0-2【出来ること、出来ないこと5:~謎のメモ~】


 俺達が、魔力暴走事故を起こしかけてから2日が経過した。


 主はまだ自分の能力を超えて魔力が動いている感覚の恐怖が残っているようで、あれから一度も空中に魔力を滞留させる練習は行っていない。


 そればかりか、鍋を温めるなどの生活魔法ですら最初は使うことを躊躇したくらいだ。

 結局1分ほど鍋の前で時間が掛かかったものの、意を決すると案外あっさりと使えるようになったが。

 この辺は流石にこの環境に鍛えられているのだろう、この歳で必要なことは必要なことと割り切る事がちゃんとできるようだった。

 

 むしろ、俺のほうが軽くトラウマを引きずっているようで、魔力の流れを感知するのが微妙に怖くて慣れるまで時間を要したくらいだ。

 

 だがやはり、どうやら俺は身体強化や魔法道具操作といった行為に対して、ほとんど介入できない事が判明された。

 

 何度か魔力の流れを弄ってみようとはしたのだが、体内や直接触れているものに対しては元々完璧に近いほど魔力の流れが制御されているために調整するところが殆ど無いうえ、流道自体が非常に強固なものであるため、俺程度の介入力じゃ阻害することも出来ない。

 

 どうやら俺の能力は細かな調整に対してはかなり強力だが、そもそもの魔法の発動や魔力の流道量を変化することは出来ないようだった。


 まあ本気を出せばどうにかなるのかもしれないが、調子に乗って怖い目にあってからあまり時間が経過していない段階では流石にそれを試そうとは思えなかった。

 


 なお、石窯に残してあった黒い肉の塊バッバルキーは、あの日の夕食として処理されたことを追記しておく。

 まだあの石窯の中で焼成が進んでいたようで、昼に食べた時と比べても格段に柔らかくそして味わい深くなっていたのだが、精神的にまいっている時だったので素直に美味しいとは思えなかったのだ。

 むしろその味で一気に安心して泣き出した主を前に俺はなんとも居たたまれなくなった。



 暗い話はここまでにして、これまでの経過を簡単説明しよう。


 この二日間、主がやっていたことはシンプルだ。


 ひたすら本を読む。 それだけ。


 もちろん食事や睡眠は取っているが、家事の類は主がしようとするのを察知すると執事くんが強引に仕事を持っていってしまうのだ。

 お腹空いてきたなぁと思って主が立ち上がると既に食卓に料理を持ってきているし、服を脱げばそれを奪い取って片付け新しい服を押し付けていくといった具合だ。

 

 そして主が本を読んでいる時も、夜中に目が覚めた時も、ほぼ必ずすぐ近くに執事くんの姿がにあった。

 

 これは確実に気を使われているな・・・・いや、違うか。


 監視しているのだ。



 そういうと語弊がある気もするが、良くいえばまだ力を制御しきれない恐れがある主を見守るため。

 もう一つは、主の中に今までにない”何か” つまり俺の存在を察知しそれを見極めるために監視しているといった意味合いがある。


 ただそれでもそれは保険的な要素が強くて、あくまでもメインは不安を感じている主に寄り添うという意味合いのほうが多いように思う。


 つくづく良く出来たロボットだ。


 そういえばあまりにもよく出来ているため忘れかけていたが、執事くんはロボット・・・つまり無機物なのだ。

 と、なると気になるのはその動力源だな。

 これまで執事くんも護衛くんも、エネルギー補給を行っている様子はなかった。


 護衛くんに至ってはあの巨体だし、とんでもないエネルギーが必要のはずなのにな。


 エネルギーといえば、あの黒い魔力溜まりはいったい何処に消えたのだろうか?

 

 何度詳細記憶を見返しても、執事くんが手を変形させて魔力溜まりを覆うとほとんど即座に消えているのだ。

 

 あれは溜め込んでいる魔力の量的にかなりのエネルギー量のはずだが、いったい何処に消えたのか?

 もしかすると、執事くんが自分の中に取り込んでエネルギー源にしているのだろうか?


 もしそうなら普段はどこからエネルギーを得ているのだろうか?


