1-6【北の大都会 7:~モニカ・シリバ~】
「こんにちは、本日はどういったご用件で?」
窓口に応対したのは、無駄に大きなレンズをはめ込んだメガネを掛けた女性だった。
『テオにもらった紹介状と討伐完了証明書を出すんだ』
モニカが脇に抱えていた書類ケースの中から、目的の2枚を不器用に探す。
初めての窓口とあってか緊張のせいで指が若干震えていたが、それでもちゃんと目的の二枚を選んで取り出すことができた。
よし、ちゃんと依頼書の方は出していないな。
そしてその2枚を窓口の女性に渡す。
「これを・・・・」
「はい、承りました」
モニカから書類を受け取った女性は2つの種類を一瞬チラ見したあと、紹介状の方を手にとって読み始め、暫くの間、なんとも言えない、なんとも出来ない微妙な時間が流れた。
どうもモニカが緊張しているせいで、俺まで時間の流れが遅く感じてしまうようだ。
思考加速系のスキルは複数持っているのだが、思考減速系のスキルは持っていないので耐えるしかない。
こういう時しか役目はないかもしれないが、そういう暇飛ばし系のスキルってないものなのだろうか?
そして女性は紹介状を読みながら、何度かこちらをチラ見してきた。
なんとなく全身を見られているようなので、風貌が紹介状通りかチェックしているのかもしれないが、やはりモニカの目に何度も視線が行っている。
いくら少年少女が魔獣を狩る世界だとはいえ、それでもこんな小さい女の子が魔獣を狩ったといえば慎重になるのだろうか。
「この街に入るときに、身分証のようなものは貰いましたか?」
「は、はい・・・」
「では、それをご提示ください」
モニカが、ゆっくりと懐からつい数時間前にもらったばかりの身分証を取り出し、女性に渡した。
女性は少しの間その身分証を眺めたあとおもむろに立ち上がり、身分証を後ろへと持っていってしまう。
そして、そこにいた別の職員と何かを話し、そのままその職員に俺達の身分証を渡した。
大丈夫なのだろうか?
ふと、そんな不安にかられる。
どうやらその別の職員は今のやり取りで何かの作業を始めたようだ。
そして女性職員が戻ってきて、もう一方の討伐完了証明書の方へと視線を向ける。
「へえ・・・、Dランクか・・・・すごいわね、あなた・・・・」
その途中で女性が独り言のようにそう呟いた。
「歳はいくつ?」
女性が証明書に落としていた視線をこちらに向ける。
その突然の注目に、モニカの心臓がドクンと跳ねた。
「え、ええっと・・・じゅうい・・・」
『10歳』
「じゅ、10歳です・・・・・」
モニカが微妙に鯖を読もうとしたので、俺が修正する。
しかしなんで子供というのはこうも年寄りぶりたがるのか?
そしてその回答を聞いて、女性が面白そうな顔になった。
何だこれは、驚いたでも無反応でもなく、面白そうな顔とはどういうことだ?
「へえ・・・本当に魔法士学校はどこも通ってないの?」
「は、はい・・・」
すると、女性が机の下から数枚の紙束を取り出した。
「それじゃ、はい、これあげるわね」
そして女性がその紙束をこちらへ差し出した。
「あ、ありがとうございます」
それを受け取るモニカ。
一体これはなんだろうか?
モニカがその紙束を一見するとそこには、”国立魔法士学校 入学要項” と書かれていた。
モニカは一瞬それが何か理解できないようだったが、それが魔法士学校の案内の書類だと気づくと、まるで肉にがっつくかのようにその書類を真剣に見始めた。
「その歳だと、”アクリラ”の試験は厳しいけれど、この実績があれば他の魔法士学校なら試験無しで入れると思うわ」
どうやら、この女性は親切にも俺達に魔法士学校の情報をくれたようだ。
それとも村長の紹介状にそんなことが書いてあったのだろうか?
