1-5【辺境のお祭り 11:~治療~】
『いいか! お前には黙秘権がある! 弁護士を呼ぶ権利がある! 金がないなら公選弁護人を付けて貰う権利もある!』
こんなこともあろうかと、用意しておいた脳内イーストウッドが勝手に台詞を読み上げた。
「どうしたのロン?」
『いいかモニカ、犯人を逮捕する時は、犯人にもちゃんと権利があることを説明しないといけないんだ、じゃないと逮捕したあとが面倒くさくなる』
「ベンゴシ? は分からないけれど、黙られたりしたら、もっと面倒くさくならないの?」
『だから実際は殴って”その権利を放棄します”と言わせるんだ』
「え? そんなんでいいの?」
『ああ、偉大なるミランダさんがそう言うんだから間違いない』
「ふーん」
モニカがロメオの背中で気を失っている槍使いを、自分の手に持った槍の柄で軽く小突く。
「ええっと、お前には黙秘権がある・・んで、ベンゴシ? を呼ぶ権利があるんだって・・・・それで・・・黙ってたら、権利を放棄するって言ったことにする!」
『ええ・・・』
あわれ、槍使いは気を失っている間に大事な自分の権利を失うのであった。
なんてことをしながら広場に戻ると、予想どおり事態は鎮圧されていた。
既に中央部には誰も残っておらず、広場の端の一角に武装した者たちが固まり、槍を投げ込んだと思われる面々を取り囲んでいる。
それにしてもこの大きさの村にしては、なかなかの数の兵士がいたものだ。
広場に入ると、俺達の姿を確認したリベリオが慌てて駆け寄ってきた。
「モニカちゃん!! 怪我はないかい!?」
走り寄ってくるなりモニカの体を引っ掴んで回し、怪我したところがないか確認し始める。
「大丈夫・・・・どこも怪我してない・・・」
「じゃあこの胸のやつはなんだ!?」
そう言って俺達の衣装の胸の部分を引っ張る。
そこは一番最初の攻撃のときに槍が直撃して穴が空いていて、槍を引き抜いたときに血が結構かかって微妙に変色していた。
黒い衣装なので目立ったりはしていないが、乾いた血のせいで少し固くなってしまっている。
「大丈夫、ラウラが治してくれた」
「違う!」
リベリオが大声を上げ、その音にモニカとついでにロメオがビクリと体を反応させる。
「ラウラから何をしたのかは聞いている、その傷をちゃんと見てみろ!」
その言葉にモニカが一体何事かと、衣装に空いた穴から内部を覗き込む。
そこには傷が塞がった素肌が・・・・
『ありゃ・・・』
「あれれ・・・」
そこにはしっかりとした形の星型の傷口が有った。
血が噴き出したりはしていないが、まだ完全に塞がってはおらず、所々に新鮮な血の赤い色が見える。
そしてまだ完全に塞がっていないことを示すかのように、ドロリと新たな血が流れ出した。
傷跡の形は独特な形状の槍によるものだろう。
「な? 治ってないだろ?」
「治ってないの?」
「ラウラは完全な治療魔法を使うことはできない、毒を消して簡易的に塞いだだけだ」
どうやら、俺達はラウラが傷口を完全に塞いでくれたと勘違いしていたようだ。
それでも大きく血は出ていないし、痛みも感じていなかったので俺でも感知できていなかったようだ。
あ・・・いや、警告出てるわこれ・・・
視界の端に大量に重なるログの山の中から、結構な量の”出血警告”のログが見つかる。
『すまんモニカ、俺の注意不足だった』
