1-2【新たな世界へ 2:~子供~】
『ペース速くないか?』
「え?そう?」
『いつもより少し速いぞ』
本当は少しどころではないのだが、逸る気持ちは俺も理解できるので深くは追求しない。
ただしそれでバテてもらっては困る。
『急いだって今日中に次の氷山に渡るのは無理だぞ?』
「え!?そうなの!?」
モニカが大層驚いた様な声を上げる。
『もう日が暮れるまでそんなに時間はない、そろそろ今日のキャンプの準備をするべきだ』
「それでももう少し近づいておきたい、これは明日にするから」
そう言って手に持っていた鳥を持ち上げる。
これはこの氷山に乗ってから今夜のおかずにと確保しておいた物で、図鑑によると”デグラッサ”という小型の鳥らしい。
特に毒などもなく食べやすいのでここ数日の食卓によく並ぶ食材だ。
ただ、羽を毟るなどの下ごしらえがめんどくさいので、食べる時は早めに支度を行う。
今回はその時間が惜しいので、備蓄の肉から捻出してこの鳥は明日以降に回されるようだ。
そして予定通り日没まで移動したあと、少々慌て気味に食事を取り、いつもより若干急ぎながら片付けるとすぐに就寝してしまった。
しかも寝ながらでありながら、何やらそわそわとした感情が流れてくる。
どうやらよほど、あの水平線に見えた物の正体が知りたいらしい。
そんなに急がなくても、そこへ向かっているのだからすぐに見えてくるだろうに。
まだ見ぬ新世界に思いを馳せているのだろう。
やはりこういうところは子供なのかな。
※※※※※※※※
翌朝
まだ夜明け前にモニカの目が覚める。
やはりまだどこか落ち着きがない。
そんなに先に進みたいのだろうか?
『モニカ、なんでそんなに急ぎたいんだ?』
「やま!」
俺の問いに対して、モニカが見たことがないほど元気よく答える。
その目はランランと輝いており、その心は童心そのものと言えよう。
『そんなに山が見たいのか?』
「うん!見たことないもの!」
『見たことないから?』
「見たことはないし、土と岩が積み上がっているなんて想像もできない、それに多分だけど本で読んだような気がする!」
本の世界に憧れる彼女にとっては、山というのは多くの本に登場する大スターの様な存在なのかもしれない。
『まあ、そんな珍しいもんでもないからな・・・』
「それ!この世界で本当はありふれたものなのに見たことがない!だから早く見たいの!早くみんなと一緒の景色を見たい!」
少なからぬ興奮を持って、モニカが一気に思いをぶちまけた。
そうかモニカは子供である以前に、育った環境のせいで常識的なものを見たことがないのだ。
そしてそのことに対して少なからぬ引け目を感じている。
ある意味で俺以上にこの世界について無知な彼女にとって、それを埋めたいという衝動は抑えておけるものではないのだろう。
『ただし、食事はちゃんと噛んで食えよ、昨夜みたいに急いで食べると体に悪い』
「そんなに噛んでなかった?」
『ああ、胃袋が文句を言っていたぞ』
「ううっ、ロンにそう言われると反論できない・・・自分の体なのに・・・」
『せっかちなモニカにはちょうどいいだろ?』
その後、いつもよりゆっくりと朝食を取らせ、更にいつもよりも時間をかけて準備の点検をさせる。
モニカも焦る気持ちはあるものの、準備の大切さは俺以上にわかっている子なので文句は言わない。
ただ全ての準備が終わると、いつもとちがって「むん!」という掛け声を出して気合を入れた。
「次に飛ぶところまでどれくらいかかる?」
『順調に行けば4時間といったところかな?』
何気なく時間の単位を使ったが、実はこれは俺が教えた地球の単位を使っていて、発音も”ジカン”とそのままだ。
そもそも本などに距離などの単位はいくつか載っていたのだが、時間については目線の高さに太陽といった具合にかなり曖昧で使いにくかったのだ。
なので、モニカには地球の時間の概念を教えてそれを使っている。
まあ俺という正確な時計があるから可能なことなので、ここでの実生活的には太陽の高さを測った方が使いやすいのだろうけれど。
「じゃあ、3時間で着く!」
『じゃあって・・・分かってると思うけど無理はするなよ』
「無理してたら教えてね」
そう笑顔で言いながら歩きだすモニカ。
ああ、これは無理するやつだ・・・
俺も気を引き締めて監視をしなければ。
きっと無理をするだろうという予想に反して、意外にもモニカは負担にならないペースを守っていた。
