1-8【少女と老人 15:~医院~】
「副長! こちらです!!」
部下に呼ばれ、騒ぎの中心に向かって進む。
本来ならひたすらどこまでも農地が広がっているはずのその場所には、今は空に円盤状の巨大な”門番ゴーレム”が3体ゆっくりと巡回しながら浮かんでおり、地面では特徴的な青いコートを纏った北部連合警備隊所属の部隊が物々しい雰囲気で周辺警備にあたっていた。
「なかなか派手にやったな」
副長は現場に残された光景に、そんな感想をつぶやく。
「まったくですね、延焼しなくて本当に良かった」
横にいた別の士官が副長の言葉に賛同するようにそう言った。
彼が言うように畑の大部分は燃えてなくなり、更にそれ以上の面積が何かによって薙ぎ倒されていた。
まるで竜巻が通った後みたいだ。
しかもその中心付近は、地面が大きく陥没していたり抉られていたりと、まるで戦場跡のような様相を呈している。
一体ここで何があったというのか?
「なにか分かったか?」
土の中に何かの器具を差し込んでいる鑑識にそう問いかける。
「この周囲の土の中の魔力濃度が異常に高いです、やはりなんらかの魔力災害かと」
「こんな畑の中でか?」
周囲を見渡しても遠くに山脈が見えるだけで畑以外の何もない。
特段、魔力災害が起こるような地域でもないし、そんな地形もない。
本当にただの農業地帯だ。
「わかりませんよ、ピスキア市域の温泉だって魔力泉ですから、その周囲に噴き出したっておかしくない」
「だが温泉で魔力事故が起こったなんて聞いたことがないぞ」
少なくとも生まれてこの方、ピスキアの温泉で大量の魔力が噴き出したなんて騒ぎは聞いたことはない。
「ここ最近北部全体の魔力分布が変動しているって話がありますからね、これまでなかったことが起こってもおかしくはない」
「厄介だな、もしここが魔力噴出地になれば北部全体の打撃だぞ」
この近辺は北部でも最大の農業地帯であり、北部の食卓の多くをここで支えていると言っても過言ではない。
それだけに、ここが使えなくなればこの近辺だけの問題ではなくなる。
すると副長は足下に残された、真っ黒な燃えカスに目が行く。
「これは?」
「まだはっきりとはいえませんが、何かの魔力触媒が過負荷で燃えた後だろうということです」
「焼いたのは噴出した魔力か?」
「でしょうね、これ程の触媒が燃えたとなると他に考えられません」
「じゃあ、誰かが魔力触媒を噴出魔力に突っ込ませたのか? 誰が?」
すると鑑識の男が自分の部下に何やら指示を出す。
そして指示を受けた男が横に置いてある箱の中から一枚のボロボロのコートを取り出した。
「これが付近に落ちてました」
副長は魔法士ではないが、それでもそのコートがかなり高度な魔法士のものであることはわかった。
それにその胸の部分には非常に特徴的な金バッジが付いている。
「隊長が健在か確認を」
副長はそれが隊長の趣味ではないことも、ずっとピスキアに居ることも知っていたが、一応確認のためにこの近辺で唯一常駐する”エリート”である我らのウバルト警備隊長殿が健在かどうか確認することにした。
「少々お待ちを」
そう言って隣に立つ士官が耳に手を当てる。
「隊長と連絡がとれました、ピスキア市内にて待機中とのことです」
副長はその言葉を聞いて大いに安堵する。
良かった、彼を失えば大きな損失になる。
ただ、このコートの持ち主が一体誰で、どうなってしまったのかという疑問が残るが。
「アンジェロ、現況をできるだけ詳細に隊長に伝えて指示を仰げ」
「了解しました」
アンジェロと呼ばれた士官が再び耳に手を当てて虚空を見つめる。
彼はこう見えて”官位”スキル保有者であり、しかもすこぶるその性能が高い。
戦闘には使えないが、その遠く離れた複数の人間に念話を送れるという破格のスキルを買われて、情報士官として討伐遠征に帯同していた。
