1-8【少女と老人 12:~制御魔力炉~】

side ランベルト


 

 何でこんなことをしてるんだろうな。


 自分が投げたネットの下で這いつくばる少女を見ながらそんなことを考える。


 ランベルト・アオハの生まれは裕福な貴族だった。

 アイギス家が没落する前からこの国で最大の影響力を持つ公爵家に名を連ねる巨大一族の末席に位置する彼の実家は、その恩恵を十二分に受け格上の貴族よりも金を持っていた。

 と同時に既に末席であるせいで、これ以上の分家は許されない。


 成人してからもその恩恵を受けたければ、兄弟たちを出し抜いて家督を得なければならなかった。


 その恵まれた・・・・環境が彼を強くした。

 他の兄弟が半ばコネで魔法士学校や騎士学校に入学する中、彼は最高難度のアクリラを正面から受験し突破した。


 その後は他の兄弟たちより高度な環境で高度な魔法を学び、卒業してから1年で”エリート”の試験に合格する。

 それは年に10人ほどしか合格できない超難関資格だ。


 末席とはいえ名家のコネと強力な魔法知識を持つ彼は、国防局という誰もが憧れる就職先に職を得て、更には局長でありわが家の宗家である公爵マルクス・アオハ筆頭魔法師の直属の機関に席を置けた。


 それはもはやせせこましい家督争いからの脱却を意味した。

 もう彼は男爵家の跡目などに興味はない。

 このままキャリアを積めば引退時には新たに伯爵程度の地位はもらえる公算があったのだ。


 それがどこで歯車が狂ったのか。


 2ヶ月ほど前から始まった極秘任務。

 様々な制約がある中でようやく見つけた光明。


 それがこの少女だった。


 それは名前も知らない少女だが、彼女がこの一件の原因であることは疑いようがなかった。

 それは彼女の見た目だけではなく、その魔力がそれを証明している。


 ランベルトの身につけた魔道具が彼女の中の膨大な勢いの魔力に反応し取扱がいつもより難しい。

 それはその勢いを止められないスキルの特徴だし、反応の大きさがそのランクの高位さを示していた。

 だがここまでの反応とは。


 それはこれまでランベルトが会った中で最も高位のスキルを持っていた、うちの局長マルクスの数倍に達する。

 流石に王族であるガブリエラ様自身とは魔道具を身に着けての拝謁は不可能なのではっきりとは言えないが、内に秘めた力は同等と見ていいだろう。


 もう少し成長していれば応援が必要だったかもしれない。

 だが彼女にとっては残念なことに対策が万全な相手と戦うには彼女の経験が足らなすぎた。


 この特別製のネットにかかっては高度に訓練された軍位級ですら致命的になりうる。

 より高位とはいえまだ制限の多く専門教育も受けていない少女では出ることすら叶わぬだろう。


 さて、カミルさんも動けなくなったことだしさっさと終わらせますか。

 足元で上半身から血を流し蹲る老人を見ながらそんなことを思う。


 もちろん白の魔法士であるカミルさんがこの程度で死ぬことはないだろう。

 白の魔力を持つものは動けなくなってからの生命力が桁外れなので、仕留めてからちゃんと炎などで焼かないとそのうち生き返るのだ。


 まあ、しばらくは動けないだろうし、少女共々あとで一緒に燃やせばいいか。


 そう考えながらネットの方へ向き直る。


 少女は相変わらず緑色の火花を撒き散らしながらもがいていた。

 そして視線だけでこちらを殺せそうなほどの表情でこちらを睨んできた。

 すごいな、普通ならもうとっくに魔力も気力も尽きているだろうに。


 だが、とどめを刺すために近づき始めるとその真っ黒な瞳に恐怖の色が交じる。

 もう生き残るすべがないことを自覚したのだろう。


 悪いな、これも仕事なんだ。

 怨むならうちの上司にしてくれ、あの人なら幽霊でも返り討ちにできるだろうから、きっとちゃんと成仏できるだろう。

 

 そこでふと、自分もあの地下墓地にドクロを並べる行為を行っていることに気づく。

 初めて見たときは理解できないと思ったが、いざこうしてその立場に立ってみると好きでやったことではなかったんだなということが嫌でも理解できてしまった。


 それに何度か機密保持の名目で人を殺したことはあるが、こんな小さな少女は初めてだ。

 きっと後味の悪いものになるだろう。


 はあ・・・こんな嫌なことはさっさと済まそう。

 そう思い歩みを強める。


 だがそのとき、少女の目の色が少し変わったような気がした。

 それになんだか纏う空気が変わったような・・・


 ランベルトはそこで一旦歩みを止めて、様子を見る。

 すると少女が何事かを呟いた。


 その瞬間、周囲から音が消えた。


 いや、そう錯覚しただけだ。

 相変わらずあたりからは畑が燃えるゴウゴウという音が聞こえてくる。。

 それに時折、少女を覆うネットが発するバチッっという音が・・・・聞こえない?


