0-2【出来ること、出来ないこと4:~初めての共同作業~】


 


 なんとなくアウトドア派のイメージがあったが、意外にも主は読書好きのようだ。


 最初に読んでいた一冊が終わると何の迷いもなく次の本へと移ったのだ。


 今度は何やら様々な色が絡み合った、複雑な模様の表紙の本だ。

 他のものよりも少々傷みが激しい気がするが、よく読むのだろうか?


 主がその本のページをパラパラと捲る。


 その隙間から見える内容は意外なことに図鑑の様相を呈している。

 では、これは何の図鑑だろうか?


 挿絵を見る限り何か物が載っているわけではなさそうだ。

 項目ごとに微妙に異なる色の付いた幾何学模様と、同じキャラクターがそれぞれの項目で何かをしている様子が描かれている。

 挿絵のキャラクターは何かを飛ばしたり・・・あるいは何かがまとわりついていたり・・・・あるいは何かを燃やしたりしている。


 これはひょっとすると魔法の呪文書とか?


 主は数ある魔法の紹介の中で、特に傷みの激しいページを開いた。


 挿絵のキャラクターの体の周りに何やらモヤモヤとしたものが浮いているな。

 仮にこの本が魔法の図鑑だとするならば、これはいったいどういう魔法なのだろうか?

 

 すると主が幾つかの文章に指で指して何かを確認するよう何度も読み上げる。

 これまでに判明している単語がいくつかあるな。

 

 何かを動かすとか、回すとかそんな感じの単語と思われるものだ。

 恐らく、MPの使い方を書いているのかな?

 

 ということはこっちの単語は、魔力だとかそういう感じだろうな。


 内容の確認ができたのか、主が”回す” という意味の単語を何度か口にしながら、目をつぶる。

 また小声でブツブツ唱えているな。


 あぐらのように足を組んで座り、腕を膝の上に置いて掌を上に向ける。

 座禅みたいな格好になっている。

 

 しばらくその状態で時間が経過したのだが、目を閉じているのではっきりとは言えないが特に変わったところはない。

 

「・・・んぐっぐ・・・・」


 遂に主が唸り始めたぞ・・・

 あまりうまくいっていないのかな?


 その時、体の中をMPが流れる感覚を感じた。

 その流れをたどると手の平から空中に伸びているようだが、どうもその先がよくわからない。

 あまりうまく流れていないようだし、その行き先もあやふやだ。

 

 なんとなく手の先30cmくらいのところに向かって流しているようなのだが、うまくいっていない感じだ。

 

 これまで主は日常で結構MPを使った操作を行っており、それに苦戦している素振りは特に見られなかった。

 そのときはMPの流れもはっきり感知できていただけに、こんなあやふやな感覚になるというの初めての経験だ。


 今まで使ってきた魔法との違いは何か?


 ええっと今まで使ってきた魔法・・・・

 身体強化に、滑り止め、砲撃魔法に、鍋を温める、謎の空間を作る?


 これらと今やっていることの違い・・・・


 そういえばMPの流れを空中に作るというのは今までやってなかったな。

 今までは体の中や、体に直接触れている物体にMPが流れる先があった。

 砲撃魔法も最終的に空中に放出こそするものの、MPの流れは棒の内部で終了しておりその先は勝手に飛んで行くだけだ。


 とするとこれは体の外にMPを流し、そしてやってる感じからすると恐らくそこで貯める練習だ。


 貯めた後どうなるのかわからないが、おそらく練習なのだろうから貯めるだけが目的の場合もある。


 感覚の中で、だんだんとMPが溜まってくるのが分かるようになってきた。

 どうやら両掌のそれぞれ直上に薄く滞留している。


 そしてある時、主が興味に駆られたのか片目を開けてそれを見た。


 MPの流れが溜まっている感覚があるその場所が、少し黒っぽく変色している。

 どうやら靄(もや)のようなものが空中に浮いており、主の集中加減に呼応するように薄くなったり濃くなったりしている。


 だが、目を開けたことで集中が弱まったのだろうか?

