0-2【出来ること、出来ないこと3:~黒の衝撃~】




 1時間ほど砲撃練習をしていただろうか?(よし、今度は時計との誤差はないな) 

 流石に疲れてきたのか主は膝に手をついて休んでいた。


 体調パラメータなどにも、各所に過負荷を示す値が散見される。

 むしろ、あれだけドカンドカンと砲撃を乱発しているのに、MP流量が最後まで減っていないことの方が驚きだ。 

 もし全ての砲撃魔法が上手くいっていた場合この一時間だけでちょっとした戦車並みの総火力に達しているような気がするのだが、そのエネルギーはこの小さな体のいったい何処に貯められているというのか?


 お、流石に今日はもうお終いか。

 重い方の棒も拾い上げ家に向かって歩き出した。


 そして帰るついでなのだろう、そのまま家には入らず玄関(のように使っている開閉式の横穴)の横にある調理用の小屋へ立ち寄る。

 気のせいか妙に気分がいい。

 そして、妙に食欲を刺激する匂いがプンプンしていた。

 匂いの出処は調理場の奥の方にある巨大な石窯。


 正確にはその”内部”だ。


 石窯の内部というと、そういえば昨日の夕食を作る時に生肉の塊を入れていたな。

 あのときは特に窯自体に変化がないため何をしたのか謎だったが、たしか何か複雑な呪文で操作し結構な量のMPを持っていかれたはずだ。

 俺があの時の呪文を思い出そうとしていると、主が石窯の蓋を少し開け中を覗き込んだ。


 なんだ”これ”は?


 俺はその予想外の光景に俺は面食らってしまう。


 中には2つの生肉の塊・・・・・は流石にないと予想していた。


 そう、2つの焼けた肉の塊・・・・・・・ではなかったのだ。


 中にあったのはなんと2つの・・・・・なんだこれ?



 何か真っ黒い塊が並んでいる。

 恐らくこれが生肉の成れの果てなのだろうが、どう見ても豆炭の王様かそんな感じの物体である。

 大きさも生肉時代に比べて二回りほど縮んでいる。 

 だが一見すると食べ物に見えないそれが、どういうわけか恐ろしいほどのジューシーな匂いを漂わせてくるのである。

 ただ、匂いがいくら美味そうでも、俺は主が異常なほどに興奮していることに警戒感を覚えていた。

 

 「 フンフンフンフン ♪ バッバルキー ♪ バ ッバルキー ♪ 」

 

 ついには歌い始めたぞ!?バッバルキーってのが”これ”のことか!?

 超ゴキゲンの主を眺めながら、俺は急激に不安が膨らんできた。

 この味覚の好みの主がここまで喜ぶとなるとまともな料理とは思えない。

 きっとこの強烈に美味しそうな匂いで騙して、食べた瞬間生臭さで卒倒させる罠的な食い物に違いない。

 

 主はそんな恐ろしいものを片方だけつかむ。

 驚いたことに窯の内部は少し熱を持っており、黒い塊の表面からジュウジュウと肉汁が溢れてきた。

 なんだこれは!?


 主は残った方に向けて強烈に熱い視線を送ると、石窯の蓋を閉める。

 だが蓋が閉まった後もまだ石窯を見つめており、


「・・・・ンフフフフ・・・ンフ・・ンフフ」


 と強烈に悪そうな笑顔で、ちょっと気持ち悪い笑い声を漏らしている。

 そして、その喜びように俺の不安はさらに増すのだった。


 主は調理スペースに向き直ると横の棚から凍りついた野菜を取り出した。

 棚には他にも少量の野菜などが置かれている。

 そして皆凍っていた。


 基本的には食べ物は食糧庫の中にあるが、よく見るとこういった小分けに使える量を幾つか、調理スペースの方にも持ってきているみたいだ。

 いちいち取りに行くのはめんどくさいしな、ただ肉もいくつかあるのだが内臓系は見当たらない。

 食糧庫には大量にあったし今朝も食べたので普通にあってもおかしくないがなんでだろうか?


 主の方は凍った野菜を戻すためにMP鍋で氷を溶かしている。

 その間にも謎の歌は続いており、


 「バッバルキー、エル、ダルケルトーーー♪」

 「バッバルキー、エルイプス、ダルケルトーーー♪」


 と、主のこの料理に対する期待感の高さが窺えてくる。

 ただ、それよりも俺はこの歌で使用されている言語の方に気になった。

 当然のように日本語ではないし、英語とも違う感じである。


 となるとやっぱり言葉を覚えなければいけないな。

 ああ、大変だ・・・・


 ひょっとすると場所的にロシア語かな?

 ロシア語が分かる人にはロシア語かそうでないか一発で分かるだろうが、残念ながら俺はロシア語なんて1ミリも知らない。

 というかロシア語ってどんなのだっけ、ぼ、ボルシチ?

