1-X3【幕間 :~運命の晩餐会~】



「それ、締め方間違ってるぞ」


 俺が儀礼服の首紐を締めていると、相方が注意してきた。


「そうか? 一緒じゃないのか?」


 お手本役の相方を真似たのだがこれじゃ駄目なのか?

 どう見てもそっくりなんだが。


「二回目に回すときにいっかい後ろを通してだな」

「こうか?」

「違う、違う、ちょっと貸してみろ」


 それから二人で少しの間、ああでもないこうでもないと首紐の結び目をいじり倒し、ようやくちゃんとした形になったらしいが、どうも違いがわからない。

 ネクタイならどうにかなるんだけどな・・・


 どうもこういうのと縁がなかったせいか、貴族の服装というものはよくわからなかった。

 それに、そこら中のものがやたら金ピカで落ち着かない。


 晩餐会の会場だけでなくこんな小さな控室でさえここまで金ぴかなのだから、この建物の金のかかり具合の凄まじさは想像を絶していた。

 エンドテーブルにおいてあるこの小さな花瓶ですら、割ってしまったら一体何ヶ月分の軍の報酬が飛ぶかわかったものではない。


「よし! 形になったな」

「本当にこれでいいのか? というかどこでこんなの覚えたんだよ」


「ふふん・・人付き合いの悪いお前と違って、俺は昔から一通り仕込まれてるんだよ」


 そう言って自慢げに胸を張る俺の相棒。


 この軽薄そうな男の名はマルクス、俺がこちらで生まれた・・・・・・・・後に大いに世話になった大商人の息子だ。

 実家が国中の貴族にコネを持っているとあってか、幼い頃から様々な立ち振舞を学んでいるらしく、そのせいか人脈を作るのが妙に上手い。


 人付き合いが苦手な俺がこうして出世したのも、こいつのおかげと言ってもよかった。


「それじゃ会場に戻るか」


 俺がそう言って今いる個室の扉を開く。

 ここは、今日行われている晩餐会の参加者用の個室だ。


 なんでこんなものがあるのかわからないが、マルクスによると晩餐会で発生した様々な諸事を行うための部屋らしい。


「もちろん俺達みたいな服装の手直しに使うことも出来るし、晩餐会での作戦会議に使ってもいい、後は取引に使うことも多いな、それと防音が効いてるから、貴族の逢引にも使われたりもする、お前も使ってみるか?」

「・・・結構だ」


 俺はめんどくさそうにピシャリと言い放つ。


「お前も、そろそろ浮いた話の一つくらい作ったらどうだ? 部下が心配していたぞ?」


 部下? 部下ってどいつだ? 思い当たるやつが多すぎて特定できん。

 どうも最近部隊内から身を固めろとうるさくなってきていた。


「少なくとも、ここではやらんよ」


 俺は廊下に並ぶ大量の扉を見ながらそう吐き捨てる。

 どれも”使用中”の札が張ってあり、魔力的に鍵がかかっていることを示す赤ランプが点いていた。

 それがなんともおぞましく見えて、正直さっさとここから抜け出したいと思っていたのだ。


「お! その言い方だと気になるやつはいるのか? おい、教えろよ、ルイスか? ネリーか? それともテッサ?」

「ちげえよ、それになんで俺の部下ばっかりなんだ?」


「そりゃ、だってお前の周りにいる女なんてそれくらいしかいないだろ? まさかお前・・・・」


 そこでマルクスがハッとした表情を作り、わざとらしく驚いてみせる。


「まさかお前本当にゴーレムにかまけすぎて、本物の女に反応できなくなっちまったのか!?」

「ちげえよ!」


 俺がその馬鹿な妄言を吐いたマルクスの顔面に強烈な拳を打ち込む。

 それは常人なら頭が破裂してもおかしくない威力だったが、そのへんの魔獣より頑丈なこいつマルクスに対しては、これくらいしないとツッコミにもならないのだ。


 それにその強烈なパンチを食らってもなお、マルクスはヘラヘラと笑っている。

 本当に軽くツッコミを入れられた程度にしか感じていないのだろう。


「はっはっは、でも、実際そういう噂があるのは事実だぞ?」


 少し笑って誤魔化した後、続けてマルクスが嫌に真剣な顔でそう言った。


「・・・・」


 それに対し俺は無言で返す。

 実際、興味本位で極限まで好みの造形の女型のゴーレムを作ったことがあり、それを部下に見られたことがあるので完全に否定出来ないのだ。

 もちろん、それで処理・・・したことはない。


 なんというか極限までこだわって好みの造形にしたのに、全く良いと思わなかったのだ。

 



