0-2【出来ること、出来ないこと6:~進歩~】


 護衛くん改め、コルディアーノ。

 

 身長が13mもあり、全体的にガッシリとしていて厳つい。

 そのメタリックボディは薄汚れてはいても、傷一つない。

 

 それが俺が以前見たときのコルディアーノだった。

 だがあの時も謎の返り血を浴びていたが、ここまで大量ではなかったはずだ。

 それに傷一つ付いていなかったはずのボディにも無数の傷がついており、ひと目で彼がとんでもない激戦を行っていたことが伺える。


 この分厚い金属に傷を穿つとは、一体どれほどの威力の攻撃だったのだろう?

 主の上手く行ったときの砲撃魔法ならギリギリ可能か?


 だとするならば、それほどの攻撃を連発できるような存在と戦ってきたのだろうか?


 ただこれだけの血を流しているのだ、相手も只では済んでいまい。


 恐らくコルディアーノはその存在を察知して、今まで戦っていたのではないか、

 ひょっとすると初めて合ったときに謎の警戒行動を取っていたのは、その存在を察知したためなのかもしれない。


 今ここにいるということは、おそらく撃退に成功したのだろう。

 倒しきったかどうかまで分からないが、とりあえず脅威は去ったから戻ってきたのだろうし。

 

 一見すると、ただ厳ついだけのカメラで送ってくるその視線は、一体何を伝えようとしているのか判別はつかないが、コルディアーノはこちらを見る目にはなにか意味がありそうだ。


 そしてそれを見つめ返す主も、その視線に何やら思いを込めている。


 俺はそれが何かまではわからなかったが、コルディアーノの傷を見つめる主の中に、何やら決意めいた感情が芽生えたような気がした。





**************************



 翌日、正午の、まだ外が暖かめの時間に主が訓練を行っていた場所に戻ってきた。


 緊張のせいかその表情は硬い。

 そして前回と同じように準備運動とばかりに棒を振り回し始めるが、今日は1人ではない。


 まるでお目付け役のように、主が気にならないほどの距離を開けて視界の端に執事くんの姿がチラチラ映っている。

 そういえば彼の名前はまだわからなかったな。


 護衛くんにはコルディアーノという名前があったのできっと彼にも名前があるのだろうが、普段からあまりにも近くにいるせいで主はなかなか彼の名前を呼ぼうとはしなかった。

 彼があまりに気が利くせいで呼ぶまでもないというのも大きいが。

 執事は影というが、そんなところまで執事っぽくしなくてもいいと思うのに。


 棒の動きを見るに、前よりもかなり準備運動に力が入っている気がする。

 以前は棒を振り込む動作にも余裕があって感覚的に振っているところが有ったのだが。

 今はすべての動作にかなり真剣に集中をしているようで、以前よりも少し固くなってしまっている気がする。

 

 そのせいでむしろ体が温まるまでに以前よりも時間を要したくらいだ。

 だが、それは悪いことではない。

 

 今回の目的を考えるに、多少気合が入り過ぎているくらいでちょうどいいのだ。


 今の主は生活魔法は問題ないが、多くの魔力を使用する魔法に関してはまだトラウマが残っている可能性があった。

 そのため、多少空回り気味でもいいから少なくとも最初は元気よく行ったほうが良いだろう。

 それに力んでしまう分にはなんとかするアテが俺にある。


 主はこの前と同じように、1km先の板に向けて棒を構えた。

 気のせいか前回よりも緊張しているように感じる。


 いや、気のせいではないな。


 俺が見ているパラメータ群が、全身の筋肉に無駄な力が掛かっていることを示していた。

 そのせいで、体が微妙にぶれて狙いがおぼつかなくなっている。


 だがそれでも狩りの実績は伊達ではないのだろう、的に対して狙いが向いた瞬間一気に体の力を抜いて棒芯を安定させた。


 そして間髪入れずに棒の中に魔力を流す。


 ここからが前回と違う所、つまり俺の出番だ。


 俺が意識を棒の中に集中すると魔力の流れが棒の中で細かく別れていくのがわかる、そのデータを視覚上に投影することで視覚的に細かいところまで詳細に魔力の流れを見られるようになった。

 それぞれの魔力の流れが目的のポイントに到着すると、そこで一旦溜まる様子が克明に映し出される。

 ここまでは主は完璧にできるので俺は何もしない。


 トラウマになっていて魔力がバラついたりするかと思って構えていたんだが、そんなことはなかった。

 伊達にこの魔法で喰ってはいないということだろう。


 だがこの先は前回より大幅に悪化していた。

 

 まず砲弾代わりの大きな魔力溜まりの放出スピードが遅い。

 そこですかさず俺が魔力溜まりを刺激して放出を促す。

 基本的に既に良いものを底上げすることは苦手だが、悪くなっているものを調整してやるのは得意分野なのだ。


 ついで、炸薬代わりの小さな魔力溜まり達の放出タイミングが大きく狂ってしまっているのが確認できた。

 このままでは、火力が大きく不足し威力が大きく減退してしまうだろう。

 

