1-8【少女と老人 9:~理由~】
side カミル
「・・・・!?」
その思いがけない来訪者に、言葉にならない驚きの声を上げる。
つい今しがた目の前から走り去ったモニカの姿を見送っている最中に、突如そのモニカの目の前に、数日前にここに来た調査官が現れたのだ。
たしかランベルトといったか、アオハ公爵家の末席に名を連ねる者だったはずだ。
そしてその雰囲気は、以前と異なり遥かに攻撃的なものだ。
まずい・・・
カミルの直感はそう告げていた。
特にアオハ公爵の関係者とモニカを引き合わせるのは大変まずい。
そしてそれを裏付けるようにランベルトは一言何かを口にすると拘束魔法の首輪でモニカを地面に押し倒して拘束してしまった。
流石、中央のエリート資格持ちだけあって準備も発動も圧倒的に早い。
それこそ下手なスキル保有者がスキルを発動するよりも早かった。
そのまま、こちらへスタスタと歩いてくる。
その光景は少し異様だった。
歩いているはずなのに、明らかに普通の人間が走るよりも速い。
おそらく何らかの移動系の魔法を発動させているのだろう。
「おはようございます、カミルさん」
ランベルトはそんな少し場違いにも思える挨拶を投げてきた。
「あの子はウチで診ただけの子だ、関係ない」
「関係ない? いいえ大いに関係があります」
ダメで元々とばかりに誤魔化してみたが、当然のように通じなかった。
やはり、なんらかの新たな情報を知ったのだろう。
「カラ地区の地下墓地・・・・見ましたよ」
そこでカミルは全てを悟った。
この者はほとんどすべてのことを知ったのだと。
「
ランベルト近づきながら、自慢げに知っている情報を喋る。
「そこで仮説を立てました、
「・・・・・」
カミルはランベルトの説明に黙る。
それは、間違いなく本当の事なのだろうから。
「ということはだ・・・」
そこでランベルトがズイと顔を寄せる。
「あの子が、そのスキルを持っているのでは?」
「それは、貴殿の妄想でしかないのでは?」
カミルは精一杯の虚勢を張ってランベルトを睨み返す。
だがそれに対してランベルトは最大級の笑顔を作った。
「あの子の顔どこかの誰かと似ていませんか?」
カミルは唇を強く噛み、額から冷や汗が噴き出す。
それを見たランベルトが満足そうに続ける。
「では確かめましょう、試しに、あの子を殺してみれば、はっきりすることだ、それでスキル反応が止まれば黒、止まらなければ関係がない」
「・・・随分と乱暴なのだな、中央の調査官というものは」
いくらなんでも、仮説で人を害することはただの調査官には許されていない。
だが、ランベルトは普通の調査官ではなかった。
「これを見てください」
そう言ってランベルトが懐から取り出したのは一枚の紙。
だがそれはただの紙ではない。
北部連合代表の名で発動された、魔法紙・・・
それはつまり、この北部連合権内においては法と同列の権限を有するというものだった。
そしてそこにはびっしりと書かれた王を含むこの国の閣僚たちの連名で書かれた命令が記され、その命令の内容は破滅的なものだった。
「このように私には、国王の命令として、この件に関する全ての処理を極秘で行う権利があります、当然、このことが明るみに出ることはありません、ただ手続き上消す相手には知らせる必要がありますが、面倒ですよね、でも魔法で保護された決まりなので仕方ないですが」
「そんなに他の列強国が怖いか?」
カミルはその言葉に精一杯の皮肉を込めた。
だがランベルトは書類を懐に仕舞いながら、何を当たり前のことを言っているのだというような、少し呆れた表情になる。
「怖いですとも、今は平和の時代だ、その恩恵を全ての国が分かち合っている、それを脅かす存在を許してはいけないのですよ、この国に二人目の王位スキルはいらない、特にコントロール出来ない上においそれと隠すことも出来ない存在はね」
結局それが理由だ。
この国は現在、軍位級のスキル保有者4人と隣の強国アルバレスの”勇者”3人を同格の戦力として均衡を保っている。
そこに数年後からは王位級が
それがフランチェスカ計画が破棄されたもう一つの理由だった。
