1-9【旅の計画 5:~ドワーフの店主~】



「で、お前さんはなんの用だ? 見た感じスキル保有者っぽいが、その関係か?」


 ドワーフの店主が俺達にそう聞いてきた。

 ただ一見しただけでスキル保有者だと見抜くとは、さすが専門店の店主か。

 いや、ただモニカの右手の魔水晶に気がついただけか。


「えっと、魔水晶の固定具が欲しくて・・・」

「ちょっと見せてみな」


 そう言って右手で手招きする。

 その手はモニカと同じくらいしか身長がない人間の手とは思えないほど大きく、そして分厚かった。


 その異様な手の上にモニカが右手を差し出すと、そのまま店主がガシリとモニカの手を掴み、そのままくっつくかと思うほど顔をづけてその様子を観察し始めた。


「3型か・・・良い石を使っとるな、お前さん金持ちの生まれか?」


 その問いにモニカは首を横に振る。

 嫌に高価なものが揃った家ではあったが、お金を見たのはつい1ヶ月ほど前が初めてだ。


「ふーん・・・だが、こいつの固定具は高いぞ?」

「えっと、いくらくらいですか?」


 カミルからおおよその値段は聞いていたが、確認のために一応聞いておく。


「うちで作った場合・・・・3型だから980セリス以上だな・・・」


 それはおおよそ聞いていたとおりの数字だった。

 モニカから安心と決心の思念が飛んできた。


『ああ、予定通りでいいぞ』


 俺のその言葉に対しモニカから納得の思念


「それじゃ、予備も含めて3つください」


 モニカがここに来るまでに決めていた言葉を店主に伝える。

 するとドワーフの店主は驚いた様に目を丸くした。


「3つ!? 3000セリスだぞ!?」


 3000セリス・・・感覚とすれば100万円弱か、確かにモニカのような子供が普通に払えるものではないだろう。

 だが、俺達はこれを払っても2万セリスは残るし絶対に必要な出費と考えているので痛くはない。

 むしろ今後のことを考えると3つ確保できるならもう少し払ってもいいくらいだ。


 そしてそのことを示すためにモニカが懐に手を入れそこからとあるものを取り出して店主に差し出す。


「なるほど・・・金はあるってか・・・」


 モニカが差し出したのは金色に輝く3枚の硬貨。

 計3000セリス分の千セリス金貨だ。

 旅費も含めて昨日のうちに協会の口座から下ろしておいたのだ。

 流石に金貨を出されては敵わないと、ドワーフの店主は後ろの棚から何やら金色の船の操舵輪を思い起こす器具を取り出した。

 カミルのところにはなかったが、ティモの所にはあったやつだ。

 

 そしてそれを魔水晶に嵌めると、周りのネジを調整しだす。


「お前さん、どんな使い方したんだ?」

「どんな使い方?」


 おもむろに発せられた店主のその言葉にモニカが聞き返す。


「固定具が削られたみたいに劣化してる、魔水晶との間で凄まじいやり取りがなきゃこうはならん」

「・・・えっと、ちょっと無理して使ったというか・・・」


 やっぱり、思考同調の膨大な制御が原因か、元々かなり劣化していたのもあるがあれで一気にそれが進んでいたのだろう。

 魔水晶を固定するだけのものだが、本体と魔水晶の制御魔法のやり取りの負荷を常に受け続けるのだ。

 特に俺達のようなスキルを常時使うようなやつの消耗度は推して知るべしである。


「重くなるが少し強度を高めたのを出すか」

「お願いします・・・」


 店主のその言葉に、モニカが恥ずかしそうに答える。

 店主はやれやれというふうに顔を少し綻ばせると、今度は定規のようなものを魔水晶にあてがった。


「なるほど、おおよそ規格は分かった、今から削れば明日の夜にはできるだろう」

『明日? 作り置きみたいなのはないのか?』


 汎用品と聞いていたのでてっきり、出来合いがあるのかと思っていた。


「作り置き・・・みたいなのってないんですか?」

「あるぞ・・・」


 そう言って店主が立ち上がり、そのままモニカの横を通り過ぎて反対側にある巨大で大量の引き出しのある棚の中から一つの引き出しを開け、その中から銀色の輪っかを3つ取り出した。


