1-8【少女と老人 13:~魔力の王~】



「・・・なんだ!?」


 頭の中に知らない声が聞こえたと同時に、体の中の謎の気配が既に準備済みだった様々な魔法を構成する変質された魔力を、勝手に弄り適当に発動させて霧散させていく。

 そのたびに想定外の使い方をされた魔法が大きな音を立てて破裂したり、ランベルトの腕や足を凍らせたり焼いたりした。


 まるで誰かが自分の中で無邪気に魔力を弄って遊んでいるかのようだ。


 そして何かの魔法が霧散するたびに、頭の中に謎の声が響く。


『これなに? 教えて  こっちはなに? 教えて  なんでこうなってるの? 教えて』


 その声は、男にも女にも聞こえる不思議なものだった。

 ただ、間違いなくそこに秘められた狂気を感じるほどの無垢な無邪気さに比べれば、印象は薄い。

 とにかく本能がその声に応えることを拒否していた。


 さらに本能がこの声の正体はあの少女だと叫んでいた。

 見れば、あの少女は今もじっとこちらを見ている。


 それは先ほどまでとは全く印象の異なるものだった。

 全身から超高密度の魔力を発し、その姿がすさまじい密度の魔力のせいでわずかに歪んで見え、その表情は氷のように冷たく、だがその眼だけが恐ろしいほどの熱量でもってこちらを見ているのだ。


 そして時とともに、その目に宿る熱の正体が”敵意”から”興味”に代わっていくのを感じた。

 彼女の中でランベルトの”価値”がどんどん下がっていっているのだ。


 そしてそれが良くないことだとランベルトは本能的に悟った。


 周囲に散らばる圧力の正体が彼女の魔力であることには気が付いている。

 そして、それに触れている魔力をまるで自分の体内であるかのように彼女が扱えることも。

 その精度が恐ろしく高いことも。


 既に自分の魔力は完全に彼女のコントロールの下にある。

 彼女にとって、取るに足らない量の魔力が興味の対象になっているのは、それが彼女の知らない高度に変質された魔力だからだ。

 だがこうして玩具のように無駄に消費している間に、だんだんと興味の対象から外れてしまったのだ。

 

『つまんない 教えてくれない』


 ランベルトにとって、頭に響いたその言葉は、この場を支配する無邪気な”王”の下した死刑宣告に聞こえた。



 次の瞬間、ランベルトの体ごと周囲の魔力が一気に少女に向かって引っ張られた。

 筋力強化が発動しない中で、何とか己の筋力でその場に踏みとどまるが、あっという間に凄まじい力で地面になぎ倒され、そのまま地面ごと引きずられるように進んでいく。


 先ほどの暴走させられた魔法のダメージのせいで、ほとんど踏ん張りも効かない。


 いったいどうなっているのかと周囲を見てみれば、ランベルトの周りの空間を埋め尽くした魔力が高速で少女の方に流れ、それを埋めるように周囲の空間から魔力が供給される。

 膨大な奔流となった魔力が最終的に少女自身に行き着き、そのままどういう理屈か体の中に吸収されている。


 まるで少女が周囲の魔力を飲み込んでいるかのようだ。

 そしてその少女の姿は圧縮された魔力のせいで光がねじ曲がり、空間に空いた真っ黒な穴にも見えた。


 その時ランベルトは、フランチェスカの青写真の中にこのような現象について書かれている記述を見ていたことを思い出した。

 主任であったアイギス伯爵によって”黒い穴”と呼ばれたその現象を、当時のランベルトは理解することはできなかった。


 ただ何となく何かの比喩なのだろうと思っていたが、今ここで展開されている現象は比喩でもなんでもなく、巨大で高密度な”黒い穴”が周囲の魔力を好き勝手に食い散らかすまさに記述通りの現象だった。



 

 どこで判断を間違えたのか?