 ただ、ロシア語とも違う気がする。

 少なくとも映画に出てきたロシアのスパイはこんな発音じゃなかったはずだ、覚えてないけど。


 主が氷が溶けた鍋の中に一口サイズに切った氷漬け野菜を戻すために放り込み、黒い塊を目の前に置いて包丁くらいのナイフを取り出した。

 どうやら遂にこれを切るようである。


 俺はそれを恐る恐るといった心境でナイフが黒い表面を切り裂いていく様子を眺める。

 

 すると、なんということだろうか。 

 今までとは比較にならないほどのジューシーな匂いが鼻腔の中を完全に制圧し、主の(ついでに俺の)食欲メーターがマックスまで振り切れた。

 

 真っ黒なのは表面だけで肉の断面は薄いピンク、そこからまるでスポンジのように肉汁と、それにつられて匂いが溢れ出しくる。

 その香りと見た目を使い、肉自身が肉の旨味を自己主張しているかのようだ。

 そして少し厚めにスライスされていく肉の柔らかさに、俺はさらなる衝撃を受ける。

 元々のデカリスの肉はけっこう固く、今までは鍛えられた主の顎のパワーゴリ押しによって噛み切られていたようなものなのだ。


 それがこれほどまでに柔らかくなるとはいったいどんな魔法を使ったのか?

 

 もはやプリンや豆腐とも比較できそうなくらいプルンとした弾力、それでいて肉自体はしっかりとした柔軟さを兼ね備えておりあくまでも自身が何よりもまず”肉”であることの主張を欠かさない。


 主が、切り分けた肉と水で戻した野菜を皿のような容器に簡単に盛り付けると、走るように家の内部に入り食卓に今日のメニューをさっと並べると飛び込むように椅子に座る。

 昨日からずっと同じ食卓なので当然向かいにはあのミイラが座っているのだが、今の主はそんなもの眼中にないとばかりに皿の中身にご執心だ。

 手をすり合わせて、いつ口に放り込もうかと思案しているかのようだ。

 そんなことせずに食べればいいのにと俺は思うのだが、そうして目の前でそわそわしているだけでも楽しいようだった。

 

 そして主が意を決して肉を一切れつかみ取り口の中に放り込むと、俺の中にあった僅かな危惧が、その他諸々の感情とともに衝撃によって塗りつぶされた。


 俺の中を駆け巡った感情···

 それは···


 前歯で感じる、可能性!


 奥歯で受ける、幸福!


 そして舌の上で弾ける、感謝!

 

 通り抜けるだけの喉すら、喜びに踊っているようだ。


 その味を言葉にするならば、”肉”なのだろう。

 だがしかし、それは味覚の欠如を示すものではない!




 - 漂う匂いは入場曲

 これから始まる大傑作への渇望をかきたて。


 - 仄かに苦味の残る表面は、幕開け

 僅かな驚きとともに現実から解き放つ夢の開演。


 - その歯ごたえは、行進曲

 柔らかさだけではない、しっかりとした力強さがあるからこそ、人は惹きつけられるのだ。


 - その柔らかさは、一時の安らぎ

 強き者が見せる意外なる脆さ、そして懐の深さ、慈愛に満ちた柔らかさが心を包み癒やしてくれる。


 - そしてその味は、クライマックス

 万感の思いを昇華したカタルシスが、全身を打ち震えさせ、物語は一気に完結へと向かう。


 - 付け合せは、劇場を出たときに眺める景色。

 夢の世界の終焉を告げ、現実へと観客を帰す。

 だがそれは悲しみではない、また次の大傑作への期待と渇望を、静かに、そして強く想起させるのだ。


 そう


 すべての味が、すべての匂いが、すべての食感が! 横に添えられている野菜すらまでもが!!


 己の本分を理解し、主張し、調和し、

 

 お互いの本分を支え、輝かせ、そして時に奪い合い


 ”肉”という理想郷を作り上げていたのだ。

 

 本来なら好みが違うはずの俺も主も、その理想郷の中では心を同じにしていた。

 

 その”肉”の前では好みの問題など、等しく無価値。


 いや違うな、全ての好みが巨大な存在のほんの一面でしかないのだ。

 

 崖に挑む者、斜面を登る者、峰に沿っていく者。

 それぞれが”肉”という山を登っている最中は、お互いの気持ちを理解することは難しい。

 あいつはなぜそんな馬鹿をするのか? なぜそんなに甘いのか? なぜそんな辺鄙なところを?


 しかしその山の頂に達した時に初めて、目指していた場所が同じだったと気づく。

 

 皆、ここへ来たかったのだ。

 

 ······ッハ!?


