1-X5【幕間 :~ガブリエラ~】



 アクリラ


 一般的には魔法関連の最高位の教育・研究機関という認識をされやすいその場所は、実際に足を踏み入れると、その印象は少し違うことに気がつく。


 実はアクリラとは自由交易都市アクリラの中にある幾つもの教育・研究機関の集まりなのだ。

 その為、人口に占める生徒や教師、その関係者の割合は2割にも満たない。

 しかもその大部分は同じようにアクリラ内部に点在する商人のための学校の関係者で、街を歩いても魔法士をそれほど頻繁に見かけるということは無いのだ。


 ただ、そうは言ってもそこは天下の ”アクリラ” 自由交易都市ということもあってか、行くところに行けば他では考えられないような非日常がそこら中に転がっている。


 もともと、まだ迫害を受けていた頃の魔法士達が寄り集まり、己の知識を交換し合いながら、共に後進の育成に励んだ事に端を発するために、その知識を得るために厳しい条件があるものの、条件さえクリアしてしまえば誰にでもその知識を分け与える風土がある。


 その為、幾つもの魔法学校の寄り合いであるにもかかわらず、関係者の己の学校への帰属意識は限りなく薄い。

 校長は魔法士学校の集まりと、商業学校の集まりの中からそれぞれ一人づつ。

 

 だが教師にも生徒にも垣根は事実上なく、商業学校の生徒が魔法の授業に出たり、その逆も往々にしてよくある。

 過去には一度も自分の所属する学校の授業に出ずに卒業した猛者まで存在し、更にその発覚に10年を要したあと、笑い話で終わった。


 そしてその自由さと独特の価値観と”カリキュラム”故に、いがみ合っている国同士や差別意識の強い種族同士であっても、一月で己の価値観を破壊され、二月でどうでも良くなり、三月で当たり前に寝食を共にし、四月で友に、五月で命を預け合う仲になるという。


 これは極端な例であるが、実際に毎年新入生が半年ほどで半ば強制的にこの空気に馴染まされている。


 そんな”自由”な場所であるが、ここには、ここならではの純然たる”差別”が存在する。


”魔法習熟” ”貧富の差” そして ”身分”


 前者2つは、魔法士学校と商業学校を抱えるが故、後者は貴族達の涙ぐましい努力・・・・・・の成果だ。

 その為、制服はその者の学位と貴族か否かで異なり、学生の私服での行動はかなり制限されている。


 また種族や民族の壁はないが、その代わり寮単位での競い合いやヒエラルキーが存在する。

 

 そしてそのヒエラルキーの頂点たるのが、通称”貴族院”と呼ばれる、貴族専用に作られた巨大な城のような学生寮のその一角に設けられた幾つかの豪邸だ。

 

 貴族院の中ではあるが、これらの豪邸は貴族には使えない。

 そのせいで常時半分以上が空き家になっているが、足りないよりはよっぽどマシと判断される特別施設。


 この一角は各国の王族かそれに準じる立場の人間用の宿舎だ。

 

 そしてそのうちの一つ、石造りの堅固かつ壮麗な豪邸の中で数人の少女とその従者が、ドレスの入った沢山の箱を開封していた。


「・・はあ、これもだわ・・・まったく、お父様は私が3年前から成長していないとでも思っているのかしら・・・・」


 その中心に座る非常に凝った髪型の金髪の少女が新たなドレスの胸元を見て、不満げな感想を漏らす。


「仕方ないですよ姫様、陛下とはしばらく会っていませんし、お姉様方もお胸は慎ましい方ばかりでしたので」

 

 そこですかさず私がフォローを入れる。

 彼女の友人という名の侍女を務めるには、彼女の機嫌のコントロールはここでは必須技能なのだ。


「本当に誰に似たのかしら」


 その少女が不信の篭った目で自分の胸を掴む。

 非常に膨よかなそれは、目の前に並んだドレスの胸元に収まるものではない。

 もちろんその事は彼女の父である国王陛下もご存知なのだが、偶然にも王妃や王女に胸の小さい者が多いため連絡ミスがあるとよくこうなってしまうのだ。


「この前、気になって侍従方にお聞きしましたところ、姫様のお祖母様に当たる先王妃様が大変お胸の大きな方だとのことで、きっとそれが遺伝したのではないかと」


「そう・・・」


 その事を聞いた少女は興味を失ったように短くそう言うと、太陽のように光り輝く自分の金髪を弄り始める。

 

