1-5【辺境のお祭り 12:~祭りの後で~】


 朝、目蓋の裏が朝日に照らされて明るくなる。


「う・・・・ん・・・・ロン?」

『おはよう、モニカ』


 そのときパッと目が見開かれた。

 視界に入ってきたのは、見慣れない景色だ。


「どこ?」


 昨日眠った救護室とも違うし、俺達の泊まる宿でもない。

 ただ、かなりの数の人間がそこで寝ていた。


 どうやら部屋全体に布団が敷き詰められ、その上で寝かされたようだ。


「・・・・・消えてる・・」


 モニカが自分の胸を見下ろしながらそう呟いた。

 昨日寝た時はまだ、ソニア婆さんが掛けた骨を治療する魔法陣の光が見えていたのだが、今は消えている。

 それに傷の方も薄っすらと変色が残っているくらいで、大きな傷跡は残っていない。

 これならば胸に大きな傷を物理的に抱えて生きるなんて事態にはならないで済みそうだ。


『魔力さまさまだな』

「うん、ソニアさまさま」


 ただ、治療された時からそのままの状態で移動させられたようで、今まともに衣服といえるものは従者役用の真っ黒な下着しか身につけていない、それも下だけ。


 それでもモニカには羞恥心というものがないので、布団から抜け出して何処かへフラフラと歩いていこうということに抵抗はない。

 

 だが起き上がろうと動き出したその瞬間、後ろからガシりと何かに首根っこを掴まれる。


「うっ・・」


 頭だけで振り返ればそこには、隣の布団で寝ているラウラの顔が目の前に。


「モニカちゃん、どこいくの?」


 その顔には薄っすらと怒気のようなものが見える・・・・


「ちょっと、荷物を取りに・・・」


 するとガバッとラウラが抱きついてきた。

 鼻腔いっぱいにラウラのいい匂いが充満してきて、ドキリと心臓が跳ねる。


「傷を塞いで毒を抜いただけなのに、危ないことしちゃ駄目だよ・・・」

「ごめん・・・」


 するとモニカを押さえるラウラの腕に力がこもる。


「今日はしばらくこのままね」

「ええ・・」



※※※※※※




「あんたら何してんだい?」


 結局昼頃になって、殆どの人が起き出し、残っているのがまだ回復していない負傷者だけになってもラウラが俺達を離してくれることはなかった。

 そしてそれを見たソニア婆さんが呆れた視線をこちらへ向ける。


「あ・・・の・・・・」


 そしてモニカがソニア婆さんに向けて救いを求めるような視線を返す。


「はあ・・・一体何やってんだ、ラウラ!」

「ん? あ、ソニアさんおはようございます」


「おはようじゃないだろう、もう昼だよ」


「もう少し・・・・」

「うぎゅっ」


 ラウラが、またも腕に力をこめる。

 今や完全に抱きまくらだ。


「そんなに元気ならもう大丈夫だろ、さっさと離してやんな」

「もう少しだけ・・・・・」


 結局ラウラが俺達を離してくれたのは日が傾き始めた頃になってのことだった。


※※


「あった!」


 昨日治療された大部屋の中に無造作に転がっていたフロウを見つけ、モニカの顔が安心に染まる。

 治療の時に横においていたのがそのままの残っているのだろう。


『やっぱりこれがないと、できることの数が大違いだからな』


 俺としてもこれで一安心だ。

 すぐに棒状のフロウを変形させて身に纏う。

 今ではこれも慣れたものだ。

 

