0-1【知らない少女と、知らない世界6:~デカリス解体~】


 ”浴室”の入り口には、折りたたまれた衣服が置いてあった。

 執事くんがいつの間にか置いたのだろうが、全く気づかなかったな。

 ご丁寧なことに脱ぎ散らかした服も無くなっている。

 

 そして体の主は用意された服を主は何の疑問にも感じずに着ると、手ぐしで軽く髪を整えながら廊下に出た。

 今度こそ廊下の先の空間へと向かうようだ。

 

 そこはなんというか雑然としていた。


 大小様々なものがそこかしこに置いてあり、その中には一見しただけではいったいそれが何なのかわからないものもある。

 そもそも廊下からの出入り口はかなり上の方にあって、この部屋に入るには手製の階段を昇降しなければならない不思議設計だ。

 部屋の端にはベッドと思われる毛皮の塊があり、粗末な作りの棚の中には様々な色の瓶と本が大量に置いてあった。


 ただ気になるのはこの部屋の”狭さ”だ。

 決して狭い部屋ではないが、それでもこの建物の外観と比べるとここはほんの一部でしかないはずだ。

 しかしこの部屋の壁は、廊下との出入り口以外全ての部分が何らかのモノで塞がっていて、とてもこの部屋から他の部屋に移動できるとは思えない。

 となるとこの建物の他の部分へは廊下からアクセスするしかないが、廊下にそのような痕跡はなかった。

 突然開いたように感じた浴室との出入り口にしても、よくよく観察すれば溝のようなもので縁取られているために、何か扉のようなものがあると推察することは可能である。


 そうなるとこの建物の大部分はどうなっているのかという謎が膨らむばかりだ。


 もしかすると部屋ごとに外から出入りするとか?


 そもそも他に部屋があるとするなら、この雑然感は説明がつかない。

 この部屋は明らかに寝室と倉庫、そしてその他生活空間をまとめたもので、要は他にスペースが無いことの表れでもあるのだ。


 この部屋にない生活機能といえば、浴室機能とか飲食関連の機能くらいか。

 そういえば食糧はどこに保管しているのか?


 流石にこれだけ拠点利用を行っているフシがあって、食糧がないとは考えづらい。

 ここにないとするならば外にある小屋のどれかだろうか?

 まあ、この外気温ならば下手に室内に入れるよりも長持ちしそうだ。

 

 おっと、思考が勝手に回っている間に主がベッドに倒れ込んでしまった。

 よっぽど疲れていたのだろう、全身が一気に疲労を訴え始め、まぶたを閉じると一気に力が抜けた。

 


 しかし、やっぱり主が寝ている間も俺は問題なく思考できるな。


 もちろん視界は真っ暗だし、感覚もどこかあやふやで鈍い。 

 できることといえば、今までのデータを見返してまとめるくらいのものだが、今回は重点を置いてチェックするものが2つある。

 一つはここまでこの建物で見た備品の確認。

 もう一つは、浴室での”視覚情報”だ。

 

 おいそこ! 断じて変な意味は無いぞ!


 風呂は身体情報を視覚から得られる貴重な機会。

 それにどういうわけかもう自分の体みたいで正直なんとも思わんし。

 胸を見ても『小さいなぁ』がせいぜいだし、あそこを見ても···


 やめておこう自分の体のように感じるが、それならそれで別の意味で恥ずかしい。


 それよりもだ。


 浴室での出来事には重要な視覚情報が含まれている。

 それを得るために高速で入浴時のデータを流す。

 すると今まで顔のない3Dモデル状態だった主のデータアイコンに変化が見られ始める。


 なかったはずの顔が徐々に現れたのだ。


 今まで鏡のようなものはなく、自分の顔を眺めることなんてできなかったが、このデータの出処はなんとシャワーの”お湯”だ。

 シャワーといってもお湯がまとまって落ちてきていたので、微細ではあるが反射を検知することが望めた。

 もちろん本当に僅かだし大きく変形しているが、何度も何度も映像を検証することで少しずつその実態がつかめてくる。

 体のサイズから予想できたことだが、やはり顔も幼いな。

 それにかなり整った目鼻立ちをしており、見た目は北欧系の少女といった感じである。


 これはきっと将来”有望”だろう、ちゃんと”手入れ”をしていればの話だが···


 髪の色はクリームがかったような、白と黄色の中間。

 ただ艶が足りない。

 この子の外見全般に言えることだが、非常に整っていて可愛らしく、格好次第では天使のようにもなるだろうが、いかんせん髪の状態が悪く服装も実用一点張りで全体的に積年の汚れが蓄積している。


