1-8【少女と老人 14:~光の中で~】

side ?????



 楽しい。

 

 なんて楽しいんだろう。


 身の回りの全てが興味深い。

 

 草ってこんなふうになってたんだ。


 土の中にこんなにたくさんの虫がいるなんて。


 ただそこに立っているだけで全てのことが魔力を通して伝わってくる。


 


 少女は脳内に溢れかえる様々な情報に溺れ、その万能感に酔いながら目に映る全ての物に興味を持った。

 今、彼女の興味を寄せているのは、土の中のとても小さな虫だ。

 

 大きな顔、とても細い脚、そして何よりその見た目に反して機敏に動ける力に興味が引かれた。

 魔力は使ってないのかな?


 試しにその虫の生体魔力を動かして脚を細かく切り分けて・・・・・・みる。

 へえ、こんな風になってるのか。


 すると少し遅れてその虫の名前がアリであるという知識が浮かんでくる。

 だけど正直もう興味がない。


 細かく切ってもすぐに死んでしまいよくわからなかったし、まだわらわらと大量に残っていて気持ち悪い。


 そんなことより今は炎だ。

 周囲の畑に生えている草が勢い良く燃え上がっている。

 今この周囲で自分の次に力を持っているのはこの炎だろう。


 さっきの炎は面白かったが、こっちもなかなか面白い。


 炎というのはどうしてこんなに面白いのだろうか?

 全く何の考えなしに周囲の物を食らいながらどんどん広がっていく。

 その動きはとても複雑で、見ていて飽きない。


 ずっと見ていたかったが、炎が”白”を食べようとしたので消すことにする。


 魔力炉を調整して吹き飛ばそうかとも思ったが、なんとなくそれはやめた方がいいような気がした。

 なんとなく炎が元気になるような気がしたのだ。


 なので別の方法で殺すことにした。


 

 なぜだか普通の炎は空気がないと燃えられない事を知っていた少女は、炎の周りの魔力を動かしながら炎の中に空気が流れないように調整した。

 食らうものを失った炎があっという間に消えてなくなる。


 よかった、”白”に燃え移ってはいない。


 あれ? なんで”白”を助けたのだろうか?

 彼はとてもいけないことをしたはずなのに。


 少女は”白”にとても興味を持った。

 畑の中で倒れて息をしていないが、彼の中の白い魔力は未だ活発に動いておりみるみるうちに体を治していく。

 その様子がとても面白かったのだ。


『どうなってるの? 教えて』


 だが返事がない。


 なーんだ、つまんないの。


 いいもん、自分で見るもん。


 どうやって調べようか?

 魔力を抜き出す? でもそれじゃ死んじゃうか。


 手か足を毟って動きを見てみようか、一本くらいならいいよね?


 そう考えて生体魔力を弄ろうとした時だった。


『だめ! やめて!!』


 突然、頭の中に声が大音量で響き、そのあまりの音量に頭が割れそうになった。


「・・・っつ・・なによ!」


 頭を抱えながら必死にそいつ・・・を抑え込む。

 だが、どんなに頑張ってもその気配が消えない。


 まるで頭の中がどんどん浸食されているみたいだ。


 その気持ち悪さと痛みで、その場に膝をついて倒れこむ。

 

「・・・うっぐ・・ぐすっ・・いたいよ・・・」


 あまりの痛みに溢れだした涙が顔を伝って地面に落ちる。


『・・・よし! 抑えたぞ!』

『こっちはいつでもいける、早く止めて!』


 何者かが頭の中で叫んでいた。

 いや、何者かではない、どちらも自分の声だ。


 次の瞬間、頭の中で何かが切れる音がした。


 ”思考同調が停止されました”