まあ、どちらにも感謝しておこう。
感謝するのはタダだし。
それにしても”アクリラ”は厳しいか・・・でも一度は挑戦しておきたいんだよな。
ラウラによると、モニカの魔力を扱うには”ルミオラ”では不足気味のようだし。
「それでは、”モニカ”さん・・・シリバ村長より要請され、北部連合によって依頼が出されている”特定討伐対象魔獣”である”アルバの森の死神”の討伐完了の手続きということで、お間違いないですね?」
『ああ、間違いない』
「は、はい・・・そうです・・」
「うふふ、そんなに恐がらないで、私なんかより魔獣のほうがよっぽど恐いでしょう?」
「ま、魔獣とは、ちょっとちがってて・・・・」
どうやらこの受付の女性はモニカの反応を面白いと思ったようだ。
「うふふ、それじゃ続けるわね、討伐完了証明書はシリバ村長の印があるので有効ですが、一応念の為に聞くけれど、ちゃんと倒したの?」
「は、はい・・・」
女性がそう答えたモニカをしばらく眺める。
「わかりました、では手続きを進めます、まず討伐に対する報奨金として北部連合より7200セリスが支払われますが、今回は支払い条件をすべて満たしていますので、満額が支払われます」
「条件を満たしていなかったらどうなるの?」
モニカが女性の言葉にふと疑問に思ったのか、そんなことを聞いた。
「今回は、村長さんが証明してくれましたが、例えば魔獣の首だけ持ってきて”討伐完了”だと言われても、それを証明する事はできませんよね?」
「うん」
「ですので然るべき調査を行った後、その調査費用が賞金から引かれることになります」
どうやら角やら首をそのまま受付に持っていって”はい完了!”とはならないようだ、ちゃんと”それ”とわかる物か、今回の証明書のようにそれに準じる物が必要らしい。
それに気をつけないと調査費用で賞金が全部吹っ飛んでしまうということもありそうだ。
どうやら賞金稼ぎというのは腕っ節だけではだめらしい。
「それと今回は駆除なので関係ありませんが採取や捕獲などでは、その対象の状態で大きく減額される可能性がありますので気をつけて下さい」
「うん」
これも当たり前といえば当たり前だ、なにせ依頼内容を完全に満たしていないのだからな。
要は、賞金は依頼内容をちゃんと満たさないともらえないし、それを証明する費用は別で貰うよということだろう。
今後はできるだけ、完了証明書などが発行してもらえる様な依頼をこなすほうが良いかもしれないな。
「それでは冒険者協会の登録書ができ次第・・・・」
すると女性の横から、さっと数枚の書類が女性の目の前に置かれた。
どうやら後ろのスペースでの処理が完了したようで、さっきの男性職員が書類を持ってきたようだ。
「ああ、ちょうどできましたね、はい、これがあなたの”冒険者登録書”になります」
そう言って女性がその中の一枚のカード状のものを俺たちに差し出す。
受け取るとそれは、ピスキアの門でもらったものよりも上等な出来のカード状の登録書だった。
「今後はそれも身分証として使えます、前の身分証も使えますが、こちらのほうが権能は上ですしこの街以外でも使用が可能です。
街の通行証にはなりませんが、今後は大幅に審査時間が短縮されるでしょう」
どうやら、これで他の街でも使える身分証をゲットできたということか、冒険者協会が俺たちの身分を保証してくれる形になるのかな?
気になるのはこの身分証に書いてある”モニカ・シリバ”という名前だ。
「モニカ・・・シリバ?」
「紹介状にはそう書かれていましたが?」
あの村長め・・・ちゃっかり俺達をシリバ村の人間という扱いにしてしまったようだ。
ここで、俺達が”モニカ・シリバ”ではないと答えるのは簡単だ。
だがそうすると、どうせ今度は俺達が賞金を受け取れなくなってしまうのだろう。
なにせ紹介状にも、おそらく完了証明書にも討伐したのは”モニカ・シリバ”だと記載されているのだから。
賞金を受け取りたければ、大人しくシリバ姓を名乗るしかない事まで見越してのことだろう。
ちくしょう、出る前に一度くらい中身を確認しておくべきだった。
まあ、終わったことは仕方ない。
考えようによっては今後は堂々と”シリバ”という出身を語れるのだ、この恩恵を全力で受ける方向に切り替えていこう。
『モニカ、今はそれでいい、ということにしておこう』
「・・・・・それでいいのかな?」
『良いも何も、名前が変わるわけじゃないし、肩書みたいなもんだと思えばいいよ』
「・・・・うーん、 わかった」
受付の女性がしばらく口を動かさなかったモニカを、やはりなにか面白いものを見るかのように眺めていた。
「うん、わたしは”モニカ・シリバ” それでいい」
モニカが何かを確認するかのように、その新たな名前を噛みしめる。
「では、モニカ・シリバさん、賞金の内容をご確認下さい」
女性が机の下から布が敷かれた大小の硬貨の乗った台を取り出し、俺達の目の前に置く。
この机の下って一体どうなっているのだろうか?