 体の方も、まだ歳が歳ではあるが色気がない。


 というか色気に発展しそうな要素が乏しい。

 全体的に変に筋張っていて柔らかみがないのだ。

 素材自体は最高だがその状態は危機に瀕しているといっていい。

 感覚を共有している現状だと、とても他人事だとは思えないのでその辺は何とかしたい。


 何とかしたいのだが・・・・


 ただこの環境では致し方ないか。

 興味深いのは目だ。


 瞳の色は青とか赤とか変な色ではなく黒いんだが、その黒さが異常だ。


 人の目···いや生き物の目というのはここまで黒くなるものなのか?

 まるでブラックホールのような暗黒の空間が口を開けているかのようで、正直この目で見つめられたら可愛い事に気付く前に怖いと感じるだろう。

 ひょっとすると、こんなところに一人でいる理由は···


 すると突然、主の体が起きた。

 

 いったい何事か!?


 今朝起きるときと違って、予兆めいたものは無かったぞ!?


 だが、主に特に変わった様子はない。

 表情を見ても(便利なことにいつの間にか3Dモデルの顔に表情筋などのデータが反映されていた)変なところはない。

 何かに反応したわけでも、何かを警戒しているわけでもなさそうだ。


 と、すると寝ていると思ったのは俺の勘違いで、主はただ単に目を閉じて伏せっていただけなのか。

 そういえば、眠りが浅いなとは感じたが。


 主が厚めの服を引っ掴む、どうやら外に出るようだ。

 

 主は外に出ると、まっすぐに吊るされたデカリスのもとへと向かった。

 その間、2回ほど周囲を見回すことがあったが特に変化はない。

 強いていうなら日が傾きだしたくらいか?


 そういえば護衛くんの姿が見えないな。


 執事くんはデカリスの前で何やらゴソゴソといろんなものを並べているが、目立つはずの護衛くんが見えないのはどういうことか。

 建物の裏にでも回っているのだろうか?

 しかし足音も聞こえてこないので、少なくとも近くを移動してはいない。

 主も軽く見回して探しこそすれど特にいないことに対して思うところはないらしく、まあそういうものなのだろう。


 ”そんなことより肉の状態をチェックだ!”


 という声が聞こえてきそうなノリで、デカリスの周囲を興奮気味に回りながら見ている。

 この子は、本当にデカリスのことを食料としか見ていないらしい。

 ひとしきり吊るされたデカリスを見た後、さっきと何が変わっているのか全くわからないが、とにかく何かが変わっているのを確認したようで次の工程の準備が始まった。


 といっても執事くんから超巨大な包丁と、さっきも着けたエプロンを受け取るだけだが、その超巨大包丁の巨大っぷりがヤバイ。

 主の身長どころか3m近くあって、どうやら執事くんと二人がかりで扱うようだ。

 さらに大きさだけでなく刃も異様で、ノコギリのように小さな刃がびっしりと並んでいる。

 

