0-2【出来ること、出来ないこと2:~訓練~】
翌朝・・・・・
ではないな、翌昼?
とにかく午前11時くらいに、主の目が覚めた。
目が覚めるとテーブルには既に冷めた朝食のようなものが載っており、その横で執事くんがせっせと様々な物品を磨いている。
この朝食も執事くんが用意したものなのだろう。
恐らくレバーと野菜だが、なんとなく上品な感じに盛り付けされており、主が作るような”野性味”あふれるものとは大違いに料理っぽい。
また生臭みが気にならないように丁寧に処理されており、特にレバーは絶品だった。
ちゃんと内臓独特の苦味などが存在するのだが、嫌じゃないしむしろそこが良いと思えるくらいうまく処理されている。
こういったレベルのものが毎回出てくれるならば、俺でもこの食文化の中で食べていけそうな自信を持てるんだが・・・
だが主の好みだと、慣れるまでに精神が保ちそうにない。
確かに昨晩の夕食は例外的に普通に美味しかったのだが、あの時の主の感情から察するにあれは偶然というか主的にはむしろ失敗に近いものだ、そう何度も期待できるようなものではない。
現に今もこの料理に対して不満げだ、なんというかハンバーグにソースが掛かってない的な感想を持っている気がする。
あ・・・やっぱりそれ出すのか・・・
主がコップに生き血を注いだ。
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朝食?昼食?の後、何をするのだろうと観察していると、主が猟に使っていたものと見た目は同じだが、白く塗られていない棒を二本持ち出した。
片方は、昨日まで使っていたのと同じような感じで、表面にびっしりと幾何学的な模様が書き込まれている。
そして、もう片方の表面にはそういった模様がないが何故か妙に重い。
主はその2本の棒を手に持ち、薄めの上着を羽織って外へ出た。
外は案の定お日様がほぼ最高点に達しており、実質正午かそれに近い時間になっていた。
お、太陽がまだほんの少し上昇するな、まだギリギリ正午ではないらしい。
それにしても、正午間近だというのに太陽の高さはそれほどでもないな。
昨日までのデータからおおよその方角は割り出せているので、太陽が今ほぼ最高点にいるのは間違いないのだが、それなのに目線より少し上くらいの高さしかない。
これは、やはりここの緯度がかなり高いことを示すものだ。
北極か南極かまでは分からないが、とりあえずはわかりやすい北極圏と仮定して考えておこう。
外に出た主がどこへ向かうのかは分からないが、そこまで遠くではないだろう。
軽装で荷物は棒が2本だけ、これでは日をまたぐどころか日が暮れてきただけで寒さで凍えてしまう。
というか正午に近いこの時間ですら少し寒いくらいの格好だ。
恐らく卵型の家に一息で帰れる範囲からは出ないと思われた。
そして、その予想通り家から500mほどのところで主の足が止まった。
遠くはないがそれでもここから見ると、巨大な家も雪原に幾つか落ちている小さな黒い塊の一つに見える。
気になるのは、やはり護衛くんが見当たらないことだろうか?
主がストレッチ風に体を動かすので広範囲の視界が得られているが、その中にあの13mの巨体は映り込まない。
見渡す限り地平線なので、少なくともこのあたり数kmにはいないのだろう。
そうこうしているうちに主が一通り体を伸ばし終え、棒を1本だけ下に置いてもう一本を持って構えた。
手に取ったのは妙に重い方だ。
両手でしっかりと棒の中間を持ち、片方を前に突き出して目の前を睨みつける。
その視線は漠然と前を見ているわけではなく、10m程先の空中をしっかり見据えているようだった。
棒を持ち構えるその姿は棒術の格闘家のようでもあるが、2mと子供の体の主の身長を大幅に超える長さの棒を構える様はやはりどこか少し滑稽だ。
だが主は大真面目に気合を込めて集中する。
凍りついたかのように全ての動きがピタッと静止した。
