1-6【北の大都会 9:~食堂での出会い~】



 アルヴィン商会から宿屋に戻り受付で部屋の鍵を受け取ると、周りには多くの人々の姿があった。

 どうやらこの宿を利用している客が夜になって一斉に宿に押し寄せているようだ。

 

『こりゃ、食堂もいっぱいだな、どうする?』

「ここでいいよ、席もまだ少し空いているみたいだし」


 モニカがそう言いながら軽く首を伸ばす。

 

 たしかにモニカが言うように、店内にはいくつか空きスペースが見られた。


 どうやら利用者の殆どがグループでの利用のようで、グループとグループの隙間にいくつか空間ができているようなのだ。

 これならば座れないということもないだろう。


『よし! モニカ、今日は肉を食うぞ肉!』

「でも、この街の肉って美味しいのかな?」

『どうした? 昼食ったところは駄目だったのか?』

「うーん、なんというか、面白みがないというか・・・」


 俺としては問題なかったのだが、どうやらモニカはこの街の食事に少々思うところがあるようだ。

 

『やっぱり血の気が足りないか?』

「うーん、美味しいのは美味しいんだけど、勢いがないというか、やわらかすぎるというか・・・」

『そりゃ、比較対象がサイカリウスとかじゃなあ・・・・』


 この辺で手に入る肉となると家畜の肉だろうし、どうしても野性味的なものは劣ってしまう。


『まあ、でも冒険者協会が横にあって、これだけ周りに商会があるなら、案外良い肉が置いてあったりもするんじゃないか?』


 流石に魔獣はないにしても、野生動物の肉があったりはするかもしれない。

 


 食堂の方式はまず厨房のところに作られた窓口で料理を注文し、料理が出来たら取りに行くセルフサービススタイルだった。

 店員もいるがあくまで補助的なもので、店はひたすらガンガン料理と酒を出すことに専念し、各々が自分で持っていくことで安く提供できるということか。


 もっとも、見た感じ各グループの下っ端や新人が勝手に動き回って配膳をしているので、いつの間にかそういうスタイルになったのかも知れないが。

 

 食堂の雰囲気は良く言えば活気があり、悪く言えば騒がしい。

 そんな中を厨房の窓口のところまで歩いていくと周囲の空気に当てられてか、こちらまで気分が少し興奮気味になっていた。


「よう、チビスケ、注文は何だ?」


 厨房と繋がる大きな窓から筋肉の塊のような大男が身を乗り出して、威勢のいい声で注文を聞いてきた。

 その巨大な体躯の前ではチビと呼ばれても何も感じない。

 

「肉料理ってどんなのがある?」


 すると大男が上の方を指差した。

 見ればそこにはメニューのような物が掲げられていた。


「字は読めるか?」

「うん、ええっと・・・・」


 見た感じ肉料理は、肉の種類と調理法を選べるようだ。

 それにしても予想通りというか、予想以上というか、メニューには沢山の肉の種類が書かれていた。

 その殆どは、俺も知らない動物だ。


 だが中には意外にも知った名前もある。


『モニカ、アントラムがあるぞ!』


 まさかこんなところでお目にかかれるとは、意外と縁があるな。

 ただしモニカの好きな肝の値段は結構高い。


「・・・肝、頼んでいい?」

『今日はピスキアに着いた記念だ、少々値が張るけど気にするな』


 するとモニカの顔が一気にほころぶ。


「アントラムの肝と心臓、それと小腸も・・・」

「わるい、心臓は切らしてんだ、レブロムの心臓なら在庫があるがどうする?」


「レブロム?」

「アントラムより二回りくらい小さなクマだ」


 メニュー表を見ればレブロムの心臓はアントラムの心臓よりも少し安かった。


「じゃあそれで、全部400バルムずつ」

「チビ助なのによく食べるな、調理法はどうする?」

「肝は細かく切ってスープに、他は・・・焼いて、ただ心臓は新鮮なら生で」

「さすがに生で出せるほど新鮮ではないな」

「じゃあ、普通に焼いて」


 その後も野菜やスープの味付けなど、モニカが細かな注文が幾つかつけ、それに対して大男が答える。


「よしわかった、全部で56セリスだ、払えるか?」

 