 彼女にとっては胸の大きさなど気にするものではなく、ただ家族と違うということが気になるだけなのだ。

 王族という、かなり多めの魔力を持っている家系の中であっても異質に感じるほど、彼女の魔力は図抜けて強大だ。

 

 そしてそれは同時に否応ない孤独と疎外感を彼女にもたらし、無意識のうちに姉や従姉妹との共通点を探すところがある。


 だが祖母の遺伝と聞いて安心したのか、すぐにそのことに興味を失って、いつもの様に自分の髪に触れた。

 それは落ち着いたことを示す彼女の癖だ。

 

 それにしても最近は、いよいよなにかの芸術作品かと思うほど髪型が凝ったものになっているな。

 これは彼女自身が魔力制御の練習として魔力だけで結っているのだが、幾何学的な模様や花飾りに見える造形物、更には一見するとリボンに見える部分まで全部彼女の髪で作られているのだ。

 もはや人間の手でどうにかなるものでは無い。


 これは彼女の凄まじい魔力に耐えられる髪飾りなど存在しないことが原因で、こういう事になっている。

 髪という特に魔力の影響が出やすい部分へ付ける物はまずその魔力に耐えられなくてはならないのだ。

 

 ただ飾りがつけられないからといってもここまで凝った髪型の前ではさしたる問題ではないだろう、その複雑な造形は魔力を大量に帯びた輝きも相まって金細工の様でもある。


 これが私の友人であり、将来お仕えすることになるこの国の姫、ガブリエラ様だ。

 

 そして私は彼女の最も親しい友人という役割・・・を負った、ヘルガという名の貴族の娘で、ガブリエラ様の2つ下の年齢でまだ物心つく前からの友人関係・・・・だった。


 私はガブリエラ様の支えであり、指針であり、そして弱みとなるべく作り上げられた、いわば作り物の友人である。

 2つ下という年齢も、ガブリエラ様に守るもの・・・・を与え、コントロールを容易にすると判断され私が選ばれた。


 とはいっても、私は記憶の限りずっとガブリエラ様の友人であったし、今後もそう有りたいと思っている。

 その感情すら作り物であってもそれは事実だった。


 だがそんな私から見ても、ガブリエラ様の行動は読みづらいところがある。

 非常に他人に気を使う一面もあるが基本的に唯我独尊。

 笑っていたかと思えば、突然癇癪を起こし周囲に恐怖を撒き散らす。

 それは生まれてからずっと突然大きな変動を起こす”スキル”の影響を強く受けてきたためだ。


 それに彼女自身、未だにその力を御しきれていないところも多い。

 それでも今はかなり安定しているが、歳のせいか最近は思春期という名の別の不安定要素に振り回されることが多い。


 ただ、彼女はある一定以上自分より弱い者には決して怒ったりはしない。

 そうで無ければ殺してしまうことを、彼女は知っているのだ。

 なのでお気に入りのサンドバッグルシエラがいない現在は、ストレスを溜めやすいので私はかなり気を使っている。

 私はこれでも同学年の中ではトップの成績と実力を持っているが、それでもガブリエラ様から見れば十分に怒ってはいけない・・・・・・・・存在なのだ。


 だがそんな従者達の努力を台無しにするような無粋な代物を、それを知らない人間が寄越してくることがある。


 例えばこのドレスと一緒に送られてきた謎の封筒だ。

 これは普通の人間ならば開けられない魔力的な封印が施されているガブリエラ様宛専用の封筒だった。

 その構造はひたすらシンプル、鍵も何もない開ける気が全くないただの封印だ。


 ガブリエラ様はそれをいつもの様に誰にも真似出来ない超高圧の魔力の万力で、強引に破壊して中身を取り出した。

 酷い開け方のせいで毎度封筒が不細工に破れてしまい、中の書類もしわくちゃになってしまうが、他に開ける方法はない。


 そしていつもの様に、その中身の手紙をガブリエラ様が膝の上で軽く伸ばしてから読むと、突然周囲の空気が重くなる。

 

