から衣服を取り出したモニカがその服を見て固まる。

 その表情から、その服のデザインがモニカの好みでないことが一発で伝わってくる。


 まず一見しただけで分かるほど黒かった。

 それこそ、ルシエラの衣服の青さに匹敵するくらい黒い。


「・・・なんでこんなに黒いの?」


 モニカが少し苦々しげにルシエラに聞く。

 モニカが着たことある中で最も黒いのはミリエス村で着た”黒の従者”役の衣装だが、これはそれに勝るとも劣らない黒さだ。

 

「魔力って色があるでしょ? 私の場合は青、モニカの場合だったら黒ね」

「うん」

「その魔力にも好みがあってね、同じ色の物が近くにあった方が安定しやすいの」

「安定?」


「例えば、私なんか持ってる魔力は完全に青だけだから、魔力がとっても青に敏感でね、青以外を着けると発動が難しくなったりするのよ」

「・・・ふーん」


 そう言ってモニカが手に持った真っ黒な服を少し引っ張る。

 その顔には”そんなバカな”という感情がありありだった。


「まあ、モニカは私ほど神経質にならなくてもいいと思うけれど、普段から自分の魔力の色を意識して身につけたほうが、後々楽になることも多いのよ」

「なるほど、それで、妙に魔力傾向と同じ色の服を着てるやつが多いのか」

「ロンは知ってたの?」


「なんとなくそういう文化なのかと思ってたがな」

「・・ふーん」


 どうやらそれで”こちら”には納得してくれた様だ。

 ただもう一方の”気に入らない理由”に関してはまだ納得していない。


 この服、どこがといわれると微妙なのだが、かなり子供っぽい。

 端々が丸っこいデザインのせいか、それとも大きなボタンのせいかは分からないが、とにかく一目で子供服とわかるデザインだった。

 もっとも、モニカはまごうことなき子供であるし、この背丈の人間用の服となると基本的には子供服になるが、それにしても限度があるくらい子供っぽい。

 これがルシエラのセンスなのだろうか?


 そういえば、あまりにスタイルが良いせいで中和されてしまっているが、ルシエラの服もよく見ると丸っこかったりボタンが大きかったり、子供服のようなデザインに見えなくもない。