 会場の扉を開くと、真っ先に耳の中に優美な音楽が入ってくる。

 BGMとして本物の楽団が生で演奏しているのだ。

 まあ規模を考えればこの程度は当たり前だが、俺はさっきまで聞いていたはずなのにそのヴァイオリンに似た弦楽器の優美な音色にまたも圧倒された。

 

 そして会場の内部に踏み込むと、今度はそのあまりの豪華絢爛ぶりに驚かされる。

 広い会場がくまなく装飾され、魔力灯をいくつも重ねて作られた巨大なシャンデリアが頭上に大輪を咲かせている。

 それに参加している人間の衣装も一見するだけで青ざめるほど高そうなものばかりだった。

 ちなみに俺が着ているレンタルの儀礼服も、自分で買ったら破産しかねない代物だ。

 レンタル代は軍が持ってくれているので鐚一文びたいちもん払わずに済んでいるのが救いか。


「手直しは済んだか?」


 会場に入るとすぐに中年の男性から声を掛けられた。

 彼はこの会場で数少ない、本当の意味での俺達の味方だ。


「それはマルクスに聞いてくれ、俺にはさっぱり違いがわからん」


 そう言って軽く手を上げてお手上げのポーズを取ると、その男性がこちらの様子を注意深く見つめる。


「ふむ、問題はないようだな」

「うげ、カミルさんも分かるのか・・・」


「そりゃ、軍上層部付きの調律師だからの、何度も呼ばれている」


 どうやら、この場でマナー知らずは本当に俺だけかもしれない。


 この人はカミル、スキル調律師でかつてマルクスのスキルを纏めてくれた人だ。

 それ以降、軍の上位スキルを担当していることもあって、俺も部下のスキル調整で何度も世話になった。

 本人には言っていないが、今世でも前世でも父親のいない俺としては父親代わりにも思っているくらいなのだ。


「はは、天下の”カシウス将軍”も魔力以外にゃ形無しだな」

「貴族の暗黙の了解に平民が精通してる方がおかしいっての」


 そう、この会場にいる平民は俺とマルクスの二人だけだった。

 

 この首都の新年を記念するパーティは国防局が主催する中では最も名誉あるもので、何らかの事情がない限り王室も全員参加だ。

 そのせいもあってか参加者はほぼ全員が超名家か、何らかの権力者ばかりで伯爵ですら腰が低く給仕も全員男爵以上の地位を持っている。

 平民出身のカミルさんですら名誉称号を持っているので完全な平民ではない。


 そんな場所でいくら軍の将軍とはいえまだ若輩の平民が紛れていると、とんでもない粗相をするのではないかと気が気ではない、


「なんというか、場違いな所に迷い込んだ気がするな」


 パーティの様子を見ながら俺が素直にそう感想を漏らす。


「そう肩肘張るな、知ってるか? このパーティに招待されたのは俺達だけなんだぜ?」


 するとマルクスが興味深いことを言った。

 確かに招待状は貰ったが、それがまさか俺達だけとは・・・・


「それ本当か?」

「本当だ、他は付き合いや取り入りのために勝手に来ている連中さ、もっとも王宮に顔パスで入れるやつしか入れないけどな、だから堂々としてればいいんだ、嫌なら帰ればいい」


 そう言って少し無作法にテーブルの上の肉を摘むマルクスの様子は、ふてぶてしい物だった。


「そんなことして・・・つまみ出されても知らないぞ・・・」


 俺のその言葉に反応したのは意外にもカミルさんだった。


「それはないと思うぞ、お前さんらがその首紐のためにすっこんでる間、皆どこか落ち着かない感じだった」

「カミルさん、それ本当?」

  

「本当だ、待ってる間に何度も宮廷の近衛兵から”二人はどこへ行ったのか?” とか ”本当に帰ってしまっていないだろうな” とか聞かれたぞ、連中、お前さんらがいない状態で王族を会場に入れたくないらしい」

