1-8【少女と老人 6:~リーズ・ノア調律~】


「さて、そろそろ始めるか?」

『もういいのか?』


「”もういいのか?”だって」


 モニカが少しぶっきらぼうに俺の言葉を伝えた。

 どうも自分だけ除け者にされたことで、へそを曲げてしまったらしい。

 それでもモニカは必要なことはある程度割り切るので無視したりはしないのだが、それが逆に更にへそを曲げる原因になっていそうで心配だった。


「全体のチェックは終えた、今では分からなかったところも含めて理解できたと思う、そろそろ本格的な調整を始める頃合いだろう」


 どうやらカミルの準備はできているようだった。

 ちなみに今は昼食を終えた直後だ。


 方針が決まってから午前中の残りを使って、モニカのスキルについてカミルが見落としがないかしっかりと確認をしていたのだ。


 そして今から本格的に調整を始めるらしい。


「そいつに参考書は読み込めたか聞いてくれ」

『なんとか一周はした、頭が痛いけどな』


 ちなみに、最低限のスキル調整の知識を得るために、あれから今まで俺はカミルに渡されたスキル調整に関する分厚い参考書を必死に読んでいた。

 その数27冊!


 完全記憶のおかげでパラパラと一瞬見るだけで内容は頭に入るが、実際に理解するにはそれを改めて読まなければいけない。

 そして思考加速をフルパワーにして無理やり読み込んだので、頭が割れるように痛かった。


「なんとか全部読んだけど頭が痛いって、わたしも痛いけど」


 どうやら俺の頭痛がモニカの方まで波及してしまったようだ、同じ頭を共有してるんで仕方ない。

 モニカのためでもあるんで我慢してもらおう。


「この短時間でそんだけ読んで頭が痛いで済んでるんだから大したもんだ、本当なら最低でも三年間は勉強しないと本物のスキルは扱わしてもらえん」


 三年間・・・そんなに!? と反応するべきなのか、それとも案外そんなもんか、と反応するべきか迷うな。

 まあ、実地研修までの座学が三年掛かると考えるのならば、ちょっと長いほうかもしれない。


「それじゃ、どれだけ理解できたか軽くテストでもやってみるか? ”リーズ第一原則で許容される誤差の範囲は幾つだ”?」


 ええっと、たしか・・身長とか体重とかのやつだ。


『身長+体重+年齢×0.5を3で割った値!』

「え・・・えっと、身長たす体重たす・・」


 どうやら、俺の言葉を伝えるモニカが一瞬で言ったことを理解できずにいたようで、それを察したカミルがなんともいえない微妙な表情になった。


「まあ、あれだその辺は参考書にそのまま書いてあるから問題ないだろうし、俺の聞き方が悪かった、それじゃ◯か×かで答えられる質問にするか、ええっと”コルバの第3弁が固着して動かない場合、その代わりに第4弁で代用した、これは妥当か?”」

『×!』

「違うって」


 モニカがそう言うとカミルが満足げに頷いた。


「正解だ、これはモニカの場合、間違えたら死にかねんから注意しておけ」


 それからたっぷり1時間近くかけて、俺はカミルの○×テスト行い、”条件付きの合格”という判定をもらうことが出来た。

 ちなみにその条件とは、何をするにしても必ず参考書の内容を確認してから行うことというものだ。

 もちろん俺としても、この参考書無しで判断しようとは露程にも考えていなかった。

 

 さらにいうなら、参考書読みながらだろうが本音はやりたくない。

 参考書の内容を理解すればするほど、実際に弄るのが恐くなってきたのだ。


 なにせ弄るものの中には一歩間違えれば、死に直結しかねないものもある。


 だが、そういった不安をそれとなくカミルにぶつけてみると意外なことに、それで問題ないという答えが返ってきた。


「それでいい、基本的にお前が扱うのはモニカのスキルだけで他人のは考えなくていい、普段から小さな調整は行われてるから、一刻を争うような事態にはならんだろうし、ゆっくり参考書を見ながら確実にこなしていけばいいんだ。

 それに恐いことは悪いことではない、本当に恐ろしいのは慣れてきた頃に適当な事をやって大惨事になることだ、だから私も今でも恐れながら調整を行うようにしている」


 そう言うカミルの台詞には、この道数十年の重みがのしかかっていた。

 

 まあ、毎回そんなに恐がっているから悪夢を見るのではないのかと言ってやりたい気持ちに少し駆られたが。


「それじゃ始めようか、モニカ、右手を出してくれ」

「うん」


 モニカが軽くうなずき、魔水晶の嵌った右手をテーブルの上においた。

 するとカミルがその右手を軽く握る。


「参考書に書いてあったと思うが、まずは魔水晶の型の確認だ、こいつは3型だが、一応参考書も確認してみろ」


 俺はカミルの指示通り、参考書の中から該当の項目を見つけ出してそこを読み返す。

 モニカの腕に嵌っているのは3型と呼ばれるタイプのものだ。

 これは比較的新しいタイプの魔水晶で、一般的に使われている2型や4型に比べれば容量でも複雑さでも遥かに高性能といえる。

 ただし扱いが面倒くさいので、現在一般的にはより簡易な4型の方が主流らしい。

 そして3型の特徴は丸いということと、比較的大型だということだ。

 