 見れば少女を覆うネットは確かにその反応を止めていた。

 ついに魔力が尽きたか。


 だが、肝心の少女自身は前よりもしっかりとした目でこちらを見ている。

 どういうことだろうか?


 するとまたもや少女が口を開き、何かをつぶやき始めた。


「”起動条件の合致を確認【制御魔力炉Lv9】を起動します”」


 制御魔力炉? 確かウルスラの仕様書にそのようなものが書いてあった気がする。

 だがあれは、成人してから起動させるリストの中に書いてあったはずで、今のガブリエラ様でも起動出来ないはずのものだ。


 もともとの魔力を燃料により純度の高い魔力を作り出す夢の装置である制御魔力炉はまだ技術試験段階の代物で、完璧な魔力制御ができなければあっという間に爆散しかねない危険なものなのだ。

 それを体内で再現すると聞いたときは正気ではないと思ったし間違いなくこんな幼い少女に扱えるものでは無い。

 おそらく聞き間違いだろう。


 ランベルトはまさか、その少女がより高度な魔法制御が可能な人格を取り込むことで起動条件をクリアしていたなどとは露程も考えていなかった。


 だが、次の瞬間ランベルトの顔に浮かんだのは不審と驚愕だった。

 それまでバチッ、バチッっと時折スパークのように信号の魔力を発散させていたネットが突然全体が緑色に光り始め、断続的な火花が吹き出し始める。


 どういうことだ!?

 こんな現象は見たことがない。


 だが火花は段々とその勢いを増し、次第に緑色だった光も熱を帯びた赤色へ変わっていく。

 いや、ネットを構成する高純度の触媒が熱で溶け始めているのだ。


 このままでは、ネットが突き破られる。


 慌ててランベルトがトドメを刺そうと駆け寄る。


 

 次の瞬間、ランベルトは何かよくわからないものすごい力で吹き飛ばされ再び畑の中を転がった。

 途中勢い良く炎の中に突っ込み、防御魔法がその火に反応するのが感じられる。

 

「ぐあっ、いってえ・・・」


 魔法のおかげで無傷だが痛みは軽減されない。

 それにしても今日はよく吹き飛ばされる日だ。


 いったい今度は何が突っ込んできたんだ?


 そう思い周囲を確認するもそれらしき人影はどこにも見当たらない。

 だが畑の作物が少女を中心に不自然になぎ倒されていた。


 まるで少女から何かが吹き出してそれに突き飛ばされたかのようだ。


 そんな馬鹿な。


 ランベルトが畑の中で立ち上がるのと、少女を覆っていたネットが焼き切れるのは同時だった。

 

 厄介だな。

 今の攻撃は全く理屈がわからなかった。


 不自然なくらいスムーズに立ち上がる少女の姿を見ながら頭の中で気合を入れ直す。


 その少女の目はずっとこちらを睨んでいた。

 ただその目の放つ空気がさっきまでとまるで違う。

 

 さてどうしたものか。

 捕獲用ネットの予備はあるが、引っ掛けるには一瞬でも再び動作不能にする必要がある。

 まだ”環境変質”の極大魔法は効力を残しているので飛ばれる心配はないが、同時に地面に叩き落とす戦略も使えない。


 できればまたあの無駄に魔力の多い攻撃をしてくれると助かるのだが。

 流石に学習されただろう。


 とりあえずの牽制として、魔道具に魔力を込めて高速で飛ばす。

 長年の研鑽の末、ノーモーションで打ち出された魔道具が反応できない超高速で少女に突っ込んでいき・・・突然吹き飛ばされた。


 何事か!?


