1-8【少女と老人 16:~新たな指針~】




「それじゃ、本当にお孫さんとかじゃないんだね?」


 医師の先生が確認するように聞く。


「はい・・・カミルさんは、スキル調整のために紹介してもらって・・・」


 モニカはその医師に正直に自分たちの関係を伝える。

 もちろん中央の調査官に狙われた話はしないが。

 幸いにもあいつは完全にバラバラになって消えてしまったし、その過程は普通に聞けば下手な冗談にもならないような荒唐無稽な話になるので、隠すのは容易かった。

 それにどうやら、一般的には俺達が狙われた話は広まっていないらしい。

 極秘指定機密とか言っていたので、それほど多くの人には話していないのだろう。


 そう願いたい。


「それじゃ、カミルさんは本当に君のおじいさんとかじゃないんだね?」

「うん」


 医師の再度の確認に対し、えらくはっきり言い切ったな。

 なんとなくだがカミルが可哀想になってきた。


 本当になんとなくだが・・・


「なるほど・・・」




 その時不意に部屋のドアが開けられ、女性の看護師が少し慌てて中に入ってきた。


「先生、ちょっといいですか?」

「ん? どうした?」


 声を掛けられた医師が看護師に聞き返す。


「警備隊の人が、その子に聞き取りをしたいと言っています」


 モニカの心臓が緊張でビクンと跳ねる。

 一方の俺も緊張感マックスだ。


 モニカから何かを伺う様な思念が飛んできて、さらに下半身を中心に筋肉が緊張する。


 どうやら逃げるべきかどうか問うてきてるようだ。


 逃げるべきか否か。


 あの調査官が言ったように独自の極秘調査であるならばいくら公的組織とはいえ末端の警備隊ともう情報が共有されているとは考えにくい、よって逃げる必要はない。

 ただしこれは希望的観測に基づく前提だ。


 もし仮にやってきた警備隊の人間が俺達のことを知っていて、あの調査官と同等以上に強い場合、もう逃げたほうがいい。

 欠点は決定的に怪しまれることと、カミルを見捨てることになることだ。

 それに、以前聞いた”エリート”資格は難関であるという情報から、あの調査官は特別に強かったという可能性は非常に高い。


 ただ、迎え撃つにしてもここは病院であり、間違いなく余計な被害を招き、最悪それだけでもって追い回される事態になりかねない。


 だが事態は悩む時間を待ってはくれなかった。


「ちょっと、困りますよ!」

「そういわず、ちょっとだけでも、2、3聞くだけでもいから・・」


 そう言って、看護師の静止を振り切って青いコートを着たガタイのいい連中が、部屋の中に入ってきたのだ。

 最悪なことに、どうするべきか悩んで動けないでいる間に警備隊の人間が入り込んできてしまった。

 しかも一種の軍隊とあってか全員かなり鍛えられていて、動きにも隙きがない。

 その動きを見た瞬間にモニカが緊張の度合いを高めたことからも分かるように、少なくとも魔法なしなら勝てない相手だと思われた。 


「すいません、お時間ちょっといただけませんか?」


 その中のリーダー格と思われる男が医師と俺達に軽く頭を下げてそう言った。

 見た感じ、攻撃的な意志はなさそうだ。


「あ! ごめんね、怖い思いをしたばっかりだってのに、こんなこわいおじさんがいっぱい来ちゃって・・・」


 するとモニカが緊張しているのを見たリーダー格の男が、慌ててそう言って謝り、部下の中でもかなり怖くない見た目の男だけを残して部屋から出ていくように指示を出した。


 部屋に残ったのはリーダー格の男と、比較的線の細い文官的な印象の男の二人。

 その二人の様子をモニカは抜け目なく睨み、彼等の所見を思念のサインで送ってきた。


 モニカによると彼等は2人共かなり動きが洗練されているらしい。

 ただ、どうみても魔法を主体とはしてなさそうだし、魔力も殆ど感じない。

 たぶんいける・・・


 だがどうも様子が変だ。


「何か覚えてることはある? 地面から何かが噴き出した とか、空から何かが降ってきた とか・・・あ! もちろん、無理にとは言わないよ、覚えてることだけでいいんだ」


 どうやら彼等の中では俺達は巻き込まれた被害者で、その内容を特定するための聞き込みである感じがするのだ。

 そしてその言葉に嘘はないと思われる。


