1-8【少女と老人 10:~力の差~】
空中から放たれた幾つもの砲弾が、謎の男に向かって殺到する。
それは一撃が大砲にも匹敵する強力なものだった。
必然、男の周囲はまるで空爆を受けたかのように爆炎がいくつも上がる。
圧倒的に魔法知識で負けている中で俺達が持っている数少ない優位点が魔力量とこの空中という舞台だった。
古今東西、全ての物は上からの攻撃に弱いというのが相場だ。
単純に上にいるほうが攻撃を当てやすいということもあるし、上からの攻撃は防御しにくいというのもある。
制空権を失ったほうが負けるのを見れば分かるように上を押さえられるというのはそれだけ有利に立てるのだ。
というわけで、俺達はガンシップよろしく空中にとどまりながら、大量の魔力砲弾をばらまいていた。
ただ、いまいち手応えが薄い。
やはり何らかの防御手段があるようだ。
すると爆炎の中から、緑色の炎が何本も吹き出してきた。
「っち」
慌ててモニカが羽を動かして、それらを回避する。
空対地攻撃をするにあたって空に陣取る側が持つデメリットとして、狙われたら隠れる場所がどこにもないという物がある。
地上にいればたとえ平原であっても、うまく使えるかは別にして地面というある意味で最強の遮蔽物があるのだが、空中にはそれすらない。
なのでしっかりとした制空権を抑えた上で、相手の対空攻撃手段を潰してからでないと案外危険だったりするのだ。
そして見た感じ、相手は結構な対空攻撃を持っているらしい。
それでも、なんとかモニカの野生の勘でそれらを避けながら、続けざまに砲撃を叩き込んでいく。
既にその爆撃の中心地の地面は深く抉れて地形が大きく変わっている。
だが一向にダメージを受けた様子はない。
さらにこちらを狙う炎の中にまるで鞭のようにしなりながら、こちらを狙う物があった。
それらは逃げてもまるで蛇のように追いかけてくる。
全部で三本のその炎の鞭を上下左右に動きながら躱していく。
なんとなく緩慢な動きのイメージだったが、案外本気になれば機敏に動く。
モニカの素早い重心移動に、俺の操作で推力ごと向きを変えるので、天使というよりかはハエに近い軌道だ。
ただ、それは体への負荷が尋常ではないことを意味していた。
さっさとなんとかしなければこちらの身が持たない。
緑の炎の鞭を躱しながらその合間に砲撃を叩き込んでいく。
なんとか余裕が出てきたか・・そう思った刹那
「!?」
何かを察したモニカが一気に急降下した。
間一髪、そのすぐ後ろを謎の気配が高速で通過する。
見ればそれは巨大な鎌のようなものだった。
先程俺達を地面に拘束した拘束具の亜種だろう。
遥かに禍々しいが。
そしてその出処を確認するため上を見ると、そこには大きな魔法陣が展開されまるでそれが足場のように男が立っていた。
「気づかれてしまったか」
その言葉とは裏腹に仁王立ちでこちらを見下ろすその姿には余裕すら浮かんでいる。
いったい、いつの間に移動したのか、俺の索敵では全く感知できなかった。
「一応、決まりなんで言っておくと、今から君を
まるで面倒な事務手続きをするかのように淡々と、男はそう告げた。
どうやら向こうも完全にこちらを仕留める気でいるようだ。
今の言葉にはそういった意味が込められているのを、その瞬間に濃さを増した殺気から肌で感じる。
「・・・あんた、だれ?」
それに対しモニカが今更な質問で返す。
すると男は少し驚いた表情をして、気のせいか殺気が少し薄らいだ。
『おい、こんな時に、名前なんて!・・・』
「・・・用意して」
だがモニカの目はいたって真剣なままで、ずっと男を睨んでいる。
いったい何を考えているのだろうか、俺はとりあえず適当に使い勝手のいい魔力を用意しておく。
「・・・ふむ、そういえばそうか、私は国防局魔法災害・事故調査局調査官、ランベルト・アオハだ・・・・って!?」