 結果として思ったよりも高額になってしまったが、今日くらいは別にいいだろう。

 俺達の支払い能力を疑った大男をよそに、モニカが懐から銀貨を窓口に並べ支払いを済ませる。


「たしかに、料金はちゃんと頂いた、ほれこの札持ってろ、料理ができたら大声で呼ぶから」


 渡されたのは木でできた札だ、そこに四桁の番号が降ってある。

 どうやら、この料理は番号で呼ばれるようで、横の窓口から時折別の大男が顔を出し番号を叫んでいる。


 ただこの時間は料理目当ての利用者は少ないようで、殆どが窓口で金を払うとすぐに出てくる酒目当てだ。

 なるほど、この店のシステムは酔っぱらい対策も兼ねているのかもしれないな。

 これならば厨房まで取りにこれないほどの酔っぱらいは、新たに酒を購入することができない。

 

 俺は千鳥足で、両手いっぱいの酒を抱えて仲間の元へ戻る男を見送りながら、そんなことを考えた。


 

 さて、どこかに空いている席はないものかと、店の中を徘徊し始めたモニカについて、俺は気になることがあった。


『モニカ、これだけ人がいるのに大丈夫なのか?』

「ん? 大丈夫だけど?」


『いつもなら、ガチガチに震えてたり、滑舌が悪くなったりするのに、どうした?』


 普通にしているのを不思議がるというのもなんとも変な話だが、これを慣れたの一言で片付けるにはあまりにも変動が大きい。


「うーん、なんでだろうね? ・・・あ!」

『どうした?』


「ここにいる人って、みんな騒がしいでしょ?」

『ああ、そうだな』

「それが動物みたいで、恐くないのかも!」

『・・・・』


 騒がしいから恐くないとは、また面妖な・・・


「あと、分からない動きをしないってのも大きいかな」

『分からない動きをしないって・・・酔っぱらいの動きなんて予想できるわけが・・・』

「例えばあの人・・・」


 モニカが左斜め前で大きく酒を煽る女剣士を指差した。


「吐くよ」


 そういったまさにその瞬間、女剣士が隣の女剣士の頭上に胃袋の中身をぶちまけた。

 

「それとあの人」


 モニカがまた別の人間を指差す。

 それはそのグループの一番の下っ端のようで、厨房とテーブルを往復し料理を運んでいた。


「もうすぐ怒る」


 だが、その下っ端のような男の顔はとてもおとなしそうで、怒るところなんて想像もできなかった。


 が、


「ふざけんじゃねええええええ!!!!!!」


 先程まで本当におとなしい表情をしていたその男が、突然大声を上げ、持っていた酒を床に叩きつける。

 そしてそのまま、仲間の男に掴みかかった。


 だが哀れ、力の差は歴然のようで、すぐに魔法で弾き飛ばされてしまった。


 その光景を当たり前のように見送るモニカと、驚く俺。


『参考までに聞くが、なんでわかったんだ?』

「ここにいる人達、動物と一緒だよ、考えてることもやることも」


 どうやら、モニカにとってこの食堂にいる強面の連中はただの野生動物でしかなく、一般人と違って行動が予想しやすいので気を使わなくてもいいらしい。


 なんというか、いくら育ちが育ちとはいえ、こういう野獣めいた場所のほうが落ち着くとは。


 そんな俺の心配を他所に、当のモニカは「どこか空いてないかなー」などと口にしながら、空いたスペースを物色する。


 すると、食堂のど真ん中に、誰も座っていない一角を見つけた。


 これだけ混んでいるにも拘らず、そこだけまるで喧騒から隔絶されたかのように静かだ。

 注文を取りに行く人も、そこを通れば近いのにもかかわらず、わざわざ遠回りをして厨房の方に向かう有様だ。


 もちろん原因はわかる。


 それは今、モニカの視線が釘付けになっている”そいつ”がその空間の真中に鎮座しているからだ。

 皆”そいつ”を恐がっているのか、テーブル2つ分より近づことはしない。


 その姿を形容するならば、青いクリスマスツリーだろうか?


