1-10【ピスキアの長い夜 11:~Petits fours~】



「と、ここでモニカが目覚めるわけだ」


 俺がそう言って話を締めくくる。


 それを聞いたルシエラが得意げな表情になる。

 その顔は自分の大活躍を語れて大満足といった感じだった。

 そしてひとしきり満足した後、改めて真面目な顔を作ってこちらに向き直る。


「それで、これからの話しだけど、あなたはどうしたい?」


 その言葉に、モニカが僅かにビクッとなる。

 彼女なりにとんでもないことをしでかした自覚があるのだろう。


「・・・私、どうなりますか?」


「さあ、そこまでは分からないわ、私は別に警備隊でも何でもないし・・・でもバレたら追いかけられるでしょうね」

「モニカは悪くない・・・」


 俺が短く宣言するようにそう言う。


「それを、警備隊の人に言ってわかってもらえると思う?」


「思わない・・・だから逃げる」

「ロン・・・」


 モニカが俺の言葉の重みに驚いた。

 

 だが普通に考えれば、次また暴走すればまたも大きな被害が出るだろう。

 彼らがそれを許すとは思えない。


 だから逃げなければいけないのだ。


「ルシエラ、改めて頼む、俺達を見逃してほしい」


 そして俺はできる限り最大限の懇願を表すために、フロウで出来た感覚器を前に曲げる。 

 それはさながら、俺が頭を下げているようだった。

 この世界にも頭を下げるという文化はあるので、意味は伝わるだろう。

 問題は伝わったところで、相手がどう判断するかだが、それは僅かな可能性に縋るしかない。


「言ったでしょ? 見逃すわけにはいかないって」


 その言葉を聞いて、俺は即座に臨戦態勢を取る。

 目覚めたばかりのモニカに無理をさせることになるが、今なら虎の子の砲撃も使える。


 俺はありったけのフロウを使い、大量の砲撃魔法用の発射部分を用意し、それを全てルシエラに向けた。


 だが、一方のルシエラはそんな中でも涼しい顔だ

 俺が何をしているのか理解できないのか? いや、理解してなお脅威とは思っていないのか・・・・


 俺はその絶望的な戦力差を自覚し、決死の覚悟を決める。


 だがそんな俺を、ルシエラは軽く片手を上げて制した。


「何を考えてるのか知らないけれど、別に私にあなた達を害する気はないわ」


「・・・・本当に? でも見逃さないんだろ?」


「ええ、見逃すことは出来ないわ」


「それじゃ、どうすれば・・・」


 俺とルシエラの緊張のやり取りをモニカがじっと見守っていた。

 もっとも、緊張しているのは俺だけのようだが・・・


「見逃すことは出来ないけれど、害するつもりもない、それじゃだめかしら?」


「つまりどういうことだ?」


 俺のその問いにルシエラが指を一本あげて、間をおく。


「まあ、ちょっとまってね、校長先生? 聞いてますか?」

『はい、聞いてましたよ』


 突然知らない声が響き渡った。

 驚いたようにモニカが周りを見回すがこの場所に、俺達とルシエラ以外に人影のようなものはない。



 そしてその謎の声は、聞いた感じから察するに初老の女性のようだ。


「どう判断されますか?」

『うーんそうさな・・・おや、スリード先生、窓は壊さないでくださいよ』


 再び声がした方向を振り向く。

 そこにはいたずらっぽく笑うルシエラとその手にはいつの間に展開されたのか、複雑な魔法陣が青色に光り輝いていた。


「ルシエラ・・・何だそれは?」


 俺がルシエラにその魔法陣の正体を問う。


「ん?暗号通信用の魔法陣だけど?」


