1-X4【幕間 :~長い夜の後で・・・・~】




「私がいない間に、一体何があったんです?」


 現場に向かう馬車の中でローマンが呆れたように、向かいに座る老人にそう言った。


「わからん、私もそれを聞きに行くところだ」

「中央での用事を済ませて帰ってくれば、これだ、まるで知らない街みたいだ」


 今朝方ようやくピスキアの外れにある教会に戻って来ることが出来たと思ったら、またすぐに主であるパトリシオに連れられて市内中心部に向かうことになった。


 ローマンが馬車の窓から見るピスキアの街並みはいつもとその様子が大きく異なっていた。

 老若男女問わず多くの者が道に出て不安そうな表情である一点を眺めている。

 中には道端に座り込み手を合わせて泣きながら祈る者も出る始末。

 完全に非日常という空気が満ち、そのせいで馬車がなかなか進めない。


 そしてついに現場の近くで少しでもその惨状を見ようと集まった大群衆のせいで身動きが取れなくなった。


 すると目の前の老人が杖をついて立ち上がる。


「ここからは歩いたほうが早い」


 そう言ってあっという間に馬車の扉を開けて外に出てしまい、それを見たローマンも慌ててそれに続く。


「おお、パトリシオ様だ!!」

「パトリシオさま!」

「お導きをください、パトリシオ様!」


 老人が馬車の外に出た瞬間、それに気づいた群衆が大声で老人に声をかける。

 するとあっというまにパトリシオの周囲に人だかりができ、ローマンはそれに押し出されないようにするのに苦労した。


 流石の人望だと感心するが、普段礼拝の時はガラガラなだけになんと現金な人達なんだろうという感想しか出てこない。


 すると群衆の中からみすぼらしい老婆が、人混みをかき分けてパトリシオの前に飛び出した。

 その勢いにローマンが慌てて止めに入ろうとするがパトリシオが片手でそれを制する。

 よく見ればその老婆は目に涙を浮かべて興奮してはいるがパトリシオを害そうとはしていなかった。


「おぉ・・・パトリシオ様・・・ベルス山が・・・ベルス山が」


 老婆が必死に指差す方向を、パトリシオが痛ましい目で見つめ、ローマンとその他の群衆もそれに続く。

 ここに来るまでに何度も見たが、やはりなんど見ても酷い。


 ベルス山・・・ピスキア市街から見える中で最も大きく雄大なその山は、ピスキア市と行政区の紋章にも描かれ、市民の誇りであり共通の象徴だった。


 ・・・・だがそのベルス山が・・・・・下半分を残して消えてなくなっていた。


「落ち着きなさい」

「ああ・・・でも、パトリシオ様、ベルス山を失った我らはこれからどうすれば・・・・」

「ベルス山は偉大ではあったが、ただの山だ、気をしっかりと持ちなさい、あなたが無くなったわけではないのだから」

「おお・・・・でも・・・」


 感極まった老婆が声を殺して泣き始める。

 そこでローマンはあのでかいだけの山が人々にもたらしていた物の大きさに驚いた。


 それから少しの間、パトリシオが老婆が落ち着くまで肩を優しく叩く間、ローマンはあらためてベルス山の被害の様子を眺める。


 山体の大部分が失われ、その周囲の山にその残骸と思われる大量の土砂が降り注ぎ、本来ならば雪をかぶって白いはずの山体を黒く染めていた。

 ここからではわずかに変色して見えるくらいだが、おそらく上から見れば西側の山脈全体に土砂が降り積もった様子が見て取れるだろう。


 さらにベルス山の吹き飛んだ断面からは、未だに溶けた岩の真っ赤な色と煙がところどころ見えている。

 一体どれほどの力が放たれたのか想像もつかないが、これが街中でなくて良かったとローマンですら感じるほどのものだった。


「・・・ありがとうございます・・・パトリシオ様」

「強く生きなさい、あなたは助かったのだから」

「はい・・・ありがとうございます」


 ようやくなだめ終わったのか、老婆から開放されたパトリシオは人々の感謝の声を背に受けながら再び現場に向かって歩み始める。

 そして群衆の最前列まで躍り出ると、群衆整理を行っていた警備兵に軽く視線を送りそのまま中へと入ってしまう。

 もちろん付き人だったローマンもなんの制止もなく中には入れた。


 押し留められている群衆の中には貴族も混じっているだけに、この顔の広さは流石だ。


 ”現場”の内側に入ると、先程までの喧騒が嘘のように静かになった。

 まるで街が死んでしまったかのようだ。


 ここはピスキアの中でもかなりガラの悪い地域のために普段からそれほど人通りは多くなく薄汚れていることで有名だった。

 だがそれでも瓦礫が落ちていたりはしなかっただろう。


 今ここで見かける人といえば、それらの瓦礫を見分して回る警備隊の鑑識くらいのものだ。


 近くの瓦礫をよく見てみれば、人2人分ほどの大きさのどこかの建物の壁だった。

 こんな大きさの破片が飛び交う光景はさぞ生きた心地がしなかっただろう。

 静かな街並みに忽然と現れるそれらの瓦礫のせいで事態の不気味さがより引き立たされているような気がする。


 だがそれも”現場の中心部”が見えてくるまでの話だった。


「・・・・・」


 その光景にパトリシオが足を止めて絶句する。

 背の高い建物が続くはずのそこにはなにもない。


 本来ならば大きな建物が建ち並ぶ西区の闇の中心街である、”暗黒街”が跡形もなく消え去っていたのだ。

 