「・・・?」
言い訳をさせてもらうと、最初の攻撃のときに発生した大量の警告ログに埋もれてしまって、新しく発生したログに気が付かなかったのだ。
これがもし危険な傷だったら、もっと大量の警告ログが出続けるので分かっただろう。
問題ないレベルの傷だったからこそ気がつけなかったのだ。
今後はこれに反省して、確認した警告はさっさと消すようにしよう。
「それじゃ、分かったらさっさと治療しに行くよ!」
そういってモニカを荷物のように抱える。
お姫様抱っこといえば聞こえはいいが、どちらかといえば米袋とかのほうが扱いは近い気がする。
「え? ちょっとまって!」
突然抱き上げられたことにモニカが慌てて抵抗した。
「だめだめ! 怪我人を歩かせる訳にはいかないよ! 暴れないでおとなしくしてくれ」
「そうじゃなくて、犯人!」
「え? 何?」
「槍投げた人の一人捕まえた、ロメオの背中にいる」
「ロメオってのはこのパンテシアのことか? ああ、こいつか・・・」
「キュルル?」
リベリオが俺達を抱えたまま、ロメオの背中に乱暴に乗せられている槍使いに顔を近づける。
少しの間そうして男の姿をまじまじと見つめると、何かを見つけたようだ。
「まちがいねぇ、メンディの紋章があるな」
「メンディ? なにそれ」
「子供は知らなくていい・・・」
リベリオがそう言って、槍使いに唾を吐きかける。
メンディがなにかは教えてくれなかったが、険悪な様子からかなり嫌っていることが伝わってきた。
まあ、村の存亡を掛けた祭りの行事を妨害してきたのだ、嫌われて当然か・・・
いや、この感じは今回の出来事だけではなく何かあるな。
「おーい! こっちにもう一人いるぞ!」
広場で実況見分のようなことをしている兵士に向かって、大声で呼びかける。
「なんだ!?なんだ!?」
「ま~だ、いやがったか!」
その声に合わせて、数人の兵士が集まってきた。
「そこのパンテシアの背中に乗っているのがそうだ!」
「そいつか!」
兵士たちの視線がロメオの背中に向かう。
そしてロメオの側までやってくると背中から、槍使いを乱暴に引きずり落とした。
随分と扱いが雑だな。
「気をつけて! そいつ、地面から槍を作り出す!」
モニカがリベリオの腕の中から身を乗り出して、兵士に警告する。
「なんだって? ってことはこいつが
「
「はいはい、怪我人は治療に行きましょうね!」
モニカが兵士たちの言葉に興味を持ったが、それを遮るようにリベリオが歩き出した。
「キュルル!」
慌ててロメオが遅れまいと後をついてくる。
「ちょっとリベリオ!
「あいつらの中心核だった二人の”スキル保有者”の一人だってことだ」
「二人?」
「槍使いと転送使い、槍使いが作った槍を転送使いが他のメンバーに配ってたらしい、だから槍を持っていたのを見逃したんだ」
「転送使いは?」
「まだ捕まってない、たぶんもう逃げたんだろう」
そう言うリベリオの顔に悔しさが滲み出る。
「それにしてもスキル持ちを追っかけさせるなんて、司祭様は何を考えてるんだ!」
リベリオの憤慨の矛先が聖王役の司祭に向かう。
そういえば流れに乗せられて気にしなかったが、よくよく考えてみればこんな子供の俺達によく分からない相手を追いかけろというのは不自然だ。
普通ならその辺の兵士にでも頼むものではないのか?