ランベルトと名乗った男が慌てて、その場から飛びのき超高速で接近する砲弾をよけた。
「・・・っち」
『・・・っち』
モニカと俺が同時に舌打ちする。
せっかく発生した隙をうまく突けなかった。
どうやら、この男が先程わざわざこちらを害すると宣言したのを見てモニカがひょっとすれば聞けば律儀に名乗るのではないかと考えて聞いたのだが、まさか本当に名乗るとは思わなかった、だがそれが隙になりきらないだけの力量があるのだろう。
だがそれでもモニカは避けられたことにも構うことなく、次弾を次々発射していく。
どうやらランベルトと名乗った男は俺達ほど巧みに空中を移動することはできないようで、砲弾の幾つかが直撃コースを飛んでいた。
そしてそのまま魔力砲弾が直撃する刹那、俺は何故この男が砲撃を受けても無傷だったのかの謎の一端を見る。
砲弾はランベルトの体に触れる直前、謎の光に阻まれていたのだ。
さらに続く砲弾でその謎の光の形も判明する。
『くそ、なんだか分からねえが、魔法陣みたいなのが壁になって弾いてやがる!』
どうやらバリア持ちらしい。
しかもこれもただの魔法だ。
事ここに至って、俺はランベルトがスキル保有者である可能性を捨てる。
『どうやらあいつは、本当にただの魔法使いみたいだな』
「・・・じゃあ、複製は出来ないね」
『そう思っておくのがいいだろう、あいつは単純に今持ってる手段だけで対処しないと』
実はカミルから得た情報に魔法を複製する方法もあるが、今は諸々の理由で使い物にならない。
そんなことを考えてると、モニカがまたも唐突に急加速する。
見れば今もなお粉塵が舞う地面から緑色の炎がまだまた噴き出していた。
『なぜだ!? あいつは上にいるのに!?』
ランベルトは間違いなく空中に浮かぶ魔法陣の上に立っている。
どうやらあの魔法陣を足場にしてないと浮かんでいられないようだが、それより下にいるのはいったい!?
モニカが真相を確かめるように、少し離れた位置に威力密度を落とした砲撃を行い爆風で粉塵を吹き飛ばすと、そのカラクリが判明した。
俺達が先程まで攻撃していたその場所には、見たことない謎の四角形の物体が鎮座しており、その上部が時折緑色に光り炎をこちらに飛ばしてくるのだ。
『あれが炎の正体か』
「なにあれ!?」
上下から飛んでくる様々な攻撃を紙一重でかわしながらモニカが叫ぶように聞く。
『たぶん何かの魔道具だろう・・・』
くそう、回避のための制御で手一杯なせいで攻撃に回す余裕がない。
とりあえず挟まれるのだけは勘弁とばかりに、高度を上げてランベルトより上に飛び出す。
これで少なくとも挟まれる心配はないが、攻撃の苛烈さは変わらない。
なんとか脱却しなければ。
「・・・ロン、ロケットキャノンもう一回いける?」
『空中でか!? それにあれは無効化されただろう!?』
「さっきあれは魔法陣で受けなかった、たぶん耐えられないんだと思う」
『だが、無効化はどうする? 受け止められて投げ返されるだけじゃ』
「投げたくらいの速度じゃ避ければいい、それに2発同時に受けられると思う?」
『2発同時?』
「羽についてるエンジンは2つ」
そこで俺は心のなかでニヤリと口元を歪めた。
どうやら相手の上に出たのは
確かにエンジンに使ってる魔力ロケットを一時的に塞いで、ロケットキャノンの発射機構にすれば空中で2発同時に発射が可能だろう。
『だが凄まじい勢いでふっ飛ばされることになるぞ!?』
「その時はよろしく!」
そう言ってモニカが一気に急加速しながら上昇する。
そしてそのまま、弧を描くように縦旋回を行い、身も凍るような高空から一気に急降下を始めた。
その速度はこれまでとは比較にならないほど凄まじいもので、さながら急降下爆撃よろしく目標に向かって一直線に加速する。
もうエンジンで加速する必要はないので、魔力ロケットは噴射口を塞ぎ、代わりにその前方に簡易的な砲身を形作った。
