1-2【新たな世界へ 1:~氷山の上で~】

 海に浮かぶ巨大な氷。

 つまり氷山の上の旅は思いのほか順調だった。


 時折、氷山同士を渡るために空を飛ぶものの、氷山自体がかなり大きいので少なくとも数時間は歩くことになる。

 殆どの氷山は下手な島よりも巨大なものだった。


 破片のような小さな氷山は傾斜が大きかったりするが、ここまで大きいと氷山の上はほぼ平らになっている。

 つまり大部分についてこれまでと全く同じ光景なのだ。


 だが明らかに違うものがある。


 まず地面の振動による索敵は意味をなさない。

 何せ歩いている地面自体が海の上にプカプカと浮いているのだ。

 揺れが大きすぎて何がなんだかわかったものではない。


 それと動物の姿が一層少なくなった。


 そりゃそうだ、これだけ巨大とはいえたどり着くには海を泳がねばならない。

 必然的に見かけるのは泳げそうな生き物と鳥ばかりになる。

 モニカは初めて見る形の生き物が多いので楽しそうだが、そういった連中というのは得てして絵面が地味で困る。

 個人的にはオオカミやクマみたいなのがいる陸の動物の方が好みかな。

 

 しかも数も数時間に一匹見るかという有様なので、森と比べると”生きている感じ”がとても希薄だ。


 まあ、それでも毎日一匹は見るので備蓄食料に手を出さなくて済むんだが。


 おっと、そういばここに来て個人的に食糧事情が大幅に改善した。

 さすがのモニカも初めて見る鳥や海棲生物を、生でいただこうという気は起きなかったようで。

 肉も内臓も必ず火を通して食べている、さらに生き血は飲まないという警戒っぷりだ。


 おかげで生臭い食料とはしばらく無縁でいられているのだ。

 それにモニカの作る料理でも火を通した肉に関しては俺の基準でも美味しい物が出る。

 やっぱり肉のことについて深く知っているからだろう。

 下ごしらえの最中にうっかり何をしているのか聞こうものなら、凄い勢いで「この肉はこうだからこうした方が美味しいの!」と、延々モニカの肉料理講座を聞かされるハメになるほどだ。

 

 そのおかげで俺としてはもう、ずっと氷山の上で生活したい!などと一瞬思ってしまうまでになった。


 もちろん冗談だが。


 まあ、それくらい俺には快適な状態なのだ。


 と同時にモニカのストレスを心配しているが、どうもそこまで大きくストレスを抱えているわけではなさそうだ。

 というのも一日数回は次の氷山へ渡る必要があり、その度に飛ぶことになるのだが、どうやらモニカは飛ぶことが相当お気に召しているようで、魔力残量を気にする俺が速く降りるようにと急かしても、何かと理由をつけて飛んでいたがる。


 まあ、高く上がることで先の方まで確認するという行為は、別に無益なものではないし俺もそこまで目くじらは立てないんだが。

 それに上から見るとかなり遠くまで見渡せることが出来るので、今後の旅の行程を考えやすいのだ。

 そしてそれによってもう一つ判明したことが。


 どうやらこの海は大洋ではなさそうだ。


 かなりの高度まで上がって確認しても、水平線の先まで氷が張っており、それが時折まばらに割れている状態だ。


 これが流れの早い外洋ならば、割れた氷がここまで留まっているとは考えにくい。

 となると、少なくともこの海は流れの穏やかな内海か湖ということになる。

 となれば対岸まで渡れる可能性も高くなる。


 太陽の角度的にみて現在は地球でいうところの4月頃ではないだろうか?


 対岸がどれくらいの緯度かは分からないが、出来るだけ早めに移動したほうが渡れる可能性は高いだろう。



※※※※※※



 氷山生活も4日目に突入したころ。


 未だに対岸が見えておらず、相変わらず氷が張り続けている。


 内海だろうとは思うが一体どれほど広いのだろうか? 

 

 試しに地球のデータを引っ張り出す。

 なになに・・・日本海でも、広いところは800km近くあるな・・・

 ハドソン湾に至っては1000kmを余裕で超えているような。


 あれひょっとして、これってまずい?


