1-9【旅の計画 4:~カミルのオススメの店~】
カラ地区の東の農業地帯
朝日に照らされた広大な農地の一角で青い髪の少女が注意深く棒状の魔道具を土の中に差し込んでいた。
しばらく間、その魔道具に手をかざして魔力を慎重に注ぎ込む。
そして少ししてから再びその摩道具を引き抜いた。
「・・・ここもか・・・・」
その結果に青の少女の目が険しいものになる。
魔道具には黒の魔力に反応した痕跡が筋となってはっきりと表面に刻まれていた。
その筋はよく見れば規則正しく並んでいることに気がつき、さらに細かく見ればその筋の向きもきっちりと揃っていた。
これはこの魔力が非常に高い指向性があることを示している。
候補となるのはスキルか自然魔力かだ。
だが常識で考えればスキルではない。
青の少女ことルシエラはようやく見つけた異変らしい異変を前に頭を抱えていた。
つい先ほどまで警備隊による封鎖が行われていてここまで近寄ることができず、その外側の土中の魔力を調査していたのだが、今朝になってようやく封鎖が解除されその中の魔力を調査してみれば、思ったよりもはるかに純度の高い魔力の痕跡が出てきたのだ。
ただし魔力自体は霧散してしまってもう採取できなかった。
せめてもう半日前に現地入り出来ていれば・・・・と悔やんでみてももう遅い。
土の中に含まれていたのは完全に黒の傾向に染まった魔力の痕跡。
だがその出力が通常ではありえないほど高く、それが人間によるものだとは思えなかった。
最初は火山性の魔力噴出と聞いて少し疑っていたが、実際その魔力を目にしてみると少なくとも自然現象であることに疑いの余地はないように思う。
火山性・・・つまりの地中深くのマグマにたまる膨大で純度の高い魔力の噴出は、特筆するほど珍しいものではない。
そもそも、この地域の温泉はその魔力によって温められた魔力泉なのだ。
そう考えるならば、まともな人間ならば”火山性魔力噴出”と結論付けるのに無理はない。
そしてついでに
非常に遺憾なことにルシエラにはこのような現象を引き起こせる実例を知っているし、容疑者になりうる人物にも心当たりがある。
もっとも、容疑者といってもルシエラが一方的に”アレ”に似ていると感じているくらいで、その証拠もルシエラが寝ぼけていた時に”アレ”用に作った魔方陣が発動したというものだ。
だが寝ぼけていたということもあって顔もまともに思い出せないし、それでも見た目は間違いなく”アレ”には似ていなかったし、雰囲気も纏う魔力の動きも、魔力傾向も全然違ったのだ。
だがそれでも引っかかるものは引っかかるし、ルシエラがここに飛んで来たのはこの災害に”小さな女の子”が巻き込まれていたという情報があったのが大きい。
もちろんそれだけであの女の子であると決めつけることはできないが、ルシエラの勘が、ルシエラがここに派遣されてきた理由であるスリード先生の感じたものや、中央の慌ただしさも含めた全ての情報が、何らかの形で繋がっているような気がしてならないのだ。
もちろん調査に飽きてきたルシエラの勝手な妄想である可能性は否定できないし、それどころか8割方間違いであろう。
おそらく、この2ヶ月のあてのない調査で頭がイカれたのだろう、きっとそうに違いない。
だが同時に、ルシエラは自分の中の何かの感情がその僅かな可能性に掛けてみないかと囁きかけるのだ。
「・・・どうせ、他に行く所はないか・・・・」
ルシエラは結局、あの少女のことを調べてみることに決めた。
ただ、観測魔法に以前見かけた反応がないことを見るに、少なくとも今はこの近辺にはいない。
となると、どこへ行ったか・・・・
ゆっくりと立ち上がり周囲を見渡す。
普通に考えるならば、カラ地区の医院に収容されただろう。
仮に退院しているとすれば、そこから他に行くところがないのでピスキア市内に向かう可能性が高い。
まずはその辺りを当たるか。
今からならば今日中に市内まで回れるだろう。
◇
宿屋から外に出ると、朝独特の冷たい空気と活発に動き出す街の様々な音や匂いが飛び込んでくる。
