1-9【旅の計画 6:~ピスキアの夕暮れ~】
カミルオススメの店を後にした俺達は、ある場所にやってきていた。
「資料は汚さないようにね」
「・・・・はい」
そう言ってモニカが木製の札を受け取り、部屋の中に入っていく。
ここは冒険者協会の4階に設けられた資料室で、ある程度の実績のある冒険者協会員向けに様々な資料の閲覧が行えるようになっている。
ちなみにその実績は、俺達の場合Dランク魔獣を倒したことで達成されていた、ここでもグルドさまさまだな。
ただ、子供ということもあってかたっぷり1時間近く資料を破損させてはいけない旨の説明を受け、さらには定期的に”手伝い”という名の監視がつくそうだ。
資料室の中に入ってみると、手前側に大きめの閲覧机と奥に大量の資料を保管した本棚がある様子がわかる。
注文し許可されればさらにこの本棚に無い資料も見れるらしい。
ただ、今回はそこまでのことは求めていないが。
そしてモニカが木札に書かれた番号のテーブルに近寄る。
「・・・104・・」
『ここが今日の俺達の
大きめの資料も閲覧できるように閲覧机は非常に大きく作られている。
これを独り占めできるのはなかなかに爽快だった。
周りを見れば、他にも様々な人間が利用しているようだが、その殆どはどこかの冒険者パーティの参謀的立場の人間に思えた。
なんというか装備も使い込まれ非常に鍛えられているのに、インテリな印象を受ける人間が多い。
みな一生懸命に資料とにらめっこしていて、その殆どは地図だ。
かくいう俺達もこれから見るのは主に地図になるので人のことはいえないが、そのせいもあってかこの資料室の半分は地図類で占められている感じだった。
「とりあえず、これでいいかな、アクリラまで行きたいんだよね?」
そう言って司書のお姉さんが両手に幾つかの丸めた大きな紙を持ってやってきた。
どうやら監視だけでなく名目上の立場である”手伝い”もやってくれるようだ。
そしてそのお姉さんは机の端の方にその紙を並べ、そのうちの一枚を広げて見せてくれた。
「へえ・・・」
モニカがそこに描かれた物を見て感嘆の声をあげる。
それは、この国と周囲の国がすっぽり入るほどの大きさを描いた地図だった。
『うわっ、予想以上に、遠いな・・・』
俺はそこに描かれた”アクリラ”までの距離に驚く。
そもそも、この国の大きさも予想以上に大きかったのだ。
俺が今まで持っていた中で最大の範囲を描いた地図は、モニカの家においてあった”北部”の地図だった。
てっきり俺はそれが”北部連合”とやらの全体の地図かと思っていたが、この地図を見ると描かれていたのはなんと全体の3分の1程度でしか無かったことが判明した。
しかも国全体だとさらに大きい・・・
『アクリラまで3ヶ月・・・ルミオラまでなら2週間ってとこか・・・』
「・・・・そんなに!?」
その距離にモニカが驚いた。
一応、北部連合内に存在するルミオラと異なり、アクリラはこの国のほぼ南の端からさらに突き出た部分に位置する様で、東西南北それぞれに隣国までの国境が近い。
中でも東の大国”アルバレス”という国の方が首都までの距離は近いのだ。
これはこことは相当に地勢も文化も異なると覚悟した方がいいだろう。
『モニカ、詳細な地図を取ってくれないか?』
「う、うん」
流石に国全体が入るほどの縮尺の地図だと細い道などはさっぱりだ。
なので、一緒に持ってきてもらっていた細かな地図を順番に見ていくことにする。
といっても、モニカはまだ地図の細かい見方は分かっていないようだし、俺自身あとでもう少ししっかり精査したいので、今は軽く見てもらうだけだが。
ただ”監視のお姉さん”に怪しまれないように、モニカ自身一応少し時間を掛けて道をなぞってみる。
『なるほど、距離としては俺達がここまで歩いてきた道のりの二倍くらいあるが、これまでよりも遥かに整備されてるから、実際は同じくらいの時間で付けるかもしれないな』