いつもより早いのは早いのだが、なんというか無理をしないぎりぎりを狙っている感じ?である。
結果として次の氷山の端まで3時間で着くことはできなかった。
だがそれでも俺の提示した4時間は普通に切っているので、急いだのは間違いない。
『まてモニカ、もう一度確認しろ』
そういって俺が指摘する。
今、ソリのロープの結びが少し適当だったような気がした。
あわてて、モニカが結び目を引っ張って確認する。
すると問題がない範囲なのだが少しだけ結びが甘かった。
「ありがと」
『気にするな、俺がしっかり見ててやる』
「おかげで少しくらい適当でも大丈夫だから楽だよ」
『おい!』
そんな冗談を交わしつつ、飛行のための最後のチェックを終えると。
いつものように羽を展開して飛び上がった。
「ギザギザ・・あっちもギザギザ」
『すごいギザギザだな・・・』
今回の観測の結果、この前見えていた物体が山であることがほぼ確定した。
だがその形がとんでもない。
『すごい険しい山脈だな』
「山ってあんなにいっぱいあるんだね」
『だがあれは特別だろう』
その山脈は見渡す限りどこまでも続いていて、文字通り壁のように立ちふさがっていた。
しかもどの山も、一見しただけでも上るのは困難を極めそうなきつい形をしている。
『命を刈り取る形をしているな』
「のこぎりみたい・・・」
『あれを超えるのは大変そうだ、どこか低くなっているところを目指そう』
といってもどこもかなりの高さの峰がずっと続いており、谷のようになっている部分があまりない。
「あそこ」
そういってモニカが指を指す。
そこは山塊と山塊の隙間のような場所で、他よりも少し低くなっている。
『とりあえずはあそこを目指すということでいいか』
まだそれでもかなり山を登らなければならなさそうだが、それでも他よりはましだろう。
願わくば山がそんなに続いていませんように。
結局そこでの観測で向かう氷山を最初とは違うものに変更した。
おかげで予想よりも長く飛ぶことになったが、モニカの魔力に対して余裕をもって計画を立てていたので、魔力が尽きるような事態には陥らなかった。
※※※※※※※※※※※※
「おおきいね・・・」
『ああ・・・』
その次の氷山を渡るときには、もうすでに飛ばなくても山の姿が見え始めていた。
だが飛んでみると、その異様さが鮮明になる。
これはかなり巨大な山脈だ。
もうすでに山頂を見たければ見上げなければならない。
あまりにも大きいため手前の山に隠れて、この山脈がどこまで続いているのか全くつかめなかった。
「もう少し上まで行ってみない?」
モニカがもっと高度を上げて観察しようという提案を出す。
確かにより高いところから観察すれば、山脈の姿がよりわかりやすく見えるだろうが。
『それはダメだ、これ以上の高さは危険すぎる』
「なんで?まだ時間にも余裕あるよね?」
『これ以上高いと空気が薄すぎるんだ』
「空気?なにそれ」
『ええっとな、モニカ息を吸ってみろ』
「すーーーーーー」
『それ何を吸っている?』
「?」
『それが空気だ』
「はあぁ・・、これが空気・・・これが薄いと問題なの?」
『空気が薄いと息がするのがきつくなって、下手すると死ぬ』
「え・・・」
『この高さだと問題はないが、短時間でこれの倍の高さになるとどんな影響が出るかわからないし、三倍だと多分相当体調を崩すかもしれない』
「それはいやだね」
『だろ?だからこの高さまでにしておくんだ』
「それはわかったけど、でもあの山ってもっと高いよね?大丈夫なの?」
『ゆっくり登ればいいんだよ、そうすれば体も慣れていく』
「ふーん、そんなもんなんだ」
『ただしあの山の一番高いところはダメだ』
「あれは高すぎる?」
『不可能ではないだろうが、山を登ったこともないような子供が上るのは自殺行為だ』
「子供じゃないもん!」
『へえ、じゃあ歳はいくつだ?』
そういえば今の今までモニカの年齢を聞いたことがなかった。
そもそもこの星の一年って何日なんだろう?
太陽の角度の変化から逆算するとおおよそ350~380日くらいだと推測できるので、大きくは違わないと思うが・・
「歳・・・って何歳って数えるやつだよね?」
『まあ、そうだな、満と数えの二種類あるけれど』
「生れてから8回目の誕生日を・・・父さんがお祝いしてくれてから、冬が三回来たはずだから 11歳!」
『子供じゃねえか!!!』
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