「次に、魔水晶の表面に色が浮き出てないかを確認する」


 カミルの説明が次のステップに進んで、目で見て分かる異常の確認へ移った。

 といっても、本当に簡単な確認を目で見て丁寧にやるだけなので、難しいことは何もない。

 ただ、参考書によるとこれが案外馬鹿にできないようで、疎かにすると、調整のために魔力を繋いだ時に魔力に弾かれて大怪我をするなんてこともあるそうだ。


 そして俺とカミルでモニカの魔水晶に大きなキズや変色がないことを確認すると、いよいよ本格的に魔力をつなぐ。


「といっても、お前さんは元々繋がっているから、別に魔力のパスを用意する必要がある、見てろ」


 するとその時俺の解析スキルが、カミルの内部で何らかのスキルの発動を検知した。

 そして次の瞬間、魔水晶の上に調整用の魔法陣が飛び出してきた。


 だが、これまでカミルが使ってきた魔法陣よりも二回りほど小さく、情報も簡素なものだった。


「なんか小さくない?」

「そりゃ小さいさ、いつも使ってるのは魔法で出してるが、こいつはお前さんでも真似できるようにスキルで出している」


 なるほど、ではこれは正確には魔法陣ではないな、いったいなんだろうか?

 すると、俺の中で”いつもの感覚”が湧き上がり、俺の口をついて出てきた。


『”スキルの発動を感知しました、解析の結果、再現可能と判明、スキル【スキル調律台】として起動します”』

「複製できたって!」


 次の瞬間、カミルが作り出した”調律台”の隣に、同じ形をした色違いの”俺の調律台”が浮かび上がる。

 カミルの物は白だが、俺のやつはモニカの魔力傾向の影響か真っ黒だった。


「・・・なるほど、ちゃんと機能しているな、見方は分かるか?」

『ああ、参考書のとおりならな』

「参考書通りなら分かるって」


「ならそれでいい」


 俺はモニカの視界の中に浮かぶ調律台へ意識を集中させる。


『モニカ、黒い方の調律台をまっすぐ見てくれないか』

「・・・・これでいい?」


『ああ、これでいい、ありがとう』


 そして、初めて見る自分の調律台の中身をじっくりと観察してみることにした。


 先ず目につくのは、定規みたいなメモリ状の領域の中に浮かぶ波線だ。

 ただ、俺の調律台に浮かぶ波線はカミルの調律台のものよりも、間隔が短くて範囲が広い・・・というか俺のは等間隔で波形が並んでるが、カミルのは一つの大きな波が中央から綺麗に左右対称に広がっている。


「この状態だと見にくいだろ、まずは波の見え方を調整してみろ」


『・・・・』

「どうしたの?」


『ええっと・・・どうすればいいんだ?』


 必死に参考書を読み返してるが、該当の箇所が見つからない。

 調律台の操作自体は載っているのだが、その操作を試してみてもうんともすんとも言わないのだ。

 

 あれ? おっかしいな・・・


 って、これよく見れば魔法陣で出来た調律台の操作法じゃないか!?


「どうするのか分からないって・・・」

「おおっと、すまん・・・こいつはスキルで出したやつだった・・・」


 カミルが自分の調律台に向かって何かを始めた。

 すると、カミルの調律台に映る波の大きさが大きくなったり、小さくなったり、波自体が別のものに変わったりし始めた。


 そしてすぐにその動きを解析スキルが追っていく。


『”スキルの発動を感知しました、解析の結果、再現可能と判明、スキル【調律台:制御】として起動します”』

「あ、なんかきた!」


『よし!なんか動かせるようになったぞ!』


 なんかよくわからないが、とにかく調律台の表示を好きに動かせるようになった。

 とりあえず波の表示をカミルと同じように弄ってみる事にした。

 

 うんと大きくしてみたり、今度は見えなくなるまで小さくしてみたり。

 お、これを弄ると見る波を替えられるのか、ざっと見た感じ全ての波の波長は同じだが形が微妙に異なっていた。 


 後は、先程のカミルと同じように波を一つだけ真ん中に表示するように切り替える。


「今のでなんとなく理解したと思うが、ここに表示されている波が、モニカの中の”力”の状態を表した物だ、そして基本的にはこの画面だけで全てを行うことになる」


 その言葉で俺はまじまじと、その調律台の画面を眺めた。

 こうして見ると非常に簡素なもので、本当にこれで大丈夫なのか心配になる。

 それによく見れば大事なものがない。


『組成されたスキルとか、実際に組むのとかはどうすんだ?』


 モニカがそれを伝えると、カミルが軽く笑う。


「今日初めてスキル調整を覚えた奴に、それを教えると思うか? 5年は早い、それにお前が今必要なのは”力”の調整であって、スキルの組成ではないだろう、だいたいお前は俺が教えなくても自分で勝手に組めるじゃないか」


