0-1【知らない少女と、知らない世界4:~家路~】




 銀色の巨大ロボットが歩きを止め、こちらへ視線を向けてきた。

 その暗い目からは感情的なものがあるかまではよくわからないが、明らかにこちらを観察しているように見える。


 だが体の主は見られていることを気に留める様子はない。

 普通、こんな恐ろしい見た目の巨大ロボットに見られたら、もっと怖がってもいいと思うが、見た目に関する感想のようなものも感じられなかった。

 だが俺は正直なところ、


 デカリスなんて目じゃない。

 その気になろうがなるまいが、こいつは簡単にこちらを踏み潰せるのだ。


 それでも体の主は、そんな可能性は”つゆほどもない”といわんばかりに、ロボットに向かって歩みを強める。

 おお・・・かつてないほど筋力強化が働いているぞ。

 そんなにあのロボットのそばに行きたいのか。


 そして高揚した体の主はロボットの足元まであっという間に到達すると、肩にかかっていた棒を横に置きその場で膝をついた。


「ぜー、はー、····っ···、ぜー、はー」


 そんなに息を乱すならば急がなければいいのに、というのは野暮だろう。

 体の主が感じる安心感と喜びが尋常ではない。

 それにたった今気づいたが、今いる領域と数歩後ろの領域はまるで別物だった。

 風や気温に変化こそはないが、なんとなく昨晩過ごした棒が作った円状の領域に似ているかもしれない。

 となると、急いだのはこの領域にできるだけ早く入るためなのかもしれなかった。

 まあ、入ったからなんだというのだという気がしないでもないが、本人にはいたって真面目な理由があるのだろう。


 あるよね?


 体の主が下を向いて息を整えている間、ガシャコンと大きな音を立てて巨大ロボットが動き出し後ろに回り込む。

 視界に大きな矢印が表示され、それがロボットの足音の方向に合わせて後ろ側に移動したので間違いないだろう。

 それにしてもかなり近い位置にいるな、場所としては体のすぐ後ろ、ちょうど引きずってきた化物のあたりだろうか。

 更に少しのあいだ膝をついていると、ようやく呼吸が整ったのか顔を上げ後ろを振り向いた。


 そこには厳ついガンダムみたいなロボットが、デカリスを担いでこちらを眺める姿があった。

 その意味不明なスケール感と光景をどう理解したらいいのだろうか、と思案していと、視線が上半身にベッタリついている血に向かう。


 ロボット自体に傷のようなものはないし、まさかこのメカメカしいロボットに血が流れているとは思えないので、返り血だと思う。

 だが、これほどの量の血ともなると相手は相当な大物だろう。

 そして、その血へ向かう体の主の視線には不安と、不思議なことに少しの気遣いのようなものを感じる。

 やはりこの体の主にとってこのロボットは、なにか親愛のようなものの対象らしい。

 そしてなんとなくではあるが、ロボット自身もこちらを意識しつつも害する気配はない。

 その視線にはいったいどんな意味があるのかは読み取れないが、なんらかの意思があるように感じるのだ。


 そして2人・・はひとしきり目線で何かをやり取りしたあと、体の主が親愛をこめてロボットの足を軽く叩き、そのまま横に落ちていた棒を拾うとロボットに背を向けてスタスタと歩き始めた。


 少しすると轟音とともにロボットの足音が聞こえてくる。

 感じからしてこちらに付いて来ているようだが、体の主はそれを把握する素振りは見せたものの、振り返って確認しようとまではしない。

 各種身体パラメータも、巨大ロボットにストーキングされていることを気にしているとはとても思えないほど安定している。

 そして当のロボットの方も非常にゆっくりとした足取りで、まるでこちらのペースに合わせて歩いているかのようだ。

 ロボットの方が圧倒的に大きく、当然一歩の幅も圧倒的に大きいため、足音の間隔はかなり大きい。

 きっと外から見れば、スローモーションのようなことになっているに違いない。


 それでもこちらは、デカリスの巨体を引っ張っているときとは比べようもないほどスムーズに歩いているな、体の主に周りを見渡す余裕がある。

 そこで確信したが、やはり先程からいるこの領域は少し特殊なようだ、先程まで警戒心全開だった体の主がほとんど無警戒である。


 1人と1機は、真っ白の氷の大地を、まるでこれが日常のように仲良く歩いていた。

 