 と確認するまでの間にその衝撃波が再びランベルトを襲いその衝撃で膝をつく。


「まさか!?」


 今見たものの可能性に驚愕する。


 慌てて距離を取り、強力な遠距離攻撃用の魔炎を放つ。

 

 だがそれも吹き飛ばされてしまう。


 間違いない。

 これもただの魔力だ。


 だがその量がこれまでと比べても桁違いだった。

 ランベルトは複数の魔法を同時展開して、少女の周囲から囲むような形で一斉に同時攻撃を行った。

 これならば対応はできまい。


 だがその公算はもろくも打ち砕かれる。


 またも少女を中心に発生した衝撃波が周囲全体に飛び出しその全ての攻撃を薙ぎ払う。

 幾つかの強力な攻撃はなんとかそれを耐えきったが続く第二波で簡単に瓦解する。

 少女の周囲のどこにもそれを逃れる方向はなかった。


 そしてそれに続く形で突っ込んだランベルトもその膨大な魔力の波の圧力に負けて膝をつくことになる。

 今度は分かっていたので吹き飛ばされることはなかったが、とても前に進むことは出来ない。


 そんなランベルトの眼前に第二波が迫る。

 今度こそ耐えられない。

 そう思った刹那、奇跡的に第二波の魔力を掴む・・・ことに成功する。


 掴んでしまえば簡単なことだ。

 魔力そのものを飛ばすという違いはあるものの、その中身は先程までの攻撃と大差ない。

 掴んでしまえばこちらが好きにできるというものだ。

 

 だがその見通しは甘かったとすぐに後悔することになる。


 その魔力の波は途切れることなく次第に威力を増しながら何度も何度も叩きつけられた。

 最初のうちは対処できたランベルトも、すぐに手が追いつかずあっという間に押し流されるように少女を中心とする円の外側に向かって飛ばされる。


 そして、飛ばされた先で立ち上がろうにも、波の勢いは止まらずに更に飛ばされる。


 もはや対処どころの話ではなくなっている。

 ただひたすら膨大な魔力の津波に飲まれながら地面を転がり続けた。


 ようやく止まったときは一体どれだけの距離を転がされたのか。

 見れば、少女は遠くに小さく見えるだけだ。


 そしてその少女までの間の作物は全てキレイにこちら向きに薙ぎ倒されていた。

 

 何が起こったのか・・・ それは明白だ。

 少女の体の表面から吹き出した魔力に吹き飛ばされた、それだけ。


 それはもはや攻撃ですらない。

 いわば巨人の息に吹き飛ばされたようなものなのだ。


 と、なればいったいどれほどの魔力か想像もつかない。

 比較対象になる人間がいないどころの騒ぎではない、これでは自然災害と大差ないではないか。

 実際、中央のエリート向け対魔力災害訓練で使われるような、40人規模で制御された人工魔力波の威力を軽く凌駕していた。


 もちろん単純な魔力であるためこちらも利用可能だ。

 だがそれは津波の波打ち際で両手で水を掬えると言っているくらい無意味な話だ。


 こんな化物の相手なんてしていられない。


 ランベルトは即座に対応を切り替え、大型の時空転送魔法の準備にかかる。

 魔力は殆ど空になってしまうが、これでカラ地区の手前まで飛べる。

 そこで中央に応援を要請しよう。


 とにかくこれは一人で対処できるものではない。

 そう判断したのだが、一向に魔法の準備が整わない。


 ・・・・どうした?



 その時ランベルトは知らなかった。

 さっきの魔力噴出が本当に攻撃でも何でもなく、【制御魔力炉】の起動時に不完全燃焼した魔力を捨てるただの”魔力排気”であるということを。

 それが止まったのは、魔力炉が正常に起動したからだということを。


 魔力の波は未だに放出され続け周囲の魔力濃度を急速に上昇させていることを。


 そしてその少女が攻撃の意思を持ったことを。


 

 ランベルトは何度やっても上手くいかない魔法に次第に不安を募らせる。

 今までここまで連続で失敗したことはなかった。


 それは不安や緊張で説明できるものではない。

 エリートという肩書は、それ程やわなものではないのだ。

 

 ではなぜか?


 そこで初めて周囲の空気が先程までと全く違うことに気がつく。

 なんというか、重い・・・のだ。


 まるで空気以外の何かが空間を満たしているような・・・・

 

 その時ランベルトは、その何か・・・が自分の中にまで入ってくるのを感じた。 

 そしてその何か・・・が魔法を阻害していることも。


 ゾワリ・・・


 その瞬間この周囲数十kmに及ぶ全ての生き物が、寒気を感じた。

 それはまるで自分の命を誰かの手の中で弄ばれているかのような不快感だ。


 そしてそれを真っ向から受けたランベルトはあまりの恐怖に息すらまともにできなくなる。


 さらに発動しなかったはずの魔力が別の形で発動し、途中で制御を失って霧散した。

 後に残ったのは巨大な不完全魔法の”ボン!”という鈍い破裂音、そしてその破裂によってランベルトの服の背中の部分が吹き飛ばされ、そこから真っ赤な血が流れだす。


『これなに? 教えて』


 そのとき、ランベルトの頭の中に誰の物とも知れない声が鳴り響いた。

 

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