 モニカから、どうしようか? という困惑の思念が流れてきた。


『仕方ないからそれ着とけ、歳相応だし、善意でくれたんだ、渋ったらあとが怖い』


 俺のその言葉にモニカがようやく納得の感情を返し、渋々ではあるがその真っ黒な子供服を身に着け始めた。





 夕暮れの街の中を歩く二人の少女。


 前を歩くのはとにかく青い格好の背の高いスラリとした姿の少女だ。

 そしてその後ろから、同じようにとにかく黒い服を来た背の小さな少女が少々周囲の様子にビクビクしながら、パンテシアを引き連れて青い少女の後ろを付いてきていた。


 もし普通の時にこの姿を見られたら、さぞ珍妙な目で見られただろうが、今は街全体が落ち着きを失っていて気にもとめられない。


 みな口々に、昨夜起こったことを噂し合っていた。


『それにしても荒唐無稽だな』


 俺がその噂を聞いて感想を述べる。

 するとモニカから詳細を問う思念が送られてきた。


『竜が暴れた・・・これは事実に近いな、天使が制裁してきたとか、Aランク魔獣に襲われただとか、うわ、クーデターだってよ・・・』

「・・・クーデター?」

『今の体制が嫌で、軍隊を率いて反抗することをそういうんだけど、流石にそれは無理やりだろう』


 だが、それを語っていた男の目は真剣で、それを聞いていた周りの人間も真剣にそれを聞いていた。

 なんでも、遠征に出ていた部隊が帰ってきたらしく、それが早すぎるのがおかしいとのことだった。

 基本的には無視していい内容だが、少し気になることが、


「ねえルシエラ、軍隊が街を囲んでるって言ってたけど・・・」


 モニカが俺の質問をルシエラに伝えた。

 もちろん今は直接声が出せるが、さすがにこんな街なかの人が多い所で、スピーカーから音を出せば悪目立ちするだろう。


「大丈夫! 大丈夫! お姉さん、こう見えて逃げ足は最強なんだから!」


 そう言ってルシエラがにこりと笑う。

 そこに一抹の不安さえ見られなかった。

 よほど逃げ足には自信があるのだろう。


 ただ、俺達がそれについていけるのか不安なのだが・・・・


 ちなみに大量にあったフロウは大部分は固めてロメオの背中に積んである。

 その残りを服の下に着せて防御にして、さらにその一部で小さな感覚器を作りモニカの頭の上に乗せていた。

 周囲から見れば何かの髪飾りに見えるだろう。


 そして俺はモニカの視界だけでなく、その髪飾りの外側に、周囲を取り囲むように配置した目のおかげで360°の視野を得ることが出来た。

 これで不慮の事態が少しでも減らせればいいが、どちらかと言えばこの広大な視界に慣れるのに苦労しそうだ。




「・・・見えてきたよ、あそこでしょ?」


 そう言ってルシエラが指差した方向に中心街の見覚えのある雑貨屋が見えてきた。

 もちろん用があるのは2階だ。


 俺達がここへやってきた理由は一つ。

 荷物の回収だ。


 具体的には宿屋に置いたままの物品と、この店に注文した魔水晶の”固定具”を回収したいのだ。

 

 特に固定具は絶対に必要なものだ、現在フロウで無理やり縛り付けているが、こんなことを続ける訳にはいかない。

 何時落としてしまうかわからないし、今度も戻ってくるかは不明なのだ。


 それに俺も気が気じゃないからな。

 なのでさっさと回収するに限る。


 

 店は内部が非常に狭いのでルシエラとロメオには下で待ってもらうことにして、俺達だけで2階に上る。

 相変わらず一見しただけでは気づけない階段を登り、薄汚れた2階の廊下にはこれまた相変わらず飾りっ気の全くない、どちらかといえば板っ切れと呼んだほうが近いと思う扉が見つかる。


 そして、その扉を恐る恐るモニカが開ける。

 モニカの様子を見るに、どうやら前回、蔑称ドワーフとよんでしまった気まずさがまだ残っているみたいだ。


「・・・いらっしゃい・・・」


 扉を開けると、相変わらず気のない声が、大量にある様々な商品のせいで見えない店の奥から飛んでくる。


「えっと・・・すみません、固定具、取りに来ました・・・」


 モニカがおっかなびっくりそう言うと、店の棚の奥からひょっこり、昨日も見かけたヒゲモジャの顔が突き出される。


 うん、男だ。


 絶対、男だ。


 なんでこれが女なんだよ。


 俺はその顔に心の中でひとしきりその感想を述べる。


「ああ、お前さんか・・・出来とるぞ」


 そういってドワーフの店主が手招きしてきた。

 どうやら、昨日のことで特にわだかまり的なことは残っていないようだ。


 それを確認したモニカが、ちょっと安心したように軽い足取りで店の奥に入っていく。


 ところでドワーフって蔑称だけど、正しくはなんて言えばいいのだろうか?

 炭坑族? 南国人? 筋肉ダルマ族?


 うーん、やっぱり適切な単語にあらためて”ドワーフ”と訳したほうが良さそうだ。

 昨日の今日でこの店主に正式名称を聞くのは憚られるが、そのうち何かの書籍などでわかればいいな。


 店の奥に入ると、相変わらず狭いスペースに小さな作業机と小さな椅子を置き、そこにちょこんと座る形で店主が俺達を待っていた。


 ただ昨日と違うのはその手に、3つの輪っか状の物体が有ったことだ。

 

