1-6【北の大都会 6:~冒険者協会~】
本屋を出てから暫くの間、様々な感情のせいで少しおとなしかったモニカだが、それも中心街が目の前に迫ってくるまでの話だった。
人通りはいよいよ本格的にその数を増し、周囲の建物の高さも階数を数えるのが馬鹿らしくなってくる頃には、モニカの首は上を向いたままで固定されていた。
石造りでありながら高層ビルのような高さの建物が、視界を占拠している。
あれは一体どうやって建物を支えているのか?
なにか魔法的な建築方法でもあるのだろうか?
そう思わないと理解出来なような建物もある。
だが、今はそれよりも目先の目的を完遂しなければ。
『モニカ、この道の右側の4つ先の建物、見えるか?』
「ええっと、ぼうけんしゃ・・・きょうかい?」
モニカがその建物の看板に書かれた内容を読み上げる。
あれが最初の目的地 ”冒険者協会” のピスキア支部だ。
冒険者協会は思っていたよりも随分と豪華そうな建物だった。
これならば大聖堂といっても通りそうな見た目だ。
そして門の前には、カラフルなマントに身を包んだ完全武装の二人組、おそらく彼等が守衛だろう。
ただ、そのどちらも武器のようなものは持っていない。
ひょっとすると魔法が主体の戦闘スタイルなのかもしれない。
そして両サイドには宿屋が陣取り、その1階はどちらも酒場みたいな雰囲気の食堂が入っている。
周囲にも武器屋があったりと、そこだけ何かに特化したかのように武闘派な印象を受ける。
でも正直な所、”冒険者”というものがよくわからないんだよね。
これまでの旅でそう名乗る連中はいなかった。
そしてこの区画もこれほどの街なのにも関わらず寂れている。
社会システムとしてそれほど一般的に機能しているとは思えなかった。
まあ、どういうところなのかは入ってみれば分かるだろう。
『モニカ、中に入るぞ』
「う、うん・・・・」
モニカの返事は歯切れが悪く、どうしたものかと困ったように周囲を見回している。
『どうした?』
「うん、ロメオを何処かに繋ぎたいんだけど・・・」
「きゅる?」
ロメオが自分が話題になったのに気がついたのか不思議そうな顔を向ける。
『ああ、お前がいたか』
さてどうしたものか?
先程の本屋では、店の前にポールのようなものが立っていたのでそこに繋いだが、ここにはそのようなものはいない。
「す、すいません・・・」
モニカが恐る恐るといった感じで、協会の門の前に立っていた守衛に声をかける。
「ん? なんだ?」
「どこかに、この子繋いでおきたいんですけれど・・・・」
「ああ、パンテシアか、だったら裏だな、付いて来い」
そう言って守衛の一人が俺達を先導して歩き出した。
持ち場を離れて大丈夫なのか?
俺はそう思いながら、トコトコとその守衛に付いていくモニカを見守る。
巨大な教会と宿屋の建物に挟まれて発見しづらいが、どうやら協会のすぐ隣から裏へ回れる脇道のようなものがある様だ。
俺達は、そこから裏通りへと出る。
そこは表通りと比較しても遜色ないほど活気に満ちていた。
というよりも馬車などを使用している場合は、こちらがメインになるようでひっきりなしに様々な物資を積んだ馬車が往来している。
見れば多くの商会の建物が密集しており、俺達が紹介状を持っているアルヴィン商会の看板も2つ先のブロックに見えていた。
近くに有ることは分かっていたが、ここの宿屋を借りるとそれなりに便利になりそうだ。
そして俺達は、守衛の案内で協会の裏口へと案内される。
そこは、表と違って大きな納屋と倉庫のような空間が広がっており、結構な人数の人間が出入りしていて、その中に大小入り混じった馬のような生き物や、馬車がたくさん止まっており、その多くは何らかのエンブレムを掲げていた。
どうやら彼等がいわゆる”冒険者”というやつなのだろうか?
意外なのは、モニカとそれほど年の変わらない少年少女もそれなりの数いるということだ。
それも、”ずっと冒険者やってます”という様な筋金入りの雰囲気などはどこにもなく、どちらかといえば修学旅行生といったほうが適切な雰囲気の連中だ。
彼等はこんな所に何をしに来ているのか?