「・・・うん」
モニカから少し戸惑うような思念。
おそらく予想外の距離にびびったのだろう。
『もしかすると、どこかのルートであの大きな馬車が使えるかもしれない、街中でたまに見かけるが、あれでいけるなら半分以下の時間で着けるだろう、だとすればそれほど距離は気にしないでいい』
「・・・あるといいね」
今度はそれ切望する様な思念。
そしてモニカは手伝いのお姉さんに声を掛けた。
「あの・・・・」
「ん? どうしました?」
「えっと、馬車がどこを通ってるかってわかりますか?」
「馬車っていうと、駅馬車?」
「他の地区に行くやつです」
「じゃあ、駅馬車ね、アクリラまでよね、ちょっとまってて」
そう言ってお姉さんは棚の方に資料を探しに行ってしまった。
『馬車の時刻表でもあるのかな』
「時刻表?」
『いつ出発するかとかを書いているやつだ、それよりもモニカ、今のうちに・・・』
「・・あ、うん」
モニカが少し慌てて、机の端の資料の前に行きそれらを手にとって眺めていく。
俺の記憶に詰めるのには一瞬でいいが、それだと少し不審がられるのでお姉さんがいない今のうちにやっておきたい。
特に地勢を纏めた本などの束ねた資料を優先的に見てもらった。
モニカが手にとって目の前でパラパラと捲るだけだが、全ての資料に目を通すにはそれなりに時間がかかった。
「・・・あったわよ、駅馬車の資料」
そう言ってお姉さんが戻ってくるまでには、なんとか一通りの資料を見終えることが出来たが、急いだせいかモニカの息が不自然に乱れていた。
「・・・ん? どうしたの?」
お姉さんが少しモニカの様子を不思議そうに思い、とりあえず資料の状態を確認するためか首を曲げてモニカの後ろ側の様子を窺った。
「ええ・・っと・・・ありがとうございます」
モニカが誤魔化すようにお姉さんから資料をひったくると、パラパラとその中身を見る。
なるほど、これならどんな資料か簡単に確認している風を装って全部見れるな、最初からこうすればよかったのかもしれない。
とりあえず完全記憶からその内容をいくつか取り出して、その中身を見分する。
『当たりだ、馬車の路線表があるぞ』
モニカから微かに喜びの感情が流れてきた。
これならば旅に必要な日程も装備も大幅に削減できそうだ。
やはり情報を得るというのは非常に重要だな。
『よしモニカ、次はだな・・・・』
俺達はそれから日が暮れるまでひたすら資料漁りに時間を費やしたのだった。
◇
資料室のある冒険者協会の建物から外に出た時、もう日がかなり傾いているところだった。
この季節のこの辺りの場所でこの日の高さなら、もう既にかなり遅い時間になる。
『ただ収穫は大きかったな』
俺が今回の資料室で新たに読み込んだ大量の資料の目録を眺めながら満足気にそう言う。
「あのお姉さん、最後の方、結構変な目で見ていたよね」
『そうか? だから途中から資料持ってこなくなったのか』
どうやら、俺達の資料の漁り方の見境無さに呆れたのか、途中から俺達で直に本棚に向かい、そこで直に読んで戻すを繰り返す形に変わっていった。
おかげで思っていたより自由に動くことはできたが、そうは言っても表向きの理由は資料探し。
そのため時折、演技としてモニカに手を止めて読んでもらったりもした。
そしてその甲斐あってか、資料室を出る頃にはかなりの量の資料を完全記憶の中に収めることが出来た。
問題はこれを読み込んで実際の旅程を組むことだが、そのために隙を見ては俺が資料を読む必要がある。
まあ、今晩はこれに掛かりっきりだな。
これだけ本や資料があれば暫くの間の夜のお供にも困らないだろう。
それに知らない土地なので地図を眺めているのも楽しい。
このために今回モニカに頼んで無駄に世界地図を幾つも収録していたりする。
同じものを描いているはずなのに結構違いがあって楽しそうなのだ。
宿屋に入ると、既に食堂からは活気が聞こえてきた。