「それが新しい固定具?」


 モニカが店主に聞いた。


「ああ、グリム液が乾いたばかりの出来たての新品だ、ほれ」


 そう言って店主が輪っかを差し出してきた。

 だが、それを見たモニカが若干慌てる。


「あ! あの・・・伝票・・・忘れちゃいました・・・」


 そう言ってモニカが暗い顔をする。

 正確には、昨日の一件の最中に服に入れていたために、”消滅”したと言ったほうが正確だが。

 更に言うならば、身分証関係などの書類や、ロメオの背中に移していなかった手持ちの約1000セリスも帰らぬものとなってしまっていた・・・

 もちろんモニカの命に比べればなんでもない物だが、無くして痛くないわけではない。


「伝票? ああ、別にいらないよ、顔は覚えとる」


 そう言ってさっさと受け取れとばかりに、更にずいと固定具をこちらに差し出してきた。

 ああ、よかった、これでちゃんと受け取れる。

 こういうところは個人商店なので話が楽だな。


 モニカが新たな固定具を手に取ると、興味深そうに色んな角度から眺め始める。

 昨日見たときには、荒削りな銀色の金属の輪っかでしかなかったものが、今や高級感のある黒い光沢を放っている。

 恐らくこの黒いのがグリム液とかいうのだろう。

 どこか漆を思い出す光り方だ。


 するとそこで、モニカが何かに気がついたように右手を持ち上げる。


 そこにはフロウでガチガチに固定されて見えなくなった魔水晶があった。


「なんじゃ、そりゃ・・・」


 店主がその異様を見て目を丸くして驚く。


「え? あ!」


 モニカが予想外の光景に驚いた。

 どうやら魔水晶を無理やり固定していることを失念していたようだ。


 ちなみにモニカが右手を見たのは、前に嵌っていた固定具を見るためだ。

 前の固定具も黒く、その質感も新しい物に近かったのだ。

 恐らくこの黒い色はこのグリム液とかいうやつの色なのだろう。


「えっと、とれちゃって・・・」

「・・・なるほど、だいぶガタが来ていたからな、ここで替えていくか?」


 あ、それで納得してくれるんだ。


「ええっと、お願いします」


 そう言ってモニカが手で剥がすように魔水晶の周りのフロウを毟る動作をして、俺がそれに合わせてフロウを動かす。

 固定していたフロウを退けると、そこにはもはやただ置いてあるだけの魔水晶の姿があった。


「・・・こりゃ、また・・・きれいに抜けたな・・・」


 店主が一周回って珍しいものを見たという表情になる。

 必死に落ちないようにモニカが手の甲を上にして持ち上げているが、少しでも傾ければ魔水晶はあっけなく滑り落ちるだろう。

 こんな状況はできるだけ早く終わらせたいので、さっさと替えてほしい。 


「それじゃ、替えるか・・・・」


 そう言って店主が取り出したのは、おまけで付けてくれた交換用の工具。


「こいつの使い方を教えておく」


 それから俺達はまず店主から工具の使い方を口頭で伝えられ、それから実際に使う所を見せてもらうことになった。

 これで、劣化してきても何時でも交換できるというものだ。


「それじゃ、つける前に、一旦魔水晶を外してだな・・・」

「うん」

『あ、ちょっとま(ブチッ!!


 ああ、やっちゃったよ。

 モニカが店主の指示に従い魔水晶を手の甲から離すと、その瞬間俺の視界がモニカの目からだけに限定され、気のせいか思考もノロノロとしたあやふやな物に変わる。

 そして同時に、モニカの持っていたフロウが一斉に形を失ってまるで砂のようにパラパラと床に落ちていった。


 何やらその様子を見て、モニカが慌てて店主に謝っている。

 だがまるでガラスで仕切られたみたいに、その声がボヤけて内容が判別できなかった。

 一方の店主はその様子を見て何やら驚いていたようだが、それでも仕事人の本能が勝ったのか固定具の交換作業は続行してくれた。


 

ブチッ!!)ニカああああ!!』

「うぐっ・・・」


 どうやらまた無意識にモニカの名前を叫んでいたらしい。

 モニカがその音量に一瞬眉をしかめる。

 ログを見る限りどうやらこれが俺の仕様のようだが、一体誰が設定したんだか。

 