彼がいるからこそ、警備隊のほぼ全軍での機敏な討伐遠征が可能になっているとても重要な存在だ。
「それと、このバッジの持ち主を照会しておけ」
ボロボロのコートの金バッジを指差して鑑識に指示を飛ばす。
どこの誰かは知らないが、こんなところでこんな形で見つかるからには無関係ではないだろう。
「それと被害者はどうなっている? たしか二人と聞いていたが?」
すると別の士官が近くに走ってきて答えた。
「現在は二人ともカラ地区内の医院へ移送されているようで、一人はあそこの家の住人です」
そう言ってその士官が指差す先にはこの近辺では小さめの可愛らしい2階建ての小屋のような家が建っていた。
「あれか?」
「はい、あの家に住んでいるカミルという老人だそうです」
よく見ればその家の玄関は災害に巻き込まれたのか壁や柱などに大きな傷が見られた。
「もう一人は8歳くらいの小さな女の子で、地元の人の話だと孫ではないかと」
「はっきりとはしないのか?」
「地元の人の話だと、カミルさんは13年くらい前から住んでいたらしく、ずっと1人だったらしいんですが、ただその女の子と他人には見えなかったそうで、どこか別の場所に住んでいたお孫さんが訪ねてきたのかと思ったらしいです」
副長はその言葉を聞いて心の中で納得する。
おそらく初めて顔を見せた孫と一緒に巻き込まれたのだろう。
「それは不運だったな、で? 状態は?」
※※※※※※
目を覚ました時、そこは知らない天井があった。
『起きたか』
「・・・どれくらい寝てた?」
『安心しろ、まだ一日しか寝ていない』
今はあの調査官との戦いの翌日の早朝だった。
あの戦いも朝だったのでちょうど丸一日寝ていたことになる。
俺のその言葉を聞いたモニカが大きく体を伸ばす。
「・・うんん・・・・」
どうやらかなり体が凝っていたようだ。
丸一日死んだように寝ればそれも仕方ないか。
「・・・・どこ?」
モニカがベッドの周りを見回して小声で聴いてきた。
そこは見たことがない部屋だった。
壁は真っ白でベッド以外に家具はなく、窓の向こうに見える景色に見覚えはない。
それに自分の服装も出発時に着ていた物がそのままだ。
『たぶん、どこかの治療施設だと思う、寝ている間にどこかに運ばれる感覚があった』
見えていないのではっきりとはしないが、ぼやけた意識の向こうに多く人間が慌てて近寄る気配と何かに乗せられて運ばれる感覚が記録されていた。
おそらく意識がないので治療のために運ばれたのだろう。
『モニカ、ちょっと体を見てくれないか』
「うん、わかった」
そう言ってモニカが腕や足を見たり、服をまくったりして全身に傷がないか確認した。
予想通り外傷は何も見つからない。
だが、驚いたことにところどころ、記憶にない血がべっとりと付着していたり少し破けたりしている。
「この血は誰のだろう?」
『さあな、戦闘中にこんなところに傷は負ってないしな』
「そういえば傷ないね」
『パラメータを見る限り大きな内傷も残ってないな、となるとあれは奇跡的に収まったのか』
そこでモニカがハッととした表情になる。
彼女の記憶にも記憶の最後に見た”力”の波の異常さはまだ生々しく残っているのだろう。
「ロンが止めたの?」
『いや、俺じゃ手も足も出なかった、たぶんカミルだ』
「カミルさん? ・・・って生きてたの!?」
『
「
モニカが半ばあきれたようにそう呟く。
確かにあれの魔力を扱う能力は俺から見ても出鱈目だった。
その大本が自分だったなんて今でも信じられない。
「でもよかった・・・カミルさん生きてたんだ」
『俺としちゃ複雑だがな』
俺がその本音を漏らすと、そこでモニカが黙り込んだ。
去り際にカミルからメッセージを受け取った俺が、カミルを襲った記憶がまだ生々しいのだろう。