ただ気のせいかこの前より人は少ない。
本当に僅かな違いだが。
だがそのおかげで、座るところには苦労しなさそうだ。
モニカが食堂の中の様子を窺うために、顔を動かす。
前にもやっていたが、これはこの中から観察に値する人間を選別するという意味合いがあったりする。
モニカは何か自分が一目置ける相手を見つけると、それを見ながら食事を取るという、あまり理解され無さそうな隠れ趣味がある。
『何処に座る?』
「・・・・・・あそこ?」
そう言ってモニカが見つめた先には、驚いたことにあの”青い髪の少女”が以前と同じようにテーブルに突っ伏して眠っていたのだ。
相変わらず青い光のクリスマスツリーみたいな事になっているな。
気のせいか机の上の魔道具の数も以前より多い。
『どうせモニカは、暫く眺めてるんだろう?』
「うん・・・」
モニカは少し気恥ずかしげにそう答えたが、その視線はずっとその少女に釘付けのままだ。
それは厨房の窓口で料理を注文して戻ってきても変わらなかった。
今回も当たり前のように”青い髪の少女”の隣りのテーブルに座る。
例のごとく彼女の周りテーブル2つ以内には誰も近寄らないので空いていた。
そして今夜のおかずであるパンと肉のスープの乗った皿をテーブルの上に置くと、また再びモニカの視線が彼女の魔法陣に向かう。
それにしても相変わらず堂に入った寝姿だな。
食肉市場の食堂では同い年くらいの少年少女が奴隷商人に怯えながら食べていたのに、この差である。
ただ気のせいか前に見たときよりもやつれて見える。
それに前よりも遥かに寝息が深い、そこからかなりの疲労具合が窺えた。
『モニカ、どう思う?』
とりあえず彼女について感想を求めてみようかと、声を掛けてみたが反応がない。
尚も恐ろしいまで集中力で見つめている、何がそんなに面白いのだろうか?
何やら魔法陣の動きを目で追っているようだが、そんなことをしても覚えられるわけでもなし。
まあ、ただそれでモニカが面白いならばそれでいいか。
ちょうどいいので俺も資料を眺めることにしよう。
俺はそう考え完全記憶の書庫から地図を引っ張り出し、広い範囲を描き記した地図を頼りに細かな地図を繋いでこの国の詳細な地図を作り上げていく。
これがパズルみたいでなかなか楽しいのだ。
俺達が実際に通る可能性が高い地域については、管理スキルの便利編集機能を全開にしてとにかく正確な地図づくりを心がけるが、そうでない地域については割りとノリと気分で制作してく。
そうやって作った俺だけの詳細世界地図に、その他の様々な情報を貼り付けていくのだ。
これがまた楽しい。
特に面白いのは魔獣の出没情報を貼り付けるときだ。
こうして地域別に見ていくと、ズラッと並んだ依頼書の列からは読み取れない情報なども見えてくるから面白い。
やはり首都や国境線の辺は討伐が行き届いているのか魔獣の数自体少ないな。
ただ意外なことに所在不明の魔獣の数が多い、特にSランクの半分は所在不明だ、ちょっと怖いな。
出会いませんように。
あ、最高賞金額の”鬼”はかなり西の方なんだ・・・これは関係ないな。
そうやって俺が夢中で情報の編集を行っているせいか、俺も何度かモニカの声を無視してしまったようだ。
流石に不安の感情が流れてくると編集の手を一旦止めてその声に答える。
『ごめんモニカ、ちょっと夢中になってた』
「・・・資料のチェック?」
『ああ、かなり量が多くてな』
「・・じゃあ、あんまり話しかけない方がいい?」
『いや、気にしなくていいぞ、ただ夢中になったら少し返事が遅れるかもしれない』
「うん、分かった、いい予定表が出来るといいね」
モニカは安心すると再びあの少女の魔法陣を眺めながらスープを啜りはじめた。
先程はお互い断りを入れていなかったが、これでしばらくは声を掛けてこないだろう。
俺も再び資料チェックに戻る。
これが、この長い夜の中で、モニカと交わした最後の会話になった。