 すると一斉に侍従達が今行っている作業を停止し、その場でガブリエラ様の方向へ注意を向けた。

 何かは分からないが、その手紙の内容が彼女の癪に障る内容だったことは想像に難くない。


 ガブリエラ様は読んだ手紙を2つに折りたたみ、何かを思案するように目の前を見つめながら手元でその手紙をもてあそぶ。

 

 暫くの間、ガブリエラ様が折りたたんだその手紙を指で弾く ”パシッ” っという小さな音だけが部屋の中に響き、

 私にはそれがガブリエラ様の怒りが急速に溜まっていく音に聞こえた。


『皆の者、あるじの後ろへ退避せよ』


 そしてついに彼女の管理スキルウルスラの警告が頭の中に響き渡る。

 それは無機質な女性の声で、この場にいる全員がそれを聞いた。


 こうなっては、もう手の打ちようがない。


 いつもならガブリエラ様を軽く窘められる侍従長ですら大人しくウルスラの指示に従い、まだ不慣れなメイドの退避を手伝っている。


 そして全員がガブリエラ様の後ろに回り込むまでの少しの間、当のガブリエラ様は不気味なまでに無言を貫いた。

 

 そしてようやく全員の退避が終了する。


 さて今回はどうなるやら・・・


 出来るだけ物は壊さないでほしい・・・いや、壊すならいっそ片付けられないと判断できるくらい、派手にやってくれ。


 だが今回はいつもと様子が異なっていた。


 凄まじいエネルギーが辺りを渦巻いているのは変わりないが、一向に周囲を破壊する様子がない。


 だがそれもつかの間、バリバリという何かが裂けるような強烈な音とともに、部屋の中に金色の幾何学模様が浮かび上がった。


「・・・え!? 魔法!?」


 私が思わずそんな声を上げてしまう。

 いつもなら彼女のスキルの生み出した様々なエネルギーを発散させるだけだが、今回はいつもと様子が違う。


 金色の魔法陣は直径が身の丈とほぼ変わらないくらいの小さなものだが、その魔力の密度が尋常ではない。

 更には魔法陣に書かれた魔法の内容も尋常ではない。


 約2000㌔ブル相当の空間圧縮魔法だ?

 何だその無茶苦茶な内容は。

 私はこれでも、魔法にはそれなりに精通しているつもりだったが、こんな無茶苦茶な数字が設定された魔法陣を他で見たことがない。


 そして次の瞬間、実際にその部屋の空間が裂けた。


 突然、廊下への出入り口だったその場所が、恐ろしく気品のある巨大な執務室に変貌し、目の前に執務机の向こうで目を点にしてこちらを見る初老の男性の姿が見えた。


 そして次の瞬間、”こちら”と”あちら”の気圧の差によって生じた凄まじい暴風が空間の裂け目から吹き出し、その暴風が私達を襲う前にガブリエラ様によって”こちらだけ”制圧された。


 おかげで私達は何事もなかったが、”あちら”側の男性はまるで嵐の中に放り出されたかのように泡を食って机にしがみついている。

 そこに国王の威厳は無かった。


「お父様、お手紙拝見致しましたわ」


 ガブリエラ様がその声に乗る怒りを隠そうともせず父親である国王陛下にそう告げる。


「・・・うっ・・・ガブリエラ?・・・なんでここに?」


 陛下が乱れる書類を押さえつけながらそう答える。


「直接話したくなったので、次元魔法で繋ぎました」


 ガブリエラ様はまるでちょっとその辺の公園まで出向いたかのような軽い感覚でそう言ったが、当の陛下はそんなバカなと言った表情のまま固まってしまった。


「・・・そんな、馬鹿な奴があるか! どれだけ離れてると思ってる!?」


 全くだ、アクリラからルブルムまでなので、飛竜で2日くらいか?