 次の瞬間、割れるような痛みが極致に達し、確かに自分が2つに裂ける感覚を味わった。


 それは生まれてから記憶にある中で3番目・・・に辛いものだった。

 1番と2番は何だったかなんて思い出す余裕もない。


 ただ、自分だったものが音を立てて引きちぎられる感覚に、心の中で悲鳴を上げる。

 だが何故か声には出ない。


「・・・・・ああ・・・・あああああああ!!!!」


 少し遅れて悲鳴が口から漏れる。


 だがその感覚がまるで他人のようで不快だった。

 もうこの体が自分の物ではないような不快感。


 引き裂かれる痛みの中に消えゆく意識の中で、少女は確かにそのことに不快感を感じていた。




side ロン


 痛い・・・・


「・・・痛い・・・」


 意識の向こうにモニカもこの痛みに呻く声が聞こえてきた。 

 そしてそれは間違いなくモニカの物だった。


 何が違うかは分からないが、それがモニカであることははっきりわかった。


 頭が割れるように痛い。

 いや実際、中身が割れたのだろう。

 

 思考同調を解除したとき、1つに纏まった人格が2つに裂かれる痛みで卒倒しそうになり、今も地面に転がって蹲っている。


 その苦しみは以前とは比べ物にならないものだった。

 おそらくレベルが1から2になり、より高度に意識が統合され、同時にそれを戻すときの負荷が激増したのだろう。

 もし仮にさらに長時間、思考同調を続けていればこの負荷はどんどん増え、最終的には人格が破壊されたことだろう。


『俺はロンだ・・・』


 自分に言い聞かせるように、そう呟く。


「・・・モニカ・・・・」

『分かってるよ・・・戻ってきた・・・・・


 痛みの中で二人で生きていることと、また人格を取り戻せたことを喜び合った。



 ところで事態はいったいどうなったのか?

 思い出してみると思考同調中の俺達が、ほとんど遊びに近い感覚でランベルトを葬り去った様子が浮かんできた。


 どうやら思考同調中の記憶も問題なく閲覧できるらしい。

 それにあれを体験したような実感がある。

 だが、モニカの記憶は出てこない。


 前回のあれは思考同調中に夢として見たからなのだろうか?


 そしてその記憶の中の俺達は普通ではなかった。


 思考同調・・・2人の人格を高度に合わせた結果、出来上がった意思はかなり幼い印象を受けた。

 おそらく二人分の意識が統合されたことで、二人に共通する人間の本質的な部分、つまり幼い部分が相対的に濃くなって表面化したのだろう。

 だがそれが徐々に独立した人格を形成し始めたのには驚いた。


 もし仮にあと1時間この状態が放置されていれば、そもそも戻れなかったのかもしれない。

 あの人格はどこに行ったのだろうか?

 

 記憶の中の無邪気な人格は、解放された力に溺れていた。

 間違いなく放置しておけば大惨事になっただろう。

 それくらい凄まじいものだったのだ。


 どうやらランベルトと名乗った調査官とやらは、跡形もなく消えてしまったようだ。


 なんて力だ。


 俺達・・・では手も足も出なかった相手なのに、思考同調を発動した途端その立場は逆転していた。

 それにあの人格はそもそも、ほとんどまともに相手をしていなかったのにである。

 本当に蟻を潰すかのような気軽さで消してしまったのだ。

 実際、彼女の中ではその後に殺した蟻と扱いは大差なかった。


 そして思考同調で俺がモニカの中に取り込まれたことで発生した変化は予想外だった。

 なんと魔力操作系のみを必要とするスキルが軒並み起動したのだ。

 