「なんでそんなことを・・・・」


 まさかそんなに注目されているとは思わなかった。

 見れば皆、たしかに時折こちらを一瞥して俺達の位置を確認している。


 するとそれを面白がったマルクスが扉の方を向いて少し進む。


 その瞬間、僅かだがたしかに会場内に緊張が伝播した。


「おもしれえな、これ」


「趣味が悪いぞ」

「ああ、だが、腹痛には逆らえん、退屈したら10回くらいトイレにいくかもな」


 マルクスはその様子が大変おもしろいらしく、いたずらっ子の笑みを顔に浮かべていた。


「まあ、なんとなく頼りにされているのは分かるが、なんでだ?」


 まさかこんな晩餐会の会場の中に魔獣がいるわけでもなし、特に理由が思い至らなかった。


「向かいの壁際、あそこの人だかりがわかるか?」


 そう言ってマルクスは会場のとある場所を指差した。

 そこには確かに人が集まっている場所があった。

 そしてその中心には、この会場の中でもとびきり派手な衣装を着た小太りの中年の男性がいて、その右隣にはある意味俺たち以上に場違いな超絶イケメンが緊張した面持ちで立っている。


 そして小太りの中年は何度も大声で笑い声を上げながらそのイケメンの肩を叩いていた。


 ・・・・あのイケメン、普通じゃないな。


「誰だ?」


 俺が心持ち緊張の度合いを高めてマルクスに聞く。


「すげえだろ? あの太ったおっさんがアルバレス連邦の大使”ブローニン卿”だ、そしてその隣に立っている格好いい兄ちゃんが”ルスラン・メレフ” あの国が誇る”勇者”だそうだ」


 俺はその紹介を聞いてその二人、特に女性陣の羨望の眼差しを独り占めしているイケメンを強く睨んだ。

 あれがそうか・・・・


「視線に殺気は込めるなよ、戦争したいわけじゃない」

「それは向こうに言え、どこの世界に大使が最高戦力を連れて他国のパーティに出席するやつがいるんだよ」


 それはいわば友好の式典に核兵器を手に持って訪れるようなものだ。

 その核兵器がいくら人間だとはいえ、それは間違いなく示威行為以外の何物でもなかった。

 せっかく仲良く平和を維持しているというのに・・・・


 だが、これで俺達が呼ばれた理由に納得した。

 最高戦力をぶつけられたからには、こちらも最高戦力をぶつけなければならない。

 いざという時勇者に対抗できる戦力がほしいのだろう、もしくはそれを見せつけるためか。

 相手もこちらのことは知っているだろうし、平民でありながらそれをこの場に呼んだのだからこちらも示威行為といえる。


 いわばこの会場で立っているのが俺達の仕事ということか。


 俺はその男の実力を値踏みする。

 悲しいかな顔は二人がかりでも完敗だ、勝負にすらなっていない。

 それに実力の方も厳しいかもしれない。

 

 たしか条約で俺とマルクスを含めた5人と向こうの勇者3人を対等の特別戦力として扱うというものがあったはずだ。

 つまり俺達は1対1では負けるということになる。

 それがなんとなく癪に障っていたのだが、こうして実物を見ると少し納得する。


 この男が身にまとっている魔力はかなり特殊で、その力の底を探ることはできなかった。


「あれとやるには用意が悪かったかもしれないな・・・会場の外に控えている1万体の騎士人形ナイトゴーレムでは厳しいか・・・せめて巨人人形ジャイアントゴーレムを用意しておくべきだったか・・・いやそれでも厳しいか、だったらあいつを・・・」

「おいやめろ」


 突然、頭に走った痛みに我を取り戻す。

 見ればマルクスが俺の頭を叩いていた、それもすごい力で。


「いってえな、俺はお前ほど頑丈じゃないんだよ」

「Dクラス魔獣を一撃で倒せる俺の拳骨に耐えておいて何言ってんだ? それにここには戦いに来たわけじゃないって言ってるだろこの戦闘狂め」


 マルクスのそのもっともな物言いに俺は少し反省する。

 少しあの勇者の力に当てられて興奮してしまったか。


「はあ・・・まあ、兵器は兵器らしく壁で突っ立ってるとしますか」


 俺はそう言って目の前のテーブルの上の肉を口に放り込む。

 こちらも示威行為であるなら多少無作法なくらいがちょうどいいかもしれない。


 それにしてもこの肉うめえな。


 初めて食べる本物の宮廷料理人が作った食事に俺は驚愕した。


 