 だが、右手の甲には新品の固定具が付けられ、その中には俺達の魔水晶がガッチリと嵌っていた。


『うん、やっぱり新品は最高だな!!』


 なんというか繋がりが良いというか、納まりがいいというか、とにかく”万全”感が半端ない。


「昨日よりも、凄いしっかり嵌ってる!?」


 モニカがそのあまりのピッタリ加減に驚いている。

 確かに昨日試しで合わせた時はここまでじゃなかった筈だ。


「グリム液を塗ったからな、その分だけ分厚くなっとるし、魔力の繋がりもいい」


 なるほど、このコーティング剤の厚さも考えて削っていたのか。

 いい仕事だ、これならば無茶をしない限り暫くは外れる心配はいらないだろう。


「・・・ありがとう」


 モニカがそう言って深々と頭を下げる。

 その目には僅かに涙が浮かんでいた。


 するとそれを見た店主が一つ深い息を吐き、腕を組む。

 

「これが仕事だ」


 ドワーフの店主はその言葉とは裏腹に、これ以上ないくらいのドヤ顔になっていた。







「・・・よかった」


 昨日まで泊まっていた宿屋の俺達の部屋の中で、モニカが”いちばん大切な箱”を抱きしめてそう呟いた。


『結果論だが、ここに置いてきて正解だったな』


 もし手持ちのままだったりロメオの背中に載せたまま、”昨夜”に巻き込まれていたら、きっとこれも只では済まなかっただろう。


 新たな固定具を受け取った俺達は、ルシエラとともに泊まっていたこの宿屋に荷物を取りに来ていた。

 ちなみに彼女も今は自分の部屋で荷造りの最中だ。


 幸いなことに、今日一日部屋に戻らなかったのにも拘らず、荷物はそのままだった。


 そして俺は新たに得たフロウを伸ばして、床に転がっている元から持っていた棒状のフロウを拾う。

 それはやはり魔力が繋がった瞬間にはっきりと分かるくらい、出来がいいフロウだった。

 こうして暴走してではあるが、自分でフロウを作ってみるとこの棒の出来の異常さが浮き彫りになる。

 魔力を流さないと頑なに棒状で留まるという使いづらい点はあるものの、やはり全体的な使いやすさは圧倒的にこっちだ。


 いつか俺もこのレベルのフロウを作り出すことが出来るのだろうか?


 いや出来るだろう、来月からは俺も”アクリラ”の生徒だ。





 一階に降りて窓口でチェックアウトしていると、ちょうどルシエラが明らかに自分よりも大きな荷物を幾つも抱えて降りてくるところだった。


「それ、全部ルシエラの!?」


 そのあまりの量にモニカが驚愕の声を上げる。

 実際受付の人もその光景に驚いていた。


 そもそも今どうやって全部持ち上げているというのだ?


「もちろんそうよ、でも本当はもっとコンパクトになるはずなんだけど、昨日のあれで魔力使いすぎちゃって」


 そう言って舌を出してルシエラが笑う。

 しかし、なにやら魔法で荷物を纏める手段があるのか・・・

 ちょっと気になるな。


「魔力、あげようか?」


 俺の発案でモニカがそう言って、手のひらに小さな魔力溜まりを作った。

 想定通りなら、ルシエラはこの何の変質もさせていない魔力溜まりであれば自由に使えるはずだ。


「あ! いいの? それじゃお言葉に甘えて」


 そう言ってルシエラは、なんとその場から動くこと無く、数m先であるはずのモニカの手の平に作られた魔力溜まりを吸い寄せてしまった。


 そして、ルシエラがそれを使って魔法陣を作ると、人間の数倍はあろうかという大荷物が次々にその魔法陣の中に放り込まれていく異常な光景が繰り広げられる。


 そして最後の荷物をその中に放り込んだ時、ルシエラはおもむろに俺達の荷物に視線を向けた。


「入れる?」


 ルシエラがさも当たり前のようにそう聞いてきた。

 

 それに対し、しばしモニカが何かを逡巡したあと、その首を横に振る。

 どうやらその得体のしれないところに自分の荷物を置くのが嫌だったらしい。


 ルシエラはモニカのその答えを確認すると軽く頷いて、手ぶら・・・のまま受付で自分のチェックアウトの手続きに入った。

 それにしても一体あの大量の荷物はどこへ消えたんだ?