 それは部屋から出ていった屈強な男たちが、部屋の廊下で居心地悪そうに並んで待っていることからも窺えた。

 彼等からは殺気のようなものは感じない。

 もし仮に捕らえる気があるならこんなに呑気にはしていないだろう。


 一方、俺達が放つ僅かな殺気は、目覚めてすぐの被害者の興奮状態とでも受け止められているのか気にもとめていない。


『モニカ、少し様子を見よう、こいつら本当に俺達をただの被害者だと思ってるみたいだ』


 するとモニカから了解のサインが。

 まあ実際、俺達からすれば突然襲われた被害者なのは間違いないので、全力で被害者ぶるような作戦を取ろう。


「なにか・・・思い出せないかな・・・」


 リーダー格の男が少し懇願するような表情で話しかけてくる。

 間違いない、少なくとも彼はこちらを危険人物だとは思っていなかった。


『モニカ、シラを切り通すぞ、憶えて無いの一点張りだ』


 モニカから再び了解のサイン。


「・・・覚えてない・・・」


「何も? 本当に何も見なかったかね?」

「気づいたら、ここのベッドで寝ていた」


「この子には時間の経っていない治療の痕がある、おそらく最初に巻き込まれて意識を失ったあとこのカミルさんに治癒されたのだろう」


 医師の先生がそう言ってフォローしてくれた。

 ナイスだ先生、これで堂々と知らぬ存ぜぬが通る。


「じゃあ、ここで目覚めるまでに何か変わったことはなかったかい? 風景がいつもと違う様子だったとか、変な音がしたとか」

「変な音?」


 モニカがその言葉に反応すると、リーダー格の男が具体的な例を挙げる。


「ゴー!!とか バリバリ!!っとか、そういう地鳴りのような感じのだ」


 その男の言葉に俺は、警備隊の頭の中の事態が俺達と思ってるものと違うのではないかという疑念が湧く。


『モニカ、試しに何があったか聞いてくれないか?』


「ええっと、私が寝てる間に何があったの?」


 すると男たちがハッとした表情でお互いを見つめ、さらに医師の方を見つめる。

 俺達も医師を見つめると、医師は頭を横に振った。


 そして、それを見たリーダー格の男が顎に手をやりながら何かを思案する。


「・・・原因不明だが、何かの魔力災害が起こったみたいなんだ、地面の魔力濃度が異常に高い、それに付近の空気中の魔力の濃度も数時間だが異常値を示していたらしい」

「・・・原因は?」


「何かが噴き出したか、何かが変異したか、とにかく自然の魔力が大きく動いたと考えている」

「すごい魔法士の人が魔法に失敗したとかじゃなくて?」

『おい、モニカ!?』


 俺はモニカのその直接的に突っ込んだ質問に驚く。

 だが、意外にもリーダー格の男は笑ってその可能性を否定した。 


「それはないだろう、人間にどうにか出来るレベルの魔力量じゃない、鑑識の方では火山性の魔力噴出を疑ってるみたいだ」


 どうやらあの凄まじい魔力量が幸いになったようで、俺達が原因だとは欠片も疑われてはいなかった。

 となればやることは一つだ、全部自然に押し付けてしまおう。


「ひょっとしてだけど・・・・なんか変な音を聞いたかも・・・・シューって感じの」


 モニカが俺の指示したデマカセを喋ると、リーダー格の男が”我が意を得たり”といった明るいものになる。


「そうか!! やっぱり噴出だ!! ほら言っただろ!!」


 そう言って横の男の背中をバンバンと叩く。

 どうやら彼の中で火山性の魔力噴出ということで事態は定まったようだ。

 背中を叩かれた男がなんだか苦笑いをしているのが気になるが、彼等の中で俺達が容疑者リストから真っ先に外されていることを確認することが出来た。


「ありがとうな!! それじゃ俺達はこれで失礼する、お大事に!!」


 そして聞きたいことは全て聞けたとばかりに立ち上がると、あっという間に部屋から出ていってしまった。


 あとには残された俺達は少し拍子抜け気味に力が抜けてその場に少しへたり込む。

 どうやら、嫌疑はかかっていなかったようだ。


「大丈夫ですか? 緊張したでしょう」


 医師の先生が少し心配そうに聞いてきた。

 どうやらな慣れない聞き取りで緊張したと思ってくれたようだ。

 まあ、6割くらいの緊張はそれが原因なんだけど。


「あ、大丈夫です・・・」


