1-8【少女と老人 11:~エリート~】
状況は端的に言って最悪。
痛みと、ままならない平衡感覚に苛まれ這いつくばりながら、その男を見上げるモニカの中で混乱する俺の中の、それでもまだ冷静な部分が、そんなことなら言わないでほしい事実を告げる。
砲撃魔法は弾かれ、ロケットキャノンに至ってはその膨大な魔力を相手に利用されてしまう始末だ。
それに最大の移動手段である飛行まで使えないとくればもはや、まな板の上の鯉と同じだ。
そして俺たちをそこまで追い込んだランベルトと名乗ったその男は、まるで魔王の様にゆっくりと、いや動きの割に妙に素早くこちらへ近づいてきた。
「まったく、おとなしくしていれば痛みもなく済んだものを・・・って!?」
その瞬間、ランベルトの足元から土を固めて作った槍が大量に飛び出した。
ランベルトに隙を見たモニカが土中に大量の魔力を流し一気に作ったものだ。
だがフロウの防御すら貫くその槍の刃先は、またも謎の魔法陣によって塞がれる。
全くとんだデタラメ野郎だ。
「まったく、こっちが使う魔力に気を使いながらセコセコしてるのに、君ときたら極大魔法でも使うみたいな量の魔力をポンポン、ポンポンと・・・・本当にデタラメなやつだよ」
どうやら向こうも似たようなことを考えていたらしい、隣の芝は青いというやつか。
ランベルトはやれやれと首を振りながら懐から何かを取り出しこちらへ放り投げた。
それは空中でパッと光ったかと思うと、突然網状の物体を放出させ俺達の上に落ちてきた。
だがまともに動くことができない状態のモニカではそれを躱すことができない。
そしてその網状の物体が触れた瞬間、俺は体から力が一気に抜けるのを感じた。
「え!?」
その突然の変化にモニカが驚きの声を上げる。
一体何が起こったのか、俺は必死に原因を探る。
すると全身にかけていた筋力強化が打ち切られていた。
これが原因かと再び筋力強化の指示を出すと驚愕の事態に直面する。
なんといくら指令を送ってもうんともすんとも言わないのだ。
更に他のスキルや魔法も無反応だ。
気のせいか俺の思考まで鈍い気がする。
まさか!?
『モニカ!聞こえるか!?』
「どうしたの!?」
どうやら声は届くようだ。
声まで届かなくなってしまったかと心配したが、もしかすると俺はモニカの中に居るからかもしれない。
『今のは筋力強化が切れたからだ、他の魔力やスキルも発動しない、どうも信号がどっかで消されてる感じだ』
どうやって消されているかは聞くまでもない。
俺が何かをしようとするたびに、俺達を覆う網の一部が緑色に発光し、バチッっと音を立てるのだ。
おそらくそれが信号を阻害している現象なのだろう。
「それは対高位スキル用の捕獲ネットだ、網状の高純度触媒がスキル特有の微弱な制御魔力を吸い出して発動する前に止めるから、特に君みたいに魔法の制御までスキル任せだと、いくら魔力があろうと関係ないよ」
その言葉にモニカが悔しさで唇を噛む。
それはあまりにも俺達にとって致命的な手段だった。
俺という超高性能なスキルを頼りに魔法もスキルも使っている以上、それを絶たれれば手も足も出ない。
この男ははっきりとこちらの戦力を見切り、必要な対策を打ってくる。
一方俺達は相手が何をしているのかも定かではない。
勝てない。
勝つ手段がない。
「それじゃあらためて・・・私は国防局魔法災害・事故調査局調査官、ランベルト・アオハだ、国及び北部連合より付与された権限により、そこの・・・・なんだ・・・」
そこでランベルトは一旦言葉を区切り、こちらを睨む。
どうやらモニカの名前が分からないらしい。
「あー、そこの女性を、極秘指定機密保持の名目で処分する・・・これでいいか?」
そして何やら左腕の謎の小さな円盤状の物体を見ている。
するとその円盤がまるで返事するかのように小さく赤く光った。
「よし! これで手続きは済んだ、それじゃさっさと終わらせますか・・・動かないでね、当たりどころが悪いと苦しむことになるから」
そう言って右手を差し出すと、緑色の光が覆いまるで刃のように禍々しく輝き出した。