その光景を眺めながら俺達は少し遠回り気味に目的の店を目指す。
そのついでに今後の旅に備えてという名目で様々な店の軒先を見て回るのだ。
「ルミオラも暑いんだよね?」
『そりゃ、ここよりはどこの街も暖かいと思うが、それでも一応北国だぞ? それにどうした? 目指すのはアクリラじゃないのか?』
「でも、更に暑いんでしょ?」
そう言ってモニカがパタパタと服の胸元を引っ張り中に冷たい風を送る。
『やめろって、いつもそれで体冷やしてるだろ』
「でも暑いんだもん、カミルさんのところ行ってわかったけど街の中ってかなり暑いよ」
『そりゃ人も多いからな』
ついでに地味に暖房が堪えていた。
この辺りは完全な雪国なので暖房の使い方に容赦がない。
それはそれで快適ではあるものの、夜寝るのに下着姿になる必要があるし、外出たときに汗が冷えて寒い、かと思えばモニカの基準では外も暑いのでそのうちまた汗をかいてしまう。
ままならない物だな。
『それで、暑さだけがルミオラにする理由か?』
「それだけじゃないけど・・・」
モニカがそう言って口ごもる。
『あの男の実力に当てられてビビったか?』
「・・・・・」
モニカが何かを誤魔化すように視線を左へずらした。
『やっぱりか・・・』
どうやらあのランベルトとかいう調査官に手も足も出なかったので自信を失っているらしい。
勝ったのだって魔力増やして殴ったみたいな勝ち方だったしな、結局以前リコに言われた”獣みたい”の獣を限りなく大きくしただけで、魔法の知識ではあの男の影すら踏ませてもらえなかった。
『といってもあいつはかなりキツイ国家試験をパスしたやつだ、それと比べてほとんど何も勉強してない俺たちを比べている時点でおかしい』
「・・・・」
モニカは依然として無言だ。
やはり彼女の中では不本意なのだ、だがそれでもそれを仕方ないと受け入れる所もあるのでややこしい。
おそらく落ちる可能性があるアクリラよりは少しレベルが落ちても確実にすぐに学べるルミオラに食指が動いているのだろう。
『俺としてはモニカに出来るだけちゃんとした所で学んでほしい』
「ルミオラだってちゃんとした所だよ?」
『ちょっとでも良いって意味だ、なあ、せめて受けてみようぜ? それにモニカなら確実に受かると思うぞ』
こう言っちゃなんだが、獣と言われようが原始的と言われようが、こちらは圧倒的魔力量と圧倒的魔力操作があるのだ、それはこの前の戦闘ではっきりしている。
俺としては魔法士学校がそんな人間を落とすとはとても思えなかったし、大抵の難問なら俺の補正によるゴリ押しでどうとでもしてやるという自負もある。
完全に知らない知識をペーパーで出されない限りどうにかなるだろう。
「・・・・うん、分かった」
どうやら了承してくれたか、まあ、どうせまずは様子を見るのだ、これからの旅程次第では先にルミオラを見てもいいだろう。
それに実のところほんの少し勉強しただけでも十二分に強くなる気がするのも事実だ。
ただ、一応発破はかけておこう。
『・・ゴーレムスキル』
「・・・うっ」
俺がぼそっと呟いたその言葉にモニカが露骨に反応する。
結局それが彼女の目的であり、それがどこまでやれば良いのか見当がつかない以上、最高を目指す以外に選択肢はないのだ。
そして歩きながらそんなことを話している間に目的の店の前に到着する。
ただ店といっても他の店のようにわかりやすい店舗があるわけではない。
目の前には特に何の変哲もない土産物屋があるだけだ。
陳列されている品物の中で目につくのは変な目をした丸い人形くらいか。
「・・・ここ?」
モニカが疑わしそうな声で聞いてくる。
『ここじゃない、この2階だ』
だが店内に階段が見当たらなかった。
店の人間に聞くと裏に回れと言われたので、裏に回ってみたところ、そこでようやく2階に続く階段を見つけることが出来た。
その階段はとても目立たないように出来ており、そこにあると知っていなければ一目で気づくのは不可能に近かっただろう。
本当にこんなところに店なんてあるのか?