それとも俺の認識が間違っているのだろうか。
まあ彼等も物騒な鎧やら盾を身に着けていたりするので、おそらく戦うのは間違いないだろうが。
そういえば、魔法士学校の生徒が小遣い稼ぎに魔獣狩りをするんだったっけ?
シリバ村ではモニカがそれに間違えられたはずだ。
ひょっとすると彼がそうなのかもしれない。
一方のモニカは彼等の足さばきに、何らかの”見切り”を付けたのか、一瞬で興味を失ったようだ。
俺達は守衛に充てがわれたスペースにロメオを停める。
だがここに来てロメオの機嫌が妙にいい、手綱を杭に固定している間も嬉しそうな表情で鼻をヒクヒクさせていた。
『その様子だと、魔力が濃いのか?』
「きゅるる♪」
ロメオが嬉しそうに鳴く。
どうやら本当に魔力が濃いらしい。
となるとロメオからすればここはさながら食べ放題の店ということか。
一方のモニカも魔力が濃いのを感じ取れないかと感覚を集中させる様子が伝わっくるが、俺達にはどうもよく分からない。
なんとなく何かが濃いような気もするのだが、これは湿気の可能性のほうが高いな。
そんなこんなでロメオを繋ぎ止め後ろを振り返ると、ここまで案内してくれた守衛の姿はもうどこにもいなかった。
どうやら持ち場へと帰ったらしい。
この倉庫のような空間の中にもデカデカと入り口のようなものは見えるし、他の守衛の姿もたくさん見られるので問題はないのだが、せめて一言くらい声を掛けてから行ってほしかったな。
まあ、守衛だしそれほど長く持ち場を離れられないのだろう。
そう思うことにしよう。
そしてとりあえず、俺達は裏口から冒険者協会の建物へと入った。
中に入ると、暖かい空気に包まれる。
どうやら、それなりに暖房がきいているらしい。
俺はそこで久々にここが雪国であることを思い出す。
正直なところ、もっと寒い地方からやってきたのでこの暖房は暑いのだが・・・・
慌ててモニカが上着を脱いだ。
冒険者協会の内部は広い空間が広がっていて、正面には表側の扉が見えており、右側には沢山の紙が貼り付けられた掲示板のようなものが有り、その前で多くの人達が言葉を交わし合っていた。
そしてその反対側、俺達から見て左側には窓口のようなものがズラッと並んでおり、その窓口の向こうには沢山の机と職員たちがそれぞれの仕事を行っていた。
印象としては銀行か郵便局が近いだろうか? 石造りの内装だがそう思うと急に近代的に見えてしまう。
そして本当に意外だったのが、冒険者風の屈強な人間よりも、むしろ何の変哲もない一般人の方が窓口に並んでいる割合が多いのだ。
もちろん魔法師のようにパット見では分からない連中もいるだろうが、あの腰の曲がったおばあさんや、その後ろの恰幅のいい男性がそうだとはとても思えなかった。
そしてよく見ると窓口では、お金を受け取ったり渡したりしている。
そういえばテオによると本当に銀行も兼ねているんだったっけ。
この分だと銀行のほうがメイン事業らしいな。
俺達はとりあえず協会の中の雰囲気に慣れるために、すぐに窓口には向かわずにその辺をウロウロしてみることにした。
内装は大理石のようなキレイな石で作られ、魔力灯や机などのデザインのお陰で雰囲気が保たれてはいるが、見れば見るほど全体的な構成が銀行のように思えてくる。
これでATMがあれば完璧だ。
こう、魔法的な物で再現できないものか?
それこそゴーレム機械ならば可能なのではないかと思うのだが。
そんな風なことを考えながら、俺達は掲示板の前で足を止める。
掲示板には統一された大きさの紙がびっしりと貼り付けられていた。
「これ、全部討伐依頼書?」
『ここにあるのはそうみたいだな、向こうに採取とか別のやつがある』
それは賞金の掛かった魔獣や獣の討伐を依頼する張り紙だった。
この銀行っぽい内装の中で、ここだけがいわゆる”冒険者”っぽい雰囲気を周囲に放っている。
そして殆どの依頼書には”村を壊滅させた”だの”どこまでも追いかけてくる”だのといった、物騒な単語が並んでいた。
よく見ると依頼書には大きく分けて二種類あり、明確に区別され別の掲示板に貼られているようだ。
その2つを分ける基準は簡単だ。
Cランク以上 と Dランク以下。
依頼主もCランク以上が”国”が出しているのに対してDランク以下は”北部連合”となっている。
北部連合については詳しくは知らないが、これまでの旅でこの国の下に位置する行政区分だということはなんとなく把握していた。
地球でいうと県か?