 だがそれを見逃す俺ではない。

 早めに動き出してしまった魔力溜まりにブレーキを掛けていき、最後の一つが追いつくまで動きをゆっくりにさせる。


 正直これはきつかった、俺の全力をもってしても完全に動きを抑えきることは出来ず、揃うまで間に合わないかと思ったがなんとか気合で棒の先から飛び出る瞬間には、全ての魔力溜まり揃えることに成功したのだ。


 そして、その威力は俺の予想以上に凄まじかった。


 未だかつてないほどの衝撃が発生し、その予想外の威力に主が後方に吹き飛ばされてしまったのだ。

 

 不思議なものでゆっくりと空中を舞う主の視線を眺めていると、場違いにも”そういえばあまり音がしなかったなぁ”などと、どうでもいいことを考えてしまう。

 だがそんなことを考えた瞬間、轟音という名の衝撃波が飛んできてそのあまりの音量に俺は思考が飛びそうになった。


 そして空中を少しの間滞空した主はそのまま後ろ向きに雪の中に突っ込んでしまった。

 雪といっても固められているので氷と変わりない。

 そこに突っ込んだ痛みと砲撃の威力に驚いたのか、主は呆然と目を見開いて宙を見つめるばかりでうごかない。


 しまった、やりすぎた!

  

 あんなことがあってから、まだ3日だというのにもう調子に乗って加減を忘れたのか!!


 いや、そんなことより主は大丈夫なのか!?さっきから何にも反応しないが・・・


「・・・・・ップ、プッ・・・」


 え?


「・・ぷっ、ぷははっはははははははっはははっははっははっっは!!!!」


 先程の轟音に負けないほどの勢いで主の声が、辺ににこだまする。


 そして「むん!」という掛け声とともに勢い良く起き上がると、的の方を凝視する。


 まず砲撃の反動で出来たクレータが目に飛び込んでくる、そして残念ながら外したようだが、的のすぐ横に巨大な大穴が空いていた。


 砲弾が当たったのだろう氷面が大きくえぐれ、砲弾が進む方向に向かって盛り上がっていた。


 その光景を見た主は、的を外したことなどお構いなしに笑い転げた。


 そして何事かとこちらに向かって走ってくる執事くんを片手を上げて静止すると、再び棒を的に向かって構えた。

 恐る恐るだった先ほどとは違い、今度は全身に無駄な力が全く入っておらず、ずっと安定していた。


 そして顔をものすごく凶悪な笑みで一杯にすると足に筋力強化と吸着魔法を展開し、なんと勇ましいことに先ほどと同じだけの量の魔力を棒の中に叩き込んだのだった。


 そこには先程の威力に恐れをなした様子はどこにもなく、逆にその威力をもう一度見たいと言わんばかりの主がいた。


 かくいう俺も主がそこまでいうなら仕方ないとばかりにもう一度同じように調整する。

 もっとも、先程と違い既にかなり安定した状態なので、俺が何もしなくてもうまくいっただろうがそれでもちょっとだけ微調整はしてみる。


 だがそのちょっとが大きな違いを産んでいたようで、先日のうまくいっていた時と比べても、比較にならないほどの威力と化していた。


 棒の先から火を噴くと同時にものすごい衝撃が主を襲い、筋力強化と吸着魔法がわずかばかりの抵抗を見せたもののあっけなく引き剥がされて後ろへ放り出されてしまった。

 

 あ、筋力強化と吸着魔法には俺は介入していないよ?


 だって、吸着魔法なんかが俺が思ったより強化されてしまったら、衝撃で主の細い足なんか簡単に千切れてしまいかねない。

 そんなリスクを犯すほど、俺はまだ自分を信用していなかった。


 だが今回は少しの間粘っていたため、着弾の瞬間を見ることが出来た。

 今までの砲撃では板がへこむのが精一杯だったのに、鉄板にはなんと穴が空き、その向こう側の氷面に着弾して盛り上がっているのが見えた。


 それ以降見えていないが、恐らく爆弾でも爆発したみたいに表面の氷が吹き飛ばされたことは容易に想像できる。


 それと音が遅れてくる理由がわかった。

 実際には発砲音である衝撃波は発射と同時に発生しているのだが、あまりにも一瞬で通過するため聞き取れないのだ。

 そしてその衝撃波がそこらで跳ね返ってきた音を聞いて、初めて認識できるので音が遅れたように錯覚したのだ。


「・・・くくくっ・・・・・くっっっはあっはっははは!!」


 主は何が面白いのだろうか、吹っ飛ばされた先でまた笑い転げている。


 そしてひとしきり笑うと、思い出したように「むん!」という掛け声で起き上がり、棒を構えて砲撃魔法を発砲した。


 そしてまた吹き飛ばされ、また起き上がっては発砲する。

 

 そしてそのたびに主はまたゲラゲラと笑うのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る