1-8【少女と老人 5:~調整機構~】
俺のおかげでモニカはこれまで生きてこられたと、カミルはそう言った。
「それはわかってるよ? これまで何度も助けられたし」
モニカが、何を当たり前のことを言っているんだという感じの反応を見せる。
「もちろんそういう意味じゃない。モニカの持ってるこのフランチェスカだが・・・・こいつは本来ならば一人で生きていられるような代物ではない」
「・・・・どういうこと?」
「この世界でスキルと称されるものがどういう構造をしているのかは知っているか?」
カミルが最初に聞いてきたのはそんなことだった。
だがこれに関しては、以前調べたことが有るので俺もモニカもそれなりに理解しているつもりだ。
「元々ある”力”を組み合わせて作ってる?」
モニカのその答えにカミルが軽く頷く。
「”力”か・・・まあ一般的には”呪い”と言われることのほうが多いな、じゃあそいつの正体は何だと思う?」
「・・・なに?」
『先天的な魔力疾患だろうな』
モニカの問いかけに俺が自分の意見を答える。
「せんてんてき? な魔力しっかん・・・」
「そう言われているな、で、その疾患の正体は体の一部が魔力特性を持ってしまうもので、これは石や水が魔力を帯びるのと全く一緒の現象だ、だからこの世界の誰にでも起こりうるし、先天的だけでなく後天的にも発生する」
「こうてん・・・てき・・・」
『生まれた時にそうなっているのが先天的で、生まれた後にそうなるのが後天的だ』
「じゃあ、年を取ってからスキルの力を持つことも有るの?」
それは俺の知らない事実だった。
ピスキアの街で診断に並んでいたのは皆赤子だったし、これまで聞いた話だと先天的なものばかりだったので、てっきりもって生まれたものだと思っていたのだ。
「その言い方だと語弊があるな、スキルってのはあくまで後から人がその魔力疾患を纏めて使えるようにした物に過ぎない、だから何歳だろうが組成された時がそのスキルを持ったときといえる、だが、後天的な魔力疾患はスキルとして纏められることは極めて稀だ」
「なんで?」
「そいつが生きている間に多かれ少なかれ体が魔力傾向を持つせいで、それほど危険な魔力特性を得ることはほぼ無いんだ、それに体ができていれば耐えることも簡単だ」
つまり、人が成長する過程で得た魔力が、新しい”力”の発現を抑制しているし、成長してしっかりとその”力”に耐えられる体を得ていれば、それは疾患にはならない。
「じゃあ、そういった人もいるんだ」
「人では珍しいが、動物にはそうなりやすい種も多い、スキルになるような先天的魔力疾患を持ったやつはすぐに死ぬから、自然には後天的なやつしか残らないしな、モニカもそういうのは見たことが有るだろ?」
「あったっけ?」
『わかんないな、俺の記憶には・・・・』
「”魔獣”だよ、世間ではそう呼ばれている」
その瞬間、俺達の脳裏に巨大化したサイカリウスやアントラムの姿が浮かび上がった。
「魔獣!?」
『まさかあれがそうなのか!?』
「あれは長い間を生きる中で体が魔力特性を持つ現象の代表格だ、十分に体が大きければ害をなす物も大きな力になるしな、だから長寿で体の大きい生き物ほど魔獣化しやすいし危険度も高い」
確かにあの凄まじい力が魔力によってもたらされている事は知っていたが、まさかそのメカニズムがスキルと同じものだとは夢にも思わなかった。
「じゃ、じゃあ・・・人間も魔獣化するの?」
モニカが恐る恐る聞いた。
魔獣化した人間など想像もつかない。
サイカリウスみたいに巨大化しているのだろうか?
「当然だスキル保有者と比べてもなお、本当に極稀だがな、”仙人”や”鬼”と呼ばれているのがそうだ」
「仙人・・・鬼・・・?」
『そういえば魔獣の一番高額な討伐依頼って、たしか鬼だったよな、あれって人だったのか・・・・』
脳裏にSランク手配書の禍々しい挿絵が思い浮かぶ、あれはとても人に見えるものではなかった。
それに他の人からまるで獣のように扱われ恐れられるというのはどういう心境なのだろうか?