いや結構自治が進んでいるので州かもしれない。
とにかくここではCランク以上は別格のようで、ざっと見る限りおそらく国中の依頼が貼ってある。
それに賞金額も最低でも2万セリスと非常に高額だ。
こうしてみるとグルドの7200セリスはDランクの中ではそれなりだが、やはりCランクの賞金には大きく劣るな。
『お、知ってる名前があったぞ』
「どこ?」
『Cランクの下から2番めの列の一番左』
「あった、これが噂の”バルジ”かぁ・・・・」
そこにはアントラムとしても異様なまでにおどろおどろしい見た目の、巨大な獣の絵が描かれた依頼書があった。
賞金額は4万2000セリス。
実にグルドの6倍近い数字だ。
「すごいね・・・」
『こいつ一匹であの本の代金の殆どが賄えるな・・・』
これは確実に今の俺達には手に余るだろう。
おそらく俺達が偶然倒したあの超巨大アントラムと同じかそれ以上の大きさだ。
あいつみたいに平地で距離を取ってくれれば、ロケットキャノン一発で楽なのだが、グルドのことを考えるとそううまくは行かないだろう。
今はまだ手を出すには早いという判断に至るのに、それほど時間はかからなかった。
『依頼を受けるとするなら、まずはDランクからだな』
「そうだね、Dランクだと近くにもいるみたいだし」
見た感じ、下級依頼は地方で、上級依頼は国家単位で住み分けしているみたいだし、しばらくはこの付近の依頼をこなすべきか。
一通り手頃な依頼をチェックしたあと、モニカの視線が上に移動する。
どうやら怖いもの見たさで、一番ランクの高い辺りをチェックするようだ。
ええっと、なになに・・・・
『一番上はSランクなんだな』
「ゼロがいっぱい・・・」
『内容も禍々しいな』
ちなみに栄えあるこの国最強の魔獣は”鬼”だそうで、依頼書には本当に払う気があるのか疑いたくなるような数字が書いてある。
だがそれよりも気になるのが、その横の蜘蛛の下半身を持つ女性・・・いわゆるアラクネなのだが、膨大な賞金なのは変わらないが、その額の所が横線で消されていた。
これは一体どういうことなのだろうか?
『よく見ると、ところどころ額が消されている依頼があるな』
「倒されたのかな?」
『かも知れないが、それをこんな風に表現するのかな?』
もし討伐された合図ならば、もっと全体にバツをつけるをつけるとかの方が分かりやすいだろうに。
これではまるで”倒してもお金は出ませんよ”って言っているみたいだ。
『まあ、それも窓口で聞けばいいだろう』
「そうだね」
ということで俺達は当初の予定通り窓口に並ぶことにした。
だが目の前には大量の窓口。
さて沢山ある窓口のどの列に並んだものか? なんて悩む必要はここではない。
ご丁寧なことに目の前に”総合案内”と書かれた小さな受付のような場所があるのだ。
こんなところまで銀行っぽくしなくていいのに。
まあ、効率化を進めれば行き着く先は似たような姿になるものなのかもしれなかった。
「本日はどのような御用で?」
モニカが恐る恐る受付に近づくと、そこに居た男性職員がそう聞いてきた。
「えっと・・・討伐完了の手続きに・・・来ました」
モニカが事前に俺が説明したとおりの答えを行う。
さて、こんな小さな女の子が”討伐完了”何て言葉を使っても信じてくれるのか心配したが、これもある意味予想通り、職員は一瞬だけモニカの目を見つめたあと何事もないように窓口の一つを指差す。
「7番窓口にてお待ち下さい」
「あ、ありがとうございます・・」
そう言って、モニカが指示された”7”と書かれたプレートが上にある窓口へと、軽く小走り気味に向かう。
それにしてもこの世界の住人はモニカの目を見ると、それなりに強い存在として見る傾向がある様だ。
便利な半面、なんとなく人間扱いされていないようで少し気持ちが悪い。
窓口に並んだ俺達の番はすぐにやってきた。
どうやら、討伐関係は並ぶほど人が居ないらしい。
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