 エプロンを付けた主が超巨大包丁の片側を持ち、デカリスの横に立てかけてあるはしごを登り始め、頂上で超巨大包丁の反対側をデカリスの股の間に通すと、軽く引く。

 その瞬間刃がデカリスの股ぐらにガッチリと食い込み固定された。

 思わず股ぐらがキュンとなっても不思議ではない光景だが、既に皮が剥がされ、首もなく腹が割かれている現状ではそこまで共感するものはない。


 すると執事くんがデカリスの反対側にはしごを立て登ってきた。

 そして、超巨大包丁のもう片方を握ると、


「はあああ!!」


 と主が声を上げて包丁を押し込んだ。

 するとわずかに肉の切れ込みが深くなりながら、包丁がめいいっぱい押し込まれ、今度は一気に引く。

 執事くんの方もそれに合わせて押し込んできた。

 さすがロボットだけに、すごい力だ。

 1人では考えられない勢いで肉が切れる。


「・・・・・はあああ!!」


 また声を上げて主が包丁を押し込む。

 今度は二人がかりなので、先程よりも勢いがある。

 そして、返す刀の勢いもさっきよりも強い。


「はあああ!!・・・・・はああああ!!!・・・・はあああ!!」


 主の掛け声とデカリスの肉と骨が切られる音がリズミカルに響く。


 刃も少しずつ食い込んでいき、主と執事くんもそれに合わせてはしごを降りていく。

 

 遂に最後の首元まで断ち切られると、2つに分かれたデカリスが下に落ちた。

 もう、こうなるともう完全に巨大な肉の塊としか思えない。


 その後も、主と執事くんの二人で肉を少しずつ切り出していく。

 二人がかりで使うあの超巨大包丁の出番は流石に最初だけだったが、身の丈よりでかい肉を切り分けるのだ、当然のように身の丈に迫るかという巨大な包丁を使っている。


 そして両手で持てるくらいの大きさに切り分けると、それを抱えて執事くん共々どこかへ向かって歩き出す。

 どうやら建物の側面を回り込むようだ。


 すると驚いたことに、今まで見えていた卵型の建物の反対側に、少し大きめの小屋があった。

 そこは他の小屋とは違って、石を組んでガッチリと作られており明らかに強度が高そうだ。

 扉も頑丈な鉄製で分厚い。

 しかしドアノブのようなものがない。


 だが主の足はまっすぐその扉に向かっており、間違いなくここに用があるようだ。

  

 どうするのか興味深く観察していると、懐から取り出したのは40cmほどの・・・・そう、あの棒である。


 扉には穴が空いており、そこに棒を差し込むと何かを念じ・・・

 ガチャリという鍵が外れる音がして、そのままあっさりと扉が開いてしまった。

 

 この棒、本当に万能だな。


 薄々感じていたが、小屋の中に入るとやはりそこは食料庫だった。

 この気温だと天然の冷凍庫になるようで、凍った肉や、何やら野菜のようなものなどが置いてある。

 だが肉の残りはそんなに多くないので、狩りに行ったのはこの補給のためかな。


 なんとなく肉用スペースのような空間に肉を下ろすと、また解体した場所へ肉を取りに戻る。

 大きさが大きさだけに、何度も往復する羽目になったが、食料庫の肉のスペースは新鮮な生肉で一杯になった。

 かなりの量があるが、この気温だと一晩もすればカチコチに冷凍されるだろう。

 自然の力を利用した冷凍庫ならではの力技だ。


 しかし、この肉を食べるような人間は今のところ主1人だが、これでいったい何日分なのだろうか?

 それとも他に人間がいるのか?


 最後の肉の塊を食料庫に収めると、ついでとばかりに主は一部を切り出した。


 一部といっても3kgはありそうだが、主はそれと野菜のようなものを幾つか引っ掴むと、入り口の方に置いてあった樽へと向かう。

 これはさっきの・・・

 なんとなく嫌な予感がしたが、その予感通り中には真っ赤な液体が波々と入っていた。

 やっぱり血だよ・・・

 主は樽の中から漏斗のようなものを使って、小さな金属製の筒に血を流し込むと食料庫を後にした。

 


 入り口の方まで戻ると、もうすっかり辺りは夕焼け模様になっていた。

 主は、そのまま入り口には入らず、その隣りにある小屋へと入る。

 そこはどうやら調理場のようで、簡単な調理を行えるスペースと何やら巨大な石窯が置いてあった。

 

 調理スペースに食糧庫から持ってきた物を置きそこで肉を三等分に切り分けると、後ろの棚のようなところから木製の箱を取り出す。

 箱のフタを開けると中には、何やらうっすら赤みがかった粉のようなものが入っており、それを手でつかむと3等分した肉のうち2つに揉み込んでいく。

 そして、その2つだけ石窯の中に入れると満足げに手をぺろりと舐めた。


 口の中に広がる塩分から、あの粉が塩であることがわかった。

 薄っすらと赤いのはきっと動物の血から作ったからではないだろうか?