「国王陛下、入場!!!」


 近衛兵の大きな掛け声で、衆目の視線が一斉に会場の大扉に向かい、俺も含め軍属の者たちは皆最敬礼を行った。

 流石に国王を前に無作法でいる訳にはいかない。


 そして宮廷楽団による壮大な入場曲が会場内に響き渡った。


 ちらりと横を見ると、アルバレスの大使と勇者様も国が違うので作法は違うが最敬礼の姿勢を取っている。

 勇者は本当にただの見世物でそれ以上の挑発はないということか。


 そして大扉が開く大きな音とともに、特別に派手に装飾が施された儀礼服を来た近衛兵の一団が列を作って入ってきた。

 騎士も魔法士も全員が”エリート”の金バッジを胸につけている。

 この一団を相手にしたら流石の勇者様も5分くらいは隙きができるだろう、俺でも全滅に10分は掛かる巨大戦力だ。


 そしてその後ろから、王族の方々がぞろぞろと歩いて出てきた。


 先頭を歩くのはこのマグヌス王国の現国王、それに並んで歩くのは第一王妃、さらにそれに続いて第二以降の王妃と彼等の王子たちが続く。

 そしてその後から他の王族たちが並んで入ってきた。


 国王の姿をこれほど近くで見たのは”大戦争”以来か?

 病気がちで少し線が細いが、それでもこの強国のトップに君臨する偉大な王だ。

 俺達がこの若さで将軍にまで出世できたのも、自分達の強さだけでなくこの人の柔軟な起用があればこそだった。


 その我らが国王は、会場の上手に設けられた玉座の前に移動すると、弱々しい声ではあったが参列者に新年の挨拶を述べた後に玉座に座った。


「みなさま、ご歓談をお続けください・・・」


 国王のその言葉に皆の緊張が一斉に緩和され、再び会場に喧騒が戻った。


「ふう・・・」


 俺が一息つく。


「やっぱり、慣れねえな」

「おい、不敬だぞ」


 冗談気味にそんなことをいうマルクスに対し俺がツッコミを入れる。


「それにしても、今日は元気がなかったな」


 国王の声は以前聞いたものよりもかなり弱々しいものだった。

 また何かの病気にかかったという噂は本当だったのだろうか?


「これは案外早いかもしれないな・・・・」


 マルクスが意味ありげに王族の集まる方を眺める。

 正確にはその中心にいる第一王子だ。


 金髪の美少年と言った雰囲気の第一王子は、今の国王に輪をかけて線が細く頼りない雰囲気だった。

 もし仮に国王に何かがあれば彼が直ちに玉座に座ることになるが、正直、荷が重いのではないかと思ってしまう。


 だが周囲も現王の先が長くないと考えているのか、謁見の順番待ちが国王よりも第一王子の方が長いのが印象的だった。

 特に、アルバレスの大使は本来は真っ先に国王の方に向かうはずなのに、第一王子の方へ向かっている。


 それはかなり露骨に政治的な意味を含んでいそうだった。



「大丈夫かな、あの人」


 俺が食い気味に挨拶に来る貴族連中にタジタジになっている王子のその様子に心配になってきた。

 将来的にはあれが上司になるのだ。


「大丈夫だろ、俺達の上に立つ頃にはそれなりの顔になっているものさ」


 だがマルクスは心配して無さそうだった。


「本当にそう思うか?」

「人間の振る舞いってのは立場が作るもんだ、今の国王だって即位の前はもやし扱いだったらしいぞ」


 もやし・・・もやしって、確かに弱々しい人ではあるが、大戦争の時の全軍の正面に立って勇猛に突撃していく姿を知っているだけに、もやし呼ばわりは信じられなかった。


「・・・だといいがな」


 少々希望を込めてそう呟く。


「大丈夫さ、俺だって国防局のトップとかになれば威厳の一つくらい身につくだろうし」


 俺はマルクスのその呆れた物言いに即座にツッコミを入れる。


「それはない」


 マルクスは威厳から最も遠いと思われる存在だ、日頃からこいつの部下から何度も「あの人は将軍になったのに威厳がない」と苦情が俺にも来ているくらいなのに。



「そうも言ってられないさ、俺も来年から伯爵だ」


 その言葉に俺が一瞬固まる。


「え!?」


 マルクスが伯爵!? ないない・・・・


「聞いてねえぞ・・・・」

「言ってないからな、昨日正式に決まった」


 マルクスのその言葉に先程までの軽薄な感じはどこにもなかった。


「いくらお前でも、いきなり伯爵に叙任とは・・・・」


 普通はまず男爵とかからだろうに・・・


「もちろん只の叙任じゃないさ、アオハ公爵の娘と結婚して公爵家に養子に入る、将来的には俺が公爵家を継ぐことになるそうだ」


 続けて言い放ったマルクスの言葉にさらに俺は衝撃を受ける。


「・・・・相手は、どんな人なんだ?」

「優しい人だよ、歳も近いし俺にはもったいないくらいだ」


 まさかこんなところで親友の婚約の事実を知ることになるとは思わなかった。


「それは・・・・おめでとう・・・」


 こういう場面で他に喋る台詞が思いつかなかった。

 マルクスは本当にそれに納得しているのだろうか? それともこういうものなのだろうか、俺にはそれが判然とはしなかった。

 ただ、世間的には富豪とはいえ平民の生まれの人間としてはありえないレベルの出世だということは分かる。

 