 だがいくらなんでもこの無警戒っぷりには違和感があるな。

 なにせ、つい先程までは常に全ての方向に対して1分に一度は注意を向けていたのに、今はひたすら前だけを向いている。

 何かに注意を払っている様子はない。


 この感覚がこの領域特有のものだとしても、同じような感覚があった昨晩の領域では警戒だけは怠っていなかった。

 眠りながらも、周囲の音や空気の乱れは正確に把握していたのだ。

 だが今はそういった周りの情報を集めているフシはない。

 ただし・・・・・

 

 唯一つだけ体の主が注意を払っているものがあった、後ろの”足音”である。

 

 その足音が急に止まった。


 振り返ると、巨大ロボットがある一点を向いて止まっている。

 その途端、なんとも言えない不安が襲ってきた。


 だが、先程までとの違いは、注意の殆どが巨大ロボットとその視線の先に向かっているということだけ。


 すると巨大ロボットが一歩だけ前進し、まるで何かからこちらを隠すような形になって警告するような音を発した。

 そんなに大きな音ではないので、こちらに対する警告だろうか。

 そして、何となくそう感じるだけだが、その巨体の全身に力を込めて緊張させているように感じる。

 それを見た体の主の方も、恐る恐るといった感じに足の隙間から前を窺った。

 

 だが視界には何も映っておらず、他の感覚にも何か引っかかるものはない。

 いったいこの巨大ロボットは何を見ているのだろうか?

 その状態が暫く続く。


 だが俺達のその心配を他所に、特になにもないまま不意に巨大ロボットの緊張が解かれ、こちらが見上げると、いつの間にか巨大ロボットもこちらを見ていた。

 体の主がそこで「ふう・・」軽く一息つく。


 そしてまた何事もないかのように1人と1機が歩き出した。

 体の主の無警戒っぷりも元通りだ。

 

 この一連のやり取りで、どうやら巨大ロボットはこの体の主を守ろうとしているような印象が残った。

 今も後ろで足音を立てて歩いているが、ただ歩いてるだけじゃなく周囲の警戒をしながら、いつでもこちらを守れるような距離感を維持しているような感じがあるのだ。 

 どうやらこの少女にも、なかなかにゴツいボディーガードがいるらしい。


 

 それからは特に何もなく、30分もかからないくらいのところで”それ”は見えてきた。


 真っ白な世界にあって異様に目立つ黒い物体。


 最初はそれが何なのかわからなかったが、すぐにそれが卵を横に倒したような形の物体であることに気づいた。

 何だこれは?


 明らかに自然の造形でない。

 その大きさの割にあまりにもなめらかな表面は、後ろを歩くロボットに通じる非自然的な造形だ。


 大きさは一番長い幅が50m、高さが15m程だろうか?

 卵を横倒しにして半分埋めたような格好のドームで、ここから見える限り継ぎ目や凹凸のようなものは見当たらない。


 ここから見える限りと書いたのは、その卵型の不思議物体にひっつくようにしていくつか小屋のようなものが見えるからだ。

 だが小屋の方はなんというか、自然的というか····かなり不格好である。

 明らかに卵型構造物よりも遥かに劣った技術で作られていることが窺えるし、材料も良く言えば天然素材。


 悪く言えば”そのへんのもの”で作られている感が強烈である。

 

 更に近づくと卵型構造物の異様さが、より際立ってきた。

 寄りかかっている様々な物や小屋は使い古したような感じがあるのに、卵型構造物自体には汚れ一つなく、漆黒の表面の光沢も非常になめらかでごく僅かな歪みすら見当たらない。