その時、部屋の扉を開けて女性が一人入ってきて、俺達と目が合った。
「あら、目が覚めたの!?」
その人は白衣ではなかったが、一目でこの医院の看護師と分かるエプロン姿が板についた女性だった。
脇には何に使うのかわからない小さなタライを抱えている。
「・・・ええっと、ここはどこですか?」
モニカがその女性に対し少し恐縮気味に質問する。
「ここ? カラの治療所よ、昨日運ばれて来たときはあんまりにもぐっすり眠ってるんで心配したけれどその様子だと大丈夫そうね、ちょっと待ってなさい、先生呼んでくるから」
女性はそう言い残し、手に持っていたタライを横に置いて出ていった。
どうやら本当に大丈夫か見てもらうために医者を呼ぶらしい。
俺の見た感じそんなに大仰な状態ではないのだが・・・・
だがその瞬間、腹部に状態異常を示すアラートが鳴り響き、独特の痛みにも似た感覚に襲われる。
「ロン・・・」
『お腹減ったな』
結局、俺達は丸一日何も食べていないのだ。
出ていった看護師が医者と思われる中年の男性を連れて戻ってくるまで1分もかからなかった。
ちょうど近くを通ったのか、それともこの医院が小さいのか。
まあ、記憶にあるような総合病院のような巨大な病院がこの世界にもあるとは思わないが、それでもピスキアの街の発展具合を見るにそれなりの大きさのものがあっても不思議ではなかった。
それから、俺達はパンを水に溶いたお粥のようなものを朝食代わりに胃の中に流し込みながら、その医者から異常がないか診察を受けていた。
「うん、どこも異常はなさそうだね」
だが、少ししただけですぐに結論が出る。
どうやら健康体のようだ。
「おじいさんに感謝しておくんだよ」
「・・?」
突如出てきたおじいさんという単語にモニカがきょとんとなる。
訳の関係でおじいさんと表示されてるので分かりにくいが、医者が言ったのは祖父という意味で老人という意味ではなかった。
しかし祖父って誰だ? そんな人物は知らないぞ。
あ、
『ひょっとしてカミルのことじゃないか?』
「・・・?」
『ほら、横に立ってるとまるで仲のいい孫と爺さんみたいだろ?』
「・・・・?」
モニカが眉間にしわを寄せて真剣に悩んでいる、そんなにピンと来ないか。
「何かあったの?」
結局モニカは釈然としないまま、とりあえず話の続きを聞いてみることにした。
「今は君は無傷だけど、治癒魔法で直したばかりの部分が沢山あったんだ、たぶんおじいさんが自分の傷をそっちのけに君を治してくれたんだと思うよ、そのせいで未だに目覚めてないけど・・・・」
その瞬間、モニカがベッドからがばっと跳ね起き驚いた表情で医師を睨む。
「カミルさん、大丈夫なの!?」
◇
カミルは同じ医院の違う部屋に寝かされていた。
だが無傷だった俺達と違いカミルは腹部を中心に大きな傷を負っているらしく、未だ包帯が巻かれ治療用の魔法陣の白い光を仄かに纏って意識を失ったままだ。
だが不思議なことにモニカは部屋の外からカミルを眺めるだけで、中に入ろうとはしなかった。
周りにいる看護師や医者がそれを訝しげな眼で見ている。
「入らないの?」
連れてきてくれた看護師の女性が少し心配そうに声をかけてきた。
「ああ、いえ・・・・ちょっと」
「恐がらなくていいよ、包帯は悪い物じゃないから」
そう言ってニコリと笑う女性。
どうやら包帯ぐるぐる巻きのカミルが不気味でモニカが怖がっていると思ったようだ。
まあ、こうして見るとあまり積極的に近づきたい見た目ではないのは事実だが、別に怖がっているわけではないと思う。
結局、看護師は強く招き入れるようなことはせずに、自分だけ中に入って何かの作業を始めた。
モニカはそれを軽く見ながら、意識はほぼすべてカミルの方に向いていた。
その視線には相当な心配が混じっている。
『どうした、入らないのか?』