 それに対しモニカが少しき恥ずかしげに応え、再びカミルに視線を戻す。

 医師はその様子を見て何かを察したように頷くと、立ち上がり出口に向かって歩いていく。


「近くにいるんで、何かあったら声を掛けなさい」

「・・・はい」


 どうやら、俺達とカミルだけにしてくれたようだ。

 正直、肉親でもないのに過ぎた気遣いだと思うが、今はこの方が都合がいい。


「大丈夫そう?」

『今、検証中』


 念のため、確認として部屋を出ていった後の男たちの気配を暫く窺うも、そこに険悪な様子は無く少し何かを話し合った後に、少々慌てて医院を飛び出していった。

 外に出てからもこの医院を取り囲むようなことはなく、走り去っていくところを見るに俺達の心配は杞憂に終わったと見ていいだろう。


 今は出て行く前に彼等が話し合っていた事の内容を精査している最中だ。

 ノイズは酷いが聞けないことはない。


 お、ノイズキャンセルの結果が出たようだ、それじゃ早速再生っと。

ーーーーーーーーーーーーーーーー


「どうでした?」

「はっきりとはしないが、何かの噴出音を聞いたらしい、火山性の魔力噴出と見て間違いないだろう」

「やはりですか、しかし困りましたねあんな場所で」

「だが、現在は沈静化しているのだろう? 一過性のものかもしれん」

「念のために遠征本隊には遠征を中断して行政区域東側に駐留、アンジェロ士長にはピスキアへ帰還命令が出ています」

「経過を見るまでは近くに置いておくということか、了解した、それとあの金バッジの照会は?」

「はい、国防局所属のランベルト・アオハという”調査官”だそうです」

「国防局? 中央の役人がなんでこんな所に? それにアオハ公爵家の者がなんで?」

「正確にはアオハ公爵家の分家の男爵家の3男・・失礼、次男だそうです」

「それでその中央の次男様は北部連合区域内で何を?」

「それは分からなかったそうで」

「わからなかった?」

「極秘とのことで・・・ただ魔力認証された命令書があるそうなので代表は知っているかもしれませんが」

「では隊長に指示を仰げ、代表相手では話が大きすぎる」


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 以上が聞き取れた内容だった。

 これ以降は彼等が遠くに行き過ぎて聞き取ることができなかった。

 小声で喋っている上に距離があいた後半は半分近く推察が入っているが、内容は概ねこのとおりだろう。


 これらの話を総合するに・・・・


『短期的には大丈夫そうか』

「本当に?」


『あいつら、自然災害の線で固めていそうだし、あの調査官、中央の人間みたいで本来はこの近辺にはいないのが前提らしい』

「中央? でも仲間なんでしょ?」


『それが単純にそうではなさそうみたいだ、どうも北部連合とやらの自治権が強い、極秘の内容が伝わることは無さそうだろう』

「じゃあ大丈夫なの?」


『ただし、早めに出発したほうが良さそうだ』

「なんで?」


『中央とやらがこのまま黙っているとは思えない、何らかの手段に出る可能性は高いだろう、そうなれば実際に遭遇したこの付近にいるのはやめたほうがいいだろう』

「カミルさんは?」


『彼なら大丈夫だろう、むしろ俺達という証拠から離れた方が良い、俺達としてもカミルという手がかりから離れた方が良い、できるだけ早く出発するのがお互いのためだと思う』

「・・・・大丈夫かな」


 珍しいことにモニカが純粋な不安を吐露した。


『幸いなことにあの男はモニカの名前を知らなかったし、モニカの顔や名前が知られているということもないだろう、俺達が狙われたのは本当にあいつの調査の真っ只中に飛び込んだからだと思う、そしてカミルが狙われたのは俺達という動かぬ証拠と接触したのを見たからだと思う、幸か不幸かは分からないがあの出会いは本当にちょうどいいタイミングだったのかもしれない』


「そうじゃないよ」

『・・・?』


 だがモニカはそれ以外のことを気にしていたようだ。


「魔法士学校・・・このまま行って大丈夫かな」


 その言葉に俺はハッとなる。 

 たしかに、魔法士学校ともなればそこにいるのは魔力の専門家である可能性が高い。

 特に俺達が目指してた最高ランクアクリラともなれば、俺達のスキルに関してバレない方がおかしいというものだ。

 