 すっかり体の一部と同化しているような錯覚すらある。

 それに、これでこの布団をかぶったミノムシ状態からはおさらばできる。


 フロウを薄く纏ったことで、俺達はようやくほぼ素っ裸から、ほぼ下着姿へ進化することができた。

 フロウ製の下着は全身を覆うくらいの余裕はあるので、全身タイツ姿といったほうが近いかもしれない。


 ただ、これでも恥ずかしいことに変わりはないので、さっさと自分の服を着たいのだが。

 治療室の様子は昨日に比べると、かなり落ち着いていた。

 多くの者は既に治療済みだし、ここで扱えない重傷者は他の場所に移されているだろう、死体も何処かへ移動したようだ。

 結果として夜戦病棟と化していたこの部屋の姿は、事後処理の前線基地という風にその雰囲気を変えていた。


 だが、そうは言っても数人のけが人がまだ残っているし、昨日の事実確認のために多くの人が出入りしているため、依然として喧騒は激しい。


「あ! モニカちゃん、もう歩いていても大丈夫なのかい?」


 治療室の床に散乱する様々な物の中に俺達のものがないか物色していると、不意に声がかかる。

 みればミリエス村の村長がそこにいた。


「いやぁ、こんなことになってしまって、本当に申し訳ない・・・」

「結界はちゃんと張ったの?」


 モニカがそんなことを聞くと、村長が一瞬ビックリしたような顔になり、そしてすぐに笑顔が戻る。


「ああ、おかげさまでしっかりとした結界になったよ、後で外に出てみるといい、今日明日くらいは目で見えるよ」


「見えるの!?」

「一晩かけてしっかり定着したからね、最初のうちは薄っすらと光ってるよ」


『へえ、興味深いな』

「・・・うん、すごいね」


「それと一息ついたら、役場の私の部屋に来てくれ、渡したいものがある」


 村長はそれだけ言い残すと、足早に立ち去っていった。

 昨日あんなことがあったし、まだ祭りの後始末で忙しいのだろう。

 

「なんのことかな?」

『お金のことじゃないか?』


 昨日の日当50セリスと祭り終了時に支払われる150セリス・・・締めて200セリスがまだもらっていない。

 本当なら昨日渡される予定だったのだが、結局そのタイミングを逸してしまった。



 この薄着ではちょっと寒いが俺達の荷物を探して、一旦外に出てみることにする。

 建物の内部を探していると親切な男の人から、昨日のゴタゴタの最中に場所を空けるため、裏の倉庫に出演者たちの荷物を移動させたという話を聞いたためだ。


 外に出てみると、視界の上の方に薄っすらと筋のようなものが見えた。


「あれが結界かな?」

『へえ、結構はっきり見えるものなんだな』


 空にはミリエスの村を覆うようにうっすらとした膜のようなものができていた。

 その膜自体は殆ど見えないが、その中を葉脈のように走る光の筋が結構はっきりと見える。


 その光の筋は次々に様々な色に変色しながら光っている。

 見た感じ赤、黃、青、緑、そして黒の5色だ。

 

 おそらく本物の従者役の魔法陣の色が関係しているのだろう。

 今回は白を用意できなかったので、白い光は見られないと考えられた。


 あの黒い光は俺達が参加したことによるものだと思うと不思議な気持ちになる。

 ああして約半年の間、あの結界はその力を維持するのかと思うと、その中に自分の色を混ぜられるというのはなんとも誇らしく感じてくる。



 その後、俺達の荷物をその建物の倉庫のようなところで見つけた俺達は、ようやく着慣れた自分たちの服を着ることができた。


「ふう、落ち着く・・・」


 モニカがそれなりの万感を込めてそう呟いた。


『たしかに、俺もこの感触に慣れてしまったみたいだな』

 

