1-10【ピスキアの長い夜 10:~Fruit~】



 空を覆い尽くしていた巨大な粉塵が晴れた時、そこには何も残っていなかった。


 そこにあったはずの巨大な館や、その中央で暴れまわっていた黒いヒドラの姿はどこにもない。


 ルシエラはその奇妙なまでに静かな空間の中にぽつんとある瓦礫の山の上に立ち、ある”もの”を探していた。


 だがどれだけ見渡しても、どこにも見当たらない。


 魔水晶が投げ入れられてから粉塵が晴れるまでに少し間があったので、逃げてしまったのだろうか?

 あの怪我でそれ程移動できるとは思えないが、よく見ればあのパンテシアの姿も見えないので、自分の飼い主を抱えて逃げたのかも知れなかった。

 あの自分の身を顧みない行動から、飼い主に対する忠誠心が高い事はわかっていたのでそうしても驚きはしないが、問題はどうやって抱えたかだ。


「っげっほ、ごっほ、よくこんなホコリまみれの所にいられるな・・・・」


 煙の向こうから粉塵で真っ白になったウバルトがにゅっと顔を出した。

 瓦礫の直撃でもしたのか、近くにいたルシエラよりも汚れている。


「・・・本体はどうなった?」

「さあ、ここにいたはずですけど・・・・」


 二人の視線の先には、奇妙なまでに原型を留める拘束具付きのベッドの姿があった。

 そして寝台の上には、まだ真新しい血がついている。


 おそらくついさっきまでここに”本体”がいた事は間違いなかった。


「逃げたか・・・・それとも消滅したか・・・どうなったか見てないか?」

「なにも・・・巻き上がった煙のせいで、全く見えませんでした」


 ルシエラはただ淡々とそう答える。

 ウバルトはそれを聞いて、ルシエラの顔をじっと睨む。

 その目には僅かな疑いが含まれていた。


 だがルシエラは慌てない、”嘘”は言っていないのだ。


「嘘ではないようだな。今回はピスキアの防衛に協力していただき、かたじけない、北部連合代表に成り代わりこの警備隊長のウバルトが感謝する」


 そういってウバルトは瓦礫の山から降りていった。


 それにしても”ちょろいな”。

 最初はそれなりに強いかと思ったが、こうしてみると普通の”エリート”とそう変わりはない。

 まあ、人間ができているだけでも遥かに平均点超えなのだろうが。


 ルシエラはこっそりと、とある魔法陣を起動する。


「さて、あの子のこと、どうしたものか・・・・・」




 とにかく今はあの場所を離れなくては・・・・

 その一心でロメオの背にモニカの体をしばりつけ、まだ闇に染まる街の中をひた走る。


 本当なら飛んでいきたいが、うるさくて目立つ上にあの魔力消費は今のモニカには危険すぎた。

 だがそんなことよりもモニカの事だ。


 すでに暴走は収まって、回復系のスキルにほぼ全てのリソースを費やしているが、治りきるまで保つかはわからなかった。


 できればちゃんとしたところで治療したいが、今はとにかく逃げなくては。

 モニカの体から次々に送られてくる痛みの情報を思考の隅に追いやって、意識を前に集中する。

 あれだけの暴走を引き起こしたのだ、見つかれば後顧の憂いを無くすために消される可能性が高い。

 いや、普通に街への脅威として処理されるだろう。


 だからどこまで俺たちの情報が漏れているかはっきりするまでは、しばらくこの街に近づく訳にはいかない。


 目の前に3mほどの高さの壁が迫る。

 あれがピスキア市の壁だ。


 ロメオの足が鈍る。


『止まるな、俺がなんとかする』


 ロメオにそう指示を出しそのまま壁に向かって走らせ続けた。

 暴走した時の数少ない恩恵として、今はフロウの在庫が潤沢だ。

 モニカをキッチリと覆いつつ、ロメオごと持ち上げるだけの足を作る余裕はある。

 壁に衝突する直前、ロメオの横から真っ黒い極太の足が生え、そのまま地面を強く蹴って高くジャンプした。