 薄くなるペースの方が早いようで、段々と消えていってしまう。


 その様子を見た主が靄(もや)が消えてたまるかとばかりにMPの流量を増加させた。

 すでに砲撃魔法や昨日の石窯の調整などに使用した量を遥かに超える流量に達しているが、靄(もや)にむかう流量が増えれば増えるほど靄(もや)から霧散するMPの量も増えていってしまう。


 そしてそのイタチごっこは霧散するほうが優勢だ。


 そして片方に集中を割きすぎたのだろうか、もう片方も不安定になってきた。

 それに気づいた主が集中を一気にもう片方に傾けてしまう。


 そうすると、大量のMPを吸った方の靄(もや)が一気にコントロールを失い消えてしまい、それに驚いて集中を完全に乱したせいでもう片方も消滅してしまった。



「はあ・・・」


 息を吐き軽く肩を落とす主。

 しかしこの程度は日常茶飯事とばかりに気合を入れ直すと、またすぐに目を閉じて集中する。



 しかし、流す先が空中になるとこうも難易度が上がるのか。


 今まで日常的に魔法を使っていたために主の魔法能力はある程度高いものだと思っていたがその認識はどうやら疑問符がつくようだ、一応これ、この本の結構初めの方のページなのである。

 つまりこの本的には基礎的なものである可能性が高い。


 まあもし能力が低くても年相応に未熟だったというだけなので、俺としてはこれにめげずに頑張れと言ってやりたい。



 お、主がまた掌からMPを流し始めたぞ。


 どうも掌まで流すのは直ぐにできるのだが、その先、つまり空中に流し始めるのにちょっと時間がかかっているな。

 それと、流れが目的地までに辿り着く過程で結構な量が虚空に流出してしまって感覚が薄い。

 目的地はわかっているのだが、そこにたどり着くまでの道がなかなかできない感じだ。

 更に詳しく観察してみると、MPの流れがたくさんの小さな流れが集まって大きな流れを形成している様子が見えてきた。


 そして大きな流れの内部では、小さな流れがそれぞれ好き勝手な方向に流れようと色んな角度に曲がったりしている。

 基本的に大部分は本流の内部にとどまるのだが、幾つかは外に逃げてしまう。

 これが積み重なって流れが目的地にたどり着くまでの間に、かなりのロスになってしまっている。

 体の中を流れているものと比較するとその差は歴然だ。

 体の内部では、そもそも本流から漏れる箇所を見つけられないレベルなのだ。

 このロス率の差が難易度の差なのだろう。


 もうちょっと、どうにかならないものかな~


 こう、このちょっと脇にそれそうになってる流れを戻してあげられたらな~


 こんな感じで、ちょいっと・・・



 そんな軽い気持ちでイメージすると、ちょうど脇にそれそうな流れがまた流れの本流へと戻っていった。

 これでよし。


 すると、別の場所で空中に流出してしまっている小さな流れを発見した。

 流れ自体は小さいのだが、それにつられて本流の方からどんどんと流出する方に釣られる流れが出てきた。


 ここをどうにかしたいな・・


 こう、流出している流れを一旦切って、本流へ向かうように曲げてやる感じで・・・


 するとどういうことか、またその通りに流れが調整されてしまったのだ。


 あれ?


 これって・・・


 俺は自分の中に芽生えた可能性を確かめるため、MPの流れをもう一度注意深く観察した。

 すると、今度は何かに阻まれたかのように目的地にまっすぐ向かえず、本流が大きく迂回している箇所を見つけた。


 真っすぐ行けばすぐの距離なのに大きく曲がってしまっていて、そのカーブでかなりの量のMPが外側に逃げていってしまっている。

 また、目的地から離れてしまったために、なかなかたどり着けなくなって流れの先端が右往左往してしまっている。


 実験材料にはちょうどいいだろう。


 まず、本流の中で特に威勢のいい流れを何本かピックアップする。


 そしてそれらを一旦同じ長さになるように切りそろえると、その先端をくっつけて同じだけ伸ばしていく。

 すると、それぞれの流れの勢いが先端にかかり、まるでドリルのように進み始めた。

 そして大きく曲がる箇所で本流を勢い良く突き破ると、そのまま真っ直ぐ目的地まで到達する。


 後は明後日の方向に流れている本流を一気にバッサリと切り、先程作ったまっすぐな流れに沿うように調整してやる。


 あっという間に目的地とのMPの流れが確立され、目的地の空間にMPが一気に流れ込んだ。


 そして俺の中に芽生えた疑念は確信へと変わる。


 俺は間違いなく、MPの流れに対してある程度の操作ができるのだ。


 そう、ただ観察するだけの存在ではなかった!