 スラリとした容姿、腰まで届く青く光る髪。

 それは不思議な雰囲気をまとうモニカより少し年上の少女だった。


 テーブルに突っ伏して寝ているが、その周囲をものすごい数の魔法陣が取り巻き、その光でそこだけ空間の色が変わっているようだ。


 そして俺達はその姿に見覚えがあった。


 昨日、ピスキアの行政区に入る直前に見かけた、あの巨大な竜に乗っていた少女だ。

 飛んでいた方向からそうだとは思っていたが、やはりこの街に来ていたのか。

 それにしても、まさかこんなところでばったり出会うとは、なんという偶然か。

 

 俺は少女の周囲に浮かぶ規格外の量の魔法陣に舌を巻く。


 一方、モニカもその少女の姿をじっと見つめていた。


 驚くことに魔法陣は机の上にも幾つか展開され、大量の用途不明の魔道具がガチャガチャと動き回っている。

 さらに青い金属製のペンが勝手に紙の上を飛びながら文字を書き、その紙が書かれた行から先が青く光りながら虚空に消えていくという、不思議空間を作り出していた。



『モニカ、あまり近づくなよ』


 俺の中の警戒心がビンビンに反応していた。

 こいつはヤバイ。

 竜に乗っている姿を見たときも少し感じたが、こうして目の前にしてみるとその底知れなさが段違いだ。


 実を言うと、この少女から感じる魔力は微々たるものだ。

 モニカどころか、聖王の行進に参加していた者たちと比べても少ないかもしれない。


 それでもこの少女の力量が低いとは到底思えない。

 むしろ、この全く・・・魔力がもれない魔法陣を見ていると、保有している魔力量の差など、まるで何の役にも立たないのではとすら思ってしまう。


 それに現在進行形で、俺達にとって意味不明な魔法がいくつも使われているのだ。

 近づかないほうが懸命だろう。



 そう思った刹那、驚いたことにモニカが真っ直ぐにその少女の下へと歩き出していた。


『あっ!?』


 っと、いう暇もなく肩がガシリと掴まれ、思わずモニカが前に少しつんのめる。

 モニカが一体何事かと後ろを振り返ると、そこには3mはあろうかという大男がモニカの肩を掴んで押さえていた。

 

 こいつ何処かで見たことあるな。

 そう思い記憶の中を探ってみると、なんとピスキア市の検問所で順番待ちの時に俺達の前に割り込んできたやつをつまみ出してくれた大男だった。


 だが、その顔には冷や汗が浮かんでいる。


「あいつには近づかない方がいい・・・」

 

 どうやら、あの少女に近づこうした俺達を止めてくれたようだ。

 だがその目がモニカの目を見た時、大男の表情が変わる。


「くそっ! お前も同類か!?」


 そう言ってさっと手を離し、そのままゆっくりと後ずさっていった。


 大男の突然の豹変に、俺達は虚を突かれてしまう。


 どうやら俺達は不本意ながらもあの少女のお仲間認定されてしまったようだ。

 原因は間違いなくモニカの目だ。


 たしかにこれほど真っ黒であれば、”あれ”と釣り合いが取れてもおかしくないと普通の人は考えてもおかしくない。


 さてこれからどうしたものか、俺としても余計な面倒は避けたいので、この場所から離れたいのだが・・・・


 そんなことを思っていると、なんと再びモニカが青い少女の方に向かって歩きだしていた。


『ちょっ!? やめろって! 近づかない方がいいって!』


 俺が必死に止めるも、好奇心に駆られたモニカの足を微妙にゆっくりにするしか効果がない。

 あっという間に、モニカはその少女のすぐ後ろに到達した。


 だが、さすがのモニカもそれ以上先には進めないでいる。

 いくら珍妙な見た目とはいえ、それだけで寝ている人間を起こすほど傍若無人ではないのだ。


 それにしてもこの喧騒の中よく寝ているな。

 まるで世界に何の脅威もないといわんばかりの、堂々たる寝姿だ。


 そして近くで見てみると、髪の毛の光りっぷりが半端ないことに気づく。


 最初は周囲の魔法陣の青い光が反射しているのかとも思ったが、見た感じ毛の一本一本が内側から仄かに青く光っていた。


 そういえば髪の毛も魔力の傾向が出やすいんだっけ?