 

 まあ、悩んだところで答えは出ない。

 答えが出るものなら、どうせそのうち分かるだろうさ。


 

 怪我の功名というのか、主がこの二日間本をひたすら読んでくれたおかげで俺の言語解析はかなり順調に進んでいる。

 特に主はどの本も必ず音読してくれるので、文章のニュアンスがわかりやすくて助かる。

 あの一件以来、読む本が簡単な物語などに集中しているのもいい方向に働いた。

 物語は内容が連鎖して続いていくため、一つの単語がわかると芋づる式に他の単語が分かってくれるのだ。


 今では基本的な文法は殆ど馴染んだと言ってよく、語彙力の方も幼稚園児並くらいにまでは達していると思われる。

 

 また、内容の理解が進んだことで判明した物もいくつかあった。


 例えば、俺が以前MPと呼んでいたエネルギーの流れに関する記述が結構頻繁に見られ、その内容をよくよく精査すると正しい読みは魔力または魔法力としたほうが都合がいいと判断した。

 今後は魔力の流れや、魔力量などといった使い方になるだろう。


 そして予想どおりこの世界では簡単な魔法であれば生活に溶け込んでおり、あまり大仰に語られなくてもどの本も必ず登場人物が何気なく魔法を使用していた。


 そしてついに、

 

「・・・・ガルバはその僧侶に告げると、山へと戻っていった・・・・おしまい」


 このように俺は、主が読み上げる文章は9割方理解できるようになったのだ。

 そして記念すべきことにこの本は、俺が初めてリアルタイムで内容を理解できた本となった。


 本の内容を要約すると、田舎に住んでいる少年ガルバがある日、山の中で狼を助けて、色々あって王様になり、また色々あって地位を追われて山に帰る話である。


 これがわずか30ページの間に起こるので、本当にこんな感じの印象である。



 読み終わった主は、次の本を読むべく棚の中を物色する。

 次に選んだのは、マルクスの冒険という恐らく冒険譚なのだろう主が読むレパートリーとしては少し厚めの本だ。

  

 そして新しい本を取る時に、主は必ずあることをする。


 棚に書いてある文字をちらっと一見するのだ。


 ”音読せよ”


 誰が書いたのかは分からないが、主が必ず音読をするのはこの文字のせいだ。


 まあ、そういう教育方針なのかもしれないし、俺もこれに助けられたので文句はない。

 ただいったい誰がこれを書いたのかという疑問が残るが。


 ひょっとすると今も家の食卓に座り続け、俺も半ばもうそういうもんだと慣れつつあるあのミイラが残したものかもしれない。

 だとするなら、やはりあのミイラが主の親なのだろうか、ならば主がこのメモを頑なに守ろうとするのも理解できるし同時にそれがかなり重たいものだと認識を改めなければならない。


 主が新たに取ってきた本の表紙をめくる。


 その時、一枚の紙切れが本の間から滑り落ちた。


 いったいなんだろうと主がそれを拾い上げ読む。


「”魔水晶を使え”・・・・魔水晶?いつも使ってるよね?」


 その謎のメモ書きの文字は、筆跡から恐らく”音読せよ”の文字と同じ人間が書いたようだった。


 つまりあのミイラが残した物の可能性?


 それにしても魔水晶とは何か?

 このメモを見た主が、手の甲についている宝石をしきりに見だしたので恐らくそれだろう。

 

 この宝石の付いた手袋は右手にだけ付けており、少々複雑な操作が必要な時や鍋など本来なら魔力が流れづらい物に流す時にこの宝石を間に噛ますことで使用していた。


 確かにこれがその魔水晶とやらならば普段から結構頻繁に使用しており、別段、使えと指示されるいわれはないな。

 内容からしておそらく、その普段使いを推奨するものなのだろう。


 主もそう思ったのか、すぐにそのメモに対して興味を失った。

 ただ俺はなぜか、このメモに対して思うところが有るような感じがあるのだ。


 もしかすると今の俺の存在しない過去の記憶、それとこのメモは繋がっているような気がしてならないのだ。


 そして、このメモが挟まっていたこの本・・・


 特に、主が今見ている最初のページに描かれている、この少年・・・・

 年の割にたくましい体つきで、絵もなんとかイケメンに描こうとしているので、恐らく彼はいわいるイケメンなのだろう。


 そしてその手には身長を超える棒・・・

 俺はそいつを知っているわけもないのに、マルクスという名前とこの姿を見ると心がかき乱されるような感覚があった。


 いったい、俺とこの本とはどういった関わり合いが有るというのだろうか?


