1-8【少女と老人 7:~調整完了~】




 イライラ・・・


「そこは第3弁を弄ったほうが・・・」


 なるほど、そうか。

 俺がその言葉に従い動かす弁を変えるとあっさりと波線のノイズが纏まる。


 そしてまたすぐに静寂が戻る。


 イライラ・・・・


 うーむ、どうもさっきからモニカの方からイライラの感情が飛んでくるな・・・

 まあ、唯でさえ機嫌が悪いところに”これ”だからな。


 あー、目が痛くなってきて高速で瞬きをし始めた。


『モニカ・・・ちょっと休むか?』

「うーん・・・目が痛い・・・」


 モニカが自由な左手の方で目蓋を擦る。


「ん? どうした? 疲れたか?」

 

 モニカの様子に気がついたカミルが、少し心配そうに声を掛けてきた。


「うーん、ずっと見てたから目が痛い・・・」


 流石に連続ではこれが限界か。

 すでに2時間以上調律台を見つめてもらってる。

 調整が必要な箇所の数が数だけに、ずっと見ててもらう必要があるのだ。


「だったらしばらく休んでおけ、お前さんのスキルの方も大方覚えたみたいだし、何ならもう後は全部俺がやってもいい」

「・・・ちょっとそうする・・・」


 そう言ってモニカが目を閉じて、視界が真っ暗になった。

 ああ・・・目の負担がなくなってちょっときもちい・・・


 ちなみにカミルの方は一通り俺にやることを教えた後は、普段彼が使っている魔法陣の方の調律台に切り替えて作業をしていた。

 それがむっちゃくちゃ速いのなんの、こっちが1個調整し終わる間に、16個は調整している。

 実際に調整が始まればスピードは変わらないのだが、異常かどうかを判断する速度が全然違うし、しかもあっちは8個同時に調整ときたもんだ。

 調律台の性能が違い過ぎるのもあるが、判断の速度はキャリアの差だろう。

 むしろそう考えたら調整速度は一緒の俺ってすごくね?


「ねえ・・・何でもいいから、何か話して、静かすぎてちょっとつらい」


 モニカが目をもみながら、カミルに向かってそう言った。

 流石に何が何だかわからないまま、ずっと調律台を黙って見つめるのはキツイらしい。


「・・・と言ってもな・・・」


 カミルが少し詰まり気味にそう答える。

 俺との約束で、モニカの出生に関しては俺にだけ教えるという約束をした手前、どうしようか迷っているようだ。


「・・・私の事は、別に話さなくていい・・・良くはないけど、教えてくれないでしょ・・・そうだ、ガブリエラについて教えて!」


 どうやらモニカも納得はしていないが、今更自分のことを聞いても答えてくれないということは分かっているようだ。

 なので、暇つぶしに選んだのは自分とは同じランクのスキルを持つというもう一人についてのことらしい。


 これならば幾分話しやすいだろうし、自分と比較するにもちょうどいいという事だろう。

 

「ガブリエラ様? といってもなぁ・・・」

「その人も、カミルさんがスキルを纏めたんでしょ?」


「たしかにそうだが・・・私が診てたのは1歳の時までだからな・・・」

「それより後のことは知らないの?」


 それまで目を瞑っていたモニカが、ぱっと目を開けてカミルを見ると、カミルは視線を調律台に固定し、ペースを全く落とすことなく受け答えをしているようだった。


「もちろん何回かは会ったが、最後に見たのは4歳のときだった・・・・」

「どんな人? その時はどれくらい強かったの?」


「おいおい、私が見たのは4歳だって言ったろ、そのときはまともなスキルなんてまだ使えないから、強いもなにもないぞ?」

「じゃあ、どんな人?」


 何故かモニカの目が爛々と輝いている。

 そんなに気になるのだろうか?


