1-8【少女と老人 8:~決戦の火蓋~】


side モニカ



 1階に降りていくとテーブルの前に座ったカミルの姿が目に入った。

 なんとなく少し疲れているようで、紅茶を片手に窓から外を眺めるその姿を見ると、彼が年老いていることを改めて認識する。

 だが、不思議と何かをやりきったような印象を受ける。


「・・・書けた?」


 声をかけると、カミルが驚いたようにこちらを向いた。


「ああ・・なんとか書きたいことは全て書けたよ、思ったよりも筆が乗った」


 そう言ったカミルの表情はやはりどこかスッキリとしていて、昨日までと印象が違う。

 彼は一体何を書いたのだろうか?


 今ここにその紙はない。


 寝室に置いてあるのかな?


 じゃあ、こっそり見ておけばよかった。

 起きた瞬間に一階に気配があるのは分かっていたので、こっそり忍び込めば見れただろう。


『モニカ、変なこと考えてないよな?』


 ロンが忠告するように声をかけてきた。

 彼は基本ぬけているが、変なところは察しが良い、おそらくこちらから飛んでいく感情から考えていることを読んだのだろう。

 とりあえず否定の感情を送っておく。


 たぶんそれも察しただろうが、表面上はこれで誤魔化せてるだろう。

 少なくともそれに関して続けて何か言われることはなかった。



「本当にもう出発するのか?」

「朝に出れば、お昼にはカラに着くでしょ? そこでいろいろ準備したいんだって」


「それも管理スキルが?」

「うん」


 そう答えると、カミルが不思議そうな顔をした。

 やっぱりロンは普通ではないのかな。


『モニカ、お金!』


 あ、そうだ、危うく忘れるところだった。


「えっと、カミルさん、調整のお金っていくらですか?」


「うん? ああ、そうか・・・・・」


 どうやらカミルも忘れていたようだ。

 危なかった、危うくお金を払わずに出発するところだった。


 ただ相場がわからないので、いくらになるのか想像もつかなかった。

 

 ロンいわく、相当お金がかかる恐れもあるとのことだ。

 一応、これを見越して来るときにカラで5千セリスほど下ろしてきているが、足りるといいな・・・・


 だが、カミルの提示した金額は予想外のものだった。


「そんなものはいらん・・・」

「・・・・え!?」

『え!?』


 もしかして聞き間違いか?

 今、お金はいらないって言ったように聞こえたが・・・


「いらんと言うておる」


 どうやら聞き間違いではないようだ。


「なんで?」


「わしはもう引退した身だ、国から十分な金も貰っているし、ここには大きな装置もないので調整くらいしかできん、老人の手慰みで金は取れん」

「・・・・でも」


 ロンいわく、料金は正当な対価というものらしい。

 よくわからないが、とにかくとても重要な事なのだそうだ。


「なんなら、この寂しい小屋の中で一緒に飯を食ってくれたことで相殺ということにしておいてくれ、それに本当に私が正当な料金を取れば、払うのは大変だぞ? それは私の本望ではない」


『モニカ、ここはカミルの言葉に甘えておこうぜ』

「・・・・いいの?」


 ロンのその言葉に疑問を投げ返す。


『なんとなくだが、この爺さん、意地でも受け取らない気がする』

「・・・・うーん」


 よく分からないが、そういうことなのだろう。

 大きくなれば分かるようになるのかな?


 結局、カミルにお金を払うことなく、調整は終わってしまった。

 いくら掛かるか分からなかっただけに安心もするが、同時になんとも納得できない気もする。

 それに寂しさを紛らわせるので相殺って・・・・


 あ、でもその気持はちょっとわかるかもしれない。


 自分も父さんが死んでから少しの間は、あの音のない食卓で何度も泣いたものだ。 

 もしあの時、何かを対価に一緒にごはんを食べてくれる人がいるというなら、きっとなんだって差し出したかもしれない。

 そう考えれば、カミルの中ではこの値段は案外妥当なのかもしれなかった。


 じゃあ、最後の食事はうんと明るいものにしよう。



 そう思ったのだが、そのカミルとの最後の食事は、予想以上に地味なものになった。

 もともと、自分もカミルもそんなに喋る方ではないし、朝食ということもあってかそれほど調子もでなかった。


 それになんとなく、カミルが求めているのは話し相手ではなく、一緒にいることだと感じたのだ。

 