 そういえばそうか。

 できれば普通のやり方でのスキルの纏め方についても知りたかったが、流石にそれは欲が強すぎたらしい。


「さあ、話を戻すぞ、今見えている波はモニカの体の中の”力”を一つ抜き出して状態を見たものだ」


 なるほど、これが”力”の正体か。

 この波の状態一つで、これが呪いにもスキルにも変わるというのだから不思議なものだ。


「それじゃ問題だ、今お前さんが見ている”力”の状態は正常か?」


 俺は自分の調律台に映る波の様子をじっくりと眺めた。

 たしか参考書に判別の仕方が載っていたはずで、波の線が理想的なカーブからズレている幅を測るんだっけ。


 この”力”を表したとされる波は、完全に綺麗な波形ではなく、所々ノイズのように細かく上下する箇所が見られた。

 これが”力”を抑える”蓋”から漏れている箇所らしい。

 後はこれが許容値に収まっているかどうかを確認する必要がある。


 ええとこのメモリ一つが10キュミットで、モニカの許容値が60ちょっとだから・・・


『正常!』

「正常だって」


「よろしい、それじゃお前さんの判断でチェックしていけ、異常な波が出たらそこで止めろ」


 俺はカミルの指示通り、波を一つずつ切り替えていきながら異常がないか見ていった。

 だが最初の予想に反して殆どの波はきれいなもので、僅かな歪みも見られない。


 どうやら思っていたよりも異常な”力”の割合は多くないようだ。


 だが、それから数百個ほど波を入れ替えて確認してみたところで、初めて歪な形の波に出くわした。

 それはわざわざ測ってみるまでもなく一見するだけで許容値を超えている事がわかった。

 まあ、それでも一応測ってみるんだが。


『80超えが2箇所、それとは右の方に60キュミットに近いのがあるな』


「ちょうどいいのが見つかったな、それじゃ、まずはそいつの調整から始めるとするか」


 するとカミルがものすごい速度でカミルの調律台に別の異常な波を表示させた。

 さすが本職、判断がむちゃくちゃ速い。


「それじゃ今から、弁の動かし方を見せるから覚えろ、これが第1弁」


 するとカミルが僅かに何かを操作する感覚が伝わってきて、解析スキルがすぐにその内容を反映させる。

 見れば今の操作で波の形が僅かに変形していた。


「これが第2弁」


 カミルは同じように別の弁の操作を行い、また俺がそれを解析して理解する。

 これを”力”を抑えるために付いている第6弁まで同じように続けた。

 この6つの弁を組み合わせたものが”力”を抑えるための”蓋”の正体だ。


 そして、それらの位置を微妙にずらすことで”力”を抑え込んでいるのだ。


「じゃあ、そいつの調整をやってみろ」 


 その言葉で、俺はカミルと同じようにそれぞれの弁を動かし始めた。

 幸いにもどう動かせばいいかについては参考書に載っているので、あとはその手順に注意しながらゆっくりと弁を動かしていく。

 弁は内包している安全機構のおかげか、それほど勢い良く動いたりはしなかった。

 おかげでうっかり逆方向に動かしても大事にはならない。


「その調子だ、ゆっくりとな、それだけ意識しろ、決して急ぐな」


 カミルが念を押す様に注意を掛けてくる。

 そのおかげで、俺は落ち着いて作業を進めることが出来た。


 俺の目の前にある調律台の中の波の形はゆっくりと、だが確実に綺麗な形に整えられていく。

 その様子を少々ご機嫌斜めだったモニカも興味深げに並べていた。


「上手くいったじゃないか、これがリーズ・ノア調律だ」


 綺麗に整えられた波形を見ながら、カミルがそう言って出来栄えを褒めてくれた。


「なんか、ちょっと体が軽くなった?」


 モニカがそんな感想を述べた。

 実際俺もなんとなく体が楽になったような気分になっていた。

 異常が治ったことで負担が減ったのだろうか?


「モニカ、そりゃ気のせいだ、たかが一個調整したくらいで体調が変わったりするもんか」


 だがそんな俺達にカミルが冷水をぶっかける。

 それに対してモニカが恥ずかしそうに顔を赤らめた。


 そんなに恥ずかしがらなくてもいいよ? 俺もそう思ったから。


 だけど恥ずかしいから言わないでおこう。


「だが一個とはいえ、ちゃんと出来ている、それもかなり綺麗にな」


『後は、これを続けていけばいいのか?』

「これを続ければいいか? だって」


 モニカのその問いにカミルは大きく頷いた。


「そうだ、ある意味ではそれだけだ」


「じゃあ、すぐに終わりそうだね」

『モニカ、そういう訳にはいかないぞ・・・・』


 楽観的なモニカに対して、この先を一応知っている俺がその予想を否定する。


「・・・?」


「すぐには終わらんさ、なにせ見るところがあと30万以上あるからな」


 カミルは少し面白そうに、その絶望的な数字を教えてくれた。

 

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