 最初に見たときはここまで危険だとは感じなかった。

 歳も幼く、身なりや魔力の動きから、魔法知識を殆ど持っていないことも分かっていた。

 必然的に使えるスキルの質や量も大きく制限されていると考えた。


 だがそれでも処理可能であることの裏付けをとるために、同じ歳のころのガブリエラ様の報告書を取り寄せ、その内容からランベルト一人で対処が可能と判断したのだ。


 もちろん実際の処理にあたって抜かりはない。

 ランベルト自身何度もスキル保有者との戦いを経験しているし、対スキル保有者において最大の武器である捕獲ネットの準備も行った。


 すべては確実に極秘のうちに仕留めるために準備したものだ。

 あの少女について、まだ判然としない段階での準備としては破格の物だろう。


 そしてそれは実際にうまく機能したはずだった。

 今でもこの少女と同じ歳の時のガブリエラ様が相手なら完封できた自信がある。


 だがこいつは何かが違った。


 明らかにその年齢と経験で制御できるものではない【制御魔力炉】を起動させ、さらに離れた場所の他人の魔力を好き勝手に扱った。


 どこかの段階で判断を誤ったのだ。

 その実力を見誤った。


 大人しく情報の流出覚悟で中央に報告していれば、こんな目に合わずに済んだだろう。

 己の力を過信し相手の力を侮った、悔やんでも悔やみきれない失態だ。


 だがこんな状態で終わらせるわけにはいかない。


 ランベルトは魔力の暴風の中で痛みで飛びそうになる意識に叱咤しながら、”最終手段”の準備に入る。


 懐から取り出したのは魔力ごと魔法を封じた”魔法紙”の一種。

 封じられているのは周囲の魔力を取り込みながら、それを爆発に変える禁断の魔法だ。


 発動されれば最後、周囲に魔力がなくなるまでその爆発は止まらない。

 間違いなくランベルトも死んでしまうが、同時にこの周囲のすべてが消し飛ぶだろう。

 特に魔力の塊である少女は死んだ後もその残留魔力がすべて変換されるまで爆発することになる。

 少々むごいが仕方ない。


 これは生かしておくにはあまりにも危険な存在だった。


 ランベルトは震える口を動かし、その魔法紙の起動のために必要な呪文を呟く。


「”マヘール・エクシルム・ルミウス・・・フルルート・オームス・コプロン”」


 幸いにもこの魔法紙は起動のための魔力を内包しているので呪文だけで発動できる。

 それは全くの偶然だったが、自分の魔力を制御できないこの場においてはありがたかった。


 そしてそのまま光り始めた魔法紙を少女に向かって投げつける。


 どうやらこの暴風は魔力的な力しかもっていないようで、魔法紙がその風に吹き飛ばされるようなことはなかった。

 まあ吹き飛ばされても魔力を辿って本体に火が付くだろうが。


 さあ、どこまで被害が出るか・・・・


 少なくともこの周囲一帯の農場は全滅して、きっと北部連合の役人達はこの原因不明の大爆発の後処理に追われることになるだろう。

 その大変さを想像すると気分が悪くなる。

 自分がその後処理をしなくていいのだけが救いだが。


 そして、その終末の炎は空中でゆっくり魔法紙から周囲に広がり、突然凄まじい閃光を放って爆発した。


 ランベルトは目をつむり最期の時を待つ。

 きっとこの瞼の向こうでは、この周囲で一番の魔力の塊である少女が燃え上がる光景があるのだろう。


 ランベルトは心の中で、惨い最期を用意してしまったことをその少女に詫びた。



 だがいつまでたってもランベルトが炎に包まれることはなかった。

 それに依然としてランベルトを引きずる力が弱まる気配もない。


 何事かと目を開けた瞬間、その場の光景に凍り付くことになった。


 目の前、数十歩程度先の空中に、身の丈ほどの直径の真っ赤な火の玉が浮かんでいたのだ。


 それは明らかに変換反応によって生じた炎で、周囲の魔力を根こそぎ食らい尽くすはずのものだ。

 だが、この大人しい反応はどういうことだ!?

 そして少女はどうなっているのか!?


 するとまるでそれが絶対の理であるかのように少女は立っていた。

 かなり引きずられたのか、もう距離はほとんど残っていない。


 だが現在はその引きずられる力は弱まっている。


 理由は簡単だ、少女の興味がランベルトから火の玉に移ったのだ。


 少女はこの場には似つかわしくないほどの純粋な笑みで目の前の火の玉を見つめていた。

 その表情をあえて表現するなら、”新しいおもちゃを買ってもらった子供”だろうか?