「・・フルーメンという村にマルクスは住んでいた・・・・」


 主の音読が始まった。

 

 この本の内容は、マルクスという少年が同じ村の中で化け物と呼ばれて隔離されていた子供と出会うところから始まる。


 その子供は生まれて間もない頃から何かよくわからない言葉を話し、村人を怖がらせていた。

 悪魔の言葉ではないかと村人は恐れていたが、怖いもの知らずのマルクスは、その子供によく話しかけていた。


 そのうち子供はマルクスに懐き、悪魔の言葉も話さなくなっていった。

 マルクスはそれまで名前もつけてもらえなかった子供にカシウスという名前を与え、カシウスもマルクスを兄と慕うようになった。


 カシウスは非常に優秀で、すぐに魔法の才能を見せ始める。

 反面マルクスは魔力量は豊富だったものの、その扱いは苦手としていた。


 2人は互いの欠点を補い合い、マルクスが勇気を、カシウスが知恵を持ち寄り、様々な困難や試練に立ち向かっていく・・・・・




 その時、主の音読が急に止まった。


 最初は俺もページの端なのかなとも思っていたが、どう見てもまだまだ文章は続いている。

 そこでどうやら、主が他のものに気を取られていることに気がついた。


 主の視線がゆっくりと上を向く、ただどこかに焦点があっている感じではないので、恐らくどこかを見ているわけではない。

 

 すると他のものに集中しているのか?


 その時、今度は俺も”それ”に気がついた。


 微かに地面が揺れたのだ。

 その感触を確認すると主が一気に元気になって、今まで読んでいた本に栞(しおり)を挟んで閉じると玄関に向かって走り出した。


 「コルディアーノ!・・・はっ・・・はっ・・・コルディアーノ!」


 この二日間で失われた元気を取り戻したかのように走りながら、その名前を呼ぶ。

 その声に乗っている安心感を言葉で表すことは難しい。


 ここでようやく俺もその名前と振動が、この数日姿を見せていなかった護衛くんのものだと理解できた。


 主が勢い良く外に飛び出すと、顔を右へ左へ回しその姿を探そうとする。


 だが玄関から出たこの位置からではその姿は見えない。

 ならば家の裏だ、とばかりに主は裏手に向かって家の周りを走り出す。


 部屋着のまま外に出てきてしまったので体中がその寒さに悲鳴を上げているが、興奮状態の主はそんなことお構いなしである。


 そして家の裏側が見える場所に到達するとすぐ先に13mの巨体が立っているのが確認できた。

 主がそのシルエットを確認するやいなや、今まで以上に全速力で走りそしてそのまま護衛くん改めコルディアーノの巨大な足にしがみついた。


「・・・・コルディアーノ・・・おそいよ・・・・」


 その巨体から来る安心感と安堵とわずかばかりのコルディアーノに対する心配が、一気に主の胸の中に溢れ出してきて金属の体に触れている冷たさなど微塵も気にしている様子はなかった。

 

 だが主よりは冷静だった俺は、抱きつく直前に見えたコルディアーノの姿が普通ではないことに気づいていた。


「・・・今度はもっと早く帰ってきてよ・・・・ん?」


 主も、コルディアーノの体から垂れてきた”それ”が顔につくと、流石にコルディアーノの異変に気づいた。


 ゆっくりとコルディアーノの足から、体を離しそして見上げる。


 主の目に飛び込んできた光景は、前と同じように・・・いや前よりもさらに大量の返り血を浴びたコルディアーノの姿だった。


 そして前との決定的な違いは、以前は汚れてはいても傷一つ付いてなかったその頑丈なボディーに幾つもの傷があったことだ。

  

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