 こんなに大きい構造物でここまで歪みがない例を俺は知らない。

 まあ”一般知識セット”の中にないという意味だが、少なくともそれだけで違和感を覚えるほどの滑らかさだった。

 あまりにも滑らかなので、ミニチュアのようにもっと小さい印象すら受ける。

 だが近づくにつれ、その大きさと質感のギャップはどんどん大きくなり・・・


 そして、ついに視界いっぱいに達した頃、不意に卵型構造物の下側が突然へこんだ。

 まるでSFの宇宙船みたいなドアが現れたのだ。

 そしてその中から、何やら人影が出てきた。


 背丈は少し高めだが、あくまでも”人間”の範疇を超えないレベル。

 だが大きさとシルエット以外に人間の要素はない。

 大きさこそ人間サイズだが、どう見ても後ろで轟音を立てているロボットと同類・・・


 つまり”ロボット”に見えた。


 巨大ロボットが、厳つい攻撃的な見た目をしているかと思えば、対称的に”人並みロボット”の方は丸みを帯びた優しい見た目をしている。

 関節などはメタリックだが、大部分はつや消しのクリーム色の装甲で覆われ、一見すると木製のようにすら見えるくらいだ。

 なんとなくだが、見た目から与える印象が人に近いのは、気のせいではなく実際にそのように意図して作られているからではないか?

 この人並みロボットは人と接するか、近いところで使うことが前提の設計だと思う。


 ところで、”巨大ロボット”と”人並みロボット”で”ロボット”がかぶってしまってややこしいな。

 視界に表示される情報にもどちらも”ロボット”として表示されるので、なおややこしい。

 どうにかして、この二体を区別しておかないと・・・・・


 するとそのロボットは、こちらへ近づくと手を伸ばしてきた。

 なんだろう?

 すると体の主の方はそれを見て、腰に下げていたバッグを取り外しそのまま渡すと、分厚い上着を脱ぎだした。

 そして、そのロボットは体の主の脱いだ上着も当たり前のように受け取る。


 そうだ、今後は巨大ロボットを”護衛くん”、人並みロボットを”執事くん”と呼称しよう。

 護衛くんは、ずっとこちらを気にかけてくれるかのようなフシがあったし、なんとなく守ってくれているような気分になる。

 実際、体の主は護衛くんを見てからずっと露骨に安心しているからな。


 執事くんは執事くんで、この体の主から当たり前のようにバッグと上着を受け取り、体の主もそれを自然と考えている。

 その一挙手一投足がまた妙に執事っぽいのだ。


 護衛くんに関しては正直”ビッグ○ディ”と悩んだけど・・・・

 だって、トコトコ歩く少女の後ろからガシャンガシャンとついてくる大型ロボットなんて、まさにビッグ○ディではないか。


 まあ、それでも流石にビッグがすぎるが。


 とにかく今後は正式な呼称が判明するまで、”護衛くん”と”執事くん”で通そうと思う、これならまた何か増えても問題ないし。

 そう思った途端、視界情報に表示される名前が”護衛”と”執事”に切り替わった。

 なんとも親切なことである。

 そういえば、いつの間にかリスの化物はデカリスの名前でデータがまとめられていたり、昨日と今朝食べた肉が【デカリスの血煮込み(推定)】となっているなど、データ管理が更に進んでいるようだ。


 そうなると、この体の主の呼称も考えてみたくなる。 

 いつまでも体の主では収まりが悪いので何か名前が推定できるものがあれば良いのだが。

 だがそういったものは現状見当たらないので、暫定的に”あるじ”で呼称しよう。


 これで2文字の節約だ。

 たかが2文字と侮るなかれ、データの数が膨大になるほどこういった小さな節約が大きくなってくる。

 そろそろ観察に戻ろう。



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