 なにせ公爵家だ。

 跡目とされるだけで伯爵になれるし、行く行くはこの国最大の名家の主になる。

 外からやってきた人間に本家のトップを名乗らせて大丈夫なのかとも考えるが、そこは権力の化け物たちの巣窟である貴族社会、きっと凄まじいシガラミに絡め取られるだろうし、公爵家としても血よりもマルクスの圧倒的な”力”が欲しいのだろう。


 人間兵器とは大変だな。


「なーに、他人事みたいに言ってるんだ」

「他人事だろ?」


 確かにずっと一緒にいたが別に肉親でもないし恋人でもない。

 そもそも俺は同性愛者ではない。

 他人なのだ。


「お前も貴族の婿養子になるんだよ」


 俺はその言葉に完全に固まった。

 そのまましばらく目が点になったままマルクスの顔を見つめる。


「はあ? 聞いてないぞ」

「俺も昨日種明かしされたところだ、対象の貴族の娘の中から比較的仲が良くなればその組み合わせで行くんだと」


「じゃあ、お前も?」

「おう、相手とは去年から時々話すことがあった」


 なるほどある程度様子は見てくれるのか。

 ただ無理矢理なくせに、最低限こちらが妥協できるギリギリを狙ってくる感じが逆に嫌だった。

 マルクスに先に話が行った理由は単純に彼のほうが接点が多かったのだろう。


「参考までに聞いておくが俺はどこの貴族に押し込められそうなんだ」


 するとマルクスは、会場の大きな輪の中で少し浮いたような感じで端に固まる一団を指し示した。


「あのあたりのどれかになる」

「・・・おい、あれってアイギス公爵家の一団だろ?」


 俺が露骨に嫌な顔をしながら確認する。


「ああ、そうなるな」

「他人事だと思って、軽く言いやがって」

「他人事だろ?」


 マルクスに先程の仕返しをされてしまったが、それに対してまともな反応を返す余裕がなかった。

 正直とんでもない貧乏くじを引いたかもしれん。

 アイギス家はこの国で2番目に有力な名家だが一つ大きな問題がある。


「それにしたって、かつての敵国の貴族と、その国を滅ぼした男が結婚なんて笑えないよ」


 そう、アイギス家は数年前にようやく沈静化した”大戦争”の敵国である今は無き”ホーロン”の巨大貴族だ。

 当然、その影響圏は亡国の跡地である現”北部連合”に集中している。

 そして俺達が出世した最大の理由がその”大戦争”での活躍だ。

 当然手にかけたアイギス家の人間は一人や二人ではない。

 

 それに実際に相手の王を打ち倒したのは、何を隠そう俺とマルクスだ。


 つまり相手の家にとっては俺は亡国の仇であり、一族の仇なのだ。

 そんな所に婿養子に行くとはどんな罰ゲームだ。


「そもそも、なんで俺なんだよ?」

「それはお前さんらが、親友であることはみな知っているからだろう」

「お、カミルさんよくご存知で」


 マルクスがカミルの出した答えに大きく頷く。


「おい、どういうことだってよ!?」

「どういうことって、去年俺達の冒険を纏めた本が出版されただろ?」

「あのデタラメの塊がなんだって?」


 あれはマルクスの親が売名目的で売り出した本で、その内容は大筋で合ってるものの、美化され過ぎだしあんなに大冒険はしていない。

 いつか必ず訂正のための本を書いてやろうと思ってたやつだ。


「あれが貴族連中に大受けでな、おかげで親父が大喜びして今度絵本まで・・・・」

「マルクス」

「おっと、ごめんカミルさん、まあ要は俺達の仲の良さは貴族の全員が知ってるってことだ」


「で、だからそれがどうしたっていうんだ?」


 何をどう間違ったらマルクスと親友だったら元敵国の貴族に婿養子に行くんだよ?