「・・・・」
『まさか本当に包帯姿が怖い・・・』
「ねえ、ロン、今でもカミルさんを殺したいと思う?」
そこで俺が絶句する。
どうやら心配だったのはカミルだけでなく、俺も含まれていたらしい。
『別に殺したいわけじゃ・・・・』
そうは言ってもなかなか割り切れない部分もある。
カミルが俺に伝えた内容は、モニカ自身を傷つけようとしたわけじゃないし、ある意味で俺達とは関係ないのかもしれないが、それでも言葉では説明できない憤りのようなものを感じたのだ。
あるいはカミルにそう仕向けられたか。
『・・・カミルには大きな借りができた、今はその感謝しかない』
それは正直な気持ちだった。
彼にはいくら感謝しても足りない借りがある。
「・・・本当に?」
『嘘じゃないさ、今はカミルを見ても襲おうなんて思いもしないよ、あれは俺自身ちょっと混乱してたんだと思う』
「・・・・何が書いてあったか話してはくれないの?」
『少なくとも今はまだダメだな』
流石にあの内容を今のモニカにそのまま伝えるのは憚られた。
「・・・分かった」
どうやらモニカはそれで納得してくれたらしい、あの紙の内容も、俺の行動も。
結局、あそこに書いてあったことは全てが真実ではなかったのだろう。
少なくともカミルは自分の治癒を放ったらかしにしてまで助けてくれたわけだし、モニカのことを蔑ろにするような感情がないことは明白だ。
それに、本当に何があったかなんてあんな紙切れ一枚に書ききれるものではないし、間違いなく自分を責めているだろう。
あれから少し時間が経ち、そう思うようになってしまえば、残るのは哀れな人達という感情だけだ。
むしろなぜあれだけ憤ったのかの方がよくわからない。
モニカがいつでも部屋の外に飛び出せるように警戒しながら、部屋の中に入る。
残念ながらまだ完全に信頼を回復するには至っていないようだ。
するとその様子を見た、中にいる医師や看護師がみんな微笑ましいものを見るような目でこちらを見てきた。
きっと俺が暴走しないか気が気でない様子が、カミルの様子が心配でたまらないという風に見えたのだろう。
「そんなに緊張しなくて大丈夫、ちょっと血と魔力を失いすぎただけで、今は順調に回復していってるし、白の魔力を持ってる人がこの程度じゃ死なないよ」
「それ本当?」
「ああ、本当だ、私が保障しよう」
医師の嘘の見えないその宣言にモニカの表情が少し緩む。
そして表情以上に、全身の緊張が大きく取れた。
ただ、その医師の言葉に少し引っ掛かりを覚えたようだ。
「血と魔力を失いすぎた・・・それってやっぱり・・・」
「たぶん君の治療とスキル調整だろうね、スキル調整についてはかじった程度だけど、その痕跡くらいは分かる、状態を見るに傷が塞がってない状態で無理をして治癒と調整に当てたのだろう、白魔力による自然治癒がかなり弱かった」
医師の説明を聞いたモニカは、改めて神妙な表情でカミルに向き直る。
その顔には多くの感謝と、僅かな疑問が残っていた。
彼女自身、何故彼がここまでしてくれたか思い当たることがないのだろう。
俺としても、あの紙がなければ判然とはしなかっただろう。
だがそれも彼の顔を見るまでのことだった。
全身包帯をまかれ様々な魔法陣が治療のために輝く中でベッドに横たわるカミルのその表情は、一見しただけでは別人かと思うほど澄んだ満足に満ちていた。
それは”何故そこまでして助けてくれたのか?”なんて矮小な悩みが入る余地のないもので、彼にとってモニカを救うことはここまでの満足を得ることだったというのがはっきりと分かる。
それだけで十分な気がした。
こんな顔でモニカの横に倒れていれば、そりゃ祖父と孫にだって間違われるだろう。
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