 そういわれると微妙に鉄臭い味にも思えるが、意外にもまっとうな塩の味である。

 

 主がそのまま手の甲を釜にあて、なにやら眉間にしわを寄せ真剣な表情を作ると・・・


「・・・・デル・ホーナ・デ・パスダ・パルシィ・タンプス・ドッジ・パブリカル・ソルベタ・アルダタール・ホーナ・アン・エッリビゾブル・タンプス・パス・ホーナ・・・・」


 え?なんだって?


 デルのパスタがパンプスでドッジボール!????

 ついでにいうとこれはあくまで近い音をカタカナで書いているだけで、中には文字でどう表現していいかわからない音も結構ある。


 俺は唐突な呪文とその長さに圧倒されてしまい思考が完全停止してしまった。


 一方その長い呪文を一息で言い切った主はその後何回か石窯を小突くと、満足げに顔を歪めた。

 

 だが俺の目には特にオーブンが変わった様子はない。

 相変わらず冷え切った中に肉が入っており、一向に温まる気配はない。


 ん?それでも結構な量のMPを持っていかれたような気がするぞ?


 あれはあれで何かしたのかな。

 もう石窯の方を主が見ていないので、答えは謎のままだ。

 

 そして残りの生肉の方に調理が移った。

 こちらは普通に調理するようで、一口大に肉と野菜を切りそろえ、フライパンのようなものに入れた。

 気になるのはどこにもコンロのようなものがないことだろうか?


 水の出るポールはちゃんとあるので、洗い場的な環境はあるんだが、火を取り扱うような設備が石窯以外に見当たらない。

 ひょっとすると、外で火をおこすのかもしれないな。

 ただその場合はこの気温の中で着火させなければいけないが。


 ただ主は、どこかへ行くような感じはない。

 フライパンの前で何か思案している、というか迷っている?


 しばしウンウンとうなりながら、フライパンを眺めているだけだったがやがて何か決まったようでフライパンの柄を握った。

 すると今日何度目かの不思議な事に、フライパンが熱を持つ。

 やっぱりというか、当然というか、フライパンに対してMPの流出を検知した。

 こういうとこまで魔法なのか。

 

 すぐにフライパンからジュージューという、美味しそうな肉の焼ける音がしはじめ、ほのかにジューシーな香りが漂ってきた。

 そこに先程の塩を肉にひとつまみふりかけ、さらに焼き目を着けていく。

 

 ほぼ同時に深底の鍋に血と氷の塊を入れMPを使って加熱しながら、後ろの棚から何か得体のしれない物体をいくつかと野菜を入れ、香りの強いハーブ?のようなものを入れて蓋をした。

 

 MPを使った加熱の長所としてすぐに気がつくのは、火加減の容易さだ。

 今も肉の状態に合わせて、こまめにMPの流量を調節し焦げないギリギリを狙っていた。

 

 ところで、さっきからMP、MPとはっきりいっちゃってるけどもうMPでいいよね?

 だってこのパラメータ、明らかに魔法的な行為にしか使われないし。


 ただこれが世間で想像するところの、いわゆるMPゲージなどが示す”残量”ではなく、MPがどれだけ使用されたかを示す”流量”を示していることにご注意願いたい。

 今も、目下MP残量を示すパラメータを探しているが、未だにこれがどこからひねり出されているものなのかよくわからない状態だ。


 したがって今しばらくは、MP残量は不明である。


 そんな誰に向けているのかわからない事務連絡を行っている間に、料理が完成したようだ。


 主が鍋とフライパンごと持って、小屋の外に出るとちょうど目の前の地平線に太陽が沈む瞬間だった。

 主は立ち止まり、少しの間その感動的な光景を眺める、


 そして太陽が完全に沈み急激に冷えだすと、その寒さに追い立てられるように、卵型の建物の中に逃げ込んだ。



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