 何を当たり前のことを聞いているんだと言わんばかりの顔でそう言った。


「何処につながってるんだ?」

『それは私が答えましょう』


 まさかの魔法陣の中からの返答にちょっとびっくりする。


『私は国立魔法士養成機関”アクリラ”の校長を務めるステファニー・グレンテスという者です』

「アクリラ? 魔法学校のアクリラ?」


 モニカがアクリラというワードに反応して起き上がる、だがまだ全身の痛みが完全には取れていないのでほとんど動けない。


『僭越ながら先程のルシエラとのやり取りは全て聞かせていただきました』

「魔法学校の校長というのは盗み聞きまでするのか」


 得体が知れないだけにできるだけ相手を刺激したくないが、まだ気が立っているせいか俺の返答が微妙に荒い。


『事態が事態だけにルシエラが必要と判断したようです、文句はそこのルシエラに言ってくださいね』

「ちょ!?校長先生!?」


 突然責任をなすりつけられたルシエラが驚いたような声を上げる。


『さて本題に入りましょう、モニカさん、アクリラに来るつもりはありませんか?』


 モニカがその言葉にビクリと肩を震わせる。


『・・・校長、それではまだ弱い・・・そこの者よ!死にたくなければアクリラへ来い!』


 突然、通信先の声が不思議な響きの若い女性のものへと変わり、いきなり物騒なことを言い出した。


『スリード先生、いきなりだとびっくりするので止めてもらえませんか? あ、それ結構高い花瓶だから落とさないで・・』

『あ、これか、おっとっと、すまんな・・・』


 そして何やら通信先で寸劇を始める二人に俺達はどう反応していいのかわからなくなっていた。


『コホン、えー、今スリード先生がおっしゃったように、今のあなたは非常に危険な状態にあります』

「・・・危険?」


 モニカが自分の体を見下ろす。

 たしかにボロボロで動けそうになくこのままだと大変そうだが、そうではない。


『まだ子供のあなたにこんなことを言うのは酷だと承知の上で言いますが、今のままだと遠からずあなたは殺されてしまいます』


 校長を名乗る人物がさらりと恐ろしいことを言い出す。


「なぜそう言える?」

『あなたの正体が”王位スキル”に由来することは聞いていました、しかし現在この国は新たな王位スキル保有者を受け入れることは出来ません』


「それはなぜだ?」

『わかるでしょう?王位スキル保有者はそれだけで、軍事バランスを崩壊させかねないしこりになる。それを得ようとする行為すらも』

「国は俺達を得ようとするのか?」

『いいえ、その逆です、他国から見ればその領地内に新たに発生したというだけで、不当な方法で得ようとしたのではないか?と判断されてしまいます、そしてそれはおそらく正しい。ならば外交上の不安を取り除くために少女一人を抹消することに躊躇はないでしょう』


「つまり国が殺しに来ると?」

『ええ、存在を認識されれば全力で以って消しに来るでしょう。そうなればあなた方に対抗する手段はありますか?』


 モニカがルシエラの目を見る。

 見つめられたルシエラはちょっとびっくりしたようだが、すぐに微笑み返してきた。


 彼女はモニカよりは年上だがそれでもまだまだ子供だ。たぶんアクリラの生徒だろう。

 だが、その実力は正直底が見えない。

 この前ちらりと見かけた時も感じたものだが、取れる手段の数も質も圧倒的に負けている。

 おそらく、こちらが勝っていると胸を張って言えるのは魔力の総量くらいなものではなかろうか?

 それも実際に比べてみたわけではないので、はっきりとはいえない。

 