「これが作り置きだ、あとはお前さんの魔水晶にあうように削って、魔力伝導のためにグリム液を塗って乾かせば完成、それが明日の夜だ」


 どうやら作り置きでも完全に完成品を置いておくことはできないようだ。

 セミオーダーメイドというやつか、きっと魔水晶の規格は完全にパーツを流用できるほど厳密なものではなく、ある程度誤差があるのだろう。

 他の同規格の魔水晶を見たことも比べたこともないが、他人の固定具を自分にもとはいかないのかもしれない。


「3型の固定具とその調整費用で一つ1070セリスくらいか、3つで3000でいい、計算がめんどくさい」


 店主はそう言って再び俺達の前の椅子に座り、謎の器具がついた魔水晶に向きなおる。

 全部で210セリスの結構な割引になるが、100万円から見たら少なく見えるから不思議だ

 それからドワーフの店主はまた少しの間、魔水晶の細かな状態を確認してき、それらが一段落した所でようやく新しい固定具を手に取った。


 それと同時に取り出したのは刃先が1cmほどのノミのような工具。

 そしてその工具を固定具の内側にあてがうと、まるで木でも削るかのような軽い感覚で表面を削り始めた。


 凄まじい力だ、かなり硬い金属で出来ているはずの固定具の表面をほぼ無抵抗で削っている。

 しかもその削った後の断面が恐ろしく滑らかだ。 

 とても腕力だけで出来る芸当ではない、おそらく筋力強化魔法をものすごく細かく掛けているのだ。

 それは”膨大な力”である俺達の使うそれや”多彩”であったこの前の調査官のそれとは全く性質の異なる、魔力の使い方における”芸術品”とも呼ぶべき俺達の知らない新たな一面だった。


 ドワーフのそのゴツい手から生み出される芸術的な動作にモニカの目が釘付けになる。

 だが、その楽しい・・・・時間はあっという間に過ぎてしまった。

 この店主の作業にあまりにも迷いがなさすぎるのだ。


「まあ、こんなもんか・・・」


 最後に削りカスを落として出来栄えを確認した店主が、何気ない感じにそう言った。

 そこには何の感慨もない、ただ当たり前の仕事をやっただけと言わんばかりの表情があった。

 すると今度はその削り出したばかりの固定具を片手に持ったまま、もう片方の手で俺たちの魔水晶を弄り始めた。


『今度は何するん・・・(ブチッ!!


 突然謎の異音とともに、俺の視界に表示していた様々なパラメータ表示が一斉に消えた。

 気のせいか思考も鈍く・・・・しかも完全記憶にアクセスできない!?


 おい!! モニカああああ!!!!


 だめだ!? 全然声にならない!?

 あ、声って言っても、本当の声じゃなくて、モニカに届く音声データのことだぞ!

 

 って、そんなこと言ってる場合じゃ!?


 モニカあああ!!!


 モニカあああ!!!


 俺はひたすら大声でモニカに届かない声で力いっぱい叫び続けた。 

 もしこの時の俺の状態を客観視出来たら、思考能力が大幅に落ちていることに気がついただろう。


 その後も、俺はひたすら壊れたレコードのようにモニカに向かって叫び続けた。


・・・ブツッ!)・・ニカああああ!!!!』

「うぐっ!?」


 突然発生した大音量の俺の声にモニカがビックリして肩を震わせる。

 よく見れば、今までの固定具を外して削りたての新しい固定具が付けられ、まさにそこに魔水晶が嵌められた瞬間だった。


「どうした?」


 ドワーフの店主が何事かとこちらを睨んだ。


「いえ・・・なんでも」


 モニカがそれに答える。


『モニカ、大丈夫か!? 聞こえてるか!?』


 するとモニカから肯定と疑問の思念が返ってくる。

 よく見ればいつの間にか消えていたはずのパラメータ表示がすっかりもとに戻っていた。


『良かった・・・聞こえるように・・・(ブチッ!!


 再び俺の声は、ドワーフの店主が魔水晶を外してしまったことで途切れる。


 その後、3つの新しい固定具すべての合いを確認するまでこれが何度も続くことになり、そしてその度に俺はまるでそういう機能しかないかのようにひたすらモニカの名前を叫んでいたのだ。

 ようやく全てのチェックが終わり元々の固定具に魔水晶が収まったとき、俺は妙に疲れている感覚に襲われた。


『ふう・・・とんでもないな、これ・・・・』


 モニカから大丈夫かとこちらを心配する思念が飛んできた。


『大丈夫、大丈夫、特に問題はない』


 気になってスキルの状態を軽くチェックしてみたが、異常らしい異常は見られなかった。

 数秒外した程度でどうにかなるようなものではないようだ。

 ただ、感覚としてはこれが数時間続いた場合の保証はできない。

 おそらく幾つかのスキルが、どのような形かは不明だが暴走を始めるだろう。


 もっとも”力”を押さえておく蓋が外れでもしない限り、魔水晶に制御が移っている”力”ならば仮に暴走しても魔水晶を取り付ければすぐに制御を取り戻せるだろうが。


 この前とは少しメカニズムが異なる危険性だな・・・



「ふむ・・・合いは問題ないが・・・・」


 ドワーフの店主が取り外した新しい固定具の様子を食い入る様に見つめている。


「これは思ったよりも”塗り”に気合がいりそうだ・・・・」


 店主は少し呆れたような表情でそれを小さな箱に入れて、その箱に何かの番号を書き記し横の棚に置いた。

 その様子から察するにあの新しい固定具に何かあったのかな?