 つなごうなどと考えたこともないので正確な距離など知らない。


 だがなんと驚いたことにこのお姫様は、癇癪をぶつける為だけにわざわざ首都まで空間をつなげるという”魔力的偉業”を行ったらしい。


「お父様、私に暗殺者の真似事をしろと?」


 ガブリエラ様のその言葉には恐怖で失神しそうになるほどの怒りが篭っていた。

 当然それを直接向けられた陛下の狼狽えようは普通ではなく、何時もならば威厳たっぷりだった筈の陛下の顔面は蒼白になっていた。


「ち、ちがう、ガブリエラ、よく聞け、それはお前に対する注意喚起だ、それ以上の意味はない!」

「では、この者・・・・が来た場合の”頼む”とは?」

「も、もちろん、全てこちらで処理はする、だがもしこちらで対処できない場合は、お前に頼むこともあるかもしれない・・・」


「やはり暗殺者と何も変わらぬではないですか!!」


 ガブリエラ様が一際大きな声を上げる。


「このガブリエラ、親愛なる姉様方や父様の為、我が国の為にいつでもこの力を振るう覚悟はある、但しそれはこの様な姑息な場面ではない!!」


 そう言い放ったのと同時に、ガブリエラ様の周囲があまりの魔力に歪み始める。


「我が力は、我が国の槍である、振るうのならばお覚悟を」

「か・・・覚悟とは?」

 

「全てを公にし、誰に隠れることなく正々堂々と相手を打ち倒す、その為の力であれとおっしゃったのは、陛下・・・ではありませんか!」


 陛下。


 ガブリエラ様は父様ではなく陛下と言った。

 私はそこに含まれる重い響きに胃が痛くなる。


 普通に聞けばガブリエラ様のワガママに聞こえるかもしれないが、それを理解するには彼女の持つ力の危険性を理解する必要がある。

 

 彼女がその力を自分の意志で使う限りにおいてはそこまで問題にならない、それがガブリエラ様という個人の範疇に収まるからだ。

 だが、もし他人の、あまつさえ組織の指示に従ってその力を振るった場合、その危険性は物理的なものにとどまらない。


 国がその力を安易に使えば、次もまた同じことが起こる。

 何か困ったことがあるたびに、誰も抗えぬ暴力で解決するのだ。

 そんなことが続けば、街や国を消し飛ばす事になるのに時間はかからない。

 そんな力に溺れた国の末路はきっと悲惨だろう。


 かつてそう語ったのは他ならぬ陛下であり、それが私が友人として作られた理由でもある。


 比類なき力を使うには、その力に飲まれないだけの正義が必要なのだ。


 そしてこの話にはそれがないとガブリエラ様は考えている。

 だからここまで怒るのだろう。


「私で尻拭いをしたいのならば、まずはその汚れをお認めになってからです」


 そしてガブリエラ様はそれだけ言い残すと、陛下の返事も待たずに空間の裂け目を閉じ始めた。

 狭くなっていく裂け目の向こうに陛下の姿が消える刹那、横に並ぶ侍従達が陛下に最敬礼し、それに気付いた私を含めた友人が慌ててそれに続いて最敬礼を行う。


 だが完全に裂け目が閉じるまでガブリエラ様は仁王立ちの状態を解かなかった。



「・・・ふう」


 そう言ってガブリエラ様が一息ついて、再びソファに座り込んだ。

 と、同時に全員の緊張が解かれ、それぞれがそれぞれの持ち場に戻っていく。


 私もできるだけ平静を装いながら、元いたガブリエラ様の隣に座った。

 内心はまだ緊張していたが、ガブリエラ様の癇癪のあとはできるだけその事に触れないのが慣習である。


 それに今回はこちら側に関しては何も壊していないのだ。

 それだけでもかなりマシである。


 見れば隣に座るガブリエラ様がまだ手に持っていた手紙を跡形もなく消滅させるところだった。

 こういう所が意外と律儀だったりする。


 陛下の返答を聞くまでは手紙をちゃんと持っていたのだ。

 もし仮に陛下がガブリエラ様を納得させる答えを用意できていれば、きっとその指示に従ったのだろう。

 