 そんなわけで昨日とそれほど変わりのない、この近辺で採れた野菜をふんだんに使った朝食を、ようやくなんとなく味がわかってきたカミルのいれた紅茶と一緒にお腹の中に入れると、いよいよ出発に向けた最後の準備が始まった。


 といっても、殆どのものはロメオから下ろしてないし、寝室に置かしてもらっていたバッグを持って、防寒着代わりに二本のフロウを変形させて身にまとえば準備はできてしまうのだが。


『チェックリスト、全部完了、忘れ物はないぞ』

「うん、これで準備万端だね」


 ロンのおかげで、何か物をなくしたりする心配はない。

 彼は時々すごく神経質なので、何度も映像を確認して来たときと同じになるようにチェックしているらしい。


「あとは・・・」

『後は、そうだな・・・』



 二晩お世話になった寝室を出ると、ちょうど目の前の部屋からカミルが出てくるところだった。

 その手には昨晩書いたと思われる大きな紙が折りたたんで抱えられ、そして書き込まれたことを表すように、その紙は裏からインクが滲んでいるのがはっきりと見えた。


「最初から大きな紙に書き始めてよかったよ」


 そう言ってカミルは少し苦笑いした。

 いったい何に使う紙なのだろうか?


 折りたたまれている状態にも関わらず、その大きさは今まで見てきた紙の中で最大級のものだった。

 アルヴィン商会の倉庫で、積まれている中にこれより大きなものもあったような気もするが、なんとなくこっちのほうが大きい気もする。


 おそらく広げれば、この家のテーブルをすっぽり覆えるのではないか?

 それくらい大きな紙だった。


 それにインクの滲みから察するに、おそらくその紙面一杯に何らかの文字が書き込まれている。

 となれば、自分が一瞬で内容をできるだけ覚えるという作戦は、この時点で瓦解していた。


 やはり大人しくロンが話してくれるのを待つ他ないだろう。



 それからカミルと軽くスキルの調整について簡単な話をしながら1階に降りていく。

 どうやらカミルは、ロンのこの一晩での勉強量に驚いていたようだ。


 わたし自身、驚いている。

 なにせカミルの出す問題に、昨日は答えるまで数十秒かかっていたのが、今は即座に答えている。

 いったい一晩でどれだけ読み込んだのだろうか?


『ふふん、褒めていいんだぞ?』


 この謎の自信がなければ完璧なのだが。



 一階に降りた後は、特にすることもないのでそのまま、玄関の方まで歩いていき扉の前に立つ。

 残すは、その紙の中身を一瞬わたしが見るだけだ。


 

「それじゃあ・・・・」

「ああ・・・本当に見せるぞ、いいか?」


『ああ、覚悟はできている』


「覚悟はできているだって」


 ロンの言葉を伝えると、カミルは少し間をおいてから云々と何度も頷いた。


「そうか、ならば私も覚悟を決めないとな」


 カミルがそ手に持っていた紙を目の前に掲げる。


「いいか、見せるぞ」

「・・・・うん」


 次の瞬間、カミルが手に持っていた紙を大きく広げてこちらへ見せた。


 中は・・・・

 うわ!? 文字ちっさ!?


 そして、それ以外の感想が出てくる暇もなく、ボウッっという音を立ててその紙は燃えてなくなってしまった。

 どうやら即座に魔法で燃やしたらしい。

 

 全体が一瞬で消えてなくなってしまった。


「・・・たくさん・・肉?・・・」


 何とか読めた文字を思い出してみるが、とてもまともな物ではない。

 それになんだ? たくさんの肉って・・・


 ぱっと全体を見回してまず目についたのが単語がそれというのが・・・そんなに私って肉ばっかり食べてたかな・・・・

 