 なんということだ、一口食べただけで何処かへトリップしてしまった。

 何か意味不明なことを頭の中で語っていたような気がするぞ····


 そして主の方はまだトリップから戻っていないようだ。


 それにしても、凄まじかったな。

 肉の塊を焼いているだけなのに何が違うのだろうか?

 相当長い間オーブンの中にあったし、ゆっくりと時間をかけて焼くのがミソなんだろうか?


 表面の黒いのはなんだろうか?

 オーブンに入れる前にやったことといえば、塩を揉み込むくらいなものだったがそれとも違う感じだ。

 

 苦味というか、渋みというか?

 塩の味もするが、それよりも独特の風味がある。

 

 もしかすると石窯の方に何かしら仕掛けがされているのだろうか?


 俺の真面目な料理考察はそこで終わる。


 主が二切れ目を口に放り込んで、またもや二人仲良く夢の国に旅立ってしまったのだ。




***********************



 ちょっと遅めの昼食の後・・・・


 今更気づいたが今日は昼食があるのか。

 外にいた二日間は朝夕の二食しか取っていなかったな。

 持ち物を減らすためなのか食料が減っていたからなのかまでは何ともいえないが、とりあえず家にいる暫くの間は3食出るのだろう。


 なお天国のような昼食の余韻は、主の食後の血液ジュースによって崩壊したことを追記しておこう。


 ・・・そして、その昼食の後、主が何をするのかと思っていたら意外にも本を手に取ったのだ。


 流石に百科事典っぽい巨大な背表紙の本ではなく、簡単な装丁のそんなに厚くない本。

 内容はどうやら低年齢向けのようで、文字も大きく、右側に文章、左側に挿絵の絵本のようなスタイルの本だ。


 実用書ではないが、そもそも俺も読めないので難易度が低いのはむしろ好都合だ。

 

 ただ残念なことに本の頭からでは無いようで、今まで読んでいたと思われるところに動物の毛で編んだと思われる栞(しおり)が挟まっていた。

 

 主が開いたページはほんの真ん中より少し手前で、挿絵には剣を手に持つ王様のような人物の前に3人の男が立っている。

 だが文章を見てもさっぱりだな。

 せめてアルファベットだったら良かったんだが、完全に見たことのない記号のような文字が並んでいる。

 救いなのは、日本語や中国語のように区切れが文章ごとに入る言語ではなく、英語などのように単語ごとに区切られていることか?


 これならば一見するだけで俺の詳細記憶ならばすべての単語を抜き出してデータ化できる。

 

 さてこれからどうやって解読していこうかと構えていると。


「ラクイット”ヘイクガレディ、カイアックズ”」

 

 と、突然主が声を上げて何かを語りだした。


「ソーブレスピン”ナグラムインプローサ”、 ドュビウス、サングリス、アルクトファシザム、 ナグラムインプローザ、アルクィデム ソーブレスピン”イルゴイラン、ネシオ”」

 

 声を上げながら目線の焦点が微妙に移動していくので、どうやらこの子は音読を行っているようである。


 いったい何故、黙読ではないのか?という疑問が残るが、こっちにとっては好都合だ。

 これで発音と文字を同時に勉強できる。


 文字はわかってもリスニングができないという事態は避けられそうだ。


 さて、どのように解読していこうか。


 別にこの本は暗号化されているわけではない。

 むしろ子供が読みやすいように簡単な文章で作成されているはずだ。

 

 見たところ1文章3~4単語程度だろうか?


 見たことのない言語を解読する時、まず最初に行うのは頻度の高い単語を抜き出すことだ。

 これは日本語で言えば ”です” や ”○○は”、英語ならば ”is” といった単語にあたる可能性が高い。

 これらの単語は他の単語同士をつなぐことが主な目的であることがほとんどであるため、解読初期の段階では無視してもかまわない。

 

 次に場面や作品によって、あるときはやたら頻出するのに違う場面や作品では全く出ないことすらよくあるような文章によって登場頻度が大きく異る単語と、大きく偏りは見られないが頻度は少ない単語が目につく。


 前者は名詞の、後者は動詞の可能性が高い。


 さらに前者は登場頻度の極端ぶりを見比べることで、固有名詞と代名詞に分けることも可能だ。


 後は挿絵などから文章の使用状況を割り出し当てはめていくだけ。

 この場面だと王様っぽい人物と従者っぽい人物が描かれているので、この文章の中にそれらを指す名詞が入っている可能性が高い、ならば割り出した名詞候補に仮に当てはめて読んでみる、という具合だ。



 ただ、やはり最終的にモノを言うのは数だ。


 少なくともこんな少ないページ数の本を2回めくった程度では、まだまだわからない。


「ラクゥトムイルトゥス ”サイロ!ファジウーム、オプリス!!” 」


 本の世界にのめり込み、だんだん演技に熱が入ってくる主。


 その熱演を俺が理解できる日は来るのだろうか。

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