1-6【北の大都会 16:~旅の区切り~】


「コホン・・・・さて、私からは以上ですが、モニカさんからしてみればここからが本題でしょうね」


 商会長が何やら改まった感じに咳払いを入れて話を変えた。

 俺達にとってはここからが本題とは一体?


 見れば、商会長はもう一人の男に注意を向けていた。

 

 そういえばもう一人いたな。

 この男は先程から会話に入ってくる様子もなく、紹介も後回しにされたので意識の外側に飛んでいた。


 今までは少々暇そうにこの応接間の端の方の椅子に腰を掛けていたが、自分に注意が向いたことを察知したのか顔を上げてこちらを見てきた。


「紹介状にはね、毛皮の取引だけでなくもう一つ君に対してしてほしいことが書かれていたんだよ」

「何?」


 何だろうか? 俺はそれが何か想像がつかなかった。

 見た感じもう一人の男は技術者っぽいし、そうなると俺達が探している技術者ということに・・・・


「・・・ロン? どうしたの?」


 俺の感情の変化を読み取ったのか、モニカが小声で何事か聞いてきた。


『モニカ、この人は・・・』

「それじゃ、紹介しよう、こちらはヴェント氏、当商会が懇意にしている取引先の”ゴーレム技術者”だ」


 ゴーレム技術者・・・俺の中でその言葉が何度も響き渡っていた。

 きっとモニカの頭の中で響いているのは俺の比ではないほどの量になっているだろう。


 俺たちの旅はつまるところゴーレム技術者を探すためのものだ。

 その後どうするかはその結果によるが、そこだけは変わらない。


 つまりこの、少しやさぐれた手先の器用そうな男が俺達の目下のゴールでもあるのだ。


「紹介状には君がゴーレム技術者をかなり真剣に探していると書かれてあってね、たまたま取引先の商会にゴーレムを扱うところがあって、そこの技術者を一人貸してもらったんだ」


 それを聞いたモニカの胸の中が熱いもので一杯になり、その一部が目からこぼれ落ちた。


「・・・ロン、今この人ゴーレム技術者って言った?」


 その問は音にはならず、完全に俺にだけ聞こえるものだった。


『ああ、そう言ったよ・・・』


 そう答える俺も何かよくわからない感情で一杯になっていた。

 モニカが目を閉じるたびにこれまでの旅の光景が浮かんでは消えていく。

 楽しかったことも、嬉しかったことも多かったが、やはり何よりもまず辛かった。


 10歳の子供が歩いてくるには長すぎる距離を歩いてきたのだ。


 そしてその旅がここで最初の目的を終える。

 そう思うと何も感じないわけには行かなかった。


「ありがとう・・・」


 今度は全員に聞こえる声で感謝を述べたモニカの声には万感の思いがこもっていた。


 だが、俺は同時に恐ろしくもあった。

 これから起こる結果に対してなんとなく予感めいたものを持っていたのだ。


「ご紹介に与りました、マリオ商会所属のヴェントです、最近は主にピスキア市内のゴーレム機器のメンテナンスを行っています」


 そう語るヴェントの声は不器用なものだった。

 典型的な技術一辺倒の人間と言った印象だ。

 話しにくくもあるが、同時にその腕に関しては信用してもいいだろう。


「ははは、その様子だと先に必要手続きを済ませておいてよかったようだ、ゴーレム技術者だと紹介した後だと大人しく聞いてもらえなかっただろうからね」


 商会長が軽く笑いながらそう言ったが、二体のゴーレムの事で頭がいっぱいのモニカに、その言葉通り現在進行形で無視されることになってしまった。


 モニカはゆっくりと腰に下げたバッグの蓋を開ける。

 

 中には様々な・・多くはガラクタと、モニカのいちばん大切なものが収まっていた。


 モニカはゆっくりとそれが入っている木箱を取り出す。

 明らかに外からの印象からは想像できないほど慎重なモニカの動きに、他の二人が緊張したのを感じ取った。


「まずは、これを診てください」


 そう言いながらモニカが木箱の蓋を開け中を見せた。 

 その言葉は、まるで何週間も前から考えていたかのように、ぎこちなくそれでいて迷いのないものだった。


「これは?」

「直してほしい、ゴーレムの部品の一つ・・・です」


 ヴェントの問にモニカがそう答える。


 木箱の中には、2つの手のひらサイズのゴーレム制御装置が収まっていた。

 コルディアーノとクーディ・・

 モニカをずっと守り育てた守護者にして、モニカの二人しかいない家族・・そしてその彼らの部品の中で最も複雑なもの・・・おそらく彼らの心臓部だと思われるものがこの部品だった。