「世間では徳の高い者が仙人になり、悪徳を持ったものが鬼になるなんて迷信がまことしやかに言われているが、あれはただの魔獣化にすぎない」
カミルの言葉にはどことなく科学者のような、都市伝説に対する呆れに近い空気を感じた。
「で、話を戻すと要はスキルとはこの疾患を纏めたものにすぎないから、その魔力特性自体は疾患としては残り続けるというのは理解できるか?」
「うん、だからそれに耐えられなければ使えないんだよね?」
「そうだ、抑えることは出来るが、耐えられるまでは使うことは出来ない、だがそれはちゃんと抑えられるから成り立つ話だ」
「抑えられるから?」
「スキルを構成する”力”は数カ月から数年で僅かにその特性が変わる、そうなるとそれに合わせて調整をしなければ、その”力”を抑えておくことは出来ない」
これも以前の調査のときに俺は分かっていたことだが、こうして専門家の口からそれを聞くと、妙な実感がある。
「抑えられなくなったらどうなるの?」
「当然・・・ただの”呪い”に戻る、だからそうなる前に調整し直さなければならない、そしてスキルが高位であればあるほど内包する”力”の数も増え、より強力なものになるから、必然的に調整の間隔が短く、そして大掛かりなものになっていく」
「じゃあ・・・王位スキルの場合は」
王位スキルを構成する”力”の数や強さはかなりの物になるはずだ。
俺自身、今自分が管理している”力”全てを把握しているとはとても言えない。
「ガブリエラ様の場合、生まれた直後は最大でも一時間ごとの再調整が必要だった、現在は成長してその間隔は伸びているが、それでも1週間ごとに行われているらしい」
「もし、それをしなければ・・・」
「暴走した呪いが徐々に体の破壊を始め、それが様々な症状となって現れる、”力”の特性がどの程度ズレるかにもよるが、概ね求められる最大調整期間の3倍で死に至る事が多いようだ」
一週間ごとといえばかなりの頻度だ、当然モニカはそんな間隔でスキルの調整なんか行ってはいない。
もし仮に3週間で死んでしまうならば、モニカは一体これまで何度死んでしまったことになるのか?
「だがモニカにはそのような症状は殆ど見られない、ついさっきまでこれの原因が分からんかった」
「今は分かるの?」
カミルの口調はまるで今は理解しているかのような物だった。
「調べてみれば簡単な話だった、モニカの持つフランチェスカは管理スキルの中に簡易的な調整機構を持たせているようだ」
『ちょっとまて、管理スキルってそういうものじゃないのか?』
「なんか、管理スキルってそういうものじゃないの? って言ってるけど?」
「基本的にそれは無理な話なのだ、管理スキルってのは、あくまで複数のスキルを持っている場合に正確に目的のスキルだけを起動するために使われるためのもので、それだけでも恐ろしいほど複雑で強力な制御を必要とする、だがスキル自体の調整となればその難易度は比較にならない、私にはどうすればそんなことが出来るのか想像もつかなかった」
カミルが妙に実感の篭った目で虚空を見つめる。
まるで以前に、そのことで相当な苦労をしたかのようだ。
「じゃあ、普通の管理スキルは調整まではしてくれないの? ウルスラも?」
「当然だ、特に王位スキルともなればその複雑さはとてつもない物で、それを制御するとなると、とてもじゃないがそんな小さな石に収まるものじゃない」
「でも、収まってるよね?」
『いや、違うぞモニカ・・・制御機構の大部分は魔水晶の中にあるが、
「あ! そうだった!」
「何に納得したかは知らないがたぶんその通りだ、魔水晶では判断できない複雑で曖昧な決定をモニカの頭というより複雑な機関に肩代わりさせることで出来るようになっている、つまり本職のスキル調律師の真似事をその声の主が普段から行っていることになる。
これは可能であれば大変理にかなった構造だ、なにせ普段から少しの変動に対しても適切に処理していくからな、気づけば手遅れになる高位のスキル調整には必要な物だ」
俺がモニカの頭の中にいる理由にそんな事があったとは・・・
「じゃあ、わたしはスキル調整は必要ないってこと?」
『それなら安心だな』
「そういうわけじゃない、そいつが行えるのはあくまで簡易的なものに限定されるだろう、スキル調整の中にはそれこそ高度な”調整技術”を要求してくるものもある、いくら複雑とはいえ無意識下でそれらを行うことは出来ない、モニカがこれまで生きてこられたのは、他のスキル保有者とは比較にならないくらいの高頻度で小さな調整を行っているから、長い目で見た時の大きな変化にも対応できたんだろう、だがこれだけでは短い期間に大きく変化した場合に対応はできない」