『それは・・・たしかに、どうするべきだろうな・・・』


 強くなるために魔法知識はほしい、だがそれで無為なリスクを負うわけにも行かない。


『だが、それでも、できるだけ早めに出発した方がいいことには変わりない、学校を受けるかどうかは様子を見て決めよう』

「・・・・そうだね」


 俺達の次の行動指針は決まった。


 そうとばかりにモニカが立ち上がり、ベッドで眠るカミルを一瞥する。

 相変わらず満足そうな表情で穏やかな寝姿だ。


「ここにいればカミルさんは心配ない、私達がここにいても出来ることはない・・・」


 まるでぐずる子供に言い聞かせるかのようにその独り言を呟くと、一思いに扉を開けて外に出た。

 どうやら腹は決まったらしい。


『まずは荷物を確認しないとな』





 幸いなことに、俺達の荷物はこの医院で預かってもらっていた。

 しかもロメオも連れてきてもらったらしく、ロメオの背中に積んであった荷物も一緒に倉庫に保管されていた。


「・・・よかった」


 モニカが倉庫に保管されていた大事な箱・・・・を見つけると、たまらずにそれに駆け寄り箱を抱きしめる。

 

「それ、相当に大事そうだね」

「うん・・・これがなかったらどうしようかと・・・・」


 守衛のおじさんの言葉にモニカが安堵の篭った声で答える。

 一応、中を見てみると、ちゃんといつも通り壊れた部品が2つ入っていた。


 もしこれが無くなっていれば冗談抜きに発狂して暴れたかもな。

 もしかしたら捜索のためにもう一度思考同調して魔力炉を起動しかねない。


「でも、本当にもう行っちゃうの?」

「・・・はい」


 モニカが少し歯切れの悪い答えを返す。


「でも、おじいさんまだ眠ったままだろう? いいのかい?」

「あの人は、おじいさんじゃないです」


 モニカは、はっきりとそう言いきった。

 だがそこには一抹の不本意が混じっていたことを俺は見逃さなかった。


「おや!? そうかい、てっきり・・・・」


 どうやらこの人もカミルをモニカの祖父だと勘違いしていたようだ。

 そんなに傍から見れば孫に見えるのだろうか?

 持ってる魔力傾向だって白と黒で正反対だし・・・それとも3代も変われば普通は変わるものなのか、そもそも遺伝するものではないのかな。


「それに魔法士学校の・・・試験があるので・・・・」

「ああ、魔法士学校の・・・そりゃ急がねえとな・・・」


 守衛のおじさんがモニカの目を見ながら、大きく納得したような表情になる。

 どうやらそれで納得してくれたようだ。

 モニカの目と魔法士学校万歳、まだ行くかどうかは分からないが、早めに近くには行きたいな。



 倉庫を出て玄関に向かう廊下の途中でモニカの足が止まり、何かに後ろ髪を引かれたように病室の方を見る。


『最後にカミルを見ていくか?』

「・・・・うん」


 どうやらモニカは最後に別れの挨拶を済ませていきたいようだ。

 カミルはまだ眠ったままだが、それでも形だけでも心持ちは変わるだろう。

 

 だがカミルの病室に近づきベッドに眠るその姿が目に入った時、モニカの脚はそこで再び止まる。

 一体どうしたのか?


 カミルを見るモニカの表情はそういう質問をするのが憚られる様な、どこか排他的な純粋さを纏っていた。


 そして暫く部屋の外から病室の内部を眺めると、驚いたことに何もせずに回れ右をしてそのまま立ち去ってしまったのだ。


『どうした?』


 不思議に思った俺がモニカに問いかけると、返ってきた答えはさらに不思議なものだった。


「うん・・・なんか、カミルさんの周りに子供がいるよう気がしたの」


『子供?』

「そう、それも沢山」


 視覚ログをあさってみるがそのようなものは記録されていない。


『気のせいじゃないか?』

「・・・・そうかな?」


『ちなみにどんな感じの子供たちなんだ?』


「うーん、なんとなく・・・・」

『なんとなく?』


「私に似てる?」

『だったら本当に気のせいだろ』


「うん・・・そうだね」


 ただモニカはそれで何か吹っ切っていたようで、軽い足取りで病室の近くを後にした。


 それにしてもモニカに似ている子供たちが見えたか・・・・・・・




 まさかね・・・・





 預かってもらってた荷物を受け取って、医院の外に出るとすぐに何者かが猛スピードで突進してくる気配を感じた。

 この感じだと少し大きめの牛かな。


 ロメオとか。


「きゅるる!!!」


 すると予想通り、その図体に似合わない可愛らしい鳴き声が聞こえてくる。

 本当にロメオだった。いったい今までどこでどうしていたのか?