 この部品を選んだのは、一番重要かつ一番複雑なこの部品を直せなければ修理は不可能だからだ。


「手に取って見ても?」


 木箱の中に部品が見えた瞬間ヴェントが手を伸ばそうとしたのだが、モニカがあんまりにも真剣なため一旦その手を止めて触ってもいいかを聞いてきた。


「もちろん」


 そのために来たのだ。

 モニカが言外にそういう気持ちを込めてそう返す。


「では、失礼して・・・」


 そう言ってヴェントが手に取ったのはクーディの部品。

 持った時に部品を傷つけないように、いつの間にか手袋が嵌められているところに俺は彼の技術屋としての誇りのようなものを垣間見たような気がした。


「ふむ・・・ふむ・・・・」


 ヴェントがそう呟きながら部品を様々な角度から見ていく。

 時々、何かを確認するように部品の上で片手を動かしている。

 おそらく制御機構の動作を追っているのではないかと思われた。


「これが嵌っていたゴーレムは、人形ヒトガタですか?」


 ヴェントがそう聞いてきた。

 凄いな、その部品を見ただけで分かるのか。


「はい」

「大きさは? 3ブルよりは小さい?」

「はい」


 ヴェントの質問にモニカが答える。

 モニカも真剣なので余計なことは何も言わなかった。

 いや、言えなかったといったほうが近いか?


「ふむ・・・・」


 部屋の中にはヴェントが部品を確認する時に発する声以外の音は全て消えていた。

 同席した商会長もその雰囲気に飲まれ、声を発せられないでいるが、わずかに腰が浮き何かを話したそうにしているところを見るに、ひょっとすると他に約束があったりして、この部屋から出たいのかもしれない。


 まあ俺も蚊帳の外だし、しばらく俺と一緒にただ状況を見守ることにしようや。


 想像してた以上にモニカの個人的な思い入れが強いため、モニカの求めがない限り俺はしゃべらないことにしていたし、それで問題ないとも思った。

 それに、何かできるわけでもないしな。


 ヴェントもしばらくは唯眺めるだけだったが、いつの間にかルーペのようなものを持ち出してかなり細かいところまでチェックを行っていた。


 だがその表情は芳しくない。


「制御方式がかなり古い型ですね・・・」


 出てきたのはそんな言葉。


「古い?」

「ゴーレム制御器どうしの間の通信に”フロウ”を使っています、これは第2世代型のゴーレム機器の特徴です」

「フロウ?」


 なんでこんなところでフロウの名前が出てくるのか・・・

 俺の知っているフロウは棒状で、魔力を流してやると形が変わる超便利グッズであって、決して通信に使うようなものではない。


「ええ、ここから垂れている紐みたいなのが分かりやすいですかね」


 ヴェントが指差したのは部品から伸びて引きちぎられた動線のような黒い紐状の部分だった。


「フロウってのは単純なゴーレムの一種でね、”フロウ”!」


 ヴェントがそう言いながら懐から黒い粉のようなものを取り出して呪文を唱えると、黒い粉上の物体が集まり小さな紐に変わった。


「これがフロウ、魔力のやり取りしかできない最下級のゴーレムであり、同時に最も高精度のゴーレム素材です」 


 ヴェントが示したそれは俺たちが知っているフロウとは似ても似つかないものだった。


「フロウって・・・こういうのかと思ってた」


 モニカがバッグの中から小さなフロウの塊を取り出した。

 以前、俺がフォークやナイフなどとして使えるように切り離したやつだ。


 そしてモニカが思念を使って俺に指示を出し、様々な形に変形させる。


「へえ、懐かしいですね20年くらい前にちょっと流行りましたよね、完全にフロウだけで出来たゴーレムの一種で触媒にもなるから便利なんだけど、扱いが難しくて卵サイズで諦めたのを覚えてます」

「このフロウもゴーレムなの?」


「厳密にはゴーレムの素材の一つですね、使用者が直接弄れるんで武器みたいに使ってる人もいたんですけど」

いた・・・?」


「魔力操作に極端に秀でていない限り使い物にならないので、結局こうしてゴーレム内の配線としての使い道だけに落ち着いたんです」


 どうやら、俺達の使い方は少し邪道のようらしい。

 

「ただそれでも普通は制御用のゴーレムの中にしか使わないんです、だけどこの第二世代は性能を上げるためにゴーレム以外の部分でもフロウによる配線を利用していて、もちろん現在は使われてない方式ですけどね」