この極寒で何もいない世界で、ここまで静止するとまるで時が止まっているかのような錯覚を起こす。
今この視界の中で、一番早く動いている物体はひょっとすると太陽かもしれない。
あ、ちょうど正午だ、時計に補正かけなくちゃ。
そう思ったときだった。
「・・・ふっ!!!!」
凄まじい勢いで主が前に飛び出すと、目標のすぐ手前で急停止しその反動を利用して棒を力いっぱい狙った虚空へ叩きつけた。
そして第一打の大振りの後は、狙いすましたかのような鋭い小振りが連続する
棒が左右へ連続で動き回り、ブンブンという風切り音を置き去りにするかのような棒の切っ先が、目の前2mほどの空間を何度も通過した。
MPを筋力の増強に使い、また足の裏にもかなり強力な滑り止め系の魔法が発動しているようで、
ジャブのような小振りの攻撃でも、その威力は、この体格が本来可能なレベルを大きく超えていた。
そしてその連撃の最後の一打を地面に叩きつけると、その反動を使い後ろへ大きくジャンプする。
目の前に棒の衝突で巻き上げられた雪や氷が巻き上がり、煙幕のように視界を遮える。
そして目標から5mほど距離を空けた主は両足で前傾気味に着地するとまたすぐに前進し、雪や氷がまだ空中を漂っている中で再びその空間に目掛けて苛烈な攻撃が殺到する。
そしてまた再び地面を叩き、その反動で今度は横へと大きくジャンプする。
だが主の視線は2度攻撃した空間をしっかりと捉えており、またそこに攻撃をひとしきり加えて後退した。
恐らく何かの仮想目標が設定されているのだろう。
一見すると適当に振り回しているような棒の動きも、全て微妙に異なるポイントへ狙って行われている。
その後も何度も接近して攻撃と、氷を巻き上げながらの後退が連続する。
特徴的なのは、必ず最後に目くらましをかけながら後退することだろうか。
それと時々何の脈絡もなく、攻撃中に後退する。
大自然の知恵なのだろうが、目標領域に対して一定以上接近した状態で止まることは決してない。
格闘技ではなくこういった大自然では、怪我を負うことのリスクは極力避けねばならないのだろう。
後退する方向も単純に後ろの時もあれば、ちょっとだけ下がってすぐに左右に移動することもある。
実際にこの主を相手にしたら、大概の者は何もできずに叩き伏せられるのではなかろうか。
その状態がいったい何分続いただろうか、・・・・・っげ
感覚では5分は続けていた気になっていたのに、なんと1分も経過していない。
緊張感と速度感のあまり、時間の感覚が狂っていたようだ。
時計作っておいてよかったな。
主が何かの区切りがついたのか、攻撃をストップし構えの体勢で再び静止し、ふっと気を抜くと構えを解く。
そして、今度は表面に幾何学模様が刻まれている方を手に取ると、また同じようにシャドーファイトを始めた。
先程までと違って、軽い分簡単に振り回せるがその分攻撃も軽くなってしまう。
それを防ぐためなのか、仮想目標に攻撃が当たる瞬間に全身にMPを流して、威力を大幅に増大させている。
もうブンという風切り音では無く、どこにも当たっていないにも拘らずバシッっという衝撃音が鳴り始めた。
ひょっとして切っ先は音速を超えてるのか?
こんな攻撃を、普通の人間が食らったら一溜まりもないだろう。
シャドーファイトはどんどん苛烈さを増していき、逃げる方向も後ろや左右ではなく上下を利用して相手の後ろに回り込むような攻撃的な撤退も増えてきた。
そして遂には・・・
ドバーン!!!という爆弾でも爆発したのかという轟音を発し、炎と煙が立ち上り周囲3mほどの空間がはじけ飛んだ。
シャドーファイトの撤退時に目くらましではなく棒に大量のMPを流し込んで、棒の先から放ったのである。
デカリス狩りのときにも見たやつだが、視界全体が真っ赤に染まって轟音と衝撃が飛んでいく様は大迫力。
「・・・ッア!??」
あれ、主がびっくりして止まってしまったぞ?