 モニカがそれを看破してやるといった気合の入った目でルシエラを見ている。


 それにしても、ルシエラは明らかに常識すら俺達とは違う人種だ。

 俺達も、相当に魔力のゴリ押しで生きてきたつもりだったが、彼女の魔法のゴリ押しは文字通り次元が違う。

 この人は本当に魔力さえあれば何でも出来るのだ。


 アクリラの生徒ってのはどいつもこんななのか?

 俺達もこうなれるのだろうか・・・


 俺は何気なく突き付けられた壁の分厚さに、これから上る事になる崖の高さを初めて思い知った気分になった。






 新しい固定具も、荷物も確保して絶対にやらなきゃいけないことは終わり、ついでに宿屋の食堂で食事も済ませてしまったが、日没まではまだ少し時間がある。

 俺達はルシエラとの協議という名の指示の下、闇夜に乗じてピスキアを立つ予定なので、まだ少し暇があるのだ。


 ではどうするか?

 ルシエラ曰く旅の準備はこれ以上いらないらしい。

 むしろ余計なものを増やすなと釘を差されているくらいだ。


 なので俺達は冒険者協会に立ち寄り、各種身分証の再発行と、改めて旅の軍資金の確保に勤しむことになった。



「今度はなくさないでくださいよ」

「は、はい・・・」


 再発行手続きが完了し、出来たての身分証をこちらに渡しながら窓口の男性が、ちらりと毒を吐く。

 その顔には少なからぬ疲れが残っていた。

 なんやかんやで再発行には結構な手間がかかったのだ。


 本人確認は何かよく分からない魔法ですぐ出来たのだが、その後の謎の事務手続きに受付の向こうで多くの職員が動き回っていたので結構時間がかかってしまったのだ。


 待っているだけのこっちも、それなりに疲れたので実際に走り回った彼等の疲労は推して知るべしだろう。

 とりあえず俺は彼らに対して心の中で感謝を述べる。


 一方のモニカは新しく出来上がった身分証の内容がちゃんとしているのか気になったようで、手にとってしげしげと眺めていた。

 


「・・・おお、その歳でDランク魔獣討伐経験ありとは、なかなか派手にやってるじゃないの」

「・・・ヒッ!?」


 するとすぐ耳元でルシエラの声が発せられ、それにモニカがビックリして瞬間的に体を避ける。

 どうやら肩越しに俺達の身分証を覗き込んだらしい。


「・・・Dランクの討伐って凄いの?」

「10歳でしょ? すごい、すごい、同い年で5人はいないと思うよ」


 どうやら年齢ベースの成果としてはグルドはそれなりの物らしい。

 でも10歳であれを倒せるのが他に5人近くいるのか・・・・たしかにそれは魔境だ。


「でも11歳だったら中等部の授業が始まるから30人くらいはいるかなぁ」


 だが、そのルシエラの何気ない一言で急激に魔境度が上昇する。

 モニカがその言葉に若干焦りのような感情を持ち、俺も心の中で覚悟の度合いを引き締める。

 成長期とはいえ、一歳の重みが半端じゃない。


『こりゃ・・早く行かないと、11歳相当の試験を食らうことになったら堪らねえな』


 俺のその指摘にモニカから強い同意の感情が飛んできた。

 




 さて、身分証は確保したしお金も降ろした、あとここですることはもうないし、辺りもちょうどいい感じに暗闇が落ちていた。


「これからどうするの?」


 モニカがルシエラに今後の旅程を問う。


「うんとねえ、これから、そら・・・・・ん?」


 その時、ルシエラの言葉が途中で止まり、突然その目が険しいものに変わった。

 

 そして次の瞬間、俺達もそれ・・・等の気配を察知する。


『まずいぞモニカ、囲まれてる、それにかなりの数だ、しかも一般人じゃない』


 俺のその警告に、モニカの体が強張り、ゴクリと生唾を飲んだ。

 まだ気配しかわからないが、明らかにこちらを包囲するような形で軍隊のような連中が近づいてきている。

 しかもそれだけじゃない、何だこの気配は?


