0-2【出来ること、出来ないこと1:~時間~】


 さて皆様、今夜のメニューは新鮮な肉と野菜の炒め物と濃厚血液スープである。


 え?スープはいらない?

 まあ、騙されたと思って飲んでみてほしい、意外と美味しいから。


 そう意外とのである。

 昨日食べたあの血生臭い料理とは大違いだ。

 新鮮な血を使用しているからなのか、それとも血そのものをスープとして加工したからなのかはよく分からないが、これならば無駄に濃厚な肉のスープと偽っても通じそうな気配すらある。

 焼いた肉の方にしても”ゲテモノ”臭は特に無く、新鮮で弾力に溢れており少々野生的ではあるものの十分に”美味”の範囲に含まれる。


 主の方は微妙に物足りない感じだけどね。

 血生臭さが足りないからだろうか?

 この子との味の価値観の共有は困難を極めそうだ。

 それでも俺にとっては記憶が始まってから初めての満足できる食事。

 ただ、基準はかなり甘いといわざるを得ない。

 既にもっと野生的なメニューを体感済みというのもあり、それよりもこの環境の方に気を取られてしまい味の微妙な出来不出来などにかまっていられない。


 現在、卵型の建物・・・・もう家でいいよね?

 

 現在、家の中の小さなテーブルに座って夕食を取っている。

 まずこのテーブルなのだが・・・真っ直ぐではない。

 というかこの部屋の床が微妙に傾斜していることに今更ながら気づいた。

 手抜き工事か、設計ミスか、家の作り自体は恐ろしく精度が高そうなのに、その見た目に反して部屋が真っ直ぐに作られていない、

 

 だがそれですら今のこの”状況”の中では、そこまで重要ではなかった。

 もっとが目の前にいる。


 主は、食事に夢中なのであまり”そちら”の方を見はしないが、時々思い出したように”それ”をガッツリと見るので、なかなか”それ”に慣れない俺は、そのたびに内心かなりビビるのでやめてほしいのだが・・・


 ほら、そんなこと言ってるからまた見たぞ。

 視覚に”それ”の姿が大写しになる。

 よく見るとシワシワな”それ”はもしかすると”彼”と呼ぶべきなのか、いや”彼女”の可能性も捨てきれないな。

 なにせ見た目からは黒い格好の”ミイラ”であること以外、特にわからないのだから。

 

 そう”ミイラ”である。

 他の物品と同じように煤けているため、今の今まで気が付かなかった。


 実は過去のデータをよくよく見返してみると、ちゃんとバッチリ写り込んでいるんだが、部屋の中がとても雑多でまだ見たことがないものもけっこうあるため気が散って気が付かなかったのだ。

 ちょうど保護色になってるし、部屋の隅の方だし。


 とにかく今、主は仲良く夕食を取っているのだ。

 ミイラと!


 今までも、変な子だなぁと感じる場面は何度もあったが、それはだいたい環境のせいだったり、魔法のせいだったりと、要はそれはそれで常識の範疇に収まるものだったのだが、”これ”は流石にやばい。


 完全にまともじゃないよこの子・・・


 なにせ時々ミイラを見ると、微笑みかけるのだ。

 当然反応はないが別にそれでもいいらしい。


 このミイラの正体は誰だろう、そして主との関係は。

 もしかすると、父親か母親なのだろうか?

 主のミイラに対する態度は2人がかなり親密な関係性を持っていることを窺わせる。

 ミイラの格好は雪国らしく非常に厚着ではあるものの、特に変わったところはない。

 強いていうなら妙に黒いということくらいか?

 

 俺の思考はそこで、大量の生臭い感覚によって中断された。


 やはり普通に美味しい夕食に物足りなさを感じたらしく、食後の一杯とばかりに”生き血ストレート”がメニューに追加されたためだ。

 この強烈な感覚に主は大いに満足し、俺はこの子の観察を続けなければいけない運命に、なんともいえない不安を覚えずにはいられなかった。



**********************************




 1、2、3···


 1、2、3···


 え?何をしているかって?

 ごめん、今ちょっと集中してるんであとにしてくれない?