 これは俺が吸収されたことで超高度な魔力操作能力を得たと判断されたと思われる。

 そんな簡単な基準でいいのかとも思うが、確かに俺自身がモニカに含まれると考えるとむしろ起動していなかった普段の方がおかしいのかもしれない。


 そしてその中でも【制御魔力炉】の威力は並外れていた。

 こいつは燃料となる魔力からより高度な魔力を大量に吐き出すという、トンデモ永久機関だったのだ。

 もちろん燃料にする魔力が行きつくところまで高度になりすぎれば、それ以上変異させられずにそこで魔力炉は止まるが、そこまで行きつくことはまずないだろう。


 俺たちの元々の魔力を燃料に生成された膨大な量の魔力はこの周囲数十kmの空間を埋めつくす程だった。

 そしてそこに含まれる全てを魔力を通して好きに扱えた。

 今は魔力炉からの供給が止まり、次第に魔力の濃度が薄れてきているが、もし仮に街中で使えば一つの街を皆殺しにすらできたかもしれない。


 その代わりむちゃくちゃな次元での魔力操作精度を要求されていたが、それさえできれば無敵に近い。

 なにせ相手の魔力すら好きに扱えるのだ。


 少なくとも魔力による攻撃を受けることはないだろう。


 俺は視界の端で”停止作業中”と表示される制御魔力炉の表示を眺めながら、なんて核兵器を抱え込んでしまったんだと肝を冷やしていた。


 当たり前だが今のモニカでは全く扱えないので今回起動した他のスキル共々停止の処理が行われていた。


 正常に止まってくれよ、そう念じながら見守る。

 今暴れ出されたらとてもじゃないが抑えきれない自信があった。

 

 そしてそんなことを考えたのがいけなかったのか。


『”エラー 停止作業を完了できません 開放圧力が高すぎるため 制御移管作業に失敗しました”』


 衝動的に口をついて飛び出したその言葉に俺が戦慄する。


「・・・!? ぐ・・ううう・・・・」


 そして次の瞬間、割れるような頭痛とは別に体の内側から焼かれるような、猛烈な熱さを感じた。


『まずいぞ・・・』

 