 手紙の内容は知らないが、ガブリエラ様が見せないのであれば私達が知るべきことではないのだろう。

 なので今回のことはさっさと忘れるのが臣下の務めである。



「ガブリエラ様、お菓子ですわ」


 私がそう言って、甘い焼き菓子をお皿に並べてガブリエラ様に差し出す。


「ありがとうヘルガ」


 そう言って感謝を述べるガブリエラ様の表情はいつものモノに戻っていた。



※※※※※※※※※※※※※※※




 まるで嵐のような王女が空間を閉じて去っていった後の執務室には妙な空気が流れていた。

 普段そこは来る者皆を緊張させる豪華で厳格な空間であったが、その空気を生み出していた調度は暴風で吹き飛ばされ、主である国王は頭を抱えていて、その威厳は形無しだ。


「汚れをお認めになってから・・・ですか」


 国王の向かいの壁際から声が発せられる。


「・・・それができれば苦労はせん」


 それに対し国王が疲れた声で返答をする。


「それだけの覚悟を持って扱えということです、その気持ちは私もわかる、今でこそ余裕ができましたが、ガブリエラ様が生まれる前はその責は私の肩にかかっていた」


 そんなことを言ってのけるこの男はマルクス・アオハ。

 皆が恐れるこの国最強の男であり、この国の軍事部門のトップにして国王の義理の兄。

 

 つまりこの国で一番怒らせてはいけない人物である。


「そんな事を考えていたのか?」


 国王がそう聞くと、マルクスは軽く肩をすくめる。


「人間兵器とされた者の宿命みたいなものです、人から恐れられる存在というのは、誰よりも自分が1番自分を恐れているのですよ、特にガブリエラ様は我らと違ってお一人だ」


「はあ・・・あの子には悪い事をしているという自覚はある、だが今はそれどころでは無いのだろう?」


 国王が乱れた髪をなでつけながら、マルクスを見るとちょうど報告書の束をどこからか取り出すところだった。


「うちの局員が一名、消息が掴めません、しかもバッジとボロボロの服だけ見つかったそうです、だがそれよりも・・・」


 そう言ってマルクスが続けて取り出したのは波線グラフの描かれた数枚の紙だ。


「フランチェスカのスキル反応がまた巨大化しました、先週に引き続き2回目です」

「やはりフランチェスカを保有する者がいると?」

「間違いないでしょう、前回の反応時には北部で気になる魔力災害が発生している、しかもうちの局員の物品が見つかった場所で、それに不本意ですが強力なスキル保有者の目撃証言もあります」


 それを聞いた国王の顔が苦々しいものになる。


「そのせいで動けないがな、枢機卿から詳細を問い質されたときは心臓が止まるかと思ったぞ」

「全く、認知したが故に我らが動けないとは」


 これがガブリエラに”特急便”で手紙を送った理由だ。

 教会は味方ではない、全ての国に対して中立なのだ。

 そしてそこに睨まれたということは、もう全ての国に不信の目で見られているということ。


 特に彼らは”軍位”などの特級戦力の移動や展開に関して敏感だ。

 それはこの国も同じだったので文句はいえまい。


 とにかく告知されていない軍位以上の存在が見つかっただけでも大事なのだ。

 ここで、渦中の北部に大きな軍事展開を行えば、周りの国からどのような”確信”を持たれるか、想像するだけで身の毛もよだつ。


 つまり今はおおっぴらには動けない。

 だからこそ最悪の場合を想定してガブリエラに極秘で指示を出そうとしたのだが・・


「それで、どう対応する? 教会に睨まれている今のこの情勢で北部に大きな軍の派遣はできんぞ?」


 国王は不機嫌な顔でマルクスに方策を伺う。

 だが一方のマルクスは、何か考えがあるようで落ち着いていた。


「軍は人の口に戸は建てられないので使えませんが、喋らぬ軍事力であれば使えるかと」

「喋らぬ軍事力?」

「・・・カシウスの置き土産を使います」

「・・・そのような物が残っている報告は聞いていないが?」


 国王が不信の目でマルクスを睨む。

 だが当のマルクスは飄々としたままだ。


「つい、先日まで扱い方が分からなかったんですよ、それにあれは本当に緊急時の戦力として隠していましたから、だがちょうどいい、ガブリエラ様が使えない以上、隠密で展開できる最大戦力はあれしかない」


 カシウスの置き土産・・・

 そう言われて想像するものは一つしかない。

 たしかに”アレ”ならば、行軍を見られでもしない限り人ではないので軍事力の隠密行動が可能だ。


 国王は改めて、真面目な顔でマルクスを睨む。


「・・・仕留めろよ」

「分かってます」


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