 だとするならこの少女の魔力傾向は間違いなく”青”だ。

 これで違う色だったらビビる。


 しかし、だからって、持ち物全てが青系統で纏められすぎやしないか?


 髪だけでなく、テーブルの上の魔道具や服のボタンなどの細々としたものまで青で揃えられている。

 よく見れば爪の色まで青だ。

 しかも上から塗っているわけではなく、爪の内側が青く光っている。

 どうなっているんだ?


 どうやらモニカもそれが気になったようで、思い切って顔を近づけてみることにした。

 だがその瞬間。



バチッィィ!!!!!!


 電流のようなものが俺達と青い少女の間に流れ、少女の魔法陣のいくつかと、それとモニカの持つ防御スキルが激しく反応を始めた。

 まるで殴られたかのような衝撃が顔面を襲い、一瞬意識が飛びそうになる。


 見ればいつの間にか服の下に仕込んでいたフロウが俺達の顔面を覆い、何やら真っ青な魔力の塊のようなものを防いでいた。


 パッシブ防御スキルがギリギリ反応してくれたようだが、俺もモニカも”それ”に反応することができなかった。

 なんという速度か・・・


「う・・・・ん・・・んん?」


 どうやら、今の衝撃で青い少女の方も目が覚めたのか、呻き声を上げながらモゾモゾと顔を動かす。


「うん・・ん・・・ガブリエラぁ? ・・・」


 知らない人間の名前が出る。

 どうやら俺達を、誰かと勘違いしているようだ。


「・・・・寝てる時に・・・起こさないでって・・いつも言って・・・・・・あれ?」


 そこでどうやら事態に気がついたようで、顔は動かさず目だけを開けて不審そうにキョロキョロと周囲を窺っている。

 そしてその目玉が、目の前でフロウと魔力をぶつけ合っている俺達を捕らえた。


 その瞬間、まるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。


 暫くの間、その少女と視線が合う。


 そして、何かに気がついたかのように、一瞬だけ俺達に襲いかかっている魔力溜まりに視線を移すと、その瞬間に何事もなかったかのように魔力が霧散した。

 どうやらこちらを攻撃する意思はないようだ。


 よかった・・・・


「あの・・・隣のテーブルに・・・・座ってもいいですか」


 ようやく動けるようになったモニカが絞り出した言葉がそれ。

 いったいこの子は何を考えているんだ? と怒鳴りたくなる衝動を感じたのもつかの間。


 すぐに青い少女がまるで肯定の意思表示であるかのように、一回だけゆっくりと瞬きすると、すぐにまた目を閉じて眠りの世界に戻っていった。

 そして、また何事もなかったかのように彼女の周りの魔法陣が元通りに動き出す。


『どうやら、隣にいてもいいらしいな・・・・』

「・・・うん」


 モニカはそのまま、まるで猛獣から後ずさるかのようにゆっくりと隣の席に移動し、そこに座る。

 

 そしてまるで何かに魅入られたかのように、そのままじっと青い少女とその周りに浮かぶ魔法陣を見つめていた。

 その視線に込められたのは、畏怖かそれとも羨望か・・・・


 いや、俺には理解できないもっと何か純粋な感情でもってモニカはその光景を眺めていた。

 


 結局、モニカは料理を取りに行った後もまた青い少女の隣の席に座り、テーブルに突っ伏したその寝姿をじっと眺め続けた。

 まるで何かを貪るかのように魔法陣に動きを注視し、そのための糧になれと念を込めているかのようにアントラムの肝を咀嚼する。


 そしてその間、俺はモニカのその謎の集中力を前に、なかなか声をかけることが出来ないでいたのだ。






・・・・・・




 ・・・・後に多くの歴史家の間で、この2人の出会いが ”いつ” だったかについて多くの説が飛び交うことになる。


 多くの者は公文書に記されている通り約1ヶ月後の日付を、少し詳しい者は約1週間後のある日付を答え、またある者は実は6年後まで面識はなかったと言う。


 だが当事者である俺に言わせれば、この二人が初めてお互いの存在を認識したのは間違いなく今日この瞬間だった。

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