「読めたか?」


 カミルが少し心配そうにそう聞いてきた。


『ああ、ちゃんとログに残ったぞ、少しボケてるところもあるけど読む分には問題ない』


 流石というかやはりというか、ロンはしっかり読めるようだ。


「読めるって」

「そりゃ良かった、またあれを書けと言われたらさすがにしんどい」


 そりゃ結構な量だったからな、あの大きな紙の中に小さな文字でびっしりと文字が書いてあったのだ。

 あれを一晩で書き上げられるのはすごいと思う。

 自分がそんなことをすれば手が痛くなってしまうだろう。


「・・・・どんな内容だった?」


 とりあえずダメもとでロンに聞いてみる。

 子供の私に聞かせたくない話ということで、そんなに気分の良いものではないだろうと思うが、それでも何か大丈夫そうな部分はないだろうか?


『モニカ・・・悪いがちょっと時間をくれないか・・・・』

「うん・・・・無理しないでね・・・」


『分かってる』


「どうした? 読んでるのか?」


 カミルがまたも少し心配そうにそう聞く、そんなに心配するような内容なのか?


「なんか、読むのに時間がかかるみたい」

「なるほど、そういうものか・・・・」


 カミルが少し息を吐きながらそう言った。

 でも、見ただけで覚えられるのに、理解するには思い出して読まなきゃいけないとか結構不便だよね。


「それじゃあ、もう行くのか?」

「うん、できるだけ急いで行きたいからね」


 たしか、魔法士の学校のテストは年齢で難しさが変わるはずだった、あと3か月もすれば秋が来て、そうなれば自分は本当に11歳になってしまう。

 アクリラの街までどれだけ掛かるかまだはっきりしていなかったので、3ヶ月といえど余裕があるとはいえない。


 10歳と11歳、1歳差だがそれで難しさが変わるのなら急いだほうがいいだろう。

 

 手荷物を軽く確認して扉を開けて外に出る。

 外の冷たい空気が心地いい。


 普通ならこういう時、ロンの方からも何らかの感情が飛んでくるものなのだが、ロンはまだカミルの書いた内容を読むのに夢中なようだった。



「それじゃあ」


 最後の挨拶のつもりで、玄関の前の小さな階段を下りたところでそう言った。


「ああ、お前さんのスキルにこまめに調整するように言っといてくれ」


「私から言わなくても、これ聞いてると思うよ」


 ロンは意識していなくても音声記録とかいって、私が聞いたことはすべて後から聞けるはずだから、私が聞いてさえいればロンも聞いたことになる。


「モニカの意識にも入れておけということだ、怠けないように時々せっついてやれ」


「うん、分かった」


 それを最後の挨拶に、家の前に繋いでいたロメオの手綱を取る。

 昨日もあまり構ってやれなかったが、別に何も気にしていないようだ。

 

 そのままロメオや荷物の状態をチェックしていく。


 そうしていると、何やら不思議な感情になった。

 ちょっと家を出るときを思い出す感覚に近い。

 やっぱり父さんに似てたのかな。


 ロンは似てない的なことを言っていたけど、そんなことはないと思う。

 雰囲気というかなんというか、とにかく居心地が良かったのだ。


 またそのうち来よう。

 それまで生きていればいいけれど。

 もう歳だし、何年も先だとひょっとしたらいないかもしれない。

 それにロンによるとこれから大きくなるらしいし分かってくれるかな。


 ロンはまだ読むのに夢中なのか、全く何も反応がない。


 そして最後のつもりで家の前から、ポーチの上に立っているカミルを見上げて手を振る。

 すると向こうも少し気恥ずかしげに手を振り返してくれた。


 その時だった。


 突然心の底から何かとてつもない衝動が沸き起こる。


「・・・え!? ロン!?」


 間違いない、これはロンの感情だ。

 だがいつもより遥かにはっきりとしていて、それでいて・・・・


 怒っていた。


 突然、身につけていたフロウが凄まじい勢いで膨れ上がり、伸びた部分が地面を叩いて自分の体ごと跳ね飛ばすようにカミルに向かって急加速した。

 そしてそのままカミルにぶつかり押し倒すと、フロウを棒状に伸ばしたものが二本突き出しカミルの顔面に突きつけられる。

 その先端は恐ろしいまでに尖っていた。


「ど、どうしたの急に!?」


 明らかにロンの様子がおかしい、それにこれは・・・殺気?