 慌てて内部から状態を確認する。


 停止作業中とか書かれたスキル・・・特に制御魔力炉の根幹をなす”力”が凄まじい圧力で制御用の蓋を押し返していた。


 突如暴れ始めた制御魔力炉を構成していた”力”は、今のFMISではとても抑えきれるものではない。

 さらにそれに釣られるように、他の”力”も暴走しようと暴れまわっている。

 だが幸いなことに、”蓋”自体は中途半端だが被せることに成功しているようだ。


 であればやることは一つ。


『・・・モニカ・・・魔水晶を見てくれ・・・』


 俺自身、声を出すのも一苦労なくらいの苦痛の中でなんとかモニカにそれを伝える。


 するとモニカもそれにこたえるように発狂しそうになる苦しみの中で必死に目を開けて、右手を見てくれた。

 だが明らかに不安定で焦点が定まらず、とりあえず視界の中に右手を収めるので手一杯だった。


 それでも何とか許容範囲内に収めると、俺はカミルから学んだ”調律スキル”を発動する。


 最初に調律台に浮かんだ波の形は昨日見たのと変わらず安定したものだった。

 すぐに異常の波を見つけるためにどんどん切り替えていく。


 幸いなことにどれも綺麗な状態だった。


 だが、



 その波を見た瞬間、俺達の心臓があまりの恐怖に大きく跳ねた。

 波の見方をよく知らないモニカにすら、それがあまりに異常な形をしていることがはっきりと分かったのだ。


 最初それは何かの見間違いかと思った。

 もしくは調律台の表示にノイズが入ったか。


 だがどれだけ見てもその”力”の波形は異常を極めていた。


 いくつかのノイズ部分が表示限界を突き破り、これが波線グラフあるとは到底思えないような縦線がいくつも描写されていた。

 この線の先はどうなっているのか・・・・・考えたくもない。


 あわてて視覚記録から参考書を引っ張り出し急いで対応を調べる。

 だがそのどこにもこのような事態についての記述はなかった。


 ええい、仕方ない、とにかく抑えなければ。


 そう思い、弁を動かすための力を入れると恐ろしいことにびくともしなかった。


『固着したか!?』


 だが、それとも微妙に違う気がする。

 動くには動くのだが、あっという間に押し返されてしまうのだ。


 冗談だろ・・・・


 だが何度やっても元の位置に戻り・・・いやどんどん悪化していく。


 勘弁してくれよ・・・・せっかく生き残ったのに・・・・・



 次第にモニカの意識が遠のき、焦点が完全に定まらなくなってきた。

 そしてぼやけた視界の向こうに見える調律台に表示された波の形が急激に変形した瞬間、俺たちの意識はまるで何かのスイッチを切ったかのように突如暗転した。






side カミル



「ぐっ、かっは・・・」


 痛む胸を抑えながら目が覚める。


 手を見ればべったりと血がついていて、見下ろすと、胸だけでなくランベルトに切り裂かれた腹からも血が流れている。

 だが、魔力による自然治癒で傷はほとんど塞がっていた。


 さすが白の魔力傾向だ、我ながらあきれる生命力だと思う。

 だがこの様子だと、傷を受けてからそれなりに時間が経っているはずだがいったいランベルトはどこに行ったのか?


 周囲を見渡すと畑の作物が大きくなぎ倒され、燃えた跡がところどころ黒く変色している。 

 だが炎はどこにも見当たらない。


 


 そのとき、全身に寒気が走った。

 この感覚は・・・・



 振り向くとそこにモニカと同じ顔の1歳くらいの子供がこちらを向いて横たわっていた。


 ああ、いつもの悪夢だ。

 こんな時に何で・・・・


 だが恐怖には逆らえないカミルは、体温が一気に下がったような錯覚に襲われる。


 見ればいつものように、いつの間にか周囲を子供たちが埋め尽くしていた。

 そのあまりの恐怖にその場に倒れこむ。


「父さん」「父さん」「父さん」「ねえ」「とうさん」


「やめてくれ・・・・・」


 こんな時に・・・

 だがその悪夢たちはこの前と同じようにこちらににじり寄ってきた。


 そして彼女たちは前回よりも遥かにはっきりとした実態を持っている。


「助けて」「助けて」「お願い」「助けて」


 彼女たちはいつものように表情のない目でこちらを見ながら、口々に助けを求める。

 だがそれに応えることはできない。

 もう遅すぎるのだ。


「ごめんよ・・・・もう、お前たちを助けてはやれないんだ・・・」


 目に涙を浮かべながら彼女たちに懺悔する。

 もう死んでしまった彼女たちを助ける手段はない。


「 違う 」


「・・・・え!?」


 カミルはとある少女のその言葉に虚を突かれる。

 いったい何が違うというのか?



「私じゃない」「妹」「たすけて」「モニカ」「痛がってる」「お願い」「助けて」「とうさん」


 彼女たちは口々にそういいながら、しきりにどこかを指さしている。

 よく見るとその眼はいつもの無表情と違ってどこか真剣だった。


「はやく!」「モニカ」「いたそう」


 モニカ・・・・モニカがどうしたというのだ・・・


 カミルはそこで彼女たちの指さす方向に振り向いた。



 そこには激しく痙攣しながら倒れているモニカの姿があった。


「「「はやく!!!」」」


 一斉に発せられたその言葉に追い立てられるかのようにカミルは、自分の傷の痛みも忘れて走り出した。

 

 突然の激しい運動にまだ塞がっていない傷口から血が噴き出す。

 だがそんなことに構っている余裕はない。


 モニカの様子は明らかに異常だった。 

 何があったか知らないが、周りの様子を見るにランベルトを倒すために無理なスキルの使い方をしたのは容易に想像できる。


 となれば現在の状態も。


 

 一足飛びにモニカに駆け寄り倒れこむようにその場に滑り込むと、すぐに魔水晶のはまった右手をつかむ。


「!!? 熱っ!!!?」


 魔水晶は恐ろしいほど高温だった。

 すでに状態はかなり厳しいと判断したカミルは即座に調律台を展開する。


バン!!!!