 その新事実に喜んだ俺は、さらにそれを確固とするために介入を続ける。

 どうやら、新たにMPを流したり止めたりは出来ないようだが、細かな流れを変更するといった微妙な調整は普通にできるようだ。


 だったら今は主の魔法の細かな調整に注力すべきか。


 主がどんな魔法を使おうとしているのかまでは分からないが、何処に流したい的な事はなんとなく伝わってくる。

 漠然とした思念とも呼べないものだが、大抵MPの流れに寄り添っているだけなので、それに向かって流すだけでもそれっぽくなっているので面白い。


 おっと、MP溜まりからはみ出そうだ。


 俺はすかさず、空中に作ったMP溜まりの内部の流れを微妙に調整し外に向かわないようにした。

 

 こうして俺が微妙に調整するだけでも、先ほどとは全く異なる感じになってきたな。

 さっきのはかなり漠然とした感覚しか無かったが、今では、空中のMP溜まりが渦を巻くようにそのエネルギーを溜め込んでいる様がはっきりと感じられる。

 どうやら、MPの流れが整理されたことで、その感覚も綺麗に伝わっているようだ。


 主もそれに気づいているようで、何時になくうまく行っているこの状況を面白がってどんどんMPの流量を増大させる。

 一方、初めて自分が外に介入できる方法を見つけた俺も、調子に乗っていざ勝負とばかりにそれを制御し切る。

 お互いが自分の限界を知りたいとばかりに、それをどんどんエスカレートさせていくと、それにともなってMPだまりの内部もどんどん高密度になっていった。


 その時、気づくべきだったのだろう。


 ブーンという低いモーター音の様な音が目の前から聞こえているということに。


 だが、この状況にかつてないほど浮かれている俺と主は、揃いも揃ってどんどんとMPを貯めることに熱中していた。

 今では、MP溜まりの中から飛び出せなくなったMPが行き場を失い、その速度を加速させながらMP溜まりの中を縦横無尽に飛び回っている。

 だが、それも俺が飛び出さないように調整しているので、MP溜まりの密度は上がる一方だ。


 そこでふと俺は思った。


 これいったいどれだけのMP量があるのかと。



 どうやら主もそれが気になったようで、一旦MPの追加投入を停止する。

 流道自体は確保できているので、止まってもコントロールは可能のようだ。


 そして、主が目を開けると視界に”それ”の姿が飛び込んできた。



 もはや靄(もや)ではない。


 まるでブラックホールのように真っ黒な球体がそこにあった。

 

 全く光を反射していないのでただの丸にしか見えないが、それがただの丸ではないことは、かなりの音圧で発せられるブーンという音と、嵐のようにのたうちまくるMPの流れの感覚でわかる。


 その時空気中を漂う塵の一つが、球体に触れる。


 そして微かに”ジュッ”っという音を残して消滅してしまった。


 その瞬間、主の感情パラメータが不安の方向へ振れる。

 かくいう俺も事の重大さにここでようやく気がついた。


 主はこの球体のなかにいったいどれだけのMPを放り込んだのか。

 砲撃魔法に使うなら数百発分といったところか、いや、砲撃魔法よりも遥かに効率よく調整されているのだ。

 抱え込んでいるエネルギーはさらに多いだろう。


 そうなると、これが例えば・・・


 例えばそう・・・最もエネルギー変換が簡単な熱や運動に変換・・・つまり爆発した場合。



 俺の感覚の中を何か冷たいものが、サーッと流れるのを感じだ。


 その瞬間、球体が僅かに揺れた。

 いかん、集中を切らすな俺!


 どうやら既に俺の能力の許容値に近いようで調整が微妙に遅れる時がある、さらに不安にかられた主のコントロールが抜けたため俺にかかる負担は増大していた。


 球体だったMP溜まりは、徐々にその表面がデコボコと不規則に動き始めていた。


 そしてそれを見た主が、さらにパニックを起こしコントロールが乱れるという悪循環に陥ってしまった。


 「ピークロ!!・・・ピークロっ!?」

 

 よし、今の単語は”ヤバイ”に変換決定だ。

 さっき読んだ本で、”危ない”という意味ではないかとアタリを付けていた単語だ。

 なにか他に意味を持っている感じはないので、間違いないだろう。

 

 などと呑気に翻訳している場合でない!