そのまま棒と衝撃波が着弾した地面を交互に見ている。
ああ、遂に頭を抱えて『やっちまったよ』的な顔をし、家の方を振り返って『あぶねー』的な顔をする。
どうやら、シャドーファイトに熱が入りすぎて本来は使わない予定の魔法攻撃まで使用してしまったようだ。
着弾したのが近くの地面だったから良かったものの、流れ弾が家の方に向かえば精巧で頑丈そうな家本体ならいざしらず、ボロっちい小屋に当たればそれなりの被害になっただろう。
この子、意外とおっちょこちょいかも知れない。
もしくは熱くなると周りが見えなくなるタイプか。
というか今の反応だと500mくらいは普通に射程圏なのな。
ますます大砲じみている魔法だ。
主も流石に肝を冷やしたみたいで、それ以上シャドーファイトを続行することはなく軽く柔軟運動のように体を伸ばすだけにしている。
ひとしきり体を伸ばし十分に体が温まったことを確認すると ”さてこれまでは準備運動!” とばかりの表情で棒を構え直す。
ただ今度は棒をまるでライフルのように持ち、狙いをつけやすいように顔を棒につけ右目で1kmほど先を狙うようだ。
よく見るとそこには謎の大きな真っ黒い板が地面に挿してあり、さらによくよく見てみると表面がデコボコと結構へこんでいる。
今度は、あの板を打ち抜く訓練らしい。
やはりこの棒は銃のように扱うのがメインなのかな。
その板の中心に狙いが付いたその瞬間、MPの流出を検知した。
すぐに全身に衝撃が走り、視界がまた真っ赤に染まる。
衝撃魔法の発砲炎によってできた煙が晴れると、1km先の板の端から別の煙が上がっていた。
恐らくあそこに魔法が命中したのだろう。
発砲の爆音の後、少しして金属と何かがぶつかる音が聞こえていた。
驚くことに1kmも先で誤差が見た感じ2mもない、とんでもない精度だ。
ただ主はそれでは不満なのか、煙が晴れ的を確認するとすぐに次の砲撃を行なった。
確かに人間相手の狙撃ならば2mの誤差はいただけないが、デカリスとかが相手なら1km先から十分狙える距離といえるぞ。
その後も同じように何度か発砲が続いていたが、もっと外れる事もあるが大抵はほぼ狙った場所に着弾していた、しかし主はそれでも何故か不満の様子である。
いったい何に不満だったのかは、その次の一撃で判明した。
MP量的には先程までと全く同じなのに、今までとは比較にならないほどの衝撃と轟音が発生した。
しかし、今までは視界全部を覆い尽くしていた炎はかなり小さく同時に発生する煙も少ない。
煙が晴れるまでもなく、的の様子が丸見えだ。
そしてその的が突如大きく凹み、そして遅れてドン!という短くも強力な衝撃波として着弾した音が鳴り響いた。
主もよほどうまくいったのか
「ィィイヤアアアアアッハアアア!!!」
と奇声を上げながら下手くそに踊りだし、喜びを爆発させた。
なるほど、命中精度ではなく威力か。
今の一撃ならたとえデカリスくらい大きなサイズの相手でも一撃で仕留められる威力だろう。
主がひとしきり喜んだ後、再び真面目な顔を作り砲撃練習を再開するがどうもうまくいかない。
やはり大きな威力の攻撃は十数回やって1回あるかないかといった感じでほとんど無く。
大半は大きな炎で視界が遮られる、威力がそこまでではない攻撃だ。
ただ威力はそこまで無いとはいっても、先日これを複数叩き込むことでデカリスを仕留めていたんだし攻撃力には十分すぎるが。
ただ、炎と煙で視界が遮られるのはあまりよろしくないかな。
その後も砲撃で視界が真っ赤になるたびに主がフラストレーションを溜めて、うまくいくと一気に喜ぶの繰り返し。
同じだけのMPを使用しているのにもかかわらず何がいったい違うのだろうか?
まず目につく大きな炎、これが発生すると間違いな無く威力が控えめになる。
と、するとこの炎に大きくMPを吸われているのかな?
しかしそれはすぐに間違いだったと気づいた。
ある時にほんのわずかにだけ失敗したのか、炎が大きく発生しすぐに掻き消えたのだ。
だが発生した炎の大きさは比べものにならないくらい大きく、どちらかといえばうまくいった時は巨大な衝撃波で吹き飛ばされている感じである。
さらに観察していると、うまく行く時と行かない時の違いのようなものが見えてくる。
ただそれは視覚からではない。
全身の各種パラメータを見ていると、MPの流れが一本ではなく無数に存在している事がわかってきた。
そして使用する魔法に合わせてその流れる場所を細かく制御しているのだが、それは棒の中でもコントロールが可能なようで魔法を使用するときには準備時に棒の中に複数箇所に分けてMPを流して一旦保存し、それをタイミングよく発動させていた。
これは砲撃魔法の場合、一つの大きなMPの塊と複数の小さなMPの塊があり大きい方の塊が放出された少し後に小さな塊が一斉に放出されている。
この時、うまくいくときは小さな塊の放出が綺麗に揃っているのに対してうまくいかないときは微妙にずれる。
きっとこの微妙なズレが影響しているのだろう。
ただ、このズレを感覚的に修正するのは恐ろしく難しいぞ。
俺は各種データを俯瞰して記録して後から見ることができるので気づけたが、普通の人間はこの誤差をまず気づけないし、気づいていたとしてもそれを修正することは容易ではない。
むしろ十数回に1回くらいは成功する主の精度を褒めるべきだと思う。
しかし、この氷の世界で主をほめてくれる存在はどこにもいない。
ただ真っ白な世界の中で、魔法の微妙な出来不出来に一喜一憂する少女が一人いるだけだ。
その姿はたまらなく愛らしくもあり、そしてどうしようもなく孤独を感じてしまう。
その時俺は、彼女を褒めてやることすらできない自分に憤りと無力感、そして一抹の寂しさを感じていることに気がついた。
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