 何とか周囲の魔力を喰らおうと炎の触手を伸ばす火の玉を軽くいなし、勢いが弱まればまるで貴族の子供が観賞魚に餌をやるかのように魔力を注ぎ込んで、その様子を興味深そうに観察していた。

 何もかもを焼き尽くす”終末の炎”で遊ぶその少女の姿に、何とも言えない不気味な恐怖に襲われる。


 まるで貴族の飼い犬の毛のように綺麗に纏められた炎の塊を見ながら、ランベルトは ”ああはなりたくない” と本気で願った。

 

 幸いにも今はこの場の支配者たるこの少女は火の玉で遊ぶのに夢中で、周囲に関心がない。


 逃げるなら今しかない。


 ランベルトの直感がそう告げていた。


 できるだけ音をたてないように静かに、地を這う虫のようにゆっくりと距離を開けていく。

 よっぽど魔力を食らう火が面白いのか、こちらを吸い込む力はほとんどなかった。

 これならば逃げられる。

  

 そう思ったとき不意に少女の顔がこちらを向き、その真っ黒な目と目が合った。


「あ、だめ!」


 ベシャリ


 そんな軽い音が似合うような気軽い感じにランベルトは地面に叩き付けられた。

 そのあまりの痛みで声も出ない。


 これはいったいなんだ・・・・まさか!?


 それはランベルトの体の中を流れる生体魔力を、少女が操作して地面に叩き付けたのだった。

 普通、生体魔力が何かに反応することはない。

 だが、それすらコントロール下に置いた少女にしてみれば、それを動かしてその場に固定するなど造作もないことだったのだ。

 つまりもうここは、この少女の手の中だといえる。


 ランベルトはその事実についに我を失った。


「は・・・はは・・・」


 もはや乾いた笑いが口をついて出るのを残すのみだ。

 そしてそれが”王”の興味を引いた。


 火の玉に興味を失った少女は、何気ない所作で火の玉をひねり潰す・・・・・・と残ったその残滓を、おやつでも食べるかのように軽く口を開けて飲み込んだ・・・・・


 そしてこちらに向かってその真っ黒で興味深げな双眸が向けられる。


『おもしろそう』


 ランベルトにはもはやその言葉を理解できるだけの人格は残っていなかった。

 ただ、彼の生体魔力だけがその言葉に反応したかのように動き・・・始める。


 最初は指から緑色の霧状の魔力が抜けはじめ、魔力を失った部分から徐々に色を失い砂のように崩れていき、その断面からさらに魔力が先を争うように噴き出していく。

 その間、幸運にもすでに精神が壊れたランベルトは自分の体が破壊される不快感と苦しみを味合わずに済んだ。


 彼は最後まで軍の運用に当てはめて名付けられたスキル階級の中でなぜ、王位スキルだけが”王”と呼ばれるのかの本当の意味を理解することはなかった。

 それは決してちまたでいわれるような単純に一番上だからという意味でも、その扱いが王様並みだったからでも、王族に発現したからでもない。


 ただ単に内包する”力”の性質がとても支配的だからだ。


 全ての魔力は、より高度化された魔力の前にこうべを垂れる性質がある。


 それは自然現象としての魔力の性質であり、王位スキルに内包される最高級のスキルである制御魔力炉はそれを利用しようと作られた正真正銘の”魔力の王”なのだ。


 ランベルトの体が全て崩れ、緑色の霧になるまでそれ程多くの時間はかからなかった。


 後に残ったのは全ての魔道具が破壊されボロボロになった衣服と、かつてランベルトの体内に存在した生体魔力の集まった緑色の霧だ。

 そして”王”が興味を持ったのは霧だけ。


 というよりもその魔力を抜き出すためだけにランベルトの体は粉々に砕かれた。

 あとは彼女は周囲の魔力を動かしたりして、緑色の霧の動きをただ面白そうに眺めていた。


 その様子は周囲の畑が無残に破壊され燃え上がり、血を流して倒れている老人や恐怖に震えるパンテシアがなければ、小さな女の子が遊んでいるようにしか見えなかっただろう。


 ひとしきり緑色の魔力を動かして遊んだ後、少女は再び興味の目でその霧を眺める。


 するとその霧がまるで少女を求めるように独りでに近づき始めた。


 黒色の魔力の海の中を、その緑色の魔力が流されるように少女の元まで進んでいく。 

 そして少女の下まで流れつくとそこで一旦停止して何やらまとまりだした。


 その様子は王に取り入ろうと首を垂れる臣下の姿に似ていた。


 しばらくの間モニカだった少女はその魔力の霧を品定めするかのように眺める。



「・・・・いらない」


 するとまるでその言葉に反応したかのように、緑色の魔力の霧が跡形もなく霧散して消えた。


 それから少しの間、広大な畑の中でただ一人残された少女だけが楽しそうに周囲のものを興味深げに眺めていた。


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