つまり、隠すことも出来ず、まだ成長途中のモニカの存在はこの国の立場だけを一気に貶めうる存在で、だからこそランベルトはこの件を極秘に処理したがっているのだ。
今ならまだ、他国に確信的な疑いを持たれずに済むのだろう、いやこの前のやつれ具合からしてそれ程猶予は残されていないのかもしれない。
だが、それを認める訳にはいかない。
カミルはそこで覚悟を決めた。
「おや、抵抗しますか?」
「内容からして、報告はまだだろう?」
ランベルトの眉がピクリと動く。
やはりか。
この件は誰にも知られてはいけない。
ということはモニカの情報はまだランベルトの頭から外には流出していない可能性があった。
それにランベルトは極秘調査官だ。
いなくなったところで気にするものは殆どいないし、探すアテもない、見つかったところでそれ以上のことはわからない。
「それが可能とお思いで?」
だがランベルトはそれに気づいていたようだ。
彼の右手が禍々しい色に染まる。
そして、カミルが動けなくなるほどはっきりとした殺気が襲ってきた。
当たり前といえば当たり前だが、この男はそれだけのことができると判断された存在なのだった。
「一応、言わなければならない決まりなので言いますが、最終的に私が隠滅する証拠の中には、カミルさん、当然あなたも含まれています」
そしてその言葉を言い終わると、その右手が振り上げられた。
武人ではないカミルはその恐怖に身がすくんで動けない。
ああ、ここで死ぬのか・・・・
そう思った瞬間、ふと視界の端にモニカの姿が映り込む。
いつの間に首の枷を解いたのか、まさに今立ち上がりこちらを向くところだった。
なぜだかその光景を見たカミルはそこにかつての友の姿を重ね、そして、その突き出された棒状のフロウから大きな炎が吹き出す。
◇
side ロン
狙いよし、魔力よし!
ごちゃごちゃに濁った思考を吹き飛ばすように、その砲弾にいろんなものを詰め込んで、一気に噴出させた。
正直今でも、自分が何を考えているのか分からなくなるほど混乱しているが、今はとにかくモニカの指示に従おうと思った。
少なくともあの謎の男が攻撃してきたのは事実だし、カミルを殺そうとしているのも事実だ。
正当防衛と言えるだろう。
フロウの先から吹き出した炎の向こうに、高速で飛んでいく魔力砲弾の軌跡が見える。
そしてそのまま、吸い込まれるように謎の男にブチ当たり、ドンという大きな爆音が周囲に木霊して、衝撃で巻き上げられた土砂と僅かに壊れた家の破片に紛れて目標の周囲が見えなくなる。
ところで地面に拘束された怒りで一瞬忘れていたが、これってまずくないか?
今の砲撃はかなり魔力を込めていたので、大砲並みの威力があった。
そんなものを人に向けてぶっ放したのだ。
『おい、モニカ、今更だけどまずくねえか・・・あの男って確か役人だったはずだし、カミルも・・・』
「次!!ロケットキャノン!!」
だが、モニカは俺の言葉を半ば遮るように指示を出してきた。
それも俺達の手持ちの中で最大級の火力を誇る【ロケットキャノン】をだ。
いくらなんでもそれは・・・
そうは言ってもカミルを攻撃しようとしていたのは事実だし、今更といえば今更だ。
それにもう条件反射的にロケットキャノンの準備が始まってしまっている。
あっという間に二本分に別れたフロウが砲身と固定具に別れる。
だが、俺は煙の向こうでうごめく
更にその片方が恐ろしい速度で、横に動く。
慌てて、モニカがその後を追うように狙いを動かし、その姿がまだはっきりとする前に発射した。
その瞬間、全身に凄まじい衝撃が走り、フロウで固定された地面がそれに押されてわずかに歪む。
発射された砲弾は凄まじい熱を撒き散らしながら猛スピードで獲物に向かって飛んでいった。
これは人間に避けられるものではない。
怪獣のような大きさの魔獣を一撃で仕留める威力を持った文字通り必殺の一撃だ。
だが次の瞬間、俺達はその光景に驚愕する。
煙の中から飛び出したのは、モニカの予想通り謎の男の方だった。
だが先程の砲撃が直撃したのにもかかわらず、その体のどこにも傷がない。
更に、その男は右手を前に突き出すと、ロケットキャノンの砲弾をその手で
『!?』
なんだ、ありゃ!?