 まあ数枚の衣装をローテーションして、常にピカピカだった従者役の衣装に比べれば、薄汚れてはいるが、それでも慣れた柔らかい感触には心が落ち着かされる。


『しかし毛皮にしても、この腸の革でできた服にしても、サイカリウスって素材としては優秀だよな』

「肉も美味しいしね」

『これで襲ってこなければ完璧なのに』

「ロン! 虎穴にいらずんば虎子を得ずだよ!」


『・・・あれ? 俺そんなこと教えたっけ?』

「え? これって有名な言葉じゃないの?」


『うーん、まあそんな珍しい言い回しでもないか・・・ちなみにどこで聞いたんだ?』

「ええっと、父さんが何回か言っていたような・・・」

『なるほど、親父さんの言葉か・・』


 それは不思議な事のはずなのに、俺はなんとなくこの世界にもトラがいてとっても怖いんだろうなぁ、くらいの印象しか持たなかった。


「あ、モニカちゃん、ここにいたんだ」


 荷物置き場にいると、ようやく布団から這い出してきたラウラがやって来るところだった。

 布団の中で抱きつかれているときには気が付かなかったが、槍に貫かれた腹部が微妙にまだ光っている。

 おそらく治癒用の魔法陣がまだ作動しているのだろう。


「ラウラ・・お腹・・大丈夫?」


 その様子を確認したモニカが心配そうな声で状態を聞く。


「大丈夫、大丈夫、もう痛みもないし、これくらいあと2,3日ゆっくりしていれば完全に塞がるって、大丈夫じゃないのは魔力が足りなくて眠いくらいだよ!」


 そう言ってラウラがわざとらしく大きなあくびをする。

 それにしても腹部貫通の大怪我が2,3日で治るとはとんでもないな。


「そういえば、聖王役のおじさんは?」

「あの人はすごいよね・・・結局、あのあとすぐに帰っちゃったんだって、村長の話だと、ピンピンしてたらしいよ」


 だが、どうやら上には上がいるようだ。

 胸に大穴が開いているのに動いたばかりか、すぐに傷を塞いでその夜のうちに完治するとは・・・


「やっぱり年季の入った”白”の生命力は生き物じゃないよね」


 俺はここで”お前が言うな”と、ツッコもうかと真剣に悩んだが、それより気になることをラウラが言ったのでそうはしなかった。


「あの人、”白”なの?」

「そうだよ、それも北部じゃ結構すごい人だったんだって、だからあれくらいの傷じゃ死なないよ」


 あれくらいの傷って・・・じゃあどうやったら死ぬんだよあの人・・・



「そうだ、モニカちゃん、本当は昨日の行進が終わった時に渡そうと思ったんだけど、ちょうどいいからここで渡すね」


 そう言って、ラウラが自分の荷物の中をゴソゴソといじりだし、何かを取り出した。


 それは文庫本くらいのサイズで硬そうな革の装丁の、それなりに分厚い本だった。


「はい、これあげる」

「なにこれ?」


 それが何かはわからなかったが、モニカはとりあえず受け取ってみることにした。


 手に持ってみると、見た目よりもずっしりとした印象だ。

 表紙にはヘンテコなマークが刻まれている。


 試しに中を開けてみると、これは驚いたことに魔法の教科書だった。


「ルミオラの初等部の教科書、私が使ってたやつ」

「いいの!? もらっても?」

「本当はだめだよ」

「え?」


 ラウラの顔が面白そうに歪む。


「だから人に売ったり、あげたりしちゃだめだよ、結構痛い目にあうから」

「ラウラは大丈夫なの?」

「大丈夫、この本を読み終わる頃には抜け道を知っているから」


 そんなんでいいのか?

 俺はこの本の間抜けなセキュリティ少し心配になった。


「ありがとうラウラ!」


「どういたしまして、これでちょっとでもモニカちゃんが魔法学校に興味を持ってくれるならお安いもんよ」

「興味?」


「モニカちゃん、魔法学校に行ってみたいんでしょ?」

「・・・・わかる?」

「分かる分かる、だって魔法陣を見つめるモニカちゃんの目ってすごいキラキラしてるんだもん!」


「・・・うん、行ってみたい」


 それは大切な者を助けるために必要な条件としてではなく、紛れもなくモニカの本心だった。

 

「じゃあ、それがちょっとは役に立つと思うよ、流石にアクリラの編入試験にはちょっと厳しいと思うけれど」


「アクリラ? ルミオラじゃなくて?」

「それだけ魔力があって魔法操作スキルが有るなら、やっぱりアクリラがいいと思う」


 そう言ってラウラが遠い目をした。


「その力を使いこなせるようになるには、ルミオラの先生達じゃちょっと力不足だと思うんだ」

「そうなの?」

「やっぱりすごいところだよ、ルミオラが勝っていることなんて、夏が暑くないことくらいだよ」


 どうやらラウラでもアクリラというところは別格に感じるのか。

 彼女なりに自分が通う学校以外を勧めるのには思うところが有るのだろうに。

 それだけの物があると、モニカの中に感じているのか。


 そう思うと、この教科書の重みが急に増したような気がした。


「わかった、今の目的が済んだらアクリラに行ってみようと思う」

「急いだほうがいいよ、あそこの編入試験は歳によって難しさが決まるから」


 なるほど、浮か浮かしていると一生入れなくなってしまう恐れもあるのか。

 これはゴーレム技術者のあてが外れた場合、多少強引にでもアクリラに目的地を変更した方がいいな。


 俺は心のなかでピスキアの次の目的地を設定した。

 



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