「今この国で一番強い未婚の若者はお前達だ、その二人が仲がいいというのは大きい、おそらく2大公爵家の跡目を親友同士の実力者にすることで、二家の融和を深めようということだろう」

「まさにその通りだカミルさん、よくわかったな」

「分かったも何も、以前からそれを匂わせる動きは私のところまで来ていた」


 なるほど俺だけが蚊帳の外ってか・・・

 思えば最近妙に身を固めろ圧力が高まってたのはこういう事かもしれない。


「まったく、その生贄にされるこっちの身にもなってくれ」


 俺が吐き捨てるようにそう言う。


「もちろんそれなりの特典はある」


 するとマルクスがおもむろに意味ありげにそう言った。


「まさか名家の当主に成れるのが特典とは言わないよな?」


 だったらゴメンだ。


「もちろんそれが最大の特典だが、もう一つ、王家とかなり近い親戚になれる」

「・・・・何言ってんだお前? なんでアイギス家と王家が親戚なんだよ?」


 元隣国なので確かに遡れば王家との血縁もあるだろうが、少なくともかなり近いと言うには無理があった。

 

「もちろん今のアイギス家は王家と近い縁戚にはない、だがそれなら今から親戚になればいいじゃないか?」

「何だ、その ”壁があるなら壊せばいいじゃないか!” 論は・・・・それにどうやって・・・・」


 俺はそこで王家の意図に気づいて絶句する。

 さらにそれを聞いたカミルさんも同じように驚いていた。


「まさか・・・・王家は本気で?」

「ああ、俺の相手の姉妹が一人、第一王子に輿入れするそうだ、当然、お前の相手の姉妹か従姉妹もそうなる」

「ちょ、ちょ、ちょっとまて、つまりこれは王室の決定事項なのか!?」

「もちろん王命だ」


 その言葉を聞いて俺は玉座に座る国王へ視線を向ける。

 弱々しい見た目とは裏腹に、その内に秘めた凄まじい威光を知っているだけに、その決定はいかにも彼らしいといえた。

 必要とあれば身内にすら犠牲を求める彼のことだ、今後自分が死んだ後に王子が直面するであろう懸念事項を今のうちに排除することに躊躇はないだろう。

 たとえそれが2大貴族の当主を平民出身者にすることであってもだ。


「つまり、今後禍根になりそうな2大貴族を俺とマルクスという枷で縛り、それを血縁という鎖で次期国王に繋ぐのか・・・」


 なんとも彼らしい直接的で合理的なやり方だ。

 もし仮に王家の直接的支援無く俺達が家督に付くだけならば実権は持てないだろうし、双方が王家に嫁ぐだけならば2大公爵家は好きに動き逆に新たな火種になりかねない。

 おそらく国王の頭の中には、俺とマルクスの子供をくっつけて2大貴族の統合を行うところまで入っているのだろう。

 両家のトップ同士が仲がいいという特殊イベントを逃す人ではない。


 そうであれば俺に拒否権はなかった。


 駒のように扱われるわけだが、もとより軍属なわけだし、それにある意味ではこれは国王からの最大級の信頼の証とも取れる。

 むしろある程度様子を見てくれるのは破格の譲歩ともいえた。


 なんという男だろうか。

 玉座にしんどそうに座るその男を眺めながら、俺は感慨にふける。


 もしこれで仮に国王が碌でなしだったなら亡命でもしてやろうかとも思っただろうが、彼が誰よりもこの国のことを考えていることは知っているし、俺としてもこれでこの国に安寧がもたらされるのならば、それでいいかと思う部分も多い。


「それにこうでもしないと、お前がいつまでたっても結婚できそうにないからな!」

「うるせえな!!」


 最後に冗談めかしてそう言ったマルクスに拳でツッコミをいれる。

 もちろんその程度ではマルクスは無傷だが、その威力に周囲の人間が一瞬ビクッとこちらを向いた。

 それと例の勇者様もこちらを興味深げに見ている。

 

 ふん、てっきり頭でっかちで肉弾戦は出来ないとか思ってただろうが、あいにく近接戦もそれなりなんだよ、どうだ!!


 そんな方向音痴な虚勢で、”たしかにこんなことでもないと結婚できないだろうな” という不愉快な実感を洗い流す。


 まあ、とりあえず何人かと喋ってみて、無理そうなのはわかりやすいように露骨に嫌がろう。



 そんなことをしていると、殆どの者が王族への謁見のために上座に集まっている中で、こちらへ歩いてくる一人の男性の姿が目に入る。

 白い司祭服に白髪の中年男性、優しげな雰囲気だが引き締まった肉体とその立ち振舞が完全に鍛えられた軍人のそれだ。


「噂をすれば・・・・」

「タイミングが良すぎるだろ、聞いていたな・・・」


 マルクスの耳打ちに俺がそう言って返す。

 