まあ、子供が魔獣を狩ってもそれほど驚かれない世界だし、胸を槍で貫かれている真っ最中の人間に正常な判断力を求めるほうが酷かもしれないが。
俺達は広場のすぐ隣りにある建物に抱え込まれた。
聖王の行進の時にスタート地点として利用している建物だ。
ここならばそれなりの広さがあるので、応急救護所とするには丁度いい。
中には聖王の一行だけではなく、犯人達を捕まえるときに負傷したと思われる兵士や、発生した混乱で負傷した思われる者もいる。
逃げるときに踏まれたのか、あらぬ方向に足が曲がった子供の泣き声が木霊していた。
モニカがざっと内部を見回すと、聖王以外の共演者の姿は全員確認できた。
やはり青の従者役の人は助からなかったようだ。
今は端の方のベッドに顔に青い布をかけられて放置されている。
ラウラと黄の従者役の男性も生きてはいるが、相当消耗したようでぐったりと寝込んでいる。
だがわずかに胸が上下しているので、死んでいないのは確かだ。
一方、赤の従者役ことソニア婆さんは、いつもよりも遥かに元気な様子でそこらじゅうを飛び回って指示を出している。
どうやらそれなりの医療知識があるようで、さらに必要とあれば自ら魔法で治療していた。
真っ先に敵陣に突っ込んでいったし、これは今回のMVPは、ほぼ間違いなくあの婆さんが持っていっただろうな。
この非常時に一体何の意味があるのかわからないが、ちょっと悔しい。
まあ、圧倒的に経験の差だし仕方ないか。
それよりもソニア婆さんがリベリオに抱きかかえられた俺達を認識したようで、矢のように飛んできた。
「まったく、どこに行ったんだと思ったら!」
「自分で立てるもん!」
「それは、あんたが決めることじゃないよ!」
そう言って軽くリベリオの腕から俺達をひったくると、あっという間に部屋の中を横断して空いたスペースにあるベッドに俺達を寝かせた。
驚くべきはそのスピードだ。
いくら小柄なモニカとはいえ、普段動くのも面倒くさいというような老婆が抱えるには重いだろうに、その重さを全く感じさせることがなかった。
間違いなくリベリオよりも圧倒的に力が強い。
気のせいか、口調もいつもより乱暴で男勝りだ。
おそらく非常時ということで筋力強化をかなりきつ目に使っているのだろう。
たぶん明日は筋肉痛で動けなくなるな。
今は興奮しているので気にしてないだろうが、筋力強化はそれなりにダメージが大きいのだ。
ソニア婆さんは俺達をベッドに寝かせると、軽く胸の傷を見る。
「ちょっと、ここで待ってな」
そして、そう言ってまた別の場所へ飛んでいった。
こちらから声をかける暇がまったくない。
どうやら結構危ない患者がいるようで、モニカの傷を確認して危険度が低いと判断してそちらを優先したようだ。
「・・・すごいね・・」
モニカが野戦病院と化した部屋の中を見てそう呟く。
周囲には怒号が飛び交い、負傷者の呻きや子供の泣き声が凄まじい音量で響き渡っていた。
『あ、』
「あ、」
グキッ・・・
「あああああああ!!!!!あああああああ!!!!!!!」
「男なんだから泣くんじゃないよ!!」
まさに今変に曲がっていた子供の足が、ソニア婆さんの手によって元の方向に戻された。
元に戻るときにはっきり聞こえた嫌な音と、その瞬間ボリュームが三段階くらい上がった子供の泣き声のせいで、こっちまで存在しない痛みに思わず身を縮める。
治療行為のはずなのに下手なグロ動画よりもショッキングなのは何故なのか?
だが力任せに戻したわけではないようで、しっかりと足の向きを確認した後、声には出さず口の動きだけで複雑な呪文を唱えながら小さな赤い魔法陣を展開しつつ、添え木を当てて包帯を巻き付けて固定した。
まだ子供は泣いているが、ソニア婆さんはこれで処置は済んだとばかりに次に向かう。
そうやって暫くの間、数人の重傷者を診たり看取ったりしながら、ついに俺達の番がやってきた。
「別にそんなに傷は深くないけど」
「だからそれを判断するのは、あんたじゃないって言ってるだろ、見せてみな」
そう言って衆人の中でいきなり来ていた衣装を剥ぎ取られる。
え? っという声を上げる暇もなく、全身に傷がないか細かくチェックされた。
意外なのは俺達が認知しなかった小さな傷が沢山有るということだ。
恐らく掠り傷なのだろうが、一体どこで付いたのか?
