1-8【少女と老人 4:~問診~】



 ピスキア行政区カラ地区


 風光明媚な町並みの一番奥、山を少し登ったところにその教会はある。

 そこはこの地区で最も神聖であると同時に、最も畏れられる場所でもあった。


 教会の石造りの柱は苔むしており、その建物が古くからあることを物語っていた。

 聞けばこの教会はカラ地区に本格的に人が住み始める前からここにあったらしい。

 そのせいかボロボロで昼間でも薄暗く何処か寂しげな印象を持つ。


「幽霊でも出そうでしょう?」


 案内してくれることになった神父が少し面白そうにそう言う。


「やはり”ゴースト”はよく出ますか?」


 それに対してランベルトが聞き返す。


「一般的に言われているほど出ませんよ、ここ・・・で死ぬ人はいませんからね、では、まいりましょう」


 神父は軽く答えると、大量の鍵束の中から一番大きなカギを取り出し目の前の扉のカギ穴に差し込んだ。

 その扉は教会の正面扉を入ってすぐのところにあり、中には地下へと続く階段があった。

 どうやらこの下がそれ・・・らしい。


 ちなみにこの世界ではゴーストは当たり前のようにいるものとして扱われていて、区分としては”精霊”に当たるが、通常の精霊のように世界からの保護を持っているものはそれほど多くはない。

 死んだ人の魂が見えるなんて迷信が現在も大っぴらに語られるが、最近の研究では死んだ時にその人の持っていた生体魔力が急速に消滅し、その穴を埋めるように周囲の魔力が流れ込んで形成されるという実態が明らかになってきた。

 死んだ人に似ているのは全身に張り巡らされた生体魔力網を型に作られるからだそうで、決してその人の魂が漂っているわけではないのだ。


 だが、いざこうして中に入ってみるとその薄気味悪さに、幽霊の二、三匹出ても不思議ではないような気になる。


 ここは教会の地下にある墓地・・・いわゆる地下墓地カタコンベだ。


 そしてここに埋葬されているのは、身元不明だったり身寄りのない人間がほとんどだった。

 なので新たに運び込まれてくる以外に人が訪れることはない。

 その静けさが、不気味な空気をさらに濃いものにしていた。


 そして周囲を見れば通路の両端に作られた棚にびっしりと並ぶ大小様々な髑髏の列。

 ここに安置されているのは死体のうち頭蓋骨だけだ、

 他の骨がどうなったかは知らないが、その頭蓋骨だけはとても丁寧に並べられ、死者に対する敬意は払われているという印象を持つ。


 そんな髑髏に囲まれた地下墓地内の長大な通路の中を、慣れた表情で歩く神父の後ろをそろそろと付いていく。

 どんな人間もいつかは入る場所という意識があるせいか、どれだけ強くなっても墓地とそこを見守る神父に対しては畏敬の念のようなものを感じる。

 少し恥ずかしいことに、一人にしないでほしいとランベルトは本気で思った。

 

 こんなところに来たのには理由がある。

 

 ここ数日の調査が実を結び、ついにかつてのフランチェスカ計画において王位スキルを組成されたという人物がおよそ10年前にこの墓地に埋葬されたという情報手に入れたのだ。