 1、2、3···


 1、2、3···


 フムフム·····なるほど・・・


 現在俺は”あるもの”を調整している。

 

 ミイラとの奇妙な食事の後、主は軽く食器や持ち帰った荷物を整理するとすぐにベッドで寝てしまった。

 食べた直後に寝るのは褒められたものではないが、相当に疲れが溜まっていたようであっという間に本格的な睡眠に突入してしまったのだ。 

 そうなると俺がやれることは過去のデータの整理くらいになるのだが、ここで興味深い情報を入手していることに注目した。


 ”夕日”である。

 正確には2日分の連続した日の入りのデータがあるのだ。


 現在俺の詳細記憶は、睡眠時間も含めて完全な時間記録も行われているが、基準となる単位がないためにこれまで全く使いものになってこなかった。

 だが今は昨日の日の入りから、今日の日の入りまでのほぼ正確な時間の情報が取られている。

 一日での日の入り時刻の変化はそこまで大きくないはずなので、これだけでおおよその1日の長さが得られたのだ。


 あとは1日の長さがこれより少し長い場合のパターンと、短い場合のパターンを作り、それぞれを24分割し1時間とし、さらにそれを分割していくことで分と秒を割り出せた。


 このどちらかが、実際の時間の速度と同じということである。

 誤差についても実は補正するアテが既にある、次の正午、つまり太陽がちょうど真上に来る時間が観測できれば、昨日の正午からの連続したデータが取れるためより正確な1日が割り出せる。

 それさえできれば日の入り時刻の誤差と角度から、なんと現在の日時、そして緯度までもが割り出せてしまうのだ。

 

 そして今は日の入りから割り出した秒が、俺の知識の中にある秒と同じかどうかチェックしている段階なのだ。


 1、2、3···

 

 1、2、3···


 うーむ・・・どうも俺の中の秒の記憶が非常に曖昧なためにはっきりとはいえないが、 なんとなく1秒が長い気がする。

 1日にすると最大40分ほど長いかな? 


 となると、ある可能性が急浮上する。

 ここが”地球”ではない可能性だ。


 そもそも、俺の置かれている現在の状況を鑑みると、”地球”なるものの存在の方があやふやなのだ。

 知識にはあるが、これが本当に存在する知識なのかは定かではない。

 俺が勝手に作り上げた”空想の知識”でないと、誰が保証してくれるのか?  

 そういえば今ではもう、俺はこれが夢だとは思えなくなってきているな。

 夢とするにはあまりにも詳細なデータが大量に揃いすぎている。

 

 夢だからその詳細データのデタラメっぷりに全く気がつけない状態、という可能性は消えないが、それにしても限度というものがある。


 そもそも、この状態がおかしいと思うのは、”一般知識セット”では考えられない状態だからなだけで、

 その”一般知識セット”こそが幻想である可能性も捨てきれないのである。

 そういえば、この思考は”一般知識セット”によると日本語で行われていることになるが、主はいったい何語圏の人間なのだろうか?

 ここまで約2日間、主は会話らしきものをしていない。

 

 魔法を使うときは何やら呪文めいた言葉を口にしているがそれが日常で使う言葉なのだろうか? 

 もしそうだった場合、言葉から覚えなければいけないな。

 ただ、この会話の必要性ゼロな環境だと相当時間がかかるぞ、主がコミュニケーションを取る相手なんてここではロボットの護衛くんと執事くんくらいのものだ。

 そして2体ともどうやら喋るような機能はない。


 頼みの綱は、棚の中にたくさんあった本かな。

 流し見でも良いのでなんとか文字列が得られたら、詳細情報の能力ならば内容を解読することも不可能ではないと思う。

 そうすれば少なくとも本にかかれている情報が得られるはずだ、創作の作り話だと情報の利用価値は薄いが、結構な量の本があるので中には実用書や辞典などがいくつか有ると思う。

 問題はそんな小難しい本を、こんな文明から隔絶された小さな女の子が好き好んで読むのかというところである。

 この子が読書家であることを切に願おう。

 

 ただ別に創作物でも言語は解析できるので、今はとにかく本に手を付けることを待つばかりだ。 

 幸いにも映像記憶を見返すと、本に使い込んだような様子が有るので、きっとそう遠くない頃に読んでくれるだろう。

 読書家なのは生前のミイラさんで、主は全くという可能性あるが・・・・

 

 今夜の情報整理はこれくらいかな。

 後は朝までひたすら、過去の記憶を流してオート整理で何か炙り出せないか期待するとしよう。



 結局その後何か大きな進展は主が起きるまで何もなく、相当疲れが溜まっていたのか、翌朝目が覚めた頃にはもう既に日がかなり高くなっていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る