「この傷」
ソニア婆さんがその中の一つを指差す。
「危なかったね、もう少しずれていたら毒が入っていた」
それは膝のすぐ下にある本当に小さなかすり傷ともカウントされないような、薄い筋だった。
おそらく槍を避けたときに僅かに掠ったのだろう。
傷にはなっていないので毒が入ることはなく、俺も問題ないとスルーしたのだが、たしかに危なかったといえば危ない。
「とりあえず、大きなのは胸のやつだけだね、少し骨に刺さったようだが、そこまで気にするほどではないだろう、ラウラに感謝しな、あの子が毒を消してくれなかったら今頃はもっと酷いことになってたよ」
「わかった、あとでお礼言っとく」
「それじゃ、治療を始めるか」
そう言ってソニア婆さんがモニカの胸に手を当てる。
この寒い世界でほぼ全裸の状態なので、ソニア婆さんの手がひどく暖かく感じられた。
そしてそこから何やら魔力のようなものがジワリと染み込んでくるのを感じた。
どうやら槍が当たった骨の部分に何かするようだ。
「・・・・・・・」
ソニア婆さんが、また声を出さないで呪文を呟いている。
すると俺達の胸が赤く光りだした。
この光の形的に、恐らく内部で魔法陣が展開しているのだろう。
赤い光とあってか、暖かいような錯覚を受ける。
そして、赤い光は段々とその色を赤から黒へと変化させていった。
よく観察してみれば、ソニア婆さんの魔力を感じた場所に今は俺達の魔力が急速に集まっているのを確認できた。
「おお、凄い魔力だな、これならすぐに治りそうだ」
ソニア婆さんが手を離してもなお、その光は消える気配はない。
「何したの?」
「骨の損傷を治す魔法を仕掛けたのさ、この光が消えたら治療完了、あんたの魔力なら朝までには治ってるだろう」
「ありがとう」
「さて次はこっちだ、乙女の柔肌に傷を残すわけにはいかんて」
そう言って懐から何やら瓶を取り出し、蓋を開ける。
中には黄土色の軟膏のようなものが入っていた。
ソニア婆さんはそれを指に少し取り、胸の傷口に塗り始める。
その瞬間傷に凄まじい痛みが走った。
「いっぐ!?」
「我慢しな、痛みはすぐに引く」
まるで傷口に塩をヤスリを使って塗り込んでいるかのような痛みだ。
【パッシブ防御システム】が反応しないのが謎なくらいだ、おそらくソニア婆さんに害意がないことを察知し、悪影響も無いと判断したのだろうが、この痛みは凄まじい。
すると軟膏を塗り込んだ所から、傷口が一瞬開き、正常な形に修正して再び塞がる。
抉れてしまったのか微妙に組織が足らない部分は軟膏自身がその代わりとして固着して塞いでいる。
そして、その間にも俺は大量の魔力が傷口に集中していくのを感じていた。
「ははは、凄いねこりゃ、こんな勢いで傷が治るのは初めて見たよ、相当魔力が多いんだね」
どうやらこの治療も患者の魔力に依存するようだ。
そういえばこの軟膏は見覚えがある、たしかシリバ村の人達が持たせてくれた物の中にあったはずだ。
最初に見た時は一体これが何なのかわからなかったが、なるほどこうやって使うのか。
「これで治るの?」
「この軟膏には”フリュービル”の葉が練り込んである、草原で寝転ぶと魔力に反応してくっつく厄介な草だが、他の薬草と混ぜればこうして魔力を使って傷を塞いでくれるってことさ」
「へぇ、そんなのがあるんだ」
「それなりに珍しいけどね・・・・よし! これで大丈夫だ、あんたなら朝には怪我したなんて嘘みたいに回復しているよ、今は寝てな」
ソニア婆さんがそう言ってモニカの目蓋を手で閉じながら、頭を寝床に押さえた。
すると、もう既に夜更けであることを体が思い出したかのように、一気に睡魔が俺達を襲いあっという間にモニカが眠りに落ちる。
どうやら、治療されたことで”行進”から続いていた興奮が収まったようだ。
俺はぼやけていく感覚の中で、ソニア婆さんが次の患者の下へ駆け出していく気配を感じた。
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