 という大きな破裂音とともに、カミルの手が弾き飛ばされた。


「くそ、やはり”力”が漏れているか!!」


 慌てて魔水晶内の余剰魔力の逃げ道のためのパスをつなぐ。

 次の瞬間、カミルの体を激痛が襲う。


 魔水晶内に無駄に溜まった魔力を無理やり引き抜く過程で、カミルの体そのものを導線として利用したせいでとてつもない痛みが走ったのだ。

 少々手荒だが専用の器具がないのでこうするしか他にない。


 だがそのおかげで魔水晶の中の魔力が抜けて、安全に接続できるようになった。


 そしてすぐに調律台を展開すると、即座に異常を探してチェックを開始する。


「ちがう・・・ちがう・・・ちがう・・・」


 超高速で次々切り替わっていく”力”の波形はどれも正常だった。

 当たり前だ、昨日調律したところなのだ。


 だがその中で、明らかに異常のある波形を見つけた。


「・・・・!?」


 その波形を見たカミルは絶句すると同時に、他に同様の異常がないかチェックした。

 すると予想通りいくつかの”力”の波形が恐ろしいほど異常な値を示していた。


「くそっ、魔力炉を動かしたな・・・・・」


 異常を示している”力”の組み合わせから、カミルはモニカが何をしたのかを察した。


 それはモニカが抱える”力”の中でも特段に危険度の高いものだったのだ。

 仮にこれが完全に噴き出して”呪い”に変われば、モニカは助からない。


 それは何度も・・・見ているので知っていた。


「・・・くそ、治まってくれ・・・・治まってくれ」


 そう念じながら、制御用の弁を動かしていく。

 だが、恐ろしい力で蓋を押し上げる”力”の前に、弁が簡単に押し戻される。

 このまま、蓋が完全に外れてしまえば一巻の終わりだ。


 カミルの中で過去に何度も繰り返された凄惨な光景がフラッシュバックする。


 それは、フランチェスカ計画の鬼門ともいえる難物だったのだ。


「・・・治まってくれよ、せっかくここまで生きてくれたんだ・・・」


 溢れ出しそうになる涙を必死に堪えながら、あらん限りの力を込めて弁の位置を修正する。

 だが明らかに崩れる速度の方が早かった。


 このままでは助からない。

 また、失うのか・・・


「あきらめるなカミル・ストラーサ!! お前以外に止められる奴はいないんだぞ!!」


 折れそうになる心に自分で叱咤する。


 それも過去に何度も行った叱咤であり、一度として実を結んだ叱咤ではなかった。



 ブシュウウウウウ!!!!!


 ついに蓋を突き破った”力”の一部がその勢いのまま右腕の皮膚を突き破り、そこから真っ赤な血が吹き出した。


 その血が勢いよくカミルの体にかかりその熱さに驚く。

 吹き出した血は火傷しそうなほど高温だった。


「あああああ!!! くそおおおおお!!!!」


 半ばやけくそ気味に叫びながら、治癒魔法を同時に展開して傷を塞ぐ。

 体という最大の制御部品が壊れたら一気に命ごと持っていかれてしまう、少しの傷も許すわけにはいかなかった。


 さらに魔力で無理やり弁と蓋を押し込んで何とか耐えきる。

 だが今ので弁の位置がさらに大きく歪んでしまった。


 無数の”力”の同時調整、しかもそのうち一つは常に抑え込んでいないといつ暴発するかわからない、そのうえ治癒魔法と来ればいくらカミルでもとても手が追い付かなかった。


 次に破られたらもう止められない。

 だがそれでもモニカの中で暴れまわる”力”は再び自由を求めて、その圧力を高めていく。


 徐々に絶望に染まる思考の中、ふと視界の端に小さな手が見えた。


「!?」


 一瞬だけ確認のために周囲を見ると、横たわるモニカとカミルの周囲にかつてないほどたくさんの小さな子供が取り囲んでいた。


 そして彼女たちは皆一斉に痛みに呻き横たわる自分よりも大きな妹・・・・・・・・に向かって手を伸ばした。

 そしてその手がモニカの体に触れた瞬間、

 