 既に、俺が調整しきれなかった流れが、パチパチと音を立ててMP溜まりを突き抜けている。

 一度突き抜けると、それにつられて一気にMPが集まるので、早期にそれを是正できなくなれば一気にそこから爆発してしまいそうだ。


 何とかしなければ、俺はなんとか主とMP溜まりの間に流れる流道を利用して主の体内にMPを戻そうと試みるが、一度体外に出したMPはなかなか体内に馴染まないようでその作業は遅々として進まない。


 だが他に安全にMPを移動できる流れは存在しない、放出できれば簡単なのだが、その衝撃に耐えられるとは思えないしこんな部屋の中でぶっ放せばどのみちお陀仏だ。


 調子に乗った自分をぶん殴ってやりたい。

 もっと早い段階で俺が、調整をやめるなりしていればここまで高密度にMPが溜まることはなかったはずだ。


 いや、今はそんなことを考えている余裕はない、なんとか安全なレベルになるまで持たせなければならないのだ。

 主もパニックでうまく出来ていないものの、なんとかこの状況を打開しようと悲鳴を噛み締めて状況を把握しようと、目を見開いている。


 こんな小さな女の子が立ち向かおうとしているのだ、俺も自分のケツは自分で拭こう。


 だが、心持ちを変えたところで状況は変わらない。


 MP溜まりから抜けるMPの量も殆どないといっていい。

 むしろ、こちらの疲弊で調整できなくなっていく量のほうが多い。

 どうやら、俺のMP調整能力は主の集中力に依存しているようで、俺が疲れていなくても主が疲れていれば使えないようだ。


 こんな時にそんなこと知りたくなかった!!


 心の中で叫んでみるも虚しい。


 もはやデコボコがその大きさを増していき、MPが今にも突き破ろうとしている様を眺めるしか出来ない。


 そして遂に片方の球体がかつてないほど大きく膨らみ、俺はそれを修正する余力を持ち合わせてなかった。



 終わった。



 俺はたしかにそう思った。


 だが事態は唐突に変化した。

 破裂したはずの黒い球体が突如、消えてなくなったのだ。


 そして黒い球体があった空間には、球体の代わりに・・・手?


 見上げると執事くんが何やら手を変形させてかざしている・・・

 いや変形し巨大化した手が、黒い球体のあった空間を包んでいた。


 彼がMP溜まりを吸収したのだろうか?


 すると執事くんがこちらの目をじっと見てきた。

 目で何かを訴えかけてきている。

 もちろんその意味はわかる。


 まだ、もう一方の球体が残っているのだ。


 だが既にその表面は元の球体に戻っている。

 何の事はない、数が半分になったので十分にコントロール可能になったのだ。


 後は平静を取り戻した主と、少しずつ球体に溜まったMPを霧散させていく。

 調整能力に余裕が出たためMP溜まりから直接放出させる形にしても、一気に流れ出さないように制御できた。


 最後に、先程作った靄(もや)程度まで薄まったところで一気に開放すると。

 MP溜まりは音もなく消滅した。



 それを確認するやいなや、主は執事くんに抱きついた。

 執事くんの方も主の背中を軽くさすっている。


 よっぽど怖かったのだろう、主の目には涙が浮かんでいた。


 かくいう俺の方にも、もう余裕がない感じだ。

 主は執事くんの姿が見えた時に平静を取り戻していたが、俺自身も彼の出現に心を救われたと思う。

 

 もし執事くんがいなければ、と思うだけで肝が冷えるほどだ。


 この主の涙は俺が調子に乗った故のものだ。

 少々心が痛いが、授業料と思うしかないだろう。

 今後は注意しなければ。


 だが終わってみれば、執事くんのおかげで特に失うものはなかった。

 むしろ、俺の新能力が判明した分だけプラス収支だ。


 おっといけない、もう調子に乗り始めている。




 こうして、俺と主の初めての共同作業は終わったのである。




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