「じゃあ、やっぱり時々は見てもらったほうが良いんだ・・・・」
「実際、モニカの内部で”力”の変動が調整可能な幅を超えたのか、わずかに抑え込めなくなっている”力”が幾つか見られている、それによると思われるダメージもな、管理スキルなら心あたりがあるのではないか?」
カミルが直接俺に問いかけてきた。
そしてモニカの体の謎のダメージについては俺にも心当たりがある。
『確かに、モニカの内臓などにそれなりのダメージが見られる、旅の疲れのせいかと思っていたがまさかそんな理由があったとは・・・』
「旅の疲れかと思っていたって」
「その疲れも有るだろう、だが、それ以外にも急速にスキルの状態が変わることがあっただろ?」
『スキルの覚醒の時か・・・』
俺は巨大サイカリウスとの激戦を思い出す。
たしかにあの時に発動可能なスキルが一斉に起動し始めたのだ。
それは確かに、モニカの体にとって大きな変化といえる。
そしてそれだけの変化があれば、モニカの体の中の”力”がその特性を変化させてもおかしくない。
いやむしろ、ほとんど何事もなかったほうが奇跡に近いのだ。
「それにずっと住んでいた場所から、気候の違うここまで移動したのだ、成長期、環境、そしてスキルの起動、それらが複合してなお今日まで生きてこられたというのは、その管理スキルの能力の高さに驚愕するしか無い」
『だが俺が起動する前にモニカが生きていられた理由はなんだ?』
「なんで、声がする前も大丈夫だったの? 起動していないよね?」
「その答えは2つ考えられる、一つはその声に意思がない状態で既に起動していた、そしてもう一つはその直前に記憶を失ったというものだ」
「じゃあ、ずっと起動していたの?」
その2つの可能性に共通するのはそれ以前から管理スキル自体は起動していたということ。
「モニカが生きていられることを考えれば、そう考えるのが一番妥当だろう」
『だが、俺に意思がなければ調整なんて高度なことができるのか?』
モニカが俺のその疑問を問うと、返ってきた答えは意外なものだった。
「逆かもしれんぞ、調整に余裕が出てきて使う脳の領域が余ったから、そこに人格が生まれたとも考えられる」
カミルが示した可能性はこれまでとは逆転した考えだった。
俺という複雑な思考装置があるから対応できるのではなく、モニカのスキルの変化に対応できるほど複雑な思考装置が有るから俺という人格が生まれたというもの。
それは成長に従って体に余裕ができることで調整頻度が落ちるという実際の傾向とも合致していた。
「・・・・ロンて、凄かったんだ・・・・」
モニカが何か妙な実感を持ってそう言った。
恐らくモニカの中では俺の存在はあまりにも身近すぎて、慣れていたのだろう。
「凄いなんてものではない・・・・」
まるで呟くようにそう言ったカミルが、物思いにふけるように虚空を見つめる。
その目は俺を讃えているというよりかは、羨望に近いものだった。
それに気のせいか後悔の念も見られる。
その表情の理由が少し気になったが、だが今はそれよりも重要な案件を確認しなければならない。
『それでも最近はズレが修正しきれてないんだろ? ならやっぱり時々はスキル調整をしなければならないが、となるとそれが可能な専門家の居場所をカミルさんの他にも見つけないとどこにも行けなくなってしまうぞ』
「やっぱり、スキルの調整はした方がいいの?」
「もちろんそうなるが、それがそういうわけにも行かない」
「なんで?」
「お前さんは、自分の置かれている状態をもう少し知るべきだ」
「・・・・やっぱり他の人にバレたらまずいの?」
「まずいというよりかは・・・モニカの出生について問題が有るせいで、公に知られれば消されかねん、まだそこまで強いスキルは発動できない状態だろうからな、国としては育てるよりもモニカが生きているリスクのほうが勝る」
俺もモニカもその言葉に大きなショックを受けた。
無理もない、いきなりお前は生きているだけで世間のリスクになると言われたのだ。
それに、
「わたしの・・・・出生の問題?」
『やっぱり知っていたか・・・』
カミルの言動や行動は、あまりにも俺達のスキルについて詳しすぎた。
それはウルスラの知識とするにも違和感が残るほどだったのだ。
「何を知ってるの?」
モニカが若干眉をひそめて問いただす様にそういった。