 俺達のすぐ下を壁の上辺が通り抜けていく。


 壁の向こう側へ着地すると、すぐに足に回していたフロウをロメオの背中に戻し、再び大きな玉を作る。

 それは暴走時のログから再現した外部観測装置で、周囲360度の視覚情報を得ることができた。


 これも暴走による恩恵の一つだろう。

 あの黒竜、暴走した俺自身がスキルの元になる”力”を直接使っていただけあって、かなり出来が良い。

 特に感覚器に関してはかなり学べるところがあり、この目もそれらを参考に作られたものだ。 

 まだ、白黒で単眼なので立体感もないが、モニカの目が使えない状態でも外の様子を確認することはできる。


 俺はとにかく出来るだけ早く街の影響圏から抜けるために、すぐ近くの山へとロメオの足を向ける。

 幸いにもピスキアの街は両側を山で挟まれた形をしているので、手頃な山には事欠かない。


 そうして俺達は山を2つほど越えた先にちょうどいい岩山を見つけることができた。


 そこは沢山の洞窟が口を開けており、都合のいいことに動物の気配が多く、俺達の気配も紛れるだろう。


 それにどの道、もうすぐ夜が明けるので早く隠れなければならない。

 選択肢は残されていなかった。


 俺は数ある洞窟の中から、入り口が外から見えにくいものを選んでその中へ飛び込んだ。


 そして中にいた先客の熊を軽く追い払うと、洞窟の地面にモニカの体をそっと下ろす。

 これでとりあえず一息はつけるか。


 ここは周囲にいくつも似たようなのがある山の内の一つで、ここにいるという確信がなければおいそれとは見つからないと思う。

 少なくとも次の夜になるまでは時間を稼げるだろう。

 夜になれば闇に紛れてまた移動を開始すればいい。


 気になるのはモニカの状態だ。


 制御を取り戻し簡易的な再調律を行ったおかげで全てのスキルが正常な状態に戻ったが、暴走していた間に受けた傷は深刻だった。

 今はフロウで傷口を抑えて止血しているが、すでにギリギリまで血を失っていて、制御の回復があと1時間遅ければ助からなかっただろう。


 ほっと胸を撫で下ろすと同時に、こんな目に合わせてしまった後悔が襲ってくる。

 ロメオが労るようにフロウに包まれたモニカに顔を寄せる。


 いや、今は後悔などしている場合ではない。

 とにかく少しでも早く回復できるように、回復スキルの効率化を図らなければ。


 その時、洞窟の入り口でガサリと音がした。


 即座に俺が残りのフロウをかき集めて臨戦態勢を取る。

 先程追い出した熊だろうか?

 だがその疑問の答えは、なかなかに絶望的なものだった。


 入り口に立っていたのは青く輝く髪を持つ少女、そしてその目も怪しく光っている。

 間違いなく今、会いたくない人ランキング一位、一時的にでも暴走したモニカを抑え込んだその少女がそこにいた。


 まずい・・・

 まずい、まずい、まずい、


 明らかに今の俺達にどうにかできる相手じゃない。


 しかも最悪なことに向こうはこちらをしっかりと認識しているようだった。

 洞窟の中は真っ暗だが、少女の視線がまっすぐにこちらを捉えていることからそれは間違いないだろう。

 ひょっとすると目が光っているのと何か関係があるかもしれない。


 そしてそのままこちらに向かって少女がゆっくりと洞窟の中に入ってきた。


 どうしたものか、とりあえずとばかりにフロウを展開して威嚇してみるも相手は無反応。

 流石に脅威にも感じてくれないらしい。


 砲撃や、”ロケットキャノン”の発射にはモニカの意志が必要なので使えないし、ならばと展開したフロウを幾つもの槍のように尖らせ相手に向け、更に警告ばかりにカチカチと音を鳴らし威嚇する。

 なんだか発想が動物チックだが、他にまともな対策を思いつかないのだ。

 