 たぶん今ルシエラに勝つには思考同調を発動するか、もう一度フランチェスカに暴走してもらうくらいしか手段を思いつけなかった。

 しかも何となくだがそれを使ってもなお、ハッキリと勝てるとは言い切れない何かを感じる。


 だが彼女はあくまでまだアクリラの学生であり子供だ。

 国家が本気で潰しにきた場合、彼女以上の戦力が投入される可能性がある。

 いや間違いなく投入されるだろう。


 そうなれば俺達に生き残るすべはない。


「常識的に考えれば生き残れないだろうな」

「ロン?」


 モニカが不安そうな顔をする。

 俺だって認めたくはない。

 だが事実だ。


「しかしアクリラに行けば助かるという根拠は何だ?」


 いくら規格外とはいえ所詮は学校だ。


『私だ!』


 スリードと名乗る方の声が力強くそう宣言した。

 そのあまりにもの自信たっぷりな声に、思わず納得してしまいそうになるが、冷静になれば、いったいあなたが何なのだ!と言い返してやりたくなってくる。


『ちょっとスリード先生は黙っててくださるかしら?

 アクリラは現在でこそ国立として存在していますが、それはこの国が一番お金を出してくれると約束してくれただけの話、いつ”世界立”に戻っても何ら問題はありません。

 それにアクリラは参加している各国が交わした条約で守られています、たかが”国家”が”世界”に勝てるとお思いですか?』


 校長が語るアクリラの姿は俺達の想像を超えて規格外だった。


『それに現在アクリラはこの国の最重要の人物を養成している段階です。途中でそれを投げ出されることを一番恐れる彼らがアクリラと敵対することは不可能でしょう』

『ええい、つまりなんとしてでもここまで辿り着け! アクリラの敷地を跨げば魔獣ですら守ってやる! 何なら私が直々に守ってやろう!』

『スリード先生は話がややこしくなるので、ちょっと黙っててください! それに彼女に必要なのは物理的保護よりも政治的保護です。全て殴れば解決できると思っているあなたの出番はありませんよ』


 どうやらこのスリードという若い先生は相当な脳筋らしい、それに自分の力に凄まじい自信を持っているようだ。

 ん? 待てよ、スリードという名前には見覚えがある。


「ひょっとして、そのスリード先生とやらは・・・魔獣か?」

『おう、知っていたか! なら話は早い!』

『早くないですよ、スリード先生』


 なるほど、この人が噂の500年間教師をやっているSランク魔獣か・・・

 差し止められているとはいえ、その首にかかる賞金額を考えれば恐るべき強さなのは間違いない。

 きっと本当に文字通りの力でなんでも守ってしまえるほど強いのだろう。


 その正体を知ったモニカがここ数日で一番驚いた表情になり、それらのやり取りを見ていたルシエラの顔に少々の呆れの成分が滲み出る。


 だが、校長の言うように政治的保護を求めているというのも事実だ。


「・・・本当に守ってくれるのか?」

『本校の生徒として規則正しい学校生活をおくってくれるならば、在籍している間の安全は保証しましょう』

「卒業したあとは?」

『安全な国に亡命してもいいですし、何ならアクリラの職員として在籍するという道もありますが、その必要はおそらくないでしょう』

「必要はない?」

『もし仮にあなた方がアクリラを卒業される時、あなた方はその力を今よりも遥かに使いこなしているでしょう』


 その言葉でモニカの手がギュッと握られる。


『そうなれば本当の意味で”王位スキル保有者”としての力を得ることになります、そしてそうなれば手出しできる人間は世界を見渡しても本当に限られ、例え国家であってもそのようなリスクはおいそれと取れなくなります』

「つまり・・・」

『ええい、まどろっこしい、要は卒業するまでに誰にも文句を言わせないだけの力を身につければいいんだ! お前にはその下地があるし、それまで私達が守ってやろうというだけのことだ!』


 その言葉でモニカの目に火が灯った。

 だがそれだけで納得する訳にはいかない。


「なぜそこまでのことをしてくれる?」


『・・・そこまで? たかが小娘一人を守るのに天下のアクリラが理由を述べなくてはならないと?』


 その時突然、校長の声色が変わった。

 そしてその声はどこか優しげな感じを受けたこれまでと大きく異なり、ゾッとするほど冷たいものだった。


『アクリラを舐めるなよ。こちとら1000年以上前、おおっぴらに言えない時代から、”世界”のため”魔”のために悪魔や魔獣とだって寝食を共にして、魔の道を極めてきたんだ。今更”王位スキル保持者”の一人や二人守ることの何を憚る必要があるというのだ?』