「まあ、お前さんより、よっぽどおてんばというか・・・・」


 カミルがなにやら言葉に詰まったようだ。


「なんというか、自由な子だった・・・」


 なるほど、自由な子か。

 きっとそれ以上本当の事を言うと、王族だけに不敬罪とかに当たるんだろうな。


「じゃあ、生まれたときのこと」

「生まれた時?」


「すごかったんでしょ? ウルスラ計画って」


「ああ、あれか・・・・そうだな・・・」


 カミルがそこで初めて少し手を休めて、何か物思いに耽る。


「もう17年前になるのか・・・」


 そこで何やらカミルがやたらもったいぶった間を置いた 



「17年前、当時の第二王妃が非常に強力な”非制御魔力”・・・世間でいうところの”呪い”を持った子供を懐妊した」


 カミルが、重々しい口を開き最初にそう切り出した。

 

「かいにん?」

「子供ができることだ」


「ふーん・・・」


「話を戻すぞ、ただその時は両親の組み合わせから、ある程度の強力なスキル保有者が生まれる可能性は分かっていたし、実際先に生まれた2人の姉も共に”将位”クラスのスキル保有者だったので、懐妊の前から準備をしていた、そういう意味ではあの子づくりは”国策”だったといえる」


 そこで、カミルがフッと笑う。

 それにしても子作りが国策というのがちょっと間抜けだな。

 もちろん世継ぎ問題は一大事なのは理解できるが、どちらかといえばこれは兵器開発としての国策という意味合いだ。

 ところでモニカの前で子作りなんて単語使って大丈夫か?


『えっとな、そのな、子作りってのはつまり・・・』

「知ってる、子供ってオスとメスが交尾してできるんでしょ? サイクがやってるの見たことがある」


 モニカのそのあっけらかんとした物言いに、俺が思考が一瞬停止する。


『え・・え・・えっとな・・・コウノトリがな・・・』

「・・・コウノトリがどうかしたの?」


『・・・・何でもないです』




「だが、3人目の持っていた魔力は我々の予想を遥かに超えていたもので、その魔力のせいで懐妊後すぐに王妃が意識を失った、もし対応があと1時間遅れていたら母体共々助からなかっただろうし、実際に王妃は二度と意識を戻さなかった」


 カミルはそこで深い溜め息を吐いた。


「あの晩、最後に見た王妃様の笑顔を今でも覚えている、それから後のこともな、なにせ前代未聞の腹の中の子のスキル組成だ、とにかく死なせないようにすることに必死だったよ、1週間寝た記憶のない時もあった、文字通りボロボロになるまで働いた、だがその甲斐あってかなんとかガブリエラ様を生まれさせることが出来た、だが結局王妃はその後を生きることができなかったがな・・・」


 そこで苦虫を噛み締めたような顔になる。

 その表情の向こうには、少なからぬ後悔の色が見える。

 他の場所でまるで彼の偉業のように語られるところを見たが、当事者であるカミルにしてみれば悔いが残る結果なのだろう。


 ただ、モニカは何か引っかかる部分があるようだった。

 

「どうやってお腹の中の赤ちゃんの”力”を抑えたの? 魔水晶なんて使えないでしょ?」


「もともと、それなりに強いスキルになる呪いを持った母子向けに、腹の中の魔力を吸い出す装置があるんだ、その時はそれを大量に持ち込んで、一つにして使えるように改造して巨大化させたものを使った」

「そんな装置があるんだ」

「モニカも見たことがあると言ってたじゃないか」


「え? ほんと?」


 カミルのその言葉にモニカが驚く。

 あれ? そんな装置あったっけ?


「”王球”だよ、モニカはただの家だと思ってるみたいだが、あれは中にいる人間の暴走した魔力を吸い取って症状を緩和させる効果がある、いわば王位スキル保有者の揺り籠だ」

「王球・・・」


 俺の中に氷の大地に半分埋まったような真っ黒な卵型の俺達の家の姿が浮かび上がる。

 大きさの割にやけに中が狭い気がしたが、まさかあれにそんな意味があったとは・・


「じゃあ、あれがあったから生きてられたの?」

「もちろんそれだけじゃない、あくまで王球は症状を緩和させるだけだ、抜本的な対策は別に必要になる、ガブリエラ様のときはそれこそ色んな物を腹の中に突っ込んだ・・・・


 突っ込んだって・・・・

 

