1-10【ピスキアの長い夜 1:~Amuse~】



 ふと目が覚めると、そこは想像もしてなかった場所だった。


 上も下も、右も左も、天然の石で出来ている・・・薄暗い閉鎖された空間。


 一見するとそこは、どこかの洞窟のように見えた。

 

 更によく見れば、向こうの方に入り口と思われる穴が空いており、そこから僅かな光が差し込んでこの洞窟を照らしていた。


 ここは一体どこだ?


 いつの間にこんなところにやってきたのだ?


 必死に思い出そうとすると頭に割れるような痛みが走る。

 さらに気のせいか全身に引き攣るような痛みがそれに続いた。


「きゅるる!!! きゅるる!!!」


 すると、どこからかロメオが急に頭に擦り寄ってきて、大声で鳴き始めた。


 いったいどうしたのか?

 普段はエサ箱としてしか見てこないくせに、今日はやけに嬉しそうだ。


「起きたか・・」


 不意に声を掛けられ、思わずビクリと体を縮める。

 だがその声の主には心当たりがある。

 

「ロン?」

「ああ、そうだ、もう大丈夫だよ」


 その瞬間、全身に暖かな安堵の感覚が流れ込み、そこでようやく、自分がそれなりの危機に陥っていたことを思い出した。


「ロン! わたし・・、わたし・・・」

「落ち着けモニカ! 今は大丈夫だ」


 ロンが必死に私をなだめる。

 だがその声がいつもと違い少し変だ。


 いつもは頭の中で響くような感じなのに、今は耳から聞こえている。

 

「・・・ロン?」

「ああ・・・ここにいる」


 その声はすぐ近くから聞こえていた

 私の上の方・・・・・


 声のした方向を見てみればモニカを覆うようにフロウがかぶさり、その中心に人間の頭ほどの丸い塊があった。

 これは一体なんだろうか?


「ロン?」


 まさかと思いその塊に声をかける。


「ああ、そうだ」

「なんでそんな・・・」


 そこで戻ってきた記憶を辿りハッとする。


「もしかして魔水晶を落としたから、ロンが私の中から出ちゃったの!?」

「落ち着けモニカ、俺はちゃんとモニカの中にいる」


『ほら、これでわかるだろ?』


 するといつものように頭の中にロンの声が響いた。


「それに魔水晶もちゃんとある」


 その言葉で魔水晶のことを思い出し、瞬間的に右手の甲を凝視した。

 するとそこには取れかけの魔水晶をフロウで無理やり手の甲に縛り付けているのが見えた。


 これで大丈夫かと一瞬心配になるが、どうやらちゃんと魔力がつながっているのを感じる。


「ああぁ・・・・」


 その瞬間発生した安堵に身も心も溶けそうになる。


「それに、俺が今こんな姿になっているのは他に理由があるんだ」

「理由?」



「私がその理由よ」


 突然発せられたその声に体が一気に警戒モードになった。


『お、おちつけ、モニカ!』

「誰!?」


 声のした方向に誰何する。

 そこに居たのは予想外の人物だった。


 青い髪に、青い目・・・・・


 だが、今までと違い全身を魔法陣が覆っているというようなことはなかった。


「こうして話すのは初めてだよね? 私の名前はルシエラ、よろしくねモニカ」


 そう言いながら近づき、握手を求めて右手を差し出してくる。


 どうしたものか・・・


 それに名乗ってもいないのに、なんでわたしの名前を知ってるのか。

 ひょっとすると寝ている間に、ロンが教えたのかもしれない。

 ロンも自分から会話しようとしているし、悪い人ではないのかも。


 するとその時、全身が急激な寒気を感じた。


「は・っ・・っくしょん!!」


 握手の代わりにくしゃみで応えた自分に、ルシエラが少し驚いた顔をする。


「ああ、ごめん、服破けちゃってたんだった」


 見れば着ていた物が綺麗サッパリなくなって、今は毛布代わりに被せられていたボロボロの布切れ一枚をかぶった状態だった。

 ロンが慌ててフロウを変型させて服代わりにして覆ってくれる。


「それ、便利ね」


 その様子を見ていたルシエラが呟くようにそう言った。

 どうやらフロウはルシエラも持っていないようだ。

 その事にちょっと気分が良くなる。

 

 と、同時に気になることが、


「あれ、フロウってこんなにいっぱいあったっけ?」


 自分の全身を二重に覆うほどのフロウを使用したのに、ロンの声が出る丸い玉は消えておらず、それどころか覆いかぶさっていたフロウの量もそれほど変わっていない。

 明らかにこれまで持っていた棒2本分で足りる量ではなかった。


「ああ、ちょっとな、それを今話すと面倒くさいから、まとめて話そう」

「それよりなんでそんな、・・・なんでルシエラ・・・さんがここにいて、ロンは声が出てるの?」


「あら、あなたロンっていうの? 名前があるんだ、へぇ~」


 ルシエラが興味深そうに、フロウの塊を見つめる。


「あなたが寝ている間、あなた達について、そこの”ロン”から話を聞いていたの」


 ちらりとフロウの塊の様子を窺う。 

 そこにいる訳ではないのに、なんとなく声のする方を窺ってしまった。


「その辺についての経緯も含めて順を追ってすり合わせを行う必要がある」

「・・・うん」


 たしかに今の自分は完全に状況から置いてけぼりで、何が何だか分からない状況だ。

 早くこうなった経緯を知りたい。


「何があったか教えて」


 すると不思議な事に、ルシエラとロンがお互いの顔を見合わせた。

 ロンに顔はないので、フロウの塊がそういうふうに見える動きをしただけなのだが、二人ともどうしようかと思案している様子だ。


 何か問題でもあるのだろうか?


 するとまずルシエラが口を開いた。


「まずは、モニカが覚えているところまで教えて」

「ロンから聞かなかったの?」

「それがあなたが魔水晶を落としてから、かなりあやふやにしか覚えてないんだって」

「まあ、それでもモニカのパラメータの変化は簡単に記録してあるから、ある程度は補足できるけどな」


 おそらく魔水晶を落としたせいで、何もできなかったのだろう、それこそ何も見えなかったのかもしれない。


「じゃ、じゃあ、私が覚えていることを話すね・・・だけど私もぼんやりしてたから、あんまり覚えてないし、途中からは全く思い出せないけど・・・」


「それでいいわよ、あなたの記憶が途切れた地点、そこから先の事だけは知ってるから」

「・・・・・」


 いったいどんなことを知っているというのだろうか?

 でもそれを聞くためには、まず私が話さなければいけないというし。


 仕方ない・・・


 自分が覚えている限りのことを話そう。


 そう考え、重い口を開いた。


 

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