間違いない、最初にカミルに向かってやっていたやつだ。
そしてランベルトから発せられる殺気がかつてないほど膨らみそれに当てられモニカの足が震える。
だがその目はしっかりとランベルトを睨みつけていた。
俺が最後の足掻きとばかりに、ありったけの気力を総動員して魔力を動かそうと試みる。
僅かでいい偶然でいい、とにかく一瞬でも俺の制御信号が届けばそれでいい。
だが無情にもランベルトが目の前に達し、その光輝く右手を振り上げても、そしてその腕が俺たちの命を断ち切るために振り下ろされる瞬間になっても制御信号が到達することは無かった。
眼前に迫る緑の閃光。
それが俺達の首元を捉える刹那、
もう駄目だと俺が諦めた瞬間、
真っ白な影が猛スピードで俺達とランベルトの間に割り込み、その勢いでランベルトを突き飛ばした。
ふっ飛ばされたランベルトはまるで玩具のように畑の中をバウンドしながら転がっていく。
「大丈夫か!?」
その白い影が怒声のような声で安否を問うてきた。
見ればそれは全身から汗をびっしょりと垂らしたカミルだった。
「カミルさん! あいつ魔法効かない!」
「それはお前さんが変質もさせていないただの魔力をぶつけてるからだ! 変質させていない魔力は本当にただの魔力だからいくらでも自由に使える、あれくらいなら私でもできるぞ!」
なんと!
まさか変質前の魔力を使うことにそんなデメリットがあるとは夢にも思わなかった。
つまり俺達は魔力の専門家めがけて双方が好きに使える魔力を大量にぶん投げていた事になる。
それは敵に大量の塩を送りつけてるのと大差ないということだ。
「ああいう、熟練した魔法士と戦うときは変質した魔力を使うか、攻撃自体もスキルで行え!」
なるほどそうすれば良かったのか!
なんてことで勝てるほど甘くはない。
モニカが今できる魔力変質なんてラウラの教科書に書いてあった簡単な風や電気を起こす程度のものだ、とても攻撃に使えるようなものではない。
それに攻撃自体までスキルで行えるスキルを俺たちは持っていない。
それに一番近い槍作成ですら簡単に防がれたのだ。
つまり相手に通る攻撃は威力不足だし、十分な威力はある攻撃は相手に利用されてしまう。
それに、
「カミルさん・・・これ取れる?」
モニカが自分を覆うネットを掴みながらそう聞く。
そう、まだこれがあるのだ。
どうやらただ被さるだけでなくネットの周囲が地面にガッチリと固定されているらしい。
「ちょっと待ってろ・・・」
そう言うカミルの額からはさらに多くの汗が流れ出る、それに顔も青い。
どうやら戦闘慣れはしていないようであたふたしてる感じだ。
かなり強そうなのに意外だ。
そしてカミルは少しネットの状態を探ったあと、おもむろに腕を光らせて叩きつけた。
俺はそれがスキルの発動であることを検知する。
ランベルトが行ったのと似ているが、こちらは完全にスキルによるものだ。
この前見た”ペーパーナイフのスキル”の巨大版だろう。
だが解析スキルの反応が薄い、やはりこのネットに阻害されているのか。
それにカミルの腕もネットに触れた瞬間、切断するどころかそこで光を失った。
「!?」
カミルが慌ててネットから飛び退く。
俺はカミルがネットに触れた瞬間、発動中だけでなく他の魔力まで含めて吸い出される様子を確認した。
「ちくしょう・・・スキル殺しの触媒か」
そう言ってカミルが力なく口元を覆う。
それにしてもなんて物騒な名前のものか。
だがその名に恥じぬ性能だった。
俺はカミルの腕からまるで根こそぎくらい尽くすように微弱な制御魔力が抜けるのをハッキリと見ることができた。
更にそれに釣られれて他の力まで抜ける様子も。
これではスキル保有者は触れるだけでいろんなものを吸い取られてしまうだろう。
実際、俺達の体力も不自然なくらい減りが早い。
「ちょっと待ってろ、いま魔法で吹き飛ばす」
どうやらカミルは対策があるらしく、手をかざすとそこに白色の魔法陣が展開された。
だがその速度はランベルトのものと比べるとノロノロとしたもので、明らかに慣れていないことがまるわかりだった。