 その声に篭もる、凄まじい覇気が俺達を貫いた。

 その溢れ出る覇気は、彼女もまた恐るべき実力者であることを雄弁に語っていた。


『・・・・まあ、それは置いておいて、とにかく私達を信じてみなさいな。理由がほしいなら、あなたのその力を新たな”魔の道”の敷石としたい、とかでは駄目ですか?』


 再び校長の声に温かみが戻る。

 そのあまりの変化に周囲の音が再びはっきり聞こえだしたような錯覚を起こした。


「わかった・・・・助けて・・・」


 モニカが口を開いた。


『モニカさん、それは違いますよ、”アクリラで学びたい”と言ってください』

「アクリラで学びたい」


 即答だった。

 その言葉を吐いたモニカの目は完全に生気が戻っていた。


『いいでしょう、ルシエラ!』

「はい?」

『そこからアクリラまでどれくらいで着きますか?』

「飛べば3日といったところですかね?」


 3日!?

 あの距離を3日だと!?


 俺の中の地図を見る限りそれは恐ろしいまでの高速での移動速度になるはずだ


『では2週間掛けて戻ってきてください』

「なんでですか!?」

『入学条件の方は私がなんとかできますが、それでも編入試験は受けてもらわなければなりません、ですから彼女が試験に受かるレベルになるまであなたが教えてあげてください』

「私がですか!?」


 ルシエラが素っ頓狂な声を上げて突然の任務に驚いた。

 そしてその話を聞いていたモニカがルシエラをじっと睨む。

 その目は獲物を見つけた捕食者のそれだった。


『彼女が余裕を持って合格できるようになるまで戻ってこなくていいですから。それと最低2週間は掛けるように』

「なぜ2週間?」

『職員会議を通すための根回しにそれくらい掛かると思われますので、それと試験範囲は初等部修了試験相当だからよろしく!』

「はあぁ・・・ちゃんと埋め合わせしてくださいよ」

『ははは!!その点はおばちゃんに任せておきなさい!』


 どうやら今後の行程が決まったようだ。


「俺からもモニカを頼む」

『あら、あなたもここにくれば生徒の一人になるんですよ?』

「俺が?」

『ええ、初のスキルの生徒って心が踊りませんか? 私はアクリラの新しい歴史を作るようでワクワクします』

「俺も学ぶのか?」

『不服ですか?』

「いや、お願いする、”俺もアクリラで学びたい”」

『わかりましたそれでは2週間後、アクリラでお待ちしてます』


 その言葉を最後に魔法陣がシュッと音を立てて光を失った。


 

「その人達、凄いね・・・」


 モニカがしみじみとそう感想を漏らす。

 その感想には俺も同意見だった、まるで次元の違う世界を垣間見たような違和感が未だに残っている。


 だが、その様子を少しの間眺めていたルシエラが不意に深いため息をついた。


「はあ・・・あなたもあと10年もしたらああなるのよ・・・いやそれ以上か・・・覚悟しときなさいよ」

「?」



 ルシエラのその突然の警告にモニカが不思議そうな表情になる。

 そしてその表情を向けられたルシエラは、えらく真面目な顔を作ると、そのままズイとこちらに顔を寄せてきた。


「・・・絶対に、眉間に皺が寄るから」


 そういってルシエラが自分の眉間に人差し指を付けて軽く伸ばす。


 その姿があまりにおかしくて、俺もモニカも思わず吹き出してしまった。




「それじゃ、改めてよろしくねモニカ・・・それにあなたも・・・・」



「よろしく、ルシエラ」


「それじゃ俺も改めて・・・ロンだ、モニカの中でスキルをやってる」


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