「・・・なんだ!?」


 突如、内部から飛び出そうとする”力”の圧力が弱まった。

 その隙を逃すまいと、慌ててカミルが弁の位置を調整する。

 圧力が弱まったせいか、少しづつではあるが弁は確実に正しい位置に動いた。


 どういうことだ!? こんなことは経験がない。


 見れば周囲の子供たちの手がモニカに触れるたび、その圧力はどんどん弱まっていった。

 と、同時にモニカと同じ顔をした子供たちの姿がどんどん明るくなっていく。


 まるで彼女たちがモニカから暴れている”力”を吸い取っているかのようだ。


「・・・いいぞ・・・その調子だ・・」


 わずかに見えた光明に、自分に念を押すようにそう言い聞かせる。

 モニカに届かない子供たちの手は他の姉妹の体に触れ、そこから光を分けてもらっていた。

 そして光を分けた子はモニカからさらに多くの余計な”力”を吸い出しより一層強く輝いた。


 そのたびに軽くなる弁の手ごたえに、カミルの心臓が緊張と歓喜で早鐘を打った。


「・・・できる・・・できる・・・助かる」


 周囲はさながら光の花畑のように、明るく輝く子供たちの姿で埋め尽くされた。

 それはとても悪夢とは思えないほど荘厳で、眩しいほど純粋で美しい景色だった。


 その光の中で、ついにカミルは初めてこの悪夢の”呪い”を抑えきることに成功する。

 万感の思いで最後の弁を調整すると、調律台に浮かぶ”力”の波が正常な形に収まった。


 

 後は簡単だった。

 最も強烈な”力”が抑え込まれたせいで、それを取り巻くように暴れていた他の”力”もその勢いを失う。

 それはカミルの力をもってすれば、彼女たちの力を借りるまでもなく抑え込めるものだった。


 そしてカミルが”力”の調整を一つ終えるたびに、光り輝く小さな子供はその光を失い消えていく。


 しかし完全に消える瞬間、彼女たちは今までとは違いとても満足そうな表情をしていた。

 

「ありがとう 父さん」


 カミルが最後の”力”を修正し終わったとき、残された最後の一人がそう言って大輪の花のような笑顔を浮かべながら虚空へ消えていった。

 

 その顔にはどこにも苦痛は浮かんでいなかった。


 彼女たちは皆、最後に妹を救えた満足感を湛えて旅立っていったのだ。

 そのことにカミルの内から熱いものがこみ上げてくる。


 見れば目の前に横たわるモニカは、先ほどまでと違い苦痛もなく静かに穏やかな息をして眠っている。

 どうやら助かったらしい。


「まったく・・・手のかかる娘だ・・・」


 そう言いながらカミルは強張った肩から力を抜く。

 

 その瞬間、忘れていた腹部の激痛が蘇ってきた。


「ああ・・そうか・・・これがあったか・・・・・」


 どうやら緊張で怪我のことを忘れていたらしい。

 そのせいで血を失いすぎたようだ・・・・ 


 緊張からの解放と失血で気を失ったカミルは、そのままモニカの横に倒れこんだ。


 

 異常に気づいた周囲の農家の人間が駆けつけたとき、酷く破壊された畑の中にまるで親子のように並んで眠る少女と老人の姿を発見した。

 少女の方は衰弱してはいるが無傷で、顔色もよかったが、老人の方は腹部からの出血が酷く白魔力の強力な治癒が追い付いておらず、非常に危険な状態だった。



 だが農家の人間が一番驚いたのは老人の表情だった。

 その表情は、周囲の人間が今まで見たことがないほど穏やかで満ち足りたものだったのだ。



 

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