「まったく、痛いじゃないですかカミルさん」
その瞬間、まるで悪魔の囁きのような声が俺たちの耳に入る。
戦闘で作物が大きくなぎ倒された畑の中にすうっとランベルトが立っていた。
それに恐ろしいことに全くの無傷だ。
まさか、あれだけ派手にふっ飛ばされたのに汚れすらどこにもない。
痛かったなど絶対ウソだ。
カミルが俺達を庇うようにランベルトの間に立つ。
その顔はここからは見えないが、きっと恐怖に引きつりながらも相手を睨みつけているのだろう。
その年老いた老人の小さな背中からは確かな恐怖と、絶対の不屈の意思が伝わってきた。
「
ランベルトが少し面倒くさげにそういった。
「当然だ」
声が少し震えていたが即答だった。
「その子は、あなたの娘ではありませんよ」
「だからどうした」
「・・・・あなたのスキルは官位級、魔法の技術は高いがそれは戦闘に使えるものではない、どう考えても勝てませんよ?」
「関係ない、どうせ私共々殺す気なのだろう?」
ランベルトはそこで話し合うことを無意味と感じたのか、小さなため息を一つつき、全身から力を抜いて
次の瞬間、再び俺達を強烈な殺気が襲う。
そのせいでランベルトの姿が実際よりも大きく感じ、小さな体のカミルと対比して、まるで巨人と小人の戦いの様な錯覚を起こす。
実際それが彼らの力の差なのだろう。
この状況、どこかで見覚えがあるな。
そんなモニカの感情を探るとそれが超巨大サイカリウス戦であることを思い出す。
あの時絶体絶命の状況で俺たちを守ろうとした2体のゴーレム、その姿がカミルと重なったのだ。
「だめ! 逃げて!」
結局あの時彼等は倒れてしまった。
そのトラウマがモニカの中で大きく広がる。
だが当のカミルは悠然と迫ってくるランベルトを前にしても逃げようとはしなかった。
ただその背中の向こうにどのような表情を浮かべているのかは分からないが、不意に何か覚悟でもついたのかランベルトに向かって走り始めた。
そしてカミルの全身が光りに包まれ俺は強力なスキルの発動を検知する。
覆いかぶさる忌々しいネットのせいでその正体が何かまでは分からなかったが、それがカミルを急激に加速させていることは理解できた。
そのまま猛スピードでランベルトに突っ込み・・・
片手で軽く受け止められる。
「そんな攻撃が二回も通るわけないじゃないですか・・・」
その言葉はまるで聞き分けのない老人を諭すようなものだった。
次の瞬間、カミルが大きく吹き飛ばされた。
だがここからは何をされたのか分からない。
少し離れた地面に転がるように叩きつけられたカミルは、それでも即座に立ち上がる。
見れば服の脇腹の部分が大きく損傷し、更に少し血が滲んでいる。
「ぐっ・・・その子は殺らせん・・・」
カミルが腹を抑えながら震える足で体を支え、青い顔でそれでも力強くそう告げる。
「はいはい、わかりました、わかりました、あの子はちゃんとあなたの後に処理しますよ」
ランベルトの表情はもはや面倒くさいものを扱うかのようだった。
そしてちょっと近くのものでも拾いに行くような軽い足取りでカミルへ近づいていく。
「たとえ・・・何であろうと・・・その子は・・・俺が、俺達が生きた証だ・・・」
そう言いながらカミルもランベルトへ向かって近づいていく。
その過程でカミルは手当たり次第に様々な魔法をぶつけていく。
炎、冷気、謎の白い光線・・・みんな俺達が使う変質魔法より遥かに高度で威力が高い。
だが一つとして俺達の砲撃より強い攻撃は無かった。
「それでおしまいですか?」
ランベルトが最後の光の塊を魔法陣で弾いたあとそう聞いた。
どうやらカミルは魔力切れに近いらしく、息をするのもやっとなくらい疲弊していた。
周囲を見ればいつの間にか、戦闘で発生したと思われる火が畑の作物を燃やし始め、その炎の光が2人を怪しく照らしている。
その中でもランベルトの胸につけられた金バッジが一際強く輝いていた。
そしてその金バッジに書かれた”エリート”の文字が、まるでこの場における支配者の証であるかのように畏怖を放っている。