 そしてあとに残された大量の瓦礫の山の上で多くの兵士や作業用のゴーレム機械類がその瓦礫をかき分けていた。


「何があったのだ・・・・」


 パトリシオが驚いたようにそうつぶやく。

 ローマンとしては山が半分無くなったことに比べれば微々たる被害だと考えたし、同時に街中でこれほどの被害が出るとは想像もできなかったという思いもある。

 それに、どちらにせよまともな被害ではなかった。


 かつてここに大きな建物があった事を示す物は、わずかに残った柱くらいのものだ。


 すると何かを見つけたパトリシオがその見た目に似合わない勢いで走り出した。


 見ればそこにはたくさんの死体が並べられていた。


 パトリシオはその前に達するとその腕から巨大な魔法陣を展開した。

 おそらく治癒魔法を発動しようとしたのだろう。

 たとえ死亡判定を受けたあとであっても、彼ならばわずかでも生の残滓が残っていれば蘇生できる。


 だが、それらの死体の前でパトリシオは力なく項垂れた。


「・・・遅かったか、これでは私でもどうもできん」


 どうやら彼の力を以ってしても手遅れだったようだ。

 一人くらい生き返るかと思ったが、彼らはよほど運が悪いのか・・・

 それともかなり念入りに殺されたのか。


「パトリシオ様、そいつらのために頭を下げる必要はありません」


 すると、どこからともなくパトリシオに声がかけられる。

 それに対しパトリシオが睨みつけるように声のした方を向く。


 だが、その声の主は大の大人でも慄くようなパトリシオの強烈な眼光を受けても、全く苦にはしていなかった。


「そいつらが見つかった場所は”奴隷の館”の中だ、つまり奴隷か奴隷商人、それを買いに来た無法者しかそこには居ない、何の因果か他の建物からは死者は出ていません」


 その男はまるで汚物を見るような目で死体を睨みつけた。

 彼はこの街においてはパトリシオに並ぶ知名度を誇る人間だ。

 いや、ある意味ではそれ以上かもしれない。


 北部連合警備隊、そのピスキア支部のウバルト支部警備隊長はいつもよりもかなりやつれて見えた。

 いつもなら黄色に輝いて見える彼の金髪も、今は大量の埃を被ったのか白髪の様に白い。


「彼等がどの様な素性であったかは知らない、だが死者は尊われるべきだ」

「それは彼等に言ってやってください、こいつらが生前何をやっていたか」


 パトリシオの苦言に不機嫌気味に即座にウバルトが返す。

 しばらくお互いに睨み合ったあと折れたのはパトリシオの方だった。

 

「はあ・・・ここに議論しに来たわけではない、何が起こったのか聞かせてくれないか」


「あいや! その話! 私も混ぜてくれないか!」


 すると突然場違いなほど大きな声がかけられ、我々だけでなく近くにいた兵士達もこちらへ注意を向けた。

 そこには蹴れば転がっていきそうなくらい、小さくて丸っこい見た目の男が10人程を引き連れて近づいてくるところだった。


「ウバルト警備隊長! 事態の説明を要求する!」


 そう高らかに宣言したこの男は、このピスキア市の市長を務める男だった。

 後ろにいるのは彼の取り巻きか秘書だろう。


「そうは言いましても市長、まだハッキリとしないことも多く、検証作業中です」

「聞けば竜が何匹も暴れただの、スキル保有者の暴走だの、言っていることが釈然とせんではないか!!」


「耳が早いことで、どちらも本当ですよ」

「何を言っている!?」


 ウバルトのその答えに、市長が驚いたように聞き返す。


「暴走したスキル保有者が竜を何匹も作り出し、私と協力者・・・と、その協力者が召喚した竜が戦った・・・・要約するとそういうことになります」

「なにをいっとるんだ貴様は? だいたい暴走したスキルが何か形あるものを成すわけがなかろう!?」


 市長がまるでバカにされたかのような、憤慨した表情になった。


「それが普通のスキルじゃないんだそうで」


「そのスキル保有者は!?」

「わかりません」


「では、その協力者とやらは!?」

「いつの間にか・・・どこにいったのやら」

「話しにならん!!!!」


 ついに堪忍袋の尾が切れた市長が大声で怒鳴り始めた。


 それにしても・・・


 ローマンは瓦礫の山が、まるでクレーターのような円形に広がっていることに気がついた。

 そして、その中心の見るとそこだけなぜか嫌に小奇麗な空間が残されており、そこに血の付いたベッドが無傷で置かれていた。

 場所的に”奴隷の館”の一階だろうか?