 もし仮にこれがハドソン湾級だった場合、まだあと数日は余裕でかかる。


「ロン?どうしたの?」

 

 モニカが心配そうな声で聞いてきた。

 いかん、俺の不安が伝わったようだ。

 

 どうも、俺の思念がモニカに届くようになってから、いちいち俺が思念を送らなくても感情がうっすら届くようになったらしい。

 ひょっとするとここ数日の食料事情は俺の感情に配慮してのものかもしれないな。

 

『いや、なんでもない・・・』

 

 まあ、今ここで不安に思っても仕方がない。

 氷が途切れるならばその時はその時だ。


「わかった、でも無理しないでね」


 モニカもそれだけ言って再び歩みに戻る。

 歩いている最中のモニカは基本無言なので、深く追求するようなことはしない。

 その代わりに、その日の行程が終了し寝床を確保して腰を落ち着けると、そのことについて結構深くまで聞いてくるので、誤魔化したい時はそれなりに必死だ。


 ただ恐らくここ数日で、俺の中に芽生えた不安についても薄っすらと理解しているのではないのかと思う。

 まるでそのことを察したかのように、”それ”について聞いてくることがなくなっていた。

 この気遣いは本当にありがたい。


 俺自身、まだ状況にかまけて整理がついていないことが多いのだ。

 恐らくそれらについて答えが出る可能性は低いだろう、ただゆっくりと現状を本当の意味で受け入れていくまで時間が必要なだけだ。




 そうこうしているうちに目の前にまた氷山の端が見えてきた。

 事前の観測でここがこの氷山の出来るだけ南、且つ次の氷山のサイズが大きい事は分かっている。


 氷山の南の端までたどり着くと、モニカがいつものようにロープを展開して吊り下げように結び直した。

 もうこれは何回もやっているため、その手際は恐ろしいほど速い。

 なぜスキル化していないのか不思議なくらいだ、魔力を全く使っていないからかな?


 そうやってソリの準備ができると、俺がすかさず翼と魔力エンジンを用意する。

 これはスキル化しているので一瞬だ。

 

 あまりにも一瞬なため、モニカも俺も意識しないと何が変わったのか感じられないほどだ。 

 それほど自然に染み付いていた。


 そして両方のロープを握りしめると、何事もなく上昇を始める。

 もう高さにも慣れたもので、索敵も兼ねて数百mの高さまで登るのもいつも通りと言った感じになっている。

 ただエンジンの轟音だけが未だに慣れない。

 比較的近くで発生しているため耳が痛く、俺がフロウの一部を耳栓代わりに使うようになるまでそう時間はかからなかった。


 それにこれだけの轟音だと、かなり遠くまで俺達の存在をアピールしてしまう。

 まあこれだけの音量を出す物体に向かって喧嘩を売るような生き物はそういないだろうが、狩る側と考えると獲物に逃げられてしまうので、狩りには使えないな。


 あれ?


『モニカ?』


 空中で何故か静止したまま動かないモニカ。

 というか、何かを見つめている・・・・


「ロン・・あれってどう思う?」

『こっからじゃまだわかんないな・・・』


 水平線ギリギリの部分に何かいつもと違う部分が見える。

 まだあまりにも小さく見えるだけでよくわからないが・・・・


『山か?』


 何やらギザギザとした模様のようにも見えるが、それが山脈の山頂部分に見えなくもないのだ。 


「山って何?」


 おっと、山を見たことがない子がここにいた。


『ええっとな・・・土とか岩がな・・・・』

「土ってあの黒いやつ?」

『たぶんそれだ、それと岩とかが沢山積もって高くなっている場所のことだ』

「氷山とは違うの?」

『うーん、違うといえば全然違うし、似たようなものと言えば似たようなものだし・・・』


「ふーん・・・とりあえず、その山ってのは陸にあるんだよね?」

『海にあるやつもあるが、山の部分は陸だな』

「じゃあ、とりあえずあそこに向かうの?」

『たしかにあそこだったら進行方向からそれほどそれないし、目標とするにはいいかもな』

「じゃあ決まりだね」


 モニカがそう言って高度を下げた。

 まだ詳細はよくわからないが、次に氷山を渡る時にはもう少し鮮明に見えているだろう。

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