 発言の内容からして”塗る”前の状態の固定具では今の一瞬でも何かしらのダメージの兆候が見られたのかもしれない。


 そしてもう用済みとばかりに、魔水晶の周りに取り付けていた金具を外していく。


『ひょっとしてその金具がないと交換って出来ないのか?』


 俺が気になった質問をぶつける。


「えっと、この金具がないと交換って出来ないんですか?」

「ん? ああ、これか、ここまでしっかりとしたのはいらんが・・・そうかこいつもいるか・・・」


 そう言ってドワーフの店主が近くの棚に大量にある袋から、謎の輪っかを一つ取り出した。


「交換だけなら、こいつで事足りる・・・・3セリスくらいの汎用品だ、まけといてやる」


 固定具に比べ随分とこの工具は安いな・・・・

 まあ見た感じ本当に交換くらいにしか使え無さそうだが、それで十分なのだろう。


 最後に金具を外し終わると、モニカが持っていた金貨3枚をドワーフの店主の横に置かれていた小さな作業机の上に並べた。

 そして店主はそれを受け取ると自分の懐にしまう。


「たしかに・・・・じゃあ明日の夜以降に来てくれ、それまでに仕上げる、どうせこの店には私しかいないが一応伝票を渡しておこう」


 ドワーフの店主がそう言って手に取った小さな紙片に俺達の知らない文字で何かを走り書きした。


「それ・・・・ドワーフの文字?」


 その文字に興味を持ったモニカが何気なくドワーフの店主にその実態を聞いた。

 すると店主はそこでペンを止め、明らかに不機嫌そうな目でこちらを睨んだ。


「あんたに悪意がないことも、知らないことも分かってはいるが、一応警告しておく、次にわたしら・・・・を見ても決して”ドワーフ”と言ってはならん、わたしらは、わたしらのことを”人間”と呼ぶ」


「えっと・・・す、すいません・・・」


 その有無を言わせぬ圧力に、モニカが謝る。

 それが何を意味するのかまでは理解していないが、言ってはいけない言葉なのだろうということはモニカにも理解できたようだ。

 しかし思わず”ドワーフ”と訳してしまったが一考の余地ありだな、少なくとも本人に向かって言っていい言葉ではない。

 おそらく彼等の蔑称なのだろう。


「・・・この文字は・・・たしかに”わたしら”の文字と言えなくもない・・・・ここから気の遠くなるほど南の国の文字だ」


 そう言って遠い目をした店主の様子から、どうやらこの文字が店主の故郷のものであることが伝わって来た。

 きっとそこには彼の仲間ドワーフが沢山いるのだろう。


 それから暫くの間、気まずい空気が流れ、伝票を貰ったあとは少し逃げるように店を出てしまった。


 去り際に掛けられた「・・またのご利用を・・」という店主の言葉には、一抹の寂しさが含まれていると感じたのは気のせいだろうか。




「大丈夫かな・・・・」

『大丈夫だろう、ありゃ、あの程度で仕事の手を抜くタイプじゃない』


 カミルの推薦にはあの店主の仕事へかける誇りのようなものが書かれていたのだ、例え親の敵が相手でも下手な仕事はしないだろう。


「そうじゃなくて、あの人に悪い事言っちゃったなって・・・・」

『ドワーフか? でも知らなかったんだからしかたないだろ、次同じことを言わないように気をつければそれでいい』


 こう言っちゃ何だが、世間知らずの小娘に世界中の蔑称を覚えて意識しろなんて無茶な話だ。

 だったら絵本に書くなよといいたい。


『ただ、俺もちょっとビックリしたな』

「なにに?」


『存在そのものもそうだけど、てっきり女の人が出て来るのかと思ってたからな』


 実はカミルの推薦状では”彼女”という、女性を指す代名詞であの店主のことを書いてあったのだ。

 そのせいで厳つい”ドワーフ”の男が出てきた時は、ここでいいのかとビックリしたものだ。

 きっと徹夜で書いたせいでカミルが他の誰かと間違えたのだろう。


「え? あの人、女の人だよね?」


 ・・・・・?

 

 ・・・・・・・・??


 ・・・・・・??????


 俺の記憶にあの店主のヒゲモジャの厳つい顔が大写しになる、どこからどう見ても男だ。


『モニカ、なに言ってんだ?』

「ロンこそ、なに言ってるの?」


 ・・・・?


 これ、俺が間違ってる?


 慌てて、ドワーフのことが書いてあった絵本を完全記憶の書庫の中から引っ張り出す。

 ええっと・・・なになに・・・


”ドワーフは、おとこのひとも、おんなのひとも、みんな、おひげがはえてるんだ!”


 


 ・・・まじかよ。


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