俺達は一抹の不安を抱えて、その階段を登り2階へと向かう。
そこは、いうなればどこかの安アパートの中といった印象のやたらと殺風景な場所だった。
それなりに高いはずの魔力灯も掃除がされていないせいか薄汚れて、安アパートっぽさを更に濃いものにしている。
そして目の前には扉が一つ見える。
だがそれはなんの飾り気も看板もないただの板に取っ手がついているといったほうが近く、どこか近寄りがたい空気を醸し出していた。
これがそのカミルおすすめの店だろうか?
「・・・入る?」
そのあまり人を拒絶したような見た目にモニカが扉の前で立ち止まり入るかどうか聞いてきた。
『そりゃ・・・入るしかないだろ・・・』
他に扉のようなものも見当たらない。
だが、
『ちょっと引いて、鍵がかかっているようなら他を探そう』
俺も少し腰が引けていた。
だが同じく腰が引けているモニカはその意見に軽く頷いて賛成してその手を扉のノブへ伸ばす。
それは本当にただの取っ手でしかなく、あまりに貧相な見た目のそれはドアノブどころか飾りとしても頼りないものだった。
そして、少々の否定的な感情とともにその扉はなんの抵抗なく開いた。
その時、目に入ってきたのは大量の摩訶不思議な見た目の物体達、それと鼻をつくような強烈な薬草の匂いだ。
その内装は明らかに何かを商っているようであったが、扉を開ける前よりより一層入りづらくなってしまった。
『・・・どうやら、ここみたいだ・・・だがなんだこの匂いは・・・』
モニカもそれに無言でうなずき、少し時間を掛けて覚悟を決めて店の中に飛び込んだ。
「・・いらっしゃい・・」
店の中に入ると奥の方から力ない声が聞こえてきた。
声の感じからしてかなり厳つい男のようだ。
モニカがその声の主を探そうと首を伸ばしてみるもその姿は見えない。
はっきりと気配があるだけにすぐ近くにいると思うのだが、そこら中に物が溢れているせいでその姿が見えない。
そして周囲を見渡してみると、たまに見かける商品の説明書きがスキル関連のものばかりなのでおそらくここで間違いないのだろう。
「・・・どうする?」
『とりあえず店の人に聞いてみようぜ、俺達じゃ何が何だか・・・』
モニカが足下にあった箱のような形の物の上を跨ぎながら、さきほど声のした店の奥の方へ進んでいく。
なんとか狭い店内を縫うように動きながら、商品の壁を回り込むと、ようやく店の主の姿が目に入る。
「あ・・・」
その姿を見たモニカが思わず声を漏らす。
かくいう俺もびっくりしていた。
「人の顔見て驚くとは、随分礼儀正しいんだな」
店の主が皮肉たっぷりに答えた。
「す・・すいません・・・」
その言葉にモニカがしゅんとなってしまう。
『気にするな、礼儀としてはダメだが俺も驚いた』
モニカが同意と感謝の思念を飛ばしてくる。
それにしても来る前にドラゴンの姿を見ていたとはいえ、実際に街の中に入ってみれば普通の人間ばかりで、てっきり
探すところを探せばちゃんといるんだ。
「なんだ? お前さん亜人を見るのは初めてか?」
「・・・ええっと、はい」
亜人・・この男は少し不本意気味に自分のことをそう言った。
それが何を指すのかは見ただけで分かる。
この店の主の男はの身長はモニカと殆ど変わらなかった。
だがその体格はその辺の鍛えた冒険者を遥かに凌駕するほどガッシリとして太い。
明らかにただ背が小さいだけではない、しっかりとした風貌だったのだ。
更に特徴的な髭をたくわえたその姿は、俺が絵本でその姿を見た時に迷わず”ドワーフ”と翻訳したその姿そのものだった。
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