 言葉を交わしたことはなかったが、その男のことはよく知っていた。


「お時間よろしいかな?」


 俺達の目の前に来たその男が、とりあえずとばかりにそう聞いてきた。

 気のせいかカミルさんの表情に緊張が浮かび、かくいう俺もマルクスも顔はともかく体は自然と臨戦態勢を取っていた。


「ええ、もちろん、話し相手を探していたところです」

「それは良かった」


 俺のその返しに男が右手を差し出して握手を求める。

 もちろん社交辞令だ。


 そしてその手を取ると軽く握っているのにも拘らず、やはりというか予想どおりというか、その見た目すら置き去りにするような凄まじい力を感じた。

 まるで彼の中の魔力がいつでも握りつぶせると主張しているかのようだ。


「こうして君に会えて嬉しいよ、知っているとは思うが私はパトリシオ・アイギスという者だ」


 そう言って順に俺達と握手していくその男。

 こうして見れば温厚で優しげな風貌だが、その正体はかつて”大戦争”で俺を唯一退けた最強クラスの将軍だった。

 特にその圧倒的な白魔法による回復力は、魔法士連隊による支援を受ければ容易に不死身の軍団を作り出す。

 その結果、俺の即座に修理可能なゴーレム軍団とこの男の”ゾンビ隊”による、1週間に及ぶ”不死戦争”と呼ばれる地獄をそのまま持ってきたかのような光景が繰り広げられることになった、俺にとっても苦い記憶のある相手だったのだ。


「存じております」


 その言葉に色んな意味を込めて放つ。

 だが人生経験でも上手の相手とあってか、涼しい顔をしたままだ。


 聞いた話ではホーロンが無くなったあと、あまりに強すぎるため司祭として教会に入り公爵家の中での実権はないそうだ。

 だが未だに家督はこの男が持っているし、おそらく俺の”嫁の第一候補”はこの男の娘である可能性が高い。


「よろしければ、我が一族に挨拶させていただけないでしょうか? 彼等も今後この国を背負って立つ二人に面通り願えるなら幸いだ」


 アイギス公爵のその言葉にどうやって返そうかと考え始めると、驚いたことにマルクスがそれに即答してしまった。

 

「ええ、もちろん喜んで、公爵様の一族とあればこちらからお願いしたいくらいだ」

「ありがたい、それでは皆を呼んでまいろう」


 そう言い残し、彼の一族が固まる場所へ歩いて行く。

 おそらくこれからあの一団がぞろぞろとこちらにやってくるのだろう。


「おい、何勝手なこと・・・」

「悪いな、これも今日の取り決めなんだ」


 俺のその指摘にマルクスがしれっと答える。

 そこで俺は初めて自分の立っている場所が、玉座の近くでもないのに嫌に目の前が開けている事に気がつく。


「まさか、これも王命ってか・・・」

「当然だろう、あの人が時間を無駄にするわけない」


 マルクスが呆れと賞賛の入り混じった目で国王を見る。

 俺もそれに釣られて玉座の方を見ると、なんと驚いたことに国王と目があった。

 暫くお互いに見つめ合い、そして俺達の様子を確認したのか満足そうに視線を正面に戻した。


 ああ、完全に逃げ場ないわこれ。


 間違いなくアイギス公爵本人には話が行っている。

 その一団が公爵の言葉で徐々に動き始めたのでもう諦めるしかないだろう。


「挨拶はしっかりしておけよ、第一印象は大切だ」

「はあ・・・で、どのあたりに当てられそうなんだ?」


「良い質問だ、あの一団に含まれる未婚の女性なら全員対象内だ」


 未婚の女性なら全員対象って・・・・

 たしか、北部の貴族の衣装だと頭に白い飾りを付けているのが未婚の女性の印なんだっけ・・・いや逆か? でも見た感じ女の子には大体付いてるしあってるのか?

 まあ、いいや、とりあえず白い飾りをつけてる娘を中心で見ていこう、結構多いな。


 なんというかこの中から選べといわれると、妙に変な気を使ってしまいそうだ。


 すると俺はその中で、殆ど同じ顔をした双子と思われる姉妹に目が留まる。

 顔の形は同じ髪型も同じで、少し黄色味がかった白ベースのクリーム色の髪の色も同じだ。

 着ている衣装まで僅かな色違いのおそろいだ。

 だが目の色が全く違う、片方は真っ白で、もう片方は真っ黒だった。

 ただ色の純度と濃さがどちらも凄まじく高いので、おそらく姉妹で魔力傾向が違うのだろう。

 双子でもそんなことってあるんだな。


 少し興味が湧いたのでマルクスに聞いてみることにする、彼は大商人の息子なのでそういうスキルかと思うほど嫌に人について詳しいのだ。


「・・・マルクス、あそこの女の子達について何か知ってるか?」

「・・・どれだ?」

「・・・ほら、一番後ろのちょっと黄色みがかった白っぽい髪の双子」

「・・・目が白黒?」

「・・・そう、それ」

 

