1-6【北の大都会 8:~商会への道~】



 裏口からロメオを引き連れて協会の建物の外に出ると、辺はすっかり夕焼けの赤に染まっていた。

 どうやら思ってた以上に時間がかかったようだ。


「これからどうする?」


 モニカが空を見上げながら聞いてきた。


『そうだな、とりあえず宿だけ確保してから、アルヴィン商会に向かうか?』 

「そうだね」


 ということでとりあえず、俺達は協会の隣にある宿屋の内、ちょっと安っぽそうな方に向かうことにした。

 そこは安っぽそうとは言ったが、そのためか利用者が非常に多いようでかなりの高さまで客室が入っている高層ホテルだった。

 

 これからすぐにアルヴィン商会に向かうので、ロメオは一旦宿屋の前に繋いでおき俺達だけ中に入る。


 1階は宿屋が運営していると思われる酒場を兼ねた食堂と、宿屋の受付のようなスペースになっていた。

 夕食時には少し早いが既に食堂の中は人で溢れていて、その活気ぶりが窺える。


 俺達はそこにはいかず受付に向かう。


「一人だけど、泊まれる?」


 モニカが受付にいる、髪を油か何かでガチガチに固めたヒョロっとした男に尋ねる。


「一番安い部屋は一泊10セリス、一つ上のだと12 どっちも今は空いてるよ」


 男がモニカの格好を上から下まで眺めた後にそう言った。

 

 するとモニカが懐から24セリス数えて銀貨を受付に置く。


「12セリスの部屋を二泊」

「それじゃ、これが部屋の鍵だ、なくすなよ」


 すると、不思議な事にそれ以上何も聞かれずに鍵がすっと出てきた。


「名前とかは聞かないの?」


 これまでの旅で何度か宿を利用した時には、名前くらいは聞かれていたのにここでは無しだ。


「ウチは安いしサービスがそれほどでもないからな、聞いてもどうせ偽名しかわからん」


 男はぶっきらぼうにそう答える。

 なるほど、安いのには安いなりの理由があるということか。


 まあ、安いと言っても都心部での相場に比べてで実はそれほど安くはないのだが、それでもあまり高価な宿には止まれない層に対しては需要があるのだろう。


 となると、ここはあまり柄の良い宿ではなさそうかな、一泊泊まってみて酷いようならもう一方の少し高そうな方に移るのもありだろう。




 とりあえず今日の分の宿を確保した俺達は、宿からアルヴィン商会のある方向へと歩みを進めていた。

 といっても、もう本当にすぐそこなのでそれほど歩くことはないのだが、この辺は色々な店が集中しているせいか活気があって見ていて飽きない。


『今日は遅いから行けないけど、明日にでもあそこの服屋で替えの服でも買っていくか?』

「いいの? 無駄使いにならない?」


『それくらいの余裕はあるだろう、それに、そろそろキツくなってきたし』


 さすがに下着数枚と上着が1セットに防寒着が幾つかだけでは、辛いものがあった。

 グルドのお金が入ったことだし、おそらく毛皮もそれなりのお金になるので、ここらで服だけでなく全体の装備を見直してもいいかもしれない。



 そんなことを考えながら歩いていると、ふとモニカが目の前の角の先にある大きい割に誰も通ろうとしない橋が気になったようで、そこに注目した。

 気になって地図を見てみるとどうやらこの辺は川沿いの地区らしい。


『モニカ、この橋は渡るなよ』

「なんで?」

『この先の地区が丸々、テオがくれたブラックリストに載ってるんだ』

「へぇー・・・」


 モニカが橋の向こう側を興味深そうに眺める。


 橋は馬車が何台も並んで走れそうなほど広いのに通行量は驚くほど少なく、そして橋の向こうの地区はこちら側と遜色ないほど大きな建物が並んでいるが、先入観のせいか暗く見える。


『”奴隷の市場”とかあるらしいぞ』

「どれい?」


 その瞬間、俺は謎の視線を感じた。

 モニカもそれを感じたのか、瞬間的に意識を周りへ配りその視線をたどる。


『モニカ、暫く喋るな』


 視線の元はその辺を歩く老若男女・・・

 そして俺はモニカが奴隷という単語を口にした瞬間、彼等の表情が一瞬だけ変わったのを見逃さなかった。

 

『どうやら”奴隷”という単語は口にしないほうがいいらしい、すぐにこの橋から離れよう』


 なにやら怪しい空気が周囲に漂うのをモニカも感じ取ったのか、少し小走り気味にその場所を後にしたが、暫くの間、俺達は背中に刺さる視線を感じることになる。


 だがそれも橋から2区画ほど離れれば無くなった。

 

『どういうことだろう? 奴隷って単語に反応していたようだが・・・』


 もちろん奴隷という言葉がいい意味を持たないのは承知していたが、この反応は現在進行形でそれが社会問題化している事を示していた。


「・・・なに”それ”?」

『物として扱われる人間のことだよ』


「物?」

『誰かの所有物になって、そいつの命令にはどんなに嫌でも従わないといけないんだ』

「嫌なら逃げればいいのに」


『逃げられないような工夫が色々あるのさ、何か奴隷と分かる印を付けられたり、魔力的な工夫があるかもしれない』


 いや、間違いなく何か魔法的な方法で奴隷を縛っているだろう。

 