 だがその正体は気配から想像するよりも早く姿を現した。


 冒険者協会の前のこの道の両方向から、完全武装した集団が一糸乱れぬ行進でこちらへ迫ってきたのだ。


 更にその後ろからは、10m近くある大型の人形ひとがたの機械が付いて来る。

 どう見てもゴーレム機械だ。

 それもコルディアーノよりは少し小さめだが間違いなく大型の人型のゴーレムで、狭い街中ではその巨大さが際立っていた。

 

 だがやはり、かなり高性能だったコルディアーノに比べたら無骨で安っぽくてそこまで高度なイメージはなく、一目で量産品であることが分かる代物だ。

 それでも装甲は分厚くて禍々しい、見た目は悪いが実用性重視の軍事用のゴーレムがそこにいた。


 それも両サイドに2体ずつ、計4体の豪勢な陣容だ。


 気配だけで不明だが協会の建物内部にも部隊が展開された気配があるので、今ここで冒険者協会に逃げ込んでも遅いだろう。

 完全に逃げどきを失った袋のネズミだ。


 あとは、なんとか俺達以外が狙いであってくれと祈るだけだが・・・あ、ダメだ。


 めっちゃこっち睨んでる・・・


 特に俺達から見て右側の隊列の先頭の人、あれ昨夜、ルシエラと一緒に暴走した俺達と戦ってた人だよね?

 ってことはあれが噂のウバルト隊長か? あの人”エリート”持ちだよね、つまりあの調査官ランベルトと同格の人間が軍隊引き連れてやってきたのか!?


 今は日が落ち、あたりが暗くなったので人通りはかなり減ったが、それでも多くの人がこの状況を何事かと遠巻きに見ながら、巻き込まれないように慌てて退散していく。


 すると、ルシエラがまるで俺達を隠すように、手で後ろに下がらせた。

 だがいくら彼女でもこの数は多勢に無勢だ、勝てるビジョンが全く浮かばない。


「モニカは黙っててね、あの隊長、嘘を見破る魔法使ってくるから」


 え!? なにそれ恐い、言い逃れ出来ねえの!?

 ルシエラの警告にモニカが更に緊張する。

 

 だがまるでそれを見越してこちらを安心させるためのように、ルシエラが後ろ手に俺達の手を握ってきた。



「青の小娘! 探したぞ!」


 こちらに向かって歩みを進めながら、ウバルト隊長が声を張り上げた。

 青の小娘・・・たぶんルシエラのことだろう。


「あ、ウバルトさん、今朝方ぶりですね」


 それに対しルシエラは、まるで偶然街角でばったり知人にあったかのような反応を見せる。

 その顔からは1ミリも余裕は目減りしていない。

 嘘を看破できる相手に恐るべきハッタリだ、条件が同じだったとしても俺じゃこんな余裕はないだろう。

 だが、そのルシエラの返答をウバルトはバッサリ切り捨てる。


「貴様と問答する気はない、こちらの手の内は知っているだろうからな」

「そんな、まるで敵みたいな言い方はやめてくださいよ」


「その後ろに隠している、もう一人の小娘・・・昨夜の事件の関係者だろ?」


 その瞬間、ルシエラの手がギュッと握られた。

 まずい、この質問、どう答えても俺達が関わっていた事がバレてしまう。


 どうすればいい・・・


『モニカ、砲撃準備、砲弾は非殺傷スタン、狙いはこちらで付ける』


 俺のその言葉にモニカの表情が”狩人モード”へ変化する。

 

 できれば軍隊を敵に回したくはないが、最悪はそうするしかない。

 いつでも撃てる準備は出来ている。


 だが、俺達のその緊張をよそに、ルシエラが全く余裕を崩すこと無くその口を開いた。


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