 でも、なぜ生まれられるのかの謎は判明した。

 ついでにモニカが正真正銘の王位スキル保有者であることも。


 なにせあれほど巨大な装置があるのだ、それは何よりの証拠といえよう。

 ただ、依然としてなんであんな場所にあったのかは全く見当がつかないが、それは明日カミルの説明書き待ちだろう。


「ただ本当に大変だったのはガブリエラ様が生まれた後だ、それこそ亡くなられた王妃について誰も語る隙がないほどにな、国中からスキル調律師が集められたのもこの頃だ」

『ミリエス村まで探しに来たというあれか』

「うん、ミリエスの人たち、こんなの初めて見たって言ってた」


「ミリエスってえと、ここからまだ北の方の村か、そんなところまで探しに行ってたのか・・・・」


 カミルがそれを聞いて大層驚いたようだった・


「知らなかったの?」

「ああ、なにぶん、私は騒ぎの中心にいたからな、どこまで騒ぎが広がってるかなんてあとになってから知ったくらいだ。

 まあ、とにかくそうやって国中のスキル調律師を総ざらいして、”ウルスラ”の組成が始まった、なにせ前代未聞の”力”の数だ、組成できるスキルのパターンは私一人の手に余る」


「普通は一人でやるの?」

「というより複数人必要というのが異常だ、その膨大な数の”力”を問題なく纏めるにはそれだけ広範囲の知識を必要としたんだ、モニカと違って勝手に組まれることもないしな」


「じゃあ、わたしはそんなに人が関わってないの?」


「・・・・それは、後からモニカのスキルにでも聞いてくれ」

「・・ケチ」


 なるほどこれがモニカの狙いか、どうやらガブリエラの話を呼び水に自分について聞き出そうとしたらしい。

 そう上手くは行かなかったが、モニカのこういう所は油断できない。


 明日カミルから詳細を聞いて、俺もまだモニカに聞かせるべきではないと判断したとして、それをしかるべき時まで隠し通すのは骨が折れそうだった。


「私が直接関わったのは、そのあたりまでだ、一歳を過ぎた頃だったかな、調整の間隔が一日を超え、大きな変動が収まったことで私の任は終えた、私にできる基礎的なスキルの組成は全て済んでいたし、他にしなければならない事も溜まっていたからな、それからは数カ月に1度確認の為に診ることはあったが、それも4歳を最後になくなった、それよりあとについては私も知らない、その後どのようなスキルを組成したかもな。

 私が知ってるガブリエラ様の話はこれだけだが、満足してくれたか?」

「うーん、なんとなく?」


 モニカはカミルの話から何かイメージできるものはないかと頭を回しているようだ。


「他に聞きたいことは?」

「それじゃ、カミルさんについて」


 モニカが疑問はないので適当に今考えましたという感じでそう聞いた。


「私の話? つまらないぞ?」

「でも、時間は潰せるでしょ?」


「そうだなぁ・・・」


 それから暫くの間、カミルは自分の半生を語ってくれた。

 もっと暖かい地方の生まれであること、経済的に苦しい家庭だったこと、妹を”呪い”で失ったのがスキル調律師を目指すきっかけだったこと、戦争で友人をたくさん失ったこと、仕事命過ぎて何度も結婚話が流れたこと、そんなことを話してくれた。


 それから過去に自分が行ったスキル組成に関しての苦労話を聞かせてくれた。

 その内容自体は特に目新しいものはないのだが、その裏には涙ぐましい苦労があるらしい。


 スキル調整の分野ではトップクラスといわれるカミルでさえそれほど苦労するのだ、ピスキアの街で高位のスキルの調整ができないのも、頷けるというものか。



※※※※



「・・・異常はないな、これでスキルの調整はすべて終了だ」


 カミルがその言葉を口にした時、すっかり日は落ちていた。

 このあたりの地域は緯度が高く日が長いので、もう結構な夜中と言える。


 俺達は夕食を済ませた後も残っていたスキルの調整を続けていたが、どうやらここで全て終了したようだ。


「おもったより早かったね」


 モニカが素直な感想を述べる。

 おれも最悪もう数日掛かるくらいの気持ちでいたので、正直言うとちょっと拍子抜けだった。


「普段からしっかり小さな調整をしているからだろうな、異常が有ったのは全体から見ればほんの少しだ、それに一つ一つの異常も小さなものだし、変な漏れ方をしているものはなかったからな」

「普通は違うの?」


「ああ、もっと歪な形に漏れてるし、抑制用の弁も固着してることがほとんどだ、特に全ての弁が固着したりしてるのを直そうとしたら、一つの”力”を調整するのに丸一日潰れるなんてザラだ」