「なんで?」


「簡単な話で、そこまでの性能が必要な分野は少ないし、それに値段を下げる必要がある」

「値段?」


 モニカの眉がピクリと動く。

 実際値段の問題は俺達が懸念していた最大の要素の一つだった。


「もしかして君はどこかの貴族の娘だったりしますか?」


 ヴェントが唐突に不思議なことを聞いてきた。


「貴族?」


「その様子だと、違いそうですね、でもそうなるとよほど珍しいものをお持ちのようだ」

「そんなに珍しい?」


 そしてヴェントの顔がとても真剣なものになる。


「君のために結論から言います、このゴーレムの修理は諦めた方が良い」


 その時モニカの中に走った衝撃は筆舌につくしがたいものだった。

 俺にすらまるで巨大なハンマーで頭を殴られたかのようなショックが伝わって来たほどだった。


「なんで・・・」

「君の様子からこのゴーレムに掛ける想いはわかるし、そのためにここまで来たんだろうことも、きっとこの商会に卸した毛皮もそのためのものだということも分かります」


 モニカの問いに答えるヴェントの表情は真剣そのもので、とても反論できるものじゃない。

 そしてそれを察したモニカの目に、先ほどとは異なる熱いものが集まりだし、視界の端で部屋の空気の変動を察知した商会長が居心地が悪そうに身を捩るのが見えた。 


「仮にこの部分だけの修理だったとしても、毛皮のお金でどうこうできるものではないし、全体・・・それも二体分ともなればかなりのお金・・・いやそれよりもかなりの根回しが必要になる」

「ねまわし?」


 お金は分かるが根回しとは一体どういうことか?


「これほどの純度のゴーレム機器となれば十分に国の監視対象に入る規模になる、それに今わざわざそんなことをするにはそれなりの理由が必要だ、それこそ貴族でもない限り現実的ではないだろう」


 なんとなく予想はしていたが、こうしていざ目の前に突き付けられるとやはり辛いものが有る。

 やはり、彼等・・・は特別だったのだ。

 そしてそのことが俺達の前に立ちふさがった。

 

 モニカの顔が下に向く。

 そしてその腹の中から今まで微かな希望という名の蓋に出口を塞がれていた悲しみが火を吹こうと、その圧力を急速に高めていく様子が伝わってきた。


 だが、モニカのために今ここでモニカに下を向いてもらっては困る。


『モニカ、直すためには何が必要かヴェントに聞いてくれ』


 モニカが俺の問に驚き、憤りの感情をぶつけてきた。

 その感情は話を聞いていなかったのかと問いただすようなものだった。

 

『今、出来るかどうかが重要じゃない、何が必要なのか知ることが重要だ』


「・・・・直すには・・・・何が必要ですか?」

「それはもう沢山のお金・・・」

「そうじゃない! ・・が必要なのか教えて!」


 どうやらモニカは俺の意図を正しく理解してくれたらしい。


 ただ、それを知らないヴェントにはモニカがヤケを起こしたように見えたようだった。

 だがそれが、話をいい方向へ転がしてくれた。


「はあ・・・それじゃまず、大量のゴーレム用の素材・・・それも純度の高い物、おそらくは魔力伝導率が50%を超えるような代物です、いやその数値は理解しなくていい、とても手に入りにくいものだと思ってくれればいいです、

 次に何らかの魔力生成装置・・・・この装置だと3型魔力を出力できるものが必要になる。

 それに全身を覆うフロウを正確に配線できる魔力操作能力、そしてそれを正確に理解できる知識、すべての部品が製作に高度なゴーレムスキルを必要とする物だから、それだけのスキル保有者を長期間雇う必要がある、私では無理だ。

 ただ、それらさえ手に入るならば、構造は恐ろしく細かいだけで全て既存の技術でできているから、おそらくは・・・・直せるだろう」


 直せるだろう。

 その言葉がもたらした希望はモニカの中で小さな火となって灯された。

 

 そう、直せるのだ。

 

 ただそれが、とてつもない労力と手間を伴うだけで直せることに違いはない。


『ヴェントは全ての部品の製作に高度なゴーレムスキルが必要と言ったが、俺達にはまだ起動していないだけでゴーレムスキルがある、魔力操作能力では”青い少女”も含めて今のところ誰にも負けたと思った相手はいない、モニカ、俺達ならできる、今は無理でもいずれ必ず二人を治せる・・・


 俺のその言葉を聞いたモニカの目がしっかりと前を向き、その様子に部屋にいた二人が怪訝な顔になる。

 この言葉がモニカに与えた効果は抜群だった。


 だが正直なところ、できればモニカにこんな無責任なことを言いたくはなかった。

 ゴーレムスキルが起動する保証はどこにもないし、間違いなく俺が考える以上の苦難の道であることは間違いないだろう。


 それでもモニカには目的が必要だった。

 そしてそれは俺の目的・・・・でも有る。


 モニカの心の奥に灯った小さな火がはっきりと根付くの感じた時、俺は奇妙な満足感を覚えた。


 結局それが、モニカの心が折れなかったことを喜んでものなのか、それとも俺の自己満足なのか、はたまた俺達の抱える”根源的な物”がその顔を覗かせたのか、それは後々になってもはっきりとすることはなかった。


 ただ間違いないのは、今この瞬間にこれまでの旅の目的は、はっきりとその役目を終え、必要な力を得るために成長するという新たな旅・・・・・・が始まった瞬間だったということだけだ。



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