 まあ、載せていた荷物が医院で預かられていたことから、一緒に連れてこられた事は分かっていたが。

 ひょっとすると運ばれる時に俺達が乗せられていたのはこいつなのかもしれない。


「うわ!?」


 猛スピードで突っ込んできて、顔をすり寄せてきたロメオにモニカが驚きの声を上げる。

 

「きゅるる!! きゅるる!!」

『凄い喜びようだな』


 ロメオは俺達の姿を見てかなり興奮気味に喜んでいる。

 とても昨日、俺たちの姿を見て震えあがっていた奴と同じには見えなかった。


 俺たちの雰囲気が元に戻って安心しているのかな?

 そう考えるとこいつには悪いことをしてしまったかもしれない、まあ俺たちの姿にトラウマを持たなかっただけでも御の字か。


「よし! よし! いいこ、いいこ」


 モニカもロメオのこの間抜け面を見て安心したようで、いつもよりも丁寧に毛の柔らかさを味わうように撫でていた。


『モニカ、そんなに抱きついてると臭くなるぞ』


 とりあえず臭いが気になった俺がそこで警告を入れると、流石のモニカも少し名残惜しそうにではあるがそこで抱き着きを打ち切ってくれた。

 ただロメオはモニカの正常な魔力を吸って喜んでるせいかずっと顔をくっつけている。


 そういえばこいつ魔力を食べて生きてるんだよな。


 そう考えると必然的に魔力炉の魔力を大量に摂取したことになる、ちょっと吸ったくらいのあの男がああなったのを考えれば、きっとこいつが感じた恐怖は筆舌につくしがたいものがあっただろう。

 そう考えると本当にこいつには悪いことをしてしまったと思った。


『ロメオ、ごめんな』

「きゅる?」


 だが当のロメオは何のことかわからなかったようだ、まあこいつはこんなもんだろう。



 それから少し時間をかけて再び荷物を積みなおし全てを確認し終えると、いよいよ出発と相成った。


「ところでここはどこだっけ?」

『ええっと、カラ地区の南の方だな』


 病院の中に貼ってあった地図から現在地を割り出す。

 

「じゃあ、この坂の下に見えるのが、中心に流れてた川?」

『そうなるな、ちょうどカラ地区で一泊したと思えば日程は変わらない』

「宿代タダだったし」


 そう、治療費はタダなのだ。

 なんでも教会の運営する医院だったらしく、無料で治療してくれるそうだ。

 

『教会様々だな』


 この辺は安い宿でも50セリスは持ってかれるのでこれはたいへん助かる。

 少々薬臭くてベッドも悪いが、無駄に高価よりはマシだろう。



「確認できた?」

『チェックリスト全部確認したぞ』


「それじゃ、出発だね」



 モニカのその掛け声で俺達は旅路へ再び歩みを戻した。




※※※※※※※※※※※※※※ 



 その日、カラ地区のとある地下無縁墓地の中の、さらにとある部屋の中に並べられた幼女達の遺骨からひっそりと、誰にも知られること無く魔力が消えてなくなった。


 もう、そこには彼女たちがかつて強力な魔力を帯びていたことを示す物は何も残されていない。


 ただ、その地下墓地の上に立つ教会の礼拝堂の中で、その墓地を守護する神父だけが何かを察したように呟く。


「ああ・・・よかった・・・安らかにおやすみなさい・・・・」





 もう、その部屋には苦しみはなく、ただ安らかな眠りだけが彼女たちを包んでいた。





※※※※※※※※※※※※※※



数日後  カラ地区の医院の一室にて・・・・



「うう・・・・」

「カミルさん、わかりますか?」


 医師の呼びかけに、カミルがわずかに呻いて反応する。


「・・・・ここは?」

「カラ地区の医院です、魔力噴出災害に巻き込まれて運ばれて来たんですよ」


 カミルは医師のその説明に少し怪訝そうな顔をした後、何かを探すように周囲を見渡した。


「モニカは・・・もう一人・・・女の子が一緒にいなかったか?」

「ああ、あの子ならすぐに元気になって退院しましたよ」


「そうか・・・・良かった・・・」


 モニカが無事だと聞いて心の底から安心する。


「治癒魔法をかけてくれた事に感謝してました」

「あの子がどこに行ったか聞いてるか?」


「いえ、ただなんとなく急いでいる感じでしたね、試験がどうと言っていたらしいですが・・・」


 そこでカミルは満足そうに息を吐く。

 どうやら自分の役目は本当に終わったようだ。


「・・・・聞いたかロンよ」


 我らの娘は巣立って行ったぞ。


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