 するとマルクスがしばしその双子を凝視してから上を向いて何かを思案している。

 彼の謎の容量を誇る人間図鑑を総ざらいしているのだろう。


「・・ああ、あれはアイギス公爵の次女と3女だ、長女を早くに亡くして奥方ももういないんでたいそう可愛がっているらしい」

「へえ・・・」


 あれが、あの男の娘か・・・・


「気をつけろよ確かに第一候補ではあるが、2人共かなり強いぞ」

「本当か?」


「私も聞いたことがある、アイギス公爵の2人娘・・・たしか我が国の基準では”将位”に相当するスキル持ちだとか」

「カミルさんも知ってるのか?」

「噂程度にはな」


 まさかカミルさんまで知ってる少女たちだとは・・・・ 

 なんか俺が常識がないみたいで恥ずかしい。


 その双子はよく見てみると、目の色以外はそっくりな見た目だが白目の方が少し活発で、黒目の方が少し大人しめか?

 俺の好みではないものの、どちらも非常に美しく目を奪われた。

 特に黒目の方のその瞳にはまるでブラックホールのように視線が吸い寄せられる。


 だが、俺達への挨拶の列が出来上がっていくと、その長さを見た白目の方が黒目の方に何かを囁くように耳打ちする。


「・・・私、ちょっと王子様の方に顔を出してくるわ、フラン・・・はどうする?」

「・・・私はもう少しここにいるわ」


 黒目の方がそこでちらりとパトリシオの方を見る。

 それを見た白目の方はそれで何かを察したらしい。


「・・・それじゃよろしくね」

「・・・いってらっしゃいウル・・・


 どうやらウルと呼ばれた白目の方はこちらにあまり興味が無いらしく、そのまま立ち去ってしまった。 

 それをフランと呼ばれた黒目の方が軽く手を振って見送る。


 どういうわけかそこで俺は”都合がいい”と思ってしまった。


 その後もアイギス家の面々による”謎の面通し”が進んでいく。

 だがそこには敵対的な感情はなく、彼等なりにも将来的に俺を受け入れるための準備である事が窺えられた。

 どこまで話が進んでいるかは分からないが、少なくともアイギス本家に近い、年頃の娘を抱える者達には話が行っているだろう。


 だが、その多くの面々の顔を覚える気にはなれなかった。


 どういうわけか、先程から奥に控えるその黒目の少女のことに意識が行ってしまうのだ。

 最低限失礼がないように気を使ったが、時折視線がそちらに流れるのを感づかれただろうか?


 そして遂に、その少女の番が来る。

 その瞬間、自然と心臓が高鳴り、なんともいえない妙な感情が湧いてきて、彼女の顔を見るのに予想外の精神力が必要だった。

 

 後になって思えば、本家の娘である彼女の順番が最後だったことには、少なからぬ”意図”があったのかもしれない。

 だがそのときはこの後のことを考えなくていいので都合がいいとしか思えなかった。


「紹介しよう、私の娘だ、本当はもう一人いるのだが・・・ウルスラめ、どこへ行ったのか」


 パトリシオがそう言って、黒目の少女の肩を掴みグイと前へ押し出してきた。


「ええっと、カシウス・ロン・フルーメンです・・・」


 とりあえず、他の面々に行ったように名前を名乗る。

 まずい、動悸が止まらない。

 今、外から見たら俺の顔は真っ赤に違いない。


「存じております、フランチェスカ・アイギスですわ、以後お見知りおきを・・・・」


 そう言って優雅にフランチェスカが一礼する様子を、ただ食い入る様に見つめた。

 もう頭の中にあった政略結婚の話や、その他もろもろの雑事は完全に吹き飛んでいた。


 まさか俺がこんな状況になるとは夢にも思わなかった。

 フランチェスカの顔を見ながらそんなことを思う。


 その時、俺の心は1度目の人生も含めて、生まれて初めて恋に落ちた。


 それも都市伝説かと思っていた一目惚れでだ。





 ・・・まさかそれが本当の意味での俺の物語の始まりだとも知らずに・・・・



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