 だがやはり相手はその歩みを止めようとはしない。

 こちらが攻撃しないと踏んでいるのか、それとも攻撃されても問題ないと考えているのか。

 この様子だとおそらく後者だろうな・・・


 ちなみにロメオは力の差を悟ったのか全く威嚇したりはしていない。

 自分は無知な家畜なので見逃してもらえるとでも思っているのかもしれないが、俺はロメオの腹が小刻みに震えているのを見逃さなかった。


 青い少女はそのまま俺の方に近寄ってきて、俺の簡易カメラに顔をズイと寄せる。

 

「何かの防御スキルみたいだけど、構えるだけで攻撃はしてこない・・・・どういうことかしら?」


 どうやら、俺が臨戦態勢のまま攻撃しなかったことを不思議がっているようだ。

 そうか普通の防御スキルならもう既に攻撃していてもおかしくない距離にまで近づいている。

 結局、報復を恐れて攻撃をできないでいたわけだが、その判断は不自然に見えたかもしれない。


「魔力の変動を感知、こちらを狙ってくることから考えて、何らかの思考手段がありそうね・・・」


 その少女はなおも俺の観察と分析を続ける。


 どうやら無用な興味を引いてしまったらしい。

 どうしよう? 引っ込める訳にもいかないし。

 なんとか逃げられるような隙きを作れないものか。


「さて、あなた・・・・の正体は誰?」


 少女がモニカではなく・・のカメラに向かって意味深な視線を送ってきた。

 どういうことだ?

 いくらなんでもこの距離にまで寄れば、本体であるモニカが会話ができない状態であることくらいは分かるだろうに。


 まさかスキルに判断能力があると仮定して、こちらとの会話を試みているのか?

 それとも単なる独り言か?


「いるんでしょ? スキルの管理者・・・・さん」


 俺の存在しない心臓がどきりと鼓動する。

 まさか・・・どこで俺のことを知ったのか?

 いや、まさか、デタラメを言っているだけに決まってる。


 だが同時にこれはチャンスかもしれないとふと思った。

 少なくとも相手はこちらの意思があるのか確認してきているのだ。

 気まぐれ妄言だったとしても、すぐにしょっ引いていったり、危険物として処理されるようなことはなかった。

 ならば僅かな交渉の可能性に賭けてみるのも一興か、どうせ他にできることはないのだ。


 問題はどうやって意思の疎通を図るかだが・・・


 カミルの家で意思疎通を取る時に面倒に感じて、何かできないかと考えていたあれを使うか・・・・


 俺はとりあえず、カメラの下に空洞を作り、そこに小さな膜を貼る。

 そしてその膜を振動させて音を出した。


「!?」


 突如俺から発せられた異音に、少女の顔に初めて驚きの色が見える。

 そのまま俺は振動の幅を変化させて音の変化を記録した。


『”スキルの使用パターンを認識、【音声合成】としてスキルを登録します”』


 予想通りの文言が俺の口から飛び出しスピーカーのスキル登録に成功したことを告げ、自由に音が出るようになる。

 後は今適当に拵えた音声変換表と、文字の音声記録を照らし合わせ、ついでにモニカの喉の発声ログをぶち込めば、簡単な発声機構の完成だ。


 後は第一印象をできるだけ俺達の有利にするため、それっぽいセリフを用意する。

 

 あー、あー。


「我を呼ぶのはお前か?」


 洞窟の中にまるで神の宣告のような、荘厳な老人の声が木霊こだまする。

 正直俺のイメージとは全く合わないが、下手に出るよりはいいだろう。

 その証拠に、少女の顔がキョトンとしたものになった。


「・・・・」


 そして、そのまま黙ってしまう。 

 少々やりすぎてしまっただろうか?