◇
モニカは前回と同じように食べ終わってもなお、その少女の周りに浮かぶ魔法陣の輝きを見つめていた。
何事もなければきっと今回も店が営業を終了し店主に追い出されるか、その青い髪の少女が立ち去るまでそれは続いていただろう。
ただモニカはまだ子供であり、その体には少なくない疲労が蓄積していた。
結果として、静かだった睡魔がその芽を出し、ウトウトと船を漕ぎ始めるまでにそれほどの時間はかからなかった。
普段ならば途中でロンがそれに気づいて声をかけるのだが、あいにくと今日は新たに得た情報に埋もれてしまいそれどころではない。
そして、ゆっくりとモニカの体の振れ幅が大きくなっていき、それを元に戻そうとする動きも大きくなる。
最終的に横倒しになる形で、椅子から大きく体が外れそのまま、よろけながら”青い髪の少女”の方へ体が動いてしまった。
もしこの時仮に、青い髪の少女が前回と同じような状態であったならば、何事もなく隣のテーブルに頭をぶつける程度で済んだだろう。
もし仮に、これが今日でなければ余裕のあった相方が慌てて引き起こしてくれただろう。
だが今日は生憎、”青い髪の少女”は行き詰まる調査のせいで機嫌が悪く、いつもよりも”迎撃魔法”の範囲を広めに設定していたこと、資料整理に夢中なロンがモニカが転けていることに気づいたのが、
バアアチイイイイイイ!!!!!!!
耳をつんざくような轟音が食堂の内部に響き渡り、多くの人間がその方向を向いたのと、モニカが青い髪の少女の結界魔法に吹き飛ばされるのは同時だった。
予想してたのと反対側に吹き飛ばされたモニカは、慌てて青い髪の少女の様子を見る。
この時、モニカは自分の不始末で、他人の結界をまたも不用意に発動させてしまったことを恥ずかしく思い、同時に起こしてしまったらなんて謝ろうか、ということに意識の全てが行ってしまっていた。
だが”青の髪の少女”の眠りはこの程度では妨げられなかったようで、少し
その様子を見て、モニカが深い安堵のため息をつく。
そしてその安堵のせいでモニカは大事なことに気が付かなかったのだ。
今の結界が発動させた魔力波の影響で、自分の右手の魔水晶の固定具に決定的なヒビが入ったことに。
そのヒビのせいで保持できなくなった固定具から、魔水晶が抜け落ちたことに。
その魔水晶が地面に当たる甲高い音が、結界魔法の発した大轟音に掻き消されてしまったことに。
そしてその様子を、背の小さい背骨の曲がった黒い格好した男が食い入る様に見ていたことに・・・・
だがそれに気が付けなかったモニカは、食堂の中で大きな音を立ててしまったことを気にして身を縮こませるようにしながら、自分のテーブルから空いた皿を持ち上げると、まるでその場から逃げるように立ち去ってしまった。
自分の失態で目立った状態でその場に留まれるほど、モニカの肝はまだ据わっていなかったのだ。
「・・・ロン?」
その道中、モニカが何気なく相方に確認を取る。
だが返事はない。
「・・・・そんなに夢中なのかな」
この時モニカは、あの音に気が付かないほど相方が資料を読むのに夢中なのだと思っていた。
これは、先程ロンがモニカの言葉を無視したのも大きかった。
そしてこの時はまだ彼女の感覚の中ではまるで何も変わっていなかったために、モニカは自分の魔水晶が脱落した事に気が付くことが出来なかったのだ。
もしこの時に起こった要素が一つでも違えば、あんな事になることはなかっただろう。
だが、それでも俺達は人生は同じ様になったのだろうか?
それでも彼女は俺達を見つけてくれたのだろうか?
そして、それでも俺達はちゃんと辿り着けたのだろうか?
だが今となってはもう遅い。
賽は投げられ、ピスキアの長い夜は、ひっそりとその幕を上げたのだった。
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