下から幾つか攻撃が飛んでくるが、それは羽だけで十分かわせる。
そのついでに発射に最適な位置に移動していった。
そしてランベルトと謎の地上物体が一直線に並んだところで、簡易ロケットキャノンの引き金を引く。
同時に凄まじい衝撃が全身を揺さぶり、その反動で一気に急減速した。
だが十分に加速した状態だったことと、空力制御スキルのお陰でまだ真っすぐ進み続けている。
ランベルトを外しても地面の物体へは当たるように調整したが、その必要はないようだ。
2発の砲弾の速度は人間に反応できるものではなく、ランベルトもその範疇に収まっているらしい。
だが、そこで再びあの謎の現象が発生した。
片方の砲弾が吸い寄せられるようにランベルトの右手に吸い込まれ、一旦その右手に収まったかと思うと、即座にもう一方の砲弾に叩きつけ、その反動で上へ上昇する。
その動きは普通の速度ではなかった。
ぶつかった砲弾はそこで凄まじいエネルギーを開放するも、猛スピードで落下していたため、その衝撃波と熱は下方向に全て向かってしまう。
だがそのかわり空中で発生したにも拘らずその爆炎が地面まで届き地上の謎の物体を直撃した。
おそらくこれで地上のあれは片付いただろう。
だが当のランベルトは全くの無傷だ。
それでも、そこで終わる俺達じゃない。
ロケットキャノンの威力以外の利点として、連射の容易さというものがある。
いちいち炸薬用の魔力を込めなくても、魔力砲弾さえ作れば、魔力ロケット内の燃焼室に魔力を流すだけで次弾が発射できる。
だからこそ、俺達は即座に第二弾の砲撃を行うことが出来たが、初弾で大きく減速していたこともあって、二回目の砲撃で俺達は大きく姿勢を乱しそこから続けて発射することはできなかった。
それでも凄まじい破壊力を秘めた砲弾は真っ直ぐに相手に向かって飛んでいる。
どんなカラクリがあるのかは知らないが流石に2連続で無力化するのは難しかろう。
だが俺達のその希望はあっさりと崩れ去った。
またもや片方の砲弾が吸い込まれる様にランベルトの右手に収まり、今度はもう一方を謎の超反応で避ける余裕すら有る。
『な!?』
地上で発生する爆炎を背にしたランベルトの手のひらでくるくると収まる魔力砲弾を前に俺は絶句する他ない。
俺達とあいつの能力に凄まじい差があった。
それは威力だけでどうこうできるものではない。
もっと根本的な物。
魔力を扱うという行為の意味が違いすぎるのだ。
「こんなに凄まじい魔力の塊を、よくそんなにポンポン撃てるね・・・」
ランベルトが右手で渦巻く魔力の塊を見下ろしながらそう言うが、その言葉と裏腹に顔には余裕がある。
まあ、2発目はかならず避けたり弾いたりしているのを見るに、使えるのは一発だけなのだろうが。
『うぐっ・・・』
だがそんなことよりも早く体勢を立て直さなければ、瞬間的にエンジン状態に戻っていた魔力ロケットを全開で吹かして空中に留まる。
なんとかキリモミ状態で地面に叩きつけられるのは回避したが、今の一連の衝撃と急激な姿勢変動でモニカの頭がクラクラして動きが覚束ない。
この状態でランベルトの投げ返した砲弾に直撃でもされれば堪ったものではないと、少し離れた所に浮かぶランベルトの様子を見てみれば、なにか右手に向かってブツブツと呟いている。
よく見てみれば、受け止めた魔力砲弾の色が熱を帯びた明るい色から構成する俺達の魔力の色である黒へと変わり、さらに今度は緑色に輝き始めた。
『モニカ、距離を取れ!! 何かやってくるぞ!!』
俺の直感が”あれはやばい”と告げていた。
ランベルトの腕の中で禍々しく発光を始める魔力の塊は、俺達からすれば何発でも撃てる砲弾でしかないものだが、まるで本物の術者を得たことで、その本質が顕になったかのように何か根源的な危機感を感じさせるものだった。
そして当然、それを野生の勘で察知したモニカは慌てて俺に距離を取るように指示を送ってくる。