『うわ、金貨だ・・・』
「・・・うおぅ・・・」
どうやら1000セリス硬貨は金貨のようだ。
それはもはや硬貨というよりも、何かのレリーフといった方が近いかもしれないほど豪華なものだった。
それが7枚・・・まるで地上に落ちた北斗七星のように並んでいる。
その豪華で精密な見た目は、横にたくさん並ぶ10セリス銀貨がまるでガラクタに見えるほどの圧倒的な雰囲気を醸し出していた。
これが1枚、数十万円の輝きか・・・・
ここにきてようやくこの大金の重みを実感するとともに、”グルド”の賞金に掛けられた人々の”願い”の重みを実感した。
魔獣を倒すということは、これほどの重みがあることなのか。
「確認は済みましたか?」
「あ・・・はい」
金貨の輝きにうっとりしていた俺達がその声で現実に引き戻される。
「それでは、持っている討伐依頼書があれば出して下さい」
そういえば、テオによるとここで初めて依頼書を見せろということだったな。
そしてその言葉に従い、モニカが依頼書を女性に渡す。
「はい、ありがとうございます」
するとおもむろに、また机の下から別の台のようなものを取り出してその上に依頼書を置き。
これまた机の下から取り出した短剣のようなものを・・・・
ドン!! という一瞬ビックリするような勢いで依頼書に突き刺した。
「・・・!?・・・・?」
俺達は二人とも、女性のその突然の行動に固まってしまう。
だがすぐにその意味はわかることになる。
短剣が刺された依頼書の上に大きな魔法陣が浮かび上がり、同時に依頼書が変色を始め、最後にはボロボロと消え去ってしまったのだ。
受付の女性はそれを満足そうに見届けると、何事もないかのように後に残った燃えカスを羽箒で片付ける。
「あの・・・・それっていったい?」
おそる、おそる、モニカが尋ねた。
「ああ、これ、討伐が完了すると、こうしてこの短剣を依頼書に刺すと、依頼書の中にある魔法が作動してね、対象の全ての依頼書が消滅する仕組みなの」
「はあ・・・」
なんという魔法の力だろうか・・・・
ここまで、役所仕事の連続で正直世界観を見失いかけてきたところにこれである。
なるほどこうすることで一発で討伐の知らせが全世界に響き渡り、完了後に無駄な討伐が行われることを防いでいるのか。
よくできているな。
おそらく後ろの掲示板に貼ってあるグルドの依頼書も今ので消滅したのだろう。
だがそうなると謎が一つ出てくる。
「じゃあ、賞金額のところが横線で消されているのは?」
「ああ、”差し止め”のことね」
「差し止め?」
差し止めというからには、あの依頼は無効になっているのだろうか?
「依頼内容に問題があったり、特別な状況のときに依頼をいったん止めるの」
「いったん止める?」
「殆どは、嘘だったり内容に誤りがある依頼ね、依頼書よりも強すぎたり弱すぎたりする可能性があると、はっきりするまではいったん処理を止めるの」
『なるほど、思っていたよりも強い相手と戦う可能性や、逆に無駄に賞金を出しすぎる事を防いでいるのか』
「はえ・・・」
「あともう1つは”現在”は社会にとって有益な魔獣とかね」
「有益?」
「多くはその魔獣のお陰で生態系が保たれているとかね、他にはSランク魔獣に魔法学校の”先生”なんてのもいるわね」
「先生?」
それは本当に魔獣なのだろうか?
「そう、もう500年くらいずっと先生をやってるらしいわよ」
「それなのに、討伐依頼書は残るの?」
「その辺は、やっぱり魔獣だから、いざ人に牙を向けたときにすぐに対処できるように準備だけはしてあるのよ」
「500年も?」
「そう、500年も、よくやるわよねぇ・・・」
その女性はなんでもないことを言うかのようにそう語った。
500年か・・・・
それだけの間、人のために貢献してきたのに魔獣扱いとは少し酷な気もするが、それでもSランク魔獣ということはそれだけ危険度が高いということなのだろう。
「ところでその賞金、そのまま受け取りますか? それともうちに預ける?」
そういえばここは銀行も兼ねているんだったな。
俺は女性の言葉でそれを思い出した。
「え・・・っと、預けます・・・・・ねえ、いくら預ける?」
モニカが俺だけに分かる声で聞いてきた。
『とりあえず、端数だけ持っといて7000セリスの方は、預けておいたほうがよくないか? さすがに、この金貨を持っておくのは色々と大変だ』
「うん、わかった・・・・7000セリスは預けます」
「はい、承りました、その身分証を貸してください」
そう言って女性が金貨だけを目の前の台から受け取り、身分証の方に何かの黒い塊を乗せそこに魔力を流し何かの処理をする。
本当に魔力が生活に根付いてる世界なんだな。
そしてその光が収まると処理が済んだのか、身分証と女性の机の下からまた新たな紙片が取り出され、その2つを纏めて渡される。
どうやら新たな紙片は預金の”明細”らしい。
「はいこれで、正常に処理されました、他に御用は?」
「ええっと・・・」
『これでここでの予定は終了だぞ』
「ありませ・・・ん」
「それでは、本日は冒険者協会のご登録と、討伐の件、それと冒険者銀行のご利用誠にありがとうございました」
女性がそう言って丁寧に頭を下げた。
こんな子供にもきっちり応対してくれるとは、なかなかに教育が行き届いているのではないか?
本当に窓口で賞金をちょろまかされることなんてあるのだろうか?
あれはテオの軽い冗談だったのではないか? という疑念が湧いてきた。
「あ、ありがとうございました・・・」
去り際にモニカが軽く挨拶する。
すると女性が、無言で微笑みながら軽く手を振ってくれた。
おそらく彼女は比較的いい人なのだろう。
そう思うことにしよう。
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