『とにかく、用がなければあの橋には近づかないほうが賢明だ』

「うーん、わかった」



 それから俺達は、来た道を少し戻りアルヴィン商会の建物に近づく。


「おや、ウチに何か用かい?」


 すると、商会の建物の前で沢山の荷車を検分していた若い男が声を掛けてきた。

 

「アルヴィン商会の人?」

「ああ、そうさ、それで今日は何か御用かな?」


「毛皮を売りたい」

「なるほど、誰かの紹介かな? 紹介状は持ってる?」


「シリバ村の村長の紹介状がある」


 すると、男の眉が一瞬ピクリと上に跳ねる。


「だったら、あそこに居る恐いお姉さんに、紹介状を渡して」


 男が紹介の建物の中にある、簡単な受付スペースのようなところで何やら書類仕事を行っている女性を指差した。


「荷物はここで預かろう、この子の背中に乗っている毛皮がそうかい?」


 男がロメオの背中を指差す。


「そう」

「そうか、とりあえずこの子はそこに繋いでおくから、必要になったら呼んでくれ毛皮を中に持っていこう」


「うん、わかった」


 そう言ってロメオの荷物から書類ケースを取り出し、男にロメオの手綱を預け、俺達は建物の中へと入っていく。

 そこは巨大な倉庫のような建物だった。


 天井の高さは5階分くらいあり、その中に様々な物品や荷馬車が置いてあり、数人の筋骨隆々な人間が走りながら荷物を積んだりおろしたりしていた。


 そして俺達は、言われた通り受付の若い女性の元へと歩いていく。

 その女性は”恐い”と形容されたことから分かるように、少々きつそうな見た目をしており、金髪でピッチリとしたスーツのような服を着込んでいて、とても活動的な印象を与える。

 

 そして、大量の書類を前に難しい表情をしていた。


「・・・・すいません」


 モニカが少しおっかなびっくりと言った感じに声をかける。


「あら? これは失礼しました、本日はどういったご用件で?」

「ええと・・・・」

『とりあえず紹介状を見せたらどうだ?』


 俺の提案にモニカが書類ケースの中から、アルヴィン商会用の紹介状を取り出し、女性に渡した。


「紹介状ですね、少々お待ちください・・・・・」


 そう言って女性が紹介状にさっと目を通す。

 それも本当に一瞬だ。


 そんなもので内容を把握できるのかと心配したのもつかの間、


「モニカさんですね、サイカリウスの毛皮の買い取りの件、確かに承りました」


 どうやらその一瞬で内容を理解したようだ。


「は、はい・・・」


 突然教えてもいない名前を呼ばれたモニカが、慌てて肯定するように返事をする。

 

 それにしても今の一瞬で、この書類の内容を把握するとは凄いな。

 俺も一瞬で読み込めるが、実際に内容を理解するにはちゃんと読むしかない。


 これも何かのスキルなのだろうか?

 だが何も発動は感知できなかったので、本当にこの人の能力っぽいが・・・ 


「それで毛皮の方は?」

「表の人に・・預けました」


 すると毛皮の場所を聞いた女性が大声で表の方に向かって呼びかけた。


「ダリオ!! 持ってきて!!」

「はいはい、ちょっとお待ちを・・・・」


 すると、表の方からロメオの背中に積んでいた毛皮の束を肩に担いだ、先程の男が現れる。

 どうやら彼がダリオのようだ。


 そしてそのままダリオがドサリと、倉庫の真ん中に置かれた大きな机の上に毛皮を置いた。


「これで全部ですか?」


 女性が確認のため、モニカに問う。

 それを聞いたモニカは毛皮に駆け寄り、その枚数を数え始めた。


「15・・16・・・17・・18、うん、全部ある」


「では、査定が完了するまで一晩かかりますので、明日の・・・・そうですね明日の昼以降にまたお越しください」

「今日はこれでおしまい?」


 モニカが少し意外そうな声を発する。

 

「ええ、専門家も会長も出払っているので、今日のところはもう出来ることはありません」

「わかった、じゃあ明日ね」


「はい、それでは明日お待ちしております」


 そう言って女性が深々と頭を下げた。

 

 冒険者協会の窓口の女性といい、この女性といい、この街の女性の人はどうもこちらが子供であっても丁寧に対応してくれるように思うが、こういうところも都会ならではのところなのだろうか?


 そんなことを考えながら俺達は商会を後にした。




「高く売れるといいね」

『シリバ村で聞いた昔の相場を考えると全部で8千から9千セリスってところかな』


「グルドよりは高いんだ」

『まあ、あくまでも目安なんで大幅に低い場合もあるから、それほど期待せずに待ってようぜ』

「わかった」


 ようやく毛皮が売れるとあってかモニカの足取りは軽く。

 すっかりく暗くなった宿屋への帰り道を、少しスキップするように歩みを進めた。



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