「そのスキル保有者は、あそこにいたのか?」


 すると、ローマンと同じ疑問を持ったパトリシオがウバルトに対しそう質問した。

 するとウバルトは少し迷ったような表情をした後、おもむろに軽く頷いた。


「そう聞いている」


 だが彼の言葉はどういうわけか、はっきりとしないものだった。


「竜が消え、煙が晴れたときにはもう、そこには誰もいなかったのだ」

「誰もいなかっただと!? そんな馬鹿な話があるか!!」


「ですからまだ、検証中だと・・・」

「ええい!! お前では話しにならん!! 代表を出せ!!」


 そう喚く市長を尻目にローマンは、その”爆心地”をずっと眺めていた。

 あのベッドに付いた謎の血の痕を見ると、無性に不安な気持ちが湧いてくる。


 どうやらパトリシオも同じようで、少し落ち着きを失っていた。




「これは、これは、皆様お揃いで・・」


 すると、その爆心地の中心に新たな人間が現れる。


「代表殿!! どういうことか説明願おう!!」


 市長がその姿を見た瞬間に、まるで犬のように吠える。

 一方その吠撃を食らった代表こと、北部連合代表閣下はそれに怯むことなく、穏やかな笑みを浮かべていた。

 その雰囲気は、生まれがアイギス家に端を発する一族とあってかどこかパトリシオと似ているものがある。


「説明と言われましても、私も今ここに来たばかりで、報告もまだ受けていない」

「そう言って、本当は何を隠しているやら・・・連合はいつもそうだ! 情報をひたすら隠してこちらには何も伝えない! 被害を見るのはいつも我ら末端だ!」


「連合が意図して情報を隠した事実はない」


 代表が市長に対し静かに、だがはっきりとした意思を持ってそう告げる。

 こんなことをこんな顔で言えるのだから、彼もまたその内は怪物・・・なのだろう。

 だがそれで気圧されて言葉が鈍る市長ではなかった。


「先日のカラの東で起こった魔力噴出災害!! 現場で中央の調査官の物品が見つかったそうじゃないか!! 噂では噴出災害の原因ではないかといわれているぞ!?」

「その調査官が魔力災害を引き起こした証拠はない、命を賭して事態の沈静化を図った可能性も否定できない」


「では、中央の役人が存在したことは認めるのですな!! ならば魔力認証権を唯一持っている代表ならば事態の詳細を知っているはずだ!!」

「何度も言うが、北部連合が魔力噴出災害に関わった事実はない!」


 代表がそこで初めて声を荒げた。


「ええ、もうちろん話せないでしょうとも! どうせ話さない契約魔法を結んでいるはずだ!! こんな時のために公人の基礎魔法契約に嘘をついてはいけないというのは無いのだからな!!」

「やめんか! 作業の邪魔だぞ!」


 するとそこでそれまで成り行きを窺っていたパトリシオが市長を一喝した。

 ローマンとしてもこれ以上何の情報も得られない怒声を聞くのはうんざりし始めてきたのでちょうどいい。


 だが市長は予想外にその一喝すら相手にはしなかった。


「パトリシオ卿、あなたがそこでただつっ立っているのを見るに、この瓦礫の下に生存者はもういないのでしょう? だからこそ、こちらは今しかないと情報の開示を求めているのだ! 我々をただ救出活動の邪魔立てをするような不逞な輩と見誤らないでいただきたい!!」


 そう言って後ろに控える取り巻き連中と、一緒にこちらを睨む。

 実際、もうこの瓦礫の下には生きた人間の存在を確認することはできなかった。

 それは、パトリシオが何の反応も見つけられないことからも明らかだ。


 ローマンは大きくわめき散らし周囲の空気を悪くする小男を興味深げに見ていた。


 一見すると周囲に無益に怒鳴り散らす彼だけが、まるで悪人のようにも見えるが、その実、ここにいる”実力者”の中で彼だけが後ろ暗いものを何も持たず、唯一この事件における民の心を代弁しているのだ。

 それがなんとも皮肉で悲劇で、非常に興味深かった。


 だがわざわざこんなところまで出向いて知りたかったのは、そんなことではない。

 ローマンは痕跡ばかりは見つかるのに、その行方に繋がるものが何も見つからない事に、無表情な顔の下で若干焦り始めていた。


 その時、ローマンは右手に何か違和感を感じる。

 見れば手の中にそれまでどこにもなかったはずの謎の紙片が入っていた。


 だがローマンはそれに驚くことなく、淡々とその紙片の中身を一瞬だけ確認すると、すぐに燃やしてしまった。


「・・・ふむ」


 そこで、今日初めてローマンは少し機嫌が良くなる。

 目の前で堂々巡りを始めた醜い言い合いを眺めるその表情には、余裕すら浮かんでいた。


 そしてそのまま彼は、自分の・・に近づくと、一瞬だけ耳打ちをする。


「・・・生きてます」


 その言葉を聞いたパトリシオの表情に混じったのは、安堵か驚きか・・・

 ただ少し遠い目をしながら瓦礫の山を見つめていた。


「・・・・そうか」


 ようやく絞り出した彼の言葉には、隠しきれぬ安堵が混じっていた。



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