本来ならば触れた瞬間全てを破壊し尽くすその砲弾は、その男手の手のひらの中で綺麗にまとまり滞留していた。
そして男はその魔力を、まるで紙くずをその辺に捨てるようにぽいと遠くに投げ捨てる。
男に投げられた魔力の塊は放物線を描いて飛んで行くと、誰もいない畑の中でその魔力を開放した。
発生した閃光にモニカが顔をしかめる。
そして次いで発生した衝撃波と熱が畑のなかの背の高い草をなぎ倒しながら高速で駆け抜け、その威力にバランスを少し崩してしまう。
「・・・うっわ、なんて威力だよ・・・」
一方放り投げたその男も、その威力には驚いているようだった。
そして、そのままこちらを睨む。
「・・・やっぱり、こちらから処理した方がいいか」
その瞬間全身をとてつもない寒気が襲った。
何かされたわけではない。
ただその男の殺気に当てられたのだ。
その瞬間、モニカが動物的な反射神経で以ってその場から飛び退く、すると俺達の足下を緑色の炎が駆け抜けた。
瞬間的にジャンプしていなければ直撃だっただろう。
だがこのままでもその炎の中に着地してしまう。
だぶんそれも相手の狙いだ。
なので着地はしないことにする。
「・・・ほう」
空中高くに飛び上がった俺達の姿を見ながら、その男が感心したように声を漏らす。
「流石に、王位スキルか・・・その年でその魔力量・・・・それになんだこの轟音は!?」
男が少し呆れたように感想を口にした。
俺達は今、飛行系スキルを使い空中からじっと男の出方を窺っている。
周囲には、俺達の羽についた魔力ロケットが撒き散らす凄まじい轟音が響き渡っていた。
下を見れば、ロメオは戦闘が始まってすぐに逃げ出したのか、少し離れたところで心配そうにこちらを見上げている。
どうやら、戦力にならないと判断して距離を開けたようだ。
ちゃっかりしやがって。
でも実際、近くにいられても足手まといになっただろう。
そして少し複雑だがカミルも健在だ。
砲撃の余波で半壊した玄関ポーチの上でへたり込んでこちらを見上げている。
そして最後に謎の男、この男がなぜ俺達を首輪で拘束しカミルを殺そうとしたのかは不明だが、もう既に話し合ってどうにかできる段階は過ぎていそうだった。
ただ、背中から羽を生やして魔力ロケットで飛ぶ人間は見たことがないようで、こちらを興味深げに見つめている。
「・・・どう思う?」
『正直底が見えない、ただ魔力量は勝ってると思う、さっきから使ってる魔力が俺達に比べたらかなり少ない、ただ、手数も威力も使い勝手も向こうが上だと思う、それに魔力砲弾が効かない・・・』
実際問題、それが厄介だった。
こちらの主要攻撃手段である砲撃魔法が効いていない上に、ロケットキャノンに至っては受け止められてその辺にぽいと捨てられた。
あれのカラクリが分かるまでは、取れる手段が極端に限られる。
『そして本当に厄介なのはこれらが全て、
要約すればそれは魔法知識における、熟練と未熟の差でしかないのである。
『まあ、とにかく、その化けの皮を剥いでやいますか』
俺がその言葉と同時に、羽の中に砲撃魔法の砲身を複数作り、それを察知したモニカが一斉に砲撃魔法を発動し、空中から放たれた魔力砲弾が一斉にその男の元へ殺到した。
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