「どうした? 我に話があるのではないか?」


 すると少女の顔が面白そうに歪む。


「なんだ、意外とせっかちなのね、あなた」

「ん?」


「ほら、そういうところ、すごく自然じゃない? まるで意思がちゃんとあるみたい」

「・・・・・」


「そこはダンマリじゃなくて、”質問の内容を理解できませんでした”じゃないの?」

「シツモンノナイヨウヲ、リカイデキマセンデシタ・・・・」


「プッ・・・・・プハ・・・・ハハハハハッ・・・・本当に言った・・・ッププ」


 突然大声で笑い出す少女。

 どうやら、俺はあっけなくもて遊ばれたらしい。

 くそっ! モニカ以外と喋った経験がないのがこんなところで・・・


「・・・ッハ・・・ッハ・・・ごめん、ごめん・・普通に喋るんで、つい・・・」

「・・・会話慣れしてないスキルをいじめて楽しいか?」



「あら、そういうところは本当に凄いわね、あなた本当にスキル? 私の知ってるのとはちょっと違うねー」

「あんたが知ってるのがどんなのかは知らないが、俺はこういう奴なんで」


 とりあえず刺激しない範囲で拗ねてみる。

 ヘソを曲げられないように注意しなければならないが、話しやすくはなるだろう。


「あら、気に触った? だったら謝るわ」

「じゃあ、謝りついでにお願いを一つ聞いてくれ」


「・・・・・おどろいた、本当に意思があるのね」


 俺のその返しに少女が本当に驚いた顔になった。


「それで、俺のお願いは聞いてくれるのか?」

「それは内容によって変わるわ」


 少女がそう言ってにこりと笑う。


「俺の要求は単純だ・・・・見逃してくれ」

「それは・・・・無理ね」


 その言葉は俺ではなくモニカの方を向いて行われた。


「・・・どうしても駄目か?」

「そうね・・・・」 


 すると突然少女の手に謎の魔法陣が出現しそのまま、モニカの体に向かって突き出した。


「!?」


 慌てて、フロウを動かし防御に走る。

 しかもなぜか、パッシブ防御が発動しない。


 咄嗟に出来ることなんてフロウの塊をぶつけるくらいしか無い。

 だがそんなもの、あっという間に少女の周りに発生した別の魔法陣に阻まれてしまう。


「こんなの、放っておけないわ・・・」


 少女の手がモニカを覆うフロウの上に置かれると、魔法陣が凄まじい光を発した。

 このままモニカごと消されてしまうのか・・・・


 だがいつまでたってもその時は訪れない。

 それにいつの間にかモニカの体から感じる痛みが引いていく。


 これはもしかして・・・


「治療してくれてるのか?」

「この状況で、他にすることなんてあるかしら?」


 なるほど、パッシブ防御スキルが反応しないわけだ。

 少女の手から青い光がなくなった時、モニカの体の外傷はすっかり消えてなくなっていた。

 

「すさまじいな・・・」


 以前見たラウラやソニア婆さんの治癒魔法とは次元が違う。

 ただし遥かに乱暴で外傷以外の要素はほとんど回復していないが、それでも死線を間近にしていた先程までとは大違いだ。


「これで、一晩寝れば問題ないわ」


 少女が一仕事終えたとばかりに手をパンパンと鳴らす。


「・・ありがとう」


 その言葉は俺の中からすんなりと漏れる。


「じゃあ、感謝ついでにあなた達のことを教えてくれないかしら? 私はルシエラ、安心してこの国の人間じゃないから、あなた達を警備隊に突き出す義理はないわ」


 ルシエラと名乗る少女がなんでもないようにそう言った。


「それは本当か?」

「怪我を治してくれた恩人を疑うの? ヘソを曲げて警備隊に突き出すかもしれないわよ?」


 俺はそうやって冗談めかすルシエラの表情から、真意を探ろうとしてみるも、やはり向こうのほうが余裕がある分だけ何を考えているのか分からない。

 はっきりしているのは、俺達の運命はこのルシエラという少女の気分次第ということだ。

 




 結局俺は、モニカが目を覚ますまでの間に俺達のこれまでの歩みを話して聞かせることになった。


 もっとも、最初は情報を小出しにしていたのが、そのうち自分で喋れる快感に舌に勢いが乗って最終的にはルシエラが引くくらい色々喋ってしまったのはご愛嬌だ。


 まあ、そのおかげでルシエラに害意がないことや、俺達が危険分子などではないと理解してくれたような気もするが。


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