 それは奇跡に近い発見だった。

 なにせ、ほぼすべての資料は破棄されていたのでいったいどんな人物がその対象になったのかすら定かではなかったのだ。

 死亡していることは知っていたが、それがまさかこんなところに埋葬されているとは。


 神父がいくつもの曲がり角を曲がり、そろそろ道順を覚えるのが難しくなってきたころ。

 ランベルトの身に着ける魔道具がカタカタと音を発し、周囲から発せられる魔力を検出し始めた。

 これは遺骨に残留した魔力がゆっくりと骨から抜けるものを観測するように調整しているのだが、それがこれほどの反応を示すことなど今までなかった。

 いったいこの先に待っている遺骨にはどれほどの魔力があったというのか、想像もつかない。


「着きましたよ・・・ここがそうです・・・・」


 神父の静かな声が墓地の中に木霊する。

 どうやら目的地に着いたらしい。


 そこは小さな小部屋のような場所だった。 


「この中に55-2731が?」


 ランベルトが発見した書類に書かれていた死体の処理番号で確認を行う。

 ここに埋葬された遺体は、名前ではなく番号で呼ばれ管理される決まりになっている。

 それはほとんどの骨が名前が不明のため、いつの間にかこういう慣習になったそうだ。


 そして意外なことにランベルトの問いに対し神父が軽く頭を振る。


「この中ではありません、ここにいる全員が55−2731です」

「・・・・なんですって?」


 思わず神父のその言葉に思わず聞き返してしまった。

 そしてその意味を噛みしめたうえで部屋の中を覗くと、その禍々しさに背筋が凍る。


 小部屋には大量の頭蓋骨が並べられており、そしてそのどれもが非常に小さく、そのほとんどが生まれてから間もない子供のものだった。


「15年前のある日、生まれたばかりの赤子がこの墓地に埋葬されました、この子です」


 そう言って神父が一番右端の本当に小さな頭蓋骨をそっと指差した。

 その目は本当に痛ましいものを見るようで、実際その痛みを象徴するかのように頭蓋骨は歪んでいた。


「それから5年に渡って次々に、同じ顔をした女の子供の死体がここに運ばれ埋葬される日々が続きました、ですが彼らはその全てを最初の一人の登録だけで処理しようとしたために、彼女たちにはそれぞれの寝床・・も与えられず、この様な小部屋に皆で入ってもらう事になったのです」


 その話を聞いたランベルトは無言で部屋の中に入り、大量に並ぶ頭蓋骨の内の一つに手を伸ばした。

 だがその手は即座に神父によって掴み取られる。


「彼女達はもう十分に苦しんだ、これ以上の冒涜は許しません」


 ランベルトは神父の瞳に宿る猛烈な迫力に圧倒された、力の差などわきまえているだろうに、それでもなお、死者を守るその姿にランベルトの中の神父に対する畏敬の思いは強まる。


「大丈夫ですよ、触れたりはしない」


 そう言ってランベルトが、手のひらを見せる。

 そこには死者の魔力に反応する札状の魔道具があった。


「ただ、この子達が発する魔力を調べたいだけです」


 すると神父の手が離される。

 どうやら許しは出たようだ。


 それからランベルトはゆっくりと、細心の注意を払ってそれぞれの頭蓋骨の周囲を探っていく。


 驚いたことにその全ての頭蓋骨が未だかなり強い魔力を発していたのだ。

 神父の話を信じるならばこの状態が10年続いたことになる。

 それはこの子供達が全員強力な魔力を持っていたことの証左だった。


「まさか、一人ではなかったとは・・・」


 ランベルトはその事実とそれが意味することに愕然とした。




※※※※





「昨夜はすまなかった・・・・・」


 カミルが紅茶のカップを弄りながら、謝ってきた。


「あの後、寝れた?」


 それに対してモニカが少し心配げに質問し、そして自分のカップから紅茶を啜る。


『・・・にげえ・・』


 子供の舌にはまだちょっと早そうだ、苦みばっかりで味が分かったものではない。

 ただ、苦いのに慣れているモニカは満更ではなさそうで、苦みに呻く俺の感情を楽しむ余裕すらある。


「おかげさまで・・・全くこの歳なって、恥ずかしい・・・」


 そう言ってからカミルが自分の頭を撫でながらもう片方の手で、紅茶を口に含んだ。


 結局この爺さん、たっぷり2時間もモニカに抱き着いた後、俺たちの寝室でベッドに眠るモニカの手を握りながら椅子の上で寝たのだ。

 どうも、そうすると悪夢が薄れるらしい、この家には他に誰もいないのによくこれまで生きていられたな。 


 しかしあの恐がり方は普通ではなかった。

 全身を痙攣させながら冷や汗を流し、目の前にいるモニカの姿にも反応はなかった。

 いや、反応はあったのだが悪夢とやらに襲われている間は近づくと恐がるような反応があったのだ。


 結局モニカがカミルを抱きしめることで治まったようだが、あれで治まらなかったらいったいどうなっていたことやら。

 ちなみにモニカがなぜ抱き着いたのかは、おそらくは本人が言っていたとおり、昔父親にそうしてもらったからと、この前リコにそうしてもらったので、自分も咄嗟にそうしようと思ったらしい。