「・・・読むの・・遅かったじゃないか・・」


 槍のように尖ったフロウを突きつけられたカミルがそう言った。

 彼はこの状況に驚いてない。

 ということはカミルがロンに教えた内容に関係があるのか。


 すると体の中の魔力が流れる向きが変わったような感覚がした。

 それを辿って右を見れば空中に魔力が溜まりそれが文字を形作っていく様子が見えた。

 

”肝心なことが書いていない”


「・・それに関してはそこに書いてあるとおり本当に私は知らない、それが私が知っていることの全てだ・・」


 ドン!!


 片方のフロウがカミルの胸ぐらをつかみそのまま地面に叩きつける。


「・・ぐふっ・・・私を痛めつけても答えは出ない、むしろ君について教えてほしいくらいだ」


”もう一つ”


 空中の文字が切り替わった。

 それから更に続けてその文字も置き換わっていく。


”殺されたかったのか?”


 その文字に変な冷や汗が流れる。

 一体どうしたというのか・・・・


「・・・・殺してくれるのか?」

「二人とも、もうやめて!!」


 そこで久々に自分の意志だけで筋力強化を行い、無理やり自分の体をカミルから引き離す。

 やはりロンがやってくれたときと違って力が弱いが、それでもほとんど抵抗なく引き剥がされたところを見るに、もしかしてロンも何か混乱してる?


「何が書いてあったのか知らないけど、いきなり飛びかかるなんて・・・」

『・・すまん、モニカ・・』


 ロンの声には少なからぬ混乱が見て取れた。

 やっぱり本心からカミルを攻撃しようとしたわけじゃないようだ。


 そのままゆっくりとカミルから距離を取る。

 すぐ後ろで、ロメオが何事かとこちらの様子を気にする気配が感じられた。


「カミルさん、このまま、別れたほうがいいと思う」


 少なくとも今のままのロンをカミルの近くにおいておけば何をしでかすか分かったものではない。

 ロンから流れてくる感情は、普段の彼からは考えられないほど様々な感情を孕んでいた。

 怒りだけではない、悲しみや、後悔といった、とにかく負の感情がごった煮になっている。


 少なくとも正常な判断ができるまでは離れたほうがいいだろう。


 こんな別れになってしまったが、何が何だかわからないままカミルを害するよりはマシだ。


 幸いにもカミルに大きな怪我は見られない。

 ゆっくりとだが膝をついて起き上がった。


「・・・ありがとう・・・嬉しいよ、君が怒ってくれて、安心してモニカを任せられる」


 その瞬間、ロンから凄まじい戸惑いの感情が流れてきた。


「・・・さよなら!」


 結局どうしようか迷った挙句、そう言って走り出すことにした。

 ロメオが慌てて付いてくる。

 

 カミルがロンに何を伝えたのかは分からないが、彼の中でそれを噛み砕くのに時間がかかるのだろう。


『・・・ごめん』

「いいよ、何を聞いたか知らないけれど、びっくりしただけなんでしょう?」


 走りながら答えたせいか、いつもと違って妙に早口になった。


『・・・・・少し時間をくれ』

「ゆっくりすればいいよ、別に教えてくれなくてもいいし、なんなら忘れちゃってもいいよ、いやもう忘れよう!

 そうだ、ピスキアかどこかで少しゆっくりしようよ、ロンもずっと働き詰めで疲れているんだよ、あ、あそこの温泉! あの山の中の! なんなら今から行こうよ!」


 一体なんだろうか、まるで自分の心ごと誤魔化すかのように早口でそう喋り続けた。


 とにかく今はロンの思考をあの紙から逸らさなければ・・・・それだけを考えて走っていた。

 



 その時、目の前にどこからともなく誰かが現れた。


 