どこまで離れれば安全かは分からないが、近づくのは得策には思えなかった。
だが、
ランベルトがニヤリと唇を歪め右手を高く掲げると、そこに収まっていた魔力が急激に変形し数十m近い巨大な魔法陣に変わった。
さらに展開と同時にその魔法陣の中心から何かが噴き出し、空間を高速で駆け抜ける。
その何かは上下左右全ての空間を伝わり猛スピードで迫ってきた。
避けようがない。
そう思った時は俺達のいる空間をその何かが駆け抜けたあとだった。
そこで俺の直感が、なにかが変わったことを瞬時に理解する。
『何が・・・・って!?』
「・・・・え!? うわああぁ!!?」
突然翼が虚空をかき、ストンと高度が落ちる。
慌ててエンジンを全開にして高度を保とうとするが様子がおかしい。
いくら羽を動かしても風を掴まないし、いくら魔力ロケットの噴射量を増やしても一行に推力を得る気配がない。
空中へ浮かぶための能力を失った俺達は、自然の摂理に従って落下するしかなかった。
「なんで!?」
『分からない!』
きっとあいつが俺達の魔力を使って何かをしたのだ。
そうとしか考えられない。
つまりあの巨大な魔法陣が発した何かによって俺達は、揚力も推力も失ってしまったのだ。
そしてどんどん迫る地面。
明らかに叩きつけられればただでは済まない高度だ。
なんとかその速度を殺そうと必死に羽をばたつかせるが、一向に速度が落ちる気配がない。
完全にこれはおかしい。
よくよく感覚を精査すれば、高速で落下しているのにもかかわらず吹き付ける風の量が速度よりも圧倒的に少ない。
明らかに俺達が空気の流れから遮断されている感じだ、いや完全な反作用で推力を得ていた魔力ロケットが機能しないことを見るに他にも遮断されているものは有るだろう。
まるでこの空間の幾つかの法則から対象外にされたかのようだ。
もしかして実際にあの魔法はそういうものかもしれない。
だがそんなことよりもなんとか今の状況を脱却しなければ。
眼前に迫る地面は待ってはくれない。
俺は羽と魔力ロケットで制御することを諦め、それらを構成していたフロウで全身を球状に覆いその中で宙吊りになる形を作る。
さらにモニカに膝を抱えてもらって見かけの体積を小さくし、余った空間にフロウを薄く展開して作ったクッション状の物で球の中を埋め尽くした。
地面に叩きつけられる刹那、見えなくなった視界と落下の浮遊感で感情の全てが恐怖に染まる。
そして次の瞬間、猛烈な衝撃が俺達を襲い、フロウのクッションの中に突っ込む。
そして再び浮遊感。
どうやら一回の衝突では速度を殺しきれずに跳ねたのだろう。
そのまま二回、三回と色んな方向から衝撃に襲われ、その度に振り回され大きく目が回った。
まるで洗濯機の中に放り込まれたかのようだ。
「かはっ・・・」
最後にバウンドが止まり、フロウのクッションを開いて地面に投げ出された時、モニカがまともに出来なかった息と一緒に口の中にたまった血を吐き出す。
どうやら衝撃で口の中を切ったらしい。
そのまま口元を左手で拭い立ち上がろうとするものの、手をついた瞬間ぐらりと倒れ込む。
どうやら衝撃で三半規管がやられてしまったようで平衡感覚がぐちゃぐちゃだ。
痛みと気持ち悪さを抱えながら這うように前に進むと、目の前にランベルトが着地するところだった。
そのままスタスタと、こちらへ向かって歩いてくる。
なんとか距離を取ろうと再び飛び立とうと試みるも、依然としてうまくいかない。
「飛ばれると厄介だからね、それは使えなくさせてもらったよ」
ランベルトのその言葉に俺達は軽いパニックに落ちいった。
攻撃も効かない、逃げる手段もない。
なんとかしなければ・・・・
その考えばかりが俺の中で空回りしていた。
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