国家が認めた強者。
その意味をまざまざと見せつけられ、その差を噛み締め、それでもなおカミルはその前に立ちはだかることを辞めなかった。
どこにそんな力が残っていたのか、弱々しくそれでいて力強い光がカミルの腕を包み、最後の足掻きとばかりに腕を振り上げて叩きつけられる。
だが悲しいかなその攻撃もまるでそれが心理であるかのごとくランベルトの魔法陣に受け止められてしまった。
「それが最後ですか・・・」
次の瞬間、ランベルトの腕が高速で振り払われ、カミルが腹部から血を流して倒れ込む。
それを見たモニカが声にならない悲鳴を上げた。
俺の頭のなかにどちらのものともつかない様々な感情が溢れ、両目から涙がこぼれる。
カミルを仕留めたランベルトは次の作業へと移るかのように残された俺達に向き直り、こちらへ向かって歩きはじめた。
今度こそ助からない。
今度は身代わりになってくれるゴーレムもカミルもいない。
そんなことを考えたのは俺かモニカか。
ああ、まだロメオがいるか。
だがあいつは随分離れたところでブルブル震えている。
それにそんなものを当てにするなんて・・・
俺たちにできることはもう残されていない。
このネットの中から脱出する手段は思いつかないし、脱出できても攻撃は通らない、逃げる手段すらない。
そしてその死神は決して俺たちを見逃しはしてくれないだろう。
ランベルトが俺達との間にあいた40mほどの空間を歩き切るまでが余命だ。
そう直感した。
本当にそうなのか?
今できることは本当になにもないのか?
なおも迫るランベルトのどこか面倒くさそうな顔を見ながら、俺はそんな思いに駆られた。
だいたいスキルが機能しないというネットの中で俺はちゃんと機能しているではないか。
カミルがこれに触れたときに感じたが、このネットの威力は本来ならばこんなものでは無いはずだ。
その性質を考えれば俺を動かす魔力ごと吸い出されてもおかしくないのだ、つまり管理スキルであるFMISは他に干渉こそできないものの、その力は健在である。
何故か?
俺の直感がその答えを即座に叩き出す。
FMISは他のスキルと異なり間違いなく最初からフランチェスカの中にあったスキルだ。
今起動している殆どのスキルはそれを補佐するものだったり、モニカのよく使う魔法を纏めたものだったり他人のスキルを真似たものだったりする、いわば簡易的に作られたものなのだ。
つまりFMISこそが正真正銘の本物の王位スキルと言える。
その威力はこの凄まじい捕獲ネットの力すら跳ね除けるほどなのだ。
ならば。
俺は今使える中でもう一つの、フランチェスカに最初からあったと思われるスキルの制御パネルを眺める。
視界の端に誤って使わないように見かけだけだが厳重に封印されたその力。
【思考同調lv2】
その表示がいつもよりも禍々しく見えた。
これは前回使ったときの経験から、使わなければ死ぬ場面でもない限り使わないと決めたものだった。
だが、今はまさにその条件を満たすのではないか?
使い物になるかは別にして今はただ死を待つ身だ。
今更何を恐れよう。
これを使うにはモニカの同意がいるが、俺の直感が今なら発動可能であることを告げていた。
モニカならきっと今こう考えているはずだ。
”強くなりたい” と。
それはこのスキルの適当すぎる条件判定に照らせば十分に同意とみなされる。
ならば最後の賭けとばかりに、俺は封印されたその制御パネルを操作する。
さあ、何が出るか・・・
これを発動すれば最後、どうなるか分かったものではない。
俺はモニカの思考に溶けていく感覚の中で、最後に自分の意志で敵の姿を見つめる。
その余裕たっぷりな顔が何かの異変を感知したのか少し怪訝なものになる。
それをおかしく思ったのはどちらの意志か。
「”思考同調が発動されました”」
そして
その日、北部のとある郊外の畑の中で。
王位スキルの ”王位” たる所以が解き放たれた。
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