『ちなみに後学のために聞いておくが、弁が完全に固着したらどうすればいい?』

「弁が全部動かなくなったらどうするの?」


 するとカミルが一瞬何かを考えるように、虚空を見つめたあと、


「シュリウス著”ノア開放装置新論”の42ページ、だいたいそれでなんとかなる」


 と教えてくれた。

 たしか、俺が読んだ参考書の中にそんなのが有ったはずだ・・・・・ええっと42ページ、42ページ・・・・

 あった、なるほど弁を動かす向きを小刻みに変えていくのか、ふむふむ・・・


「なんか、今読んで確認してるみたい」

「願わくば、俺に聞く前に参考書を読むようにしてほしいものだ」


 うるさいな、参考書よりよっぽど詳しい人間が目の前にいるのだから、それくらい聞いてもいいだろうに。

 まあ、でも結構重要そうだから今夜モニカが寝たあとに重点的に復習しておこう。


 だがそれよりも・・・


『モニカ、カミルに忘れてないか聞けよ』

「え? 何を忘れるの?」


 どうやらモニカはスキル調整の間にすっかり、カミルが明日俺に彼の知っていることを教えるという約束のことが頭から抜け落ちていたようだ。


 だが幸いにもカミルは覚えていたようだ。


「分かっておる、忘れはせん、寝ずに書くよ」

「・・・あ!」

  

 その言葉でモニカも思い出したようだった。

 






「寝なくても大丈夫?」


 二階の廊下で少し心配そうにモニカが聞くと、カミルは気にするなとばかりに首を振る。


「どうせ、明日は誰も来んし、この歳になるとそう長くは寝られんものだ」


 そう言ってカミルは紅茶セットを片手に、自分の部屋の中へ入っていった。

 これから、約束の通りモニカの出生に関して知っていることを紙に書くのだろう。


 カミルの反応からそれが喜んで聞くようなものではないことは何となく分かるが、願わくばモニカが生きていく上で役に立つような建設的な要素を含んでいることを祈るばかりだ。


「どんな事書くのかな?」


 カミルを見送ったモニカが少し興奮気味にそう言う。


『どんなことを書いていても、モニカがその内容を知るのはまだ先だと思うよ』

「そんなことないよ、どうせその一部でもロンは漏らすだろうから、それを待ってる」


『そんなこと考えてるのか・・・』


 これはまた強かな事で・・・・

 まあ、確かにこれから生きていく上で、モニカのためになることならボソッと漏らすこともあるだろうが、まさかそれを当てにしているとは・・・


 別に明日でなくても、そのうち手に入る事が確約されているならそれでいいのだろう。

 今の彼女の興奮は、クリスマスまでの間サンタクロースのプレゼントを待つような心境の現れなのかもしれない。


 そして寝るために、昨日と同じ調整に来た人用の寝室に入ってもモニカはまだ少し興奮していた。


「眠れるかな・・・」

『・・・・頼むから寝てくれよ?』


「・・・・ぜったい覚えてやる」


 その言葉には謎の気合が篭っていた、どうやらなんとか一瞬で覚えられるとこまで覚える気でいるようだ。

 そんなことに気合を入れずにさっさと寝てくれたほうがいいのに・・・


 だが、今日一日ずっと同じ姿勢のまま一箇所を凝視していた疲れが現れてきたのか、特に何かするでもなくベッドの方に向かい腰を下ろす。


「おやすみ・・・」

『ああ、おやすみ』


 軽く興奮状態であっても、そこはまだ子供なのだろうか、ベッドに入って目を閉じた途端に意識がすうっと睡眠の底に落ちていく。

 そういえば昨日はカミルのせいで、少し睡眠が短かったんだっけ、それもあるかもしれないな。

 そして、こんな状態でも壁2つ先でカミルが何かを書いている感覚が伝わってくる。


 今頃、カミルはどんなことを書いているのだろうか、そんなことを俺はモニカの中で一晩中考えていた。




翌朝・・・・・



 真っ黒な視覚の中に光が差し込む。


「おはよう・・・・」

『おはよう、モニカ』


 いつもよりしっかりと目が開いている。

 そのまま、窓のそばまで歩いていき、朝日の差し込む窓を開けると朝の冷たい空気が勢い良く入ってきた。


「うー・・・・ん!!」


 その冷たい空気を顔に浴びて気持ちいい感覚が広がる。


 窓の先を見てみれば、そこには俺達の不安を笑うかのように澄み切った朝の空が広がっていた。



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