 気になるのは、どうも抱き着いている間モニカの方も結構いい気分になっていたのだ。


 ひょっとするとこの子”抱き着き魔”の素質があるかもしれん・・・・


「それに・・・少しわかったこともある」


 カミルが一拍おいてそう語った。


「わたしのスキルのことで何かわかったの?」


 モニカが興味深げに聞く。

 実は、カミルがモニカが寝ている間、手を握っていた表向きの理由はモニカの寝ている時のスキルの状態を測るためというものだった。

 俺は、恐がりなお爺さんが子供に手を握ってほしいと頼むのが恥ずかしくて、誤魔化しのために言っていたものとばかり思っていたが、どうやらちゃんと仕事もしていたようだ。


「まず、お前さんのスキルだが、四六時中発動している謎のスキルがある」

「謎?」


「一覧には表示されるのだが、何と読むのかわからん、わしの知らない文字で書かれておる」

『モニカ、たぶんそれFMISだ』


「・・・管理スキルだっけ?」

『そうそう、俺の本体』


「管理スキル?」


 カミルが怪訝な声で聞き返す。


「えっと、その・・・声が、そう言ってるの」

「親父さんとおんなじ声ってやつか?」


「うん」


 するとカミルが顎に手を当てて何やら考え込む仕草を始め。


「管理スキルが常時発動だと・・・・でもそれなら・・・・いや、管理スキル自身の調整はどうしてるんだ・・・・もしかして・・・いやそれはない・・・」


 そして紅茶を片手に何かをブツブツ言いだす。

 どうやら、何かのスイッチが入ったようだった。


「大丈夫かな?」


 モニカがその様子を心配そうに見ている。

 カミルは完全に何かのイメージの世界へ飛んで行っており、そして昨日も少しやっていたがまるで動きを追うかのように手をせわしなく空中で動かし、目玉はそのイメージを確認するようにギョロギョロとそこら中に動いていた。


『少し気持ち悪いが害はないだろ、むしろあれで何か分かってくれたら、俺たちにしたら儲けもんだ』

「そうかな・・・カミルさんあんまり寝てないのに」


 そのブツブツ呟きながら虚空を見つめて物思いにふける姿は妙に生き生きとしたもので、昨夜の悪夢にうなされている姿はどこにもなかった。


 さて、管理スキルが夜中も発動しているのは俺も知るところだが、それはどうやらスキル調整界隈の大権威であるカミル先生の常識ではなさそうだ。


「ウルスラのは違うの?」


 モニカが率直な疑問をぶつけた、

 すると目まぐるしく動き回っていた、カミルの目玉がピタリとモニカを向いて止まる。


「・・・ちがう、いや、違わないか・・・・そもそも、こんな出力で動き続ける管理スキルを見たことがない・・・」


『出力?』

「それって変なの?」


「変というか・・理解できん・・・そもそも管理スキルを動かすこと自体珍しいことだからな」


 カミルのその言葉に俺は少し落胆する。

 そんなに必要なものではないという意味と、仲間と思った他の管理スキル達はひょっとするとそんなにおしゃべりできるものではないと思ったからだ。

 

「いや、ちょっと待て・・・その管理スキルは夜の間何をしている?」


「・・・なにしてる?」

『ええっと・・・』


「その口を動かさずに小さく何かをしゃべるのは、ひょっとして管理スキルに話しかけているのか?」


 カミルのその物言いにモニカがぎょっとする。

 ついでに俺もぎょっとした。


「ええっと・・・」

「そうなのか!?」


 カミルが凄い形相でこちらに迫る。

 モニカも俺もその突然の変貌ぶりに圧倒されてしまう。

 それはこれまでで一番大きな声(昨夜の叫び声は除いて)で、どちらかといえば大人しい印象だったカミルからは想像できない姿だった。


「そうなのか!?」

「あの・・・・」


 





「好きな物は何?」

『オルセルスの果汁を絞ったジュース、モニカは嫌いみたいだがあれは美味かった』

「オルセルスのジュースだって」


「ああ、あれは俺も好きだ、気が合うな」


 俺の答えをモニカが口頭で伝え、カミルがそれに答える。

 今俺たちは昨日と同じように、特殊な魔法陣で何かの波長を見ていた。


 だが昨日と違うことが一つだけ。


「胸がでかいのと、尻がでかいのはどっちが好きだ?」

『おめえモニカの前で何、聞いてんだ!?』


 カミルが魔法陣をチェックしながら、それと同時に俺に質問をして何かの反応を見ているのだ。


「ねえ、ロンはどっちが好きなの?」


 おいおい、その二択の答えをモニカの口から言わせるのか!?

 まだ質問の裏の意味がよく分かっていないモニカは、単純にアイスのバニラとチョコどっちが好きかくらいのイメージしかもっていない。

 だが、今後のことを考えると迂闊に答えていい問題ではない・・・・


 ちなみにどっちも歓迎だ。


「どっちも満更じゃないみたい」

『おい、モニカ!?』


「ほう、そりゃ随分と欲深なやつだ・・・・」


『こんな質問をして、何の意味があるんだ?』

「この質問にどんな意味があるか? だって」


 するとカミルが魔法陣の一角を指さしてうんうんと頷く。


「意味はあるさ、おかげでお前さんがどんな奴で、モニカの中でどう動くかよく分かった」


 その顔はまるで何か雲が晴れたかのようだった。

 そしてカミルは口を開き、結論を述べた。


「モニカ、そいつに感謝しな、お前さんが今日まで生きてこられたのはそいつのおかげだ」



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