 その突然の現出に驚いて思わず足を止めてしまう。

 よく見れば、それはカミルの家に訪れたときにすれ違った男だった。

 真っ赤な髪の毛に、緑色の瞳、何かよくわからないものをいっぱい身につけたその姿は間違えようもない。


「あらら、ちょっとまってね」


 そう言って男は左手を軽く振る。


 その瞬間、何かが首元にぶつかる感覚がした。

 見ればU字型の物体が自分の首に突っ込んで、防御用のフロウがそれを受け止めていた。


「・・・うっぐ・・」


 喉が圧迫されて、呻き声が漏れる。

 そしてそのまま力任せに後ろ向きに倒されてしまった。


 即座に後頭部に回り込んだフロウのおかげで、頭を地面に叩きつけられずには済んだが、その衝撃の痛みで、今度は一瞬呼吸が止まってしまった。


『何だ、こいつは!?』


 ロンの悪態が聞こえてきた。


 今の自分の状況を確認すれば、なんかよく分からない物体が首輪のような形で地面に固定されてしまっている。

 そしてその首輪のようなものは金属製で不思議なくらい重たい・・・いや地面に完全に固定されて動かない・・・


 首輪を握って動かそうとしてみるも、全く微動だにしなかった。

 そして、なにかが動くようなブーンという小さいながらも力強い音が首輪から響いていた。



 わたしがその首輪に悪戦苦闘してもがいている横を男が悠然と通り過ぎていく。



「君はそこで大人しくしていてね」


 男が去り際に、そう言ったが完全にこちらを気にしていない。

 その事に少し腹が立ったが、実際この首輪一つに苦戦しているようでは、この男の眼中にも入っていないのだろう。

 それくらいの余裕が感じ取れた。



 地面に倒された状態で首輪に苦戦している間、その男はカミルの家の方に向かって歩いて行く。

 見れば家の前でカミルが驚いた表情でこちらを眺めていた。


「・・・ロン!!」

『畜生、この首輪、こっちの魔力を吸って強化してやがる!』


 どうやら、人よりかなり多いと言われた魔力量が仇となっているようだ。

 だが、そんなことより・・・・


「あの人、カミルさんを殺そうとしてる!!」

『なんだって!?』


 いったいなんでかは知らないが、あの男のカミルを見る目には、確かな殺意が篭っていた。

 だがそれは攻撃するというものではない、獣が獲物を見定める目そのものだった。



 早く助けなければ、カミルはあの男に喰われて・・・・・しまうだろう。


「なんとかならないの!?」

『ちょっとまってろ!!』


 すると、体の中を流れる魔力が急に減少したかと思うと、首輪の輪の中に横からフロウを差し込んで力いっぱい、上に向かって引っ張る。

 どうやら魔力の流れを制限することで、首輪に流れる魔力を減らそうということらしい。


 だがそれでも首輪は依然として凄まじい力で、自分の体を地面に縛り付けている。

 

 いや、さっきと違って僅かに首輪が動いた。


「いける!!」


 応援するようにロンに声をかける。

 そして自分も腕に力を込めてなんとか持ち上げられないか足掻いてみるが、首輪に魔力を吸われないようにするために筋力強化は使えないせいで、なかなか思うようにいかない。


 カミルの方はどうなっているかとわずかに動く顔を動かしてみると、何を言っているのかは聞こえないが男とカミルのやり取りはやはり険悪なものだった。

 いや、その険悪な空気はどんどんとその濃さを増している。


 男がカミルを害するまでそれほど時間は残されていなかった。


 自分の心の中に焦りの感情が芽生える。



『うおりゃあああ・・・・』


 ロンのその掛け声で一気に首輪が上に動き、そのまま空中に放り出されて少し離れた横にカランという乾いた音を立てて転がった。


「っぐ・・・」


 まだ首に圧迫された痛みが残っているが、わずかに呻きながらもすぐに立ち上がって小屋の方を睨むと、まさに謎の男が手を禍々しく発光させてカミルに振り下ろすところだった。

 

 それが何かなんて考える暇はない。


 即座に一番早く使える攻撃手段を選択した。

 その自分の判断にロンも即座に反応し、すぐに伸ばした左手の先からフロウがニュウっと飛び出し棒状に形が戻る。

 

 そしてその棒状に戻ったフロウを握りしめると迷いなく砲撃魔法を起動し、その棒の先からまるで戦いの火蓋を切るかのような巨大な爆炎が噴き出した。

 

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