「・・・それは言えん」
「どうして言えないの!? それにわたしはこれから誰にスキルの調整を頼めばいいの?」
またも口を閉ざすカミルに、モニカの表情がどんどん険悪なものになっていく。
俺としてもなんでか分からない理由で人に言えない秘密を抱えるのは御免被りたい。
だがその時、カミルが提示したのは予想していなかった言葉だった。
「その必要はない」
「・・・・?」
『・・・?』
「モニカの調整は、できるだけ私自身の”スキル”を用いて行う、”お前”ならそれを複製することが出来るだろ? 後はお前自身でそれを使って自分で調整を行えばいい」
モニカの顔が先程とは別の驚愕に染まる。
俺としても、なんでカミルがそのことを知っているのか分からなかった。
確かにカミルは調整用の魔法陣でスキルの一覧を見ることは出来るが、そこで見えるのは”解析”という曖昧な説明のスキルだけのはずで、そこから使っているところを見たわけでもないのにその内容がスキルを複製するためのものであると理解できるわけがない。
「なんでそれを知っているのかって顔だな、簡単な話だ、フランチェスカを組成したのはこの私だからだ」
それに対して俺達の反応はバラバラだった。
言葉を失うほど驚くモニカに対して、俺の中にあったのはやっぱりかという感情。
いつからかははっきりとは言えないが、俺はたしかにその可能性は頭にあった。
「・・・それは教えてもいいんだ・・・」
モニカがポツリと漏らした言葉には少なからぬ憤りが含まれていた。
「・・・・分かってくれとは言わない、許してくれとも言わない、ただ、君の出生を全て話すには君はあまりにも幼すぎる、今はただ大っぴらにするものではない、ということだけ理解してくれればいい」
「・・・・・・」
モニカが唇を噛みしめる。
幼いと言われては反論できないこともモニカは自覚していた。
「・・・・歳を取ったものが優れているわけではない、ただ歳を経なければ身につかない強さもあるのだ、そしてこれは恐らくそういう物が必要な類の物だ、今はただ、私の調整を受け入れてほしい」
カミルのその視線は何かを懇願するかのように、必死なものだった。
そして俺が見る限りその瞳に嘘の色は見られない。
彼の中で全てを話したいという感情と、まだ幼いモニカにそれを話す訳にはいかないという葛藤があるようだった。
俺としては、それを聞くにはモニカが幼いというならば、聞く必要なんてないと考えている。
今はまだ思春期に差し掛かろうかという時期なのだ、この時期に新たな精神的爆弾を抱えるのはいい判断だとは思えない。
知ったほうがいい場合もあるだろうが、なんとなくこれは安易に扱えばモニカの生涯の傷になりかねない気がするのだ。
だがそれはモニカに対しての話だ。
俺はある考えのもと、モニカの体の中の流れを一部拝借して空中に流し始めた。
そしてその魔力を使って形を作る。
カミルがモニカに聞かせたくないというなら、モニカがカミルから聞く必要は無い。
だが、モニカの事を預かる身である俺はそういう訳にはいかないだろう。
だからこそ、これはモニカの口を介さずに俺自身が自分の意志をカミルに伝える必要があった。
イメージするのは文字だ、必然的にコントロールする魔力溜まりの数は増えてしまうが、この程度ならば問題ない。
俺は一文字一文字ゆっくり時間を掛けてだが、空中にその文字を書いていく。
モニカもカミルも突然目の前に現れたその文字に釘付けになっている。
”紙に書いて一瞬だけモニカに見せろ、それで俺は理解できる、それだけは譲れない”
「え!? ちょっと何勝手なこと!?」
空中に書かれたその文章を見たモニカが、その行動と内容に文句をつける。
だが、それが俺がカミルにしてやれる最大の”譲歩”だ。
それにこれならばモニカが内容を理解することなく、完全記憶を持つ俺だけが事の真相を知ることが出来る。
後はその内容を見て、俺が然るべき時にモニカに伝えてやればいい。
「わかった、だが今ここですぐに用意できるほど短い内容ではない、明日の朝まで時間をくれ、用意する、それでいいか?」
その言葉を聞いた俺が空中の文字を一旦全て消し、新たな文字を刻んでいく。
”それでいい”
すると、その文字を見たカミルの表情からフッと緊張が抜ける。
